原田マハの短編小説『無用の人』が2026年に映画化決定!
『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』などの作品をはじめ、数多くの人気作品を世に送り出している作家原田マハ。
2014年に刊行した短編集『あなたは、誰かの大切な人』(講談社文庫)に収録された一編『無用の人』を原作に、オリジナル脚本を執筆して、映画監督デビューを飾ります。
『無用の人』は、主人公・聡美が監視員として勤める美術館に届いた謎の「鍵」をきっかけに、ひと月前に孤独死した父との記憶をたどり、家族でさえ知らなかった父の晩年の姿が次第に明かされてゆく感動の人間ドラマです。
優しく芳醇な言葉で綴られた父と娘の物語を、原田マハ自身がスクリーンに描き出します。
映画『無用の人』は、2026年に全国公開。映画公開に先駆けて、小説『無用の人』をネタバレありでご紹介します。
小説『無用の人』の主な登場人物
【羽島聡美】
主人公。美術館勤務
【羽島正三】
聡美の父親
小説『無用の人』のあらすじとネタバレ
羽島聡美は、現代アートの美術館に勤めています。
その美術館に聡美宛に宅配便の着払いで分厚い封筒が届きました。封筒の差出人は羽島正三と記載されていました。
羽島正三は父の名前ですが、見覚えのない住所だし、しかも父は1ヵ月ほど前の3月1日に亡くなっています。気味悪く思いながら聡美は封筒をよく見ました。
カーボン紙で複写された文字は、かなり薄く、震えて歪んでいます。集荷日は2月1日、配達希望日は4月5日とありました。
父は死ぬ1ヵ月前に宅配便に出していたのです。伝票の品名には「誕生日の贈り物」とあります。聡美は、50歳になる記念すべき自分の誕生日をすっかり忘れていたことに気が付きました。
聡美の父・正三と母は熟年離婚し、正三は一人で暮らしていました。ですが、父のアパートの住所は、送られてきた封筒の住所「新宿区西早稲田」ではありません。
「いったい、なぜこの住所から私に送ったきたのだろう? 大人になってから誕生日プレゼントなんてくれたことがないのに……」と、聡美は不思議に思います。
正三が末期がんで入院していたことは、亡くなってから母から聞かされていました。配達日を2ヵ月後に設定したということは、ひょっとすると自分の死期を悟っていたのかも知れません。
それから聡美は、昔のことを思い出していました。
聡美の父・正三はチェーン店を展開しているスーパーマーケットで働いていました。そこで聡美の母に出会い、結婚します。
聡美が生まれたのをきっかに、母は仕事を辞めました。正三は、昇格の機会に恵まれずに生活は貧しくいつもギリギリです。
次第に母は夫のことを疎みはじめ、「無能の人だ」と夫の愚痴を娘にこぼすようになりました。
母の愚痴ばかり聞かされ続けた聡美は、成長するにつれて自然と正三に対して「お父さんはダメな人」というイメージを持つようになります。
聡美が高校生になった頃のこと。「いつも何を読んでいるのだろう?」と正三が繰り返し読んでいた本を、興味本位で正三の留守中に開いてみました。
ページが赤茶け、手垢にまみれていたその本は、岡倉天心の『茶の本』でした。それは、西洋人に日本人の美の真理を教えるための美学書であり、哲学書でした。聡美は、本のある言葉にとらわれます。
‟おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである”
そこには、毅然とした日本人の茶の論理があり、圧倒的な美意識があったのです。
このことがきっかけで、聡美の父に対する意識は、少しづつ変わってゆきました。大学も新しい時代の芸術について学ぼうと、大学は都内の美術史教育で知られる難関校に入学を果たしました。
そのとき、正三は照れくさそうに微笑み、「おめでとう」と言いました。
大学生になり、社会人へ。聡美の父への印象は少しずつ変わっていきます。父は「無能の人」などではない。母や社会からは「無用の人」なのかもしれないけれど……と。
小説『無用の人』の感想と評価
家族からも社会からも見捨てられたかのように寂しい晩年を迎え一人孤独に死んでいった父と、そんな父を美術というものを通じて理解し始めた娘の物語。
自分が父と同じ‟絵画を愛する心”を持っていることに気が付いた娘は、家族から「無能」と思われていた父を、「無用」だと思います。
無能と無用。文字で書くと1字違いですが、その意味は大きく違ってきます。父は、能力がなくて役にたたないのではなく、能力はあるのに役に立たないだけだと、娘は思います。
これまで父の悪い面ばかり見えたのですが、娘は娘なりに父の愛するモノ、あるいは父の能力をちゃんと理解できていました。
父が最後に娘に見せたかったもの。それは桜の咲く頃に生まれた娘への誕生日プレゼントとして、父親としての精一杯の愛の証だったのでしょう。
父の言葉で伝えられない娘への思いが、ラストで現れる窓の景色から伝わってきます。
絵画的な物語の締めくくりに相応しいラストシーンに、胸が熱くなるのに違いありません。
映画『無用の人』の見どころ
作家原田マハの初めての監督作となる『無用の人』。オリジナル脚本も、原田マハが書きあげました。
なんの取り柄もなく、家族からも社会からも見捨てられ、ひとり静かに死んでいった父・正三が「愛したもの」とは、一体何だったのでしょうか。
本作品が収められた単行本『あなたは、誰かの大切な人』には、他に5編の心温まる短篇が集められていました。原田マハ監督は、この中からいくつかのエピソードを盛り込んでストーリーを作るのかも知れません。
普通の人でも、誰かにとっては大切な人なのです。そんな父と娘の物語が、作者自身の手によってどのような映像になるのかと、興味深いところです。
キャストはまだ発表されていませんが、正三役に幅広い演技力で知られる柄本明、聡美役にはオシゴトに一途な情熱を捧げる役が印象的な深津絵里などが、いいかなと思います。発表が楽しみです。
また映画製作について、原田マハ監督は以下のようにコメントをしています。原田監督の‟心の目が追いかけた映像”に、乞うご期待!
【原田マハ監督コメント全文】
「まるで映像を見ているようだった」読者の方々からよく言われます。映像を追いかけるように文章をつづる、そうやっていくつもの物語を書いてきました。そして、いつか自作を自ら映像化してみたいと心ひそかに願っていました。
作家になってまもなく20年、ついにその機会が訪れました。私の心の目が追いかけてきた映像を皆様方と共有したい。その思いを胸に、新たな挑戦を始めます。ご期待ください。
映画『無用の人』の作品情報
【日本公開】
2026年(日本映画)
【原作】
『無用の人』(著者・原田マハ/『あなたは、誰かの大切な人』講談社文庫刊より)
【脚本・監督】
原田マハ
【キャスト】
未発表
まとめ
2006年のデビュー以来、幅広いアートの知識とキュレーターの経験を生かした作品をはじめ、多くのベストセラーを世に送り出してきた人気作家・原田マハ。
2021年の映画『キネマの神様』『総理の夫』、そして2025年の夏には伊藤沙莉主演の『風のマジム』も映画化されるという人気ぶりです。
このたび、2014年に刊行した短編集『あなたは、誰かの大切な人』(講談社文庫)に収録された一編『無用の人』を原作に、オリジナル脚本を執筆し、監督として作品を映像化します。
映画『無用の人』は、2026年に全国公開。
原田マハ監督は、温かで心打つ自身が生み出した物語をどのように映像化してくるのか、とても楽しみです。