過激な描写とブラックユーモア、不条理な世界観で世界中の観客を惹きつけ時に突き落とす奇才ヨルゴス・ランティモス監督。
今回取り上げるのはランティモス監督の映画『女王陛下のお気に入り』です。
ランティモス流ラブコメディに潜むメッセージと独特の撮影法、衣装など本作の魅力を解析します。
CONTENTS
映画『女王陛下のお気に入り』の作品情報
【公開】
2018年 [日本公開:2019年](アイルランド・イギリス・アメリカ合作映画)
【原題】
The Favorite
【監督】
ヨルゴス・ランティモス
【キャスト】
オリヴィア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ、ニコラス・ホルト、ジョー・アルウィン、ジェームズ・スミス、マーク・ゲイティス、ジェニー・レインスフォード
【作品概要】
主演を務めるのは『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(2011)や、ランティモス監督作品では『ロブスター』(2015)に出演するオリヴィア・コールマン。
コールマンは本作でヴェネツィア国際映画祭女優賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞 主演女優賞を受賞した他ゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネートされました。
共演は『ナイロビの蜂』(2005)でアカデミー賞助演女優賞受賞、『愛情は深い海の如く』(2011)でニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞を受賞しているレイチェル・ワイズ。
また『ラ・ラ・ランド』(2016)でアカデミー賞主演女優賞受賞、2018年日本公開された『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』で女子プロテニス選手ビリー・ジーン・キングを演じたエマ・ストーン。
そのほか『シングルマン』(2009)『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)に出演するニコラス・ホルトも今までのイメージを払拭するような役で出演。
本作はすでに英国インディペンデント映画賞で作品賞をはじめ10部門受賞、ヴェネツィア国際映画祭では審査員大賞を受賞するなど高く評価されています。
映画『女王陛下のお気に入り』のあらすじとネタバレ
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— The Favourite (@the_favourite) 2018年12月17日
18世紀初頭のイングランド。
国はフランスと戦争状態にありましたが宮廷の人々は豪華絢爛、遊びに興じる生活を送っていました。
アン女王は虚弱体質で体調が悪くなることがしょっちゅう、幼馴染で側近のサラ・チャーチルが女王を常に助けていました。
そこに到着したのがサラの従姉妹アビゲイル。降りる瞬間に他の者に馬車から突き落とされ、汚れたままで宮殿にやってきたアビゲイルは、まず料理や洗濯など他の侍女たちと同じ仕事を任されます。
しかしアン女王の痛風を和らげるための薬草を森で採取し、発疹を止めたことからアビゲイルの待遇は良いものとなりました。
一方で地元の政治家ロバート・ハーレーは、戦争を止めさせることを考えていました。
そんななか他の政治家シドニー・ゴドルフィンは、戦争を続けなければならないと主張。
サラはアン女王に新しい戦争のために市民への税を倍にすると約束させ、ハーレーは激怒します。
彼は女王に戦争について話すことを試みますがなかなか上手くいきません。
そんな最中に開かれた大きなパーティーで、ダンスをするサラを見ていた車椅子のアン女王は、精神が不安定になり会場を後にします。
パーティーの間こっそり女王の部屋に本を探しに来ていたアビゲイルは、喧嘩した後性行為に及ぶ女王とサラを目撃、気付かれないようにこっそりと立ち去りました。
それから間もなく、サラの夫ジョンは戦争を率いるために宮殿を後にしました。
ハーレーはアビゲイルに接近し、サラとアンを偵察し何が彼女たちの好意を弾く方法を探るように言いますがアビゲイルは拒否します。
それまでアン女王はアビゲイルにさほど関心を抱いていませんでしたが、アビゲイルが女王のうさぎたちに興味を抱いたことから状況は一転。
アンはアビゲイルを寵愛するようになります。女王は流産と死産を何度も経験し、計17人の子供を亡くした代わりにうさぎをたくさん飼っているのです。
政治に忙しいサラではなくアビゲイルと多くの時間を過ごすようになったアン。
やきもきしていたサラはある夜女王のベッドでアビゲイルと女王が一緒に寝ているのを発見してしまいます。
翌日彼女はアビゲイルに本を投げてぶつけ、女王の周りの仕事から解雇すると告げました。
それを聞いたアビゲイルは本で自らをぶって鼻血を出し、女王の部屋の前で大泣きを始めました。
映画『女王陛下のお気に入り』の感想と評価
参考映像:『籠の中の乙女』
ヨルゴス・ランティモス監督の特徴
『籠の中の乙女』(2009)『ロブスター』(2015)『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)で知られるヨルゴス・ランティモス監督。
彼の作品はグロテスクな暴力描写が淡々と描かれていますが、並行して呆気にとられるようなブラックジョークも盛り込まれているところも特徴です。
本作『女王陛下のお気に入り』は過去作品と比べ凄惨な描写は多くないものの、思わず眉をしかめながらも笑ってしまうシーンがあり、ランティモス監督の世界にあっという間に引き込まれてゆきます。
撮影監督ロビー・ライアンのキャメラワークに注目
Her Majesty doesn’t invite just anybody into her bedchamber. Please behave yourselves. #TheFavourite is in theatres everywhere Friday. pic.twitter.com/1XciY06Duz
— The Favourite (@the_favourite) 2018年12月17日
この作品で最も印象的なのは、広角レンズと魚眼レンズを用いての撮影。
『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)『マイヤーウッツ家の人々』(2017)などを手がけたロビー・ライアンが撮影監督に就き、女王の宮殿を時に閉鎖的に、時に既存以上に広い印象を観客に与えながら、美しくも冷酷に映し出していきます。
メインキャラクターを演じるオリヴィア・コールマン、レイチェル・ワイズ、エマ・ストーン、美しい女性陣は周りを取りまく男性陣のべったりとした厚化粧に比べナチュラルメイク。
加えてカメラは彼女たちの瞳やそばかす、どんな表情も暗闇の中に浮かび上がるように映し出し、観客は彼女たちの心情が手に取るように知ることができます。
歪んだ魚眼レンズでの映像は、宮殿で埋めく政治家たちの思惑やサラ、アビゲイル、アンの憎愛まじりの人間関係を表現。
虚弱体質のアン女王は車椅子に乗って移動するのですが、広角レンズは時折少し下のアングルから部屋の中、廊下、宮殿を映し出します。
女王は車椅子に乗っていようと誰よりも宮殿中を、そこに居座る人々のことをよく見ている表現するかのように、広角レンズは女王の視点のアングルでしばしば使用されます。
サンディ・パウエルの手がけた衣装も要チェック
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— The Favourite (@the_favourite) 2018年12月12日
ランティモス監督作品で初めて中世を舞台にした本作では、衣装も最大の魅力のひとつ。
手がけたのは『恋におちたシェイクスピア』(1998)、『アビエイター』(2004)、『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(2009)の3作品でアカデミー衣裳デザイン賞を受賞しているサンディ・パウエル。
モノトーンを貴重としたコルセットやドレスには古いデニム生地やレザー生地も使用され、中世特有のデザインでありながら現代的な魅力も備えています。
コルセット、レースのアイマスクや眼帯、編み上げのブーツなど、フェティッシュなアイテムは見ているだけでときめいてしまうはずです。
これまでのランティモス作品の登場人物たちは、閉鎖的で不条理な環境に迷い込んでしまった、望んだわけではないものの入ったというシチュエーションに置かれていました。
しかし今回、エマ・ストーン演じるアビゲイルは宮殿に放り込まれたものの、その中で必死にしたたかに生きようと努めます。
嘘をついたり、男性を利用して結婚したり、挙句の果てには目の上のたんこぶであるサラを殺そうとしたりします。
ウサギというメタファーとは
この映画には女王が飼っているウサギがたくさん登場しますが、『不思議の国のアリス』よろしく、アビゲイルもウサギに誘われて女王の部屋に近づいたかのようです。
サラは宮殿から追放され、アビゲイルは最終的に女王の1番の側近になれたかのように思えますが、結局彼女は自分は“お気に入り”どまりだったと気が付きます。
そうしてたくさんのウサギとアビゲイル、アン女王の表情が同一化され、「女王であれ、側近であれ、皆ウサギのように結局は同じ」というメッセージに受け取れます。
誰しも皆同じように恋愛感情を抱き、食事をし、吐瀉をし、嘘をつく、そして何かを失うこと、決して持つことができないものもあるです。
アビゲイルは、女王の心からの信頼と寵愛を受けることができず、女王は子供を得ることができず、そして長年連れ添ったサラを失ってしまいます。
アビゲイルとサラが娯楽でしていた鳥打ちのように、簡単に人の心を射止めることはできないという、ひとつの切ない恋愛物語としても終息します。
エルトン・ジョンの楽曲
最後に流れるのはエルトン・ジョンの「スカイライン・ピジョン」。
「あなたの手から、私を自由にして下さい。私を遠くの地に飛ばして下さい、でも全ての喜びは自由になること、このボロボロの足輪から。そしてこの鳥かごをお日様に向かって開け放って下さい。あなたはもうはるか彼方まで離れてしまった。」
自由に飛び立つ鳥に思いを馳せ、すべてから自由になりたいと願いつつ、行ってしまった手の届かない人への切ない心情が歌い上げられたこの歌。
滑稽で過激な表現の作品ですが、哀愁ある恋愛の真理をついた物語と言えます。
まとめ
The Royal Library is reserved for reading, trysts, and random acts of violence. See the movie that everyone is talking about in additional cities tomorrow. Get tickets: https://t.co/5wKcerPO0E pic.twitter.com/fu5JKNMnis
— The Favourite (@the_favourite) 2018年12月13日
最後はちょっぴり切ない余韻が残るランティモス流ラブコメディ『女王陛下のお気に入り』。
美しい女優陣の体を張った名演、コミカルさと狡猾さを加える男性陣の熱演、映像に衣装と何度観ても新しい発見がある本作は、すでにアメリカでは公開されていますが、日本公開は2019年2月の予定です。
技巧が凝らされた可笑しくも普遍的、鬼才ヨルゴス・ランティモス監督が放つ恋愛物語をぜひ劇場でご覧ください。