ノア・ジュプ主演、アルマ・ハレル監督作品『ハニー・ボーイ』
映画『ハニー・ボーイ』は、「トランスフォーマー」シリーズの主演を務めたシャイア・ラブーフが脚本を執筆。特に男性の観客から大きな支持を獲得し批評家も絶賛。
2019年のサンダンス映画祭で審査員特別賞を受賞し11月末から限定公開された作品です。
父親を演じるラブーフ他、ルーカス・ヘッジス、『プリティ・ウーマン』(1990)のローラ・サン・ジャコモ、『フォードvsフェラーリ』のノア・ジュープも出演。ラブーフが「ラブストーリー」と評す自身の伝記映画。
映画『ハニー・ボーイ』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Honey Boy
【監督】
アルマ・ハレル
【キャスト】
シャイア・ラブーフ、ノア・ジュープ、ルーカス・ヘッジス、ローラ・サン・ジャコモ、FKAツイッグス、バイロン・バワーズ、マーティン・スター、クリフトン・コリンズ・Jr
【作品概要】
監督を務めたアルマ・ハレルはドキュメンタリーの映画作家で、本作が長編映画デビュー。トライベッカ国際映画祭のドキュメンタリー部門作品賞を受賞したハレルの『Bombay Beach』(2011)は、ハーバード大学の大学院が教材として使用。
友人であるラブーフの脚本を読んで共感したハレルは、『ハリエット』(2019)を製作した会社の創設者ダニエラ・タップリン・ランドバーグから資金と制作の自由を得て映画化を実現。
映画『ハニー・ボーイ』のあらすじネタバレ
2005年。オーティス・ロートは子役からキャリアを積んだ22才の俳優。3度目の飲酒運転で逮捕されたオーティスは警察官に反抗し、更生施設へ送致されます。
モレノ医師は、施設から許可なく出れば4年間刑務所に服役すると説明し、検査の結果オーティスがPTSDを抱えていると診断。原因を尋ねます。
オーティスが自己認識していないことに気づいたモレノは、怒りの引き金になっていることは何なのか質問。オーティスは過去の記憶を辿り始めます。
1995年。子役で俳優業をしていたオーティスは、父親・ジェームズに付き添われて仕事をこなす毎日を送っていました。
粗悪なモーテルにジェームズと住んでいたオーティスは、父親の気性の激しい振る舞いに日々さらされています。
断酒し互助会へ通うジェームズですが、仕事を終えた息子を迎えに行くのをすっぽかし、オーティスが得たギャラでテイクアウトの食事を買い、2人で夕食。
地域に住む少年・少女の精神的ケアを担う組織に所属するトムがオーティスのメンターで野球観戦に誘ったことを知ったジェームズは、半ば強引にトムをバーベキューに誘うよう息子に言いつけます。
宿泊所に隣接するプールサイドへ訪れたトムを最初は世間話で相手をしますが、ジェームズは、突然息子に近づくなと脅し、トムをプールの中へ突き飛ばします。目の前で起きた光景にショックを受けたオーティスは絶句。
2005年。施設のプールサイドに座るオーティスは、爪をかじりながらジェームズがトムに取った行動を思い出します。
モレノ医師とのセッションで苛立つオーティス。医師は、部屋にある物を4つ選び、その度に手首に巻いた輪ゴムを弾くよう指示。
言う通りにしながらも部屋を歩き回るオーティスに対し、頭の中で駆け巡る思考を減らす為、モレノはもう一度繰り返すように言いますが、オーティスは馬鹿馬鹿しいと拒否。
水泳の時間、屁理屈をこねてばかりのオーティスに、インストラクターは、近くの森へ行ってお腹から声を出して叫ぶよう提案します。
1995年。ある日、映画の出演を打診されたオーティスは電話で母親へ報告。撮影がカナダで行われる為、前科があるジェームズが国外へ出られずオーティスに同行できない可能性を母親は気に欠けます。
すぐ傍に居る父親にオーティスがそのことを電話越しに伝えると、ジェームズは激怒。直接話をしない夫婦が互いを罵る言葉をオーティスが伝える羽目に。
「え?言ったことを繰り返すの?やって見るよ・・・ジェームズ、私はとっくに許してるけど、女の子を強姦したのはあんたでしょ」「また犠牲者の振りしやがって」
怒鳴りながら受話器をひったくる父親を部屋に残し、オーティスはやり切れない気持ちで外へ出ていきます。
日暮れの廃車置き場へ行ったオーティスは、落ちていた石で車の窓へ投げつけて壊し、父親から貰った煙草を吸い1人で時間を過ごします。
2005年。廃車置き場に居た自分を思い出したオーティスは、森へ行き何度も大声で叫びます。その後、気分が良くなったと施設のインストラクターへ報告。
「本音か?それとも小馬鹿にしてる?」そう訊かれたオーティスは、「両方」と返答。
「僕は忍耐強い。追い払うことはできないよ」と続けるインストラクターに、オーティスはそっぽを向いて歩き去ります。
モレノとのセッションを迎えたオーティスはいつもの様に苛立っています。
「フラストレーションを感じても良いのよ」
「親父の話をする意味がないんだって。親父のせいで酒を飲むわけじゃないんだから。仕事をする理由が親父なんだ。ただ、親父は、僕に何か良いことがあると全部自分の手柄だと思ってる」
「オーティス、それを書いてごらんなさい」
映画『ハニー・ボーイ』の感想と評価
『ハニー・ボーイ』は、幼少時代に実父から受けた虐待でトラウマを抱えて成長したシャイア・ラブーフが過去と向き合い乗り越えるまでを描いた物語です。
ラブーフは、業界や映画通から俳優として高い評価を得ていましたが、飲酒や麻薬で問題を起こし続け、役者を続けることが困難な状況になっていました。
逮捕した警察官が刑務所ではなく精神科の治療が必要だと判断し、セラピーを受けることになったことが、この映画の誕生へ繋がっています。
「唯一この頃まだ自分と口を聞いてくれていた親友アルマ・ハレルにセラピーを受けている間に書いた脚本を送ったら、映画にしようと言葉をかけてくれた」
そう話すラブーフは、当初全く出演するつもりは無かったものの、父親の役を演じるなら監督をやるとハレルが条件を出し、「モーテルから出なきゃだめよ。お父さんに会いに行ってらっしゃい」と勧められたことを明かしています。
痛くて健気で悲しくて仕方がない物語であるにも拘わらず、ラブーフが評した通り愛に溢れた作品。
子供が親に愛情を求めるのは当たり前ですが、ジェームズもまた息子を何にも代えられないほど愛しています。しかし、自分の心に抱えた闇の方が深すぎて手が回らないで状態。
闘牛の間に登場する道化師の仕事(ロデオ・クラウン)をしていたジェームズは、オーティスを誇りに感じる一方で、自信の欠片もない自分の存在感を馬鹿にされた時12才の息子を殴り、断ったはずのお酒に手を出してしまいます。
しかし、結局、その溝を埋めようと歩み寄るのもオーティス。子供は、どんな親も許し続ける姿を『ハニー・ボーイ』は描いています。
ラブーフが7年間口を聞いてなかった父親と実際に対面した時の様子は、本作のエンディングにそのまま反映されました。
12才と22才のラブーフをそれぞれ演じたノア・ジュープとルーカス・ヘッジスは、最初から最後まで観客を引き込むパワフルな演技力を披露。
「ルーカスはスキルを持つ役者で将来大きく成功する。彼の徹底した役作りは、他に見たことがない。毎日僕の家に来てクローゼットをあさり、朝起きると台所に居て観察。だんだんその凄さに怖くなり、そのうちノアまで住みついたから僕は他へ滞在し、2人が僕の家に住んでいた」とラブーフは撮影前のエピソードを紹介。
遠ざけていた父親を演じる勇気は計り知れませんが、その為に父親の心情へ深く分け入らねばならなかったラブーフは、人生が思うようにいかない父親の寂しさや孤独を理解することに繋がり、この映画製作後、親子関係を取り戻せたそうです。
「自由になった気がする」と穏やかな表情で心境を述べたラブーフは、「痛みを無駄にするな。自分にとって利用価値があるものなんだ」と依存症を持つ親や家族との問題を抱えて悩む観客へメッセージを贈っています。
親と子供の間には多かれ少なかれ確執が存在し、ジェームズ・ディーンの『エデンの東』(1955)から昨年公開の『ガラスの城の約束』(2019)まで多くの映画で取り上げられている普遍的なテーマです。
まとめ
無職の父親・ジェームズとモーテルに住み家計を担うオーティスは、12才の子役です。もっと父親らしくあって欲しいと望むオーティスですが、ジェームズは断酒したことが精一杯で人並みの父親になる術を持ちません。
オーティスはトラウマを抱えたまま成長。自身もアルコール依存症となりセラピーを受けていたある日、過去から引きずってきた痛みに向き合います。
ラブーフが書いた脚本を読んだ実生活の友人や俳優仲間の協力で映画化された『ハニー・ボーイ』は、愛された僅かな記憶を頼りに親を許し続ける子供の姿を描いた作品です。