映画『ハイ・ライフ 』は、4月19日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、ユナイテッド・シネマ豊洲ほか全国順次公開。
フランスの女性映画監督クレール・ドニの映画『ハイ・ライフ』。
ブラックホールの撮影に成功した2019年春現在、最もタイムリーといえる奇抜なSF作品をご紹介します。
映画『ハイ・ライフ』の作品情報
【公開】
2019年(ドイツ・フランス・イギリス・ポーランド・アメリカ合作映画)
【原題】
High Life
【監督】
クレール・ドニ
【キャスト】
ロバート・パティンソン、ジュリエット・ビノシュ、ミア・ゴス、アンドレ・ベンジャミン、ラース・アイディンガー、アガタ・ブゼク、クレア・トラン、ユアン・ミッチェル、グロリア・オビアニョ、ジェシー・ロス、スカーレット・リンジー、ビクター・バナルジー
【作品概要】
監督は『ショコラ』(1988)で長編デビューを飾り、『ネネットとボニ』(1996)ではロカルノ国際映画祭で金豹賞を、『美しき仕事』(199))は第28回ロッテルダム国際映画祭KNF賞などを受賞、実際の事件を基に製作した『パリ、18区、夜。』(1994)などジャンル問わず作品を発表し続けているクレール・ドニ。
主演を務めるのは「トワイライト」シリーズで大ブレイクし、近年はデヴィッド・クローネンバーグ監督作品『コズモポリス』(2012)『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(2014)への出演、またクリストファー・ノーラン監督最新作への出演も決定するなど名匠たちから愛されるロバート・パティンソン。
共演は『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)でアカデミー賞助演女優賞をはじめ数々の賞を受賞、『トリコロール/青の愛』(1993)ではヴェネツィア国際映画祭女優賞とセザール賞主演女優賞を、『トスカーナの贋作』(2010)ではカンヌ国際映画祭女優賞と世界三大映画祭を制したフランスの大女優、ジュリエット・ビノシュ。
『サスペリア』(2018)で注目を集めたミア・ゴスも物語のキーとなる人物を演じています。サン・セバスティアン国際映画祭で国際批評家連盟賞、ゲント国際映画祭で最優秀音楽賞を受賞しました。
映画『ハイ・ライフ』のあらすじとネタバレ
ブラックホールからエネルギーを抽出するために、もともと死刑囚だった犯罪者のグループは“7”に乗せられ宇宙へ送られていました。
彼らは人工授精によって子供を作ることに執着している女性医師、ディブスによって薬を打たれ、半ばモルモットのように扱われています。
囚人間の性行為は禁止されているため、船には自慰行為をするための箱“ファックボックス”があります。
禁欲的な囚人、モンテはディブスの性に関する実験を快く思っていませんでした。モンテは子供の頃友人を殺し、終身刑を宣告された身でした。
船がブラックホールに近づくにつれ、船長のチャンドラは放射線量の増加に耐えることができず、ディブスに安楽死されられる前に発作を起こして死亡します。
妊娠中だった囚人エレクトラは子供と一緒に死にました。
ある晩、エットーレという囚人がボイジーを強姦しようとしますが、彼女の悲鳴によって他の囚人たちが駆けつけ、エットーレは部屋から追い出されました。
ボイジーと同室のミンクは彼を殺害しました。
ディブスは各囚人が飲む鎮静剤の量を二倍にし始めます。ディブスは夜モンテの部屋に入り、薬で彼が眠っている間強姦し静液を抽出、彼女はそれをボイジーに注入しボイジーは妊娠します。元気な女の子が生まれましたが、モンテは彼の子供だとは気が付きません。
映画『ハイ・ライフ』の感想と評価
クレール・ドニ監督といえば、愛する行為の途中で相手を食い殺してしまう奇病を抱えた人々の物語『ガーゴイル』(2001)。
また両親の離婚によって引き離された兄と妹が求め合う姿を描いた『ネネットとボニ』(1996)など、人間の性と愛に焦点をあてて多彩な作品を制作してきました。
本作『ハイ・ライフ』は言葉を極力省き、抽象的でシンプルな映像で人の真理を模索するSFドラマとなっています。
映画冒頭は青々とみずみずしい植物を覆う水滴、生々しいほどまでに艶めいて、息吹をあげる様が何とも官能的です。
反して暗闇ばかりが広がる宇宙空間の不気味さ、くすんだオレンジ色の囚人服に身を包んだキャラクターたち、アイボリー色の船内と審美的な造形が不穏さをますます募らせてゆきます。
美術を担当したのは『ヴィオレッタ』(2014)『パーソナル・ショッパー』(2017)のフランソワ=ルノー・ラバルテ。
生命の緑、官能の青、欲望の赤、無機質な白、単色で統一された各場面と無音に近い張り詰めた空気感が観客を彼らと同じ、箱の中のディストピアへと誘います。
滑らかで静謐なカメラワークや全編を色、性質を変えながら流れ続ける液体、ノスタルジックな情景の映像表現がアンドレイ・タルコフスキー監督作品『惑星ソラリス』(1972)『ストーカー』(1979)などを想起させると言われる所以の一つでしょう。
本作のテーマの一つが、台詞にも登場するように“タブー”。
女性医師ディブスは人工生殖に固執し、自分が媒介となって囚人たちを妊娠させると言う“タブー”を破った行為、実験に挑み続けています。
欲望も管理されて身も心も限界となり暴力に走り壊れてゆく囚人たち、究極の密室内での悲劇は地獄そのものです。
しかし反してロバート・パティンソン演じるモンテと、不本意ながら彼の娘として誕生したウィローの間に流れる空気は平穏でありふれた温かいもの。
愛のない生殖から誕生した生命が愛によって育まれていく、混沌状態の物語はタブーを破る“愛”によって収束してゆきます。
本作で描かれているブラックホールは、金色の光の粒が辺りに散らばり線が続いて、光さえも飲み込んでしまうとは思えないほど美しく神秘的です。
モンテとウィローが最後入っていく瞬間は、まるで生まれる前の胎児の頃の記憶を呼び戻すかのような究極のノスタルジー、安心感を感じさせる所が本作の魅力の一つでもあります。
生命の誕生というのは、世界の最大の神秘の一つですが、人間ひとり一人の血や鼓動も宇宙と呼応していて、やがては皆出発点である無へ帰してゆく。
“何とも言えない”という曖昧な言葉がぴったりの本作ではありますが、クレール・ドニ監督の有無を言わせないその世界観、性や愛に形を変えながら切り込むその果てのない探索は戦慄を覚えるほどです。
最後ブラックホールの中で微笑み合う親子のように、人間は「ここが最果てだ」と思った瞬間に、初めてその奥へ旅立つことができるのかもしれません。
まとめ
誰をも翻弄するジュリエット・ビノシュの魔性の妖艶さや、欲望に飲み込まれていきながらも儚い魅力を放つミア・ゴスと出演者たちそれぞれの存在感も抜群な『ハイ・ライフ』。
誰もが思いをはせる宇宙や生命についての疑問「私たちはどこからやってきて、どこへ向かうのか」その答えを見つける旅をドニ監督ならではの官能を帯びた世界観で見せる、レトロで審美的な作品です。