北欧アイスランドの漁村を舞台に、思春期を迎えた幼馴染の少年たちの揺れ動く感情を繊細に描いた青春映画『ハートストーン』は、2017年7月16日より全国順次公開中です。
1.映画『ハートストーン』作品情報
【公開】
2017年(アイスランド、デンマーク)
【原題】
Hjartasteinn
【監督】
グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン
【キャスト】
バルドル・エイナルソン、ブラーイル・ヒンリクソン、ディルヤゥ・ワルスドッティル、カトラ・ニャルスドッティル、ヨゥニナ・ソールディス・カルスドッティル、ダニエル・ハンス・エルレンドソン、ヨゥニナ・ソールディス・カルスドッティル、ラゥン・ラグナスドッティル、ソーレン・マリン
【作品概要】
北欧アイスランドの漁村を舞台に、思春期を迎えた少年たちを繊細なタッチで描いた青春映画。グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督が、自身の少年時代の経験、友人や家族をもとにして描いた長編映画第一作。第73回ベネチア国際映画祭をはじめ、世界各地の映画祭で47もの賞を受賞している。
2.映画『ハートストーン』あらすじとネタバレ
北欧アイスランドの小さな漁村。青い空の下、港の桟橋で、ソールはいつもの仲間たちと戯れていました。
彼は、上半身裸で寝そべる親友、クリスティアンの腋毛を横目で盗み見していました。ソールにはまだ毛が生えてこないのです。
その時、漁船の下に大量の魚がいることに気付きました。彼らは大騒ぎしながら、次々と大物を釣り上げます。その中に一匹、カサゴが混じっていました。クリスティアンはリリースしようとしますが、他の少年たちが、「へんな顔をしている。クリスティアンみたいだ!こんなぶさいくなやつ釣りやがって」と叫ぶと踏みつけ始めました。
「よせ!」ソールは痛めつけられたカサゴを海に返しました。「どうせ死んでしまう」と少年は言いましたが、ソールの顔は真剣でした。
ソールは魚がたっぷりはいった籠を抱えて家に戻りました。母が喜んでくれるかと思っていたのに盗んだの?と疑われ、すっかり腹をたててしまいます。
裸になってシャワーを浴びていると、さっき別れたばかりのクリスティアンが遊びにやってきました。
ソールの姉のハフディスとラケルはふざけて裸のソールを外にしめ出しました。
ソールは一緒に笑っていたクリスティアンの頬を叩いて言いました。「このこと、誰にも言うんじゃないぞ!」クリスティアンは笑ってソールの肩に腕を回すのでした。
家の前で魚が痛み始めていました。
廃車置き場にやってきたソールとクリスティアン。車が一台、こちらにやってくるのが見えました。「フュークルたちだ!」二人は慌てて、廃車の下に潜り込みました。
車から降りたフュークルとその仲間は、猟銃で手当たり次第に撃ち、二人が隠れている車にも撃ち込むとさっさと去っていきました。
二人は草原を歩いて、アウスゲイルの店へやってきました。ティーンエイジャーが集まるお店です。
店にはフュークルも来ていました。ソールが裸で家から締め出されたことを知っているようでした。姉から聞いたのでしょうか。
そこへいつも二人一緒に行動している少女、ベータとハンナがやってきました。ソールはベータに仄かな恋心を抱いていました。
店を出る時、ソールはフュークルがベータたちに今朝のことを話してしまうんじゃないかと心配でなりません。
ある朝、ソールはベッドで下半身に手をのばしていると、ラケルが部屋に入ってきました。あわてて行為をやめるソール。ラケルは出ていったようなので、再び自慰を始めると、彼女は隠れてそれを見ていました。「信じられない。変態!」とラケルは笑いながら言い、「お前こそ変態だ!出て行け!」ソールは叫びました。
昼間、ソールとクリスティアン、ベータとハンナは”キスゲーム”で遊び、夜、こっそりとベータの家に集まりました。
ベータの話しによれば、同級生が引っ越すそうです。父親がゲイだったらしいのです。「なんで結婚前に気づかなかったのかな?」とベータは言いました。
「うちに泊まりたい?」と聞かれ、ソールはうなずきました。「部屋から出ないで。パパがうるさいから」。四人は「真実か、挑戦か」というゲームをし、最初、ベータとハンナがキスをし、次にソールとクリスティアンがキスすることになりました。
クリスティアンはいやがりますが、結局二人はキスします。実はクリスティアンは密かにソールに友達以上の気持ちを抱いているのです。
深夜、ソールは目をさまし、「トイレに行きたい」と訴えますが、ベータは「パパにみつかったら殺される」と許してくれません。
そのまま眠ってしまったソール。雨音で目を覚ますと、布団が濡れていました。漏らしてしまったのです。ソールはどうしていいかわからず、雨の中、一人で逃げるように帰っていきました。
目が覚めたクリスティアンはソールがいないこと、布団が濡れていることに気が付きます。シーツをとりはずそうとしているとベータが起きて「何をしているの?」と尋ねました。
家に戻ってきたソールに母親が声をかけてきました。「魚を捨ててきてちょうだい。臭くて料理できない」。
「腐ったのはほっておくからだろ!」ソールは怒鳴りました。腹を立てながら、魚を海に捨てに行きました。ポケットから濡れたパンツを取り出すとそれも海に投げ捨てました。
クリスティアンがやってきました。「漏らしただろ?」と問う彼にソールは正直に話すことができません。クリスティアンは「ベータは僕が漏らしたと思っている」と言いました。彼は本気で腹をたてているふうではありませんでした。
その夜、二人はラケルの絵のモデルをやらされました。ラケルは芸術家肌なのです。化粧をして、上半身裸になり、二人ぴったり寄り添わされます。
突然母親が男を連れて帰ってきたので、ソールたちはあわてて服を着ると、外へ飛び出しました。
翌朝、姉が母に文句を言っていました。ソールたちの父親は若い愛人を作り家を出ていました。母は孤独で誰かにすがりたいのですが、この村ではへんな噂が一度たとうものなら、生きていくのが難しくなってしまうのです。
クリスティアンの父親は暴力を振るい、両親の喧嘩は日常茶飯事でした。寝床にはいると、二人が諍う声が聴こえてきて、クリスティアンはたまらない気持ちになるのでした。
ソールとクリスティアンは牧場の手伝いをしていました。トラクターを運転させてもらい大はしゃぎです。
クリスティアンが厩舎に行くと、傷を負った羊が倒れていました。彼は大声で牧場主のスヴェンを呼びました。
スヴェンは拳銃で羊を射殺しました。野犬にかまれた羊は焼却処分するしかないのだそうです。
スヴェンはソールに声をかけて、ソールの母親に渡してくれとネックレスを渡しました。母親に気があるようです。
ソールはそれをベータに渡しました。ベータはソールたちにキャンプに行かないかと誘ってきました。スヴェンの馬をちょっとだけ借りればいいという彼女の言葉に彼らは最初は躊躇していたものの、意気地なしと言われ、厩舎に忍び込みました。
一頭に二人ずつ乗り、移動する四人。テントを張り、薪を集めて火を付けます。ソールとベータ、ハンナとクリスティアンに別れ、カップルになった二組はそれぞれキスを交わすのでした。
3.映画『ハートストーン』の感想と評価
アイスランドの小さな漁村に住む思春期の子どもたちの姿を繊細に描いた本作は、グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督の初の長編作品です。
監督自身も幼い頃、漁村で過ごしたことがあり、その時の体験がいかされていると言います。
第73回ベネチア国際映画祭クィア獅子賞、第52回シカゴ国際映画祭ゴールドQヒューゴ賞、第32回ワルシャワ国際映画祭最優秀監督賞・男優賞スペシャルメンションエキュメニカル賞など、数々の国際映画祭で評価されました。
青い空、牧歌的な風景の中で繰り広げられる切なくも美しい胸キュン青春映画を期待していると、ある意味裏切られるでしょう。
ここにあるのは小さなコミュニティーにうずまく息苦しさです。冒頭のカサゴをめぐるエピソードは、異端なものを決して認めないという象徴として描かれています。
小さな世界ですから、思春期を迎えた少年たちの私的な恥ずかしい出来事も、あっと言う間に人々の知るところとなり、孤独を抱えた大人の品行にまで厳しい目が絶えず向けられています。
のびのびと自然を謳歌するというよりは、どこか、ひと目を気にして、びくびくしている。勿論、それは思春期の若者にみられる普遍的な心理でもあるのでしょうが、村の大人たちのどこか荒廃した心が若者たちを射すくめているようにも見えます。
こんな世界で、同性の少年に恋をしているクリスティアンはどう生きていけば良いというのでしょうか。彼の行き場のない不安や哀しみ、絶望が胸に迫ります。
彼自身よりも、周囲の者が先に気付いているという点や、海が間近にある場所に住んでいるという点で、『ムーンライト』(’16バリー・ジェンキンス監督)の少年を思い出さずにはいられません。
いつも二人一緒に行動しているおませな少女ベータとハンナ。ソールの二人の姉、ラケルとハフディスも魅力的な人物として登場します。少年たちを翻弄する彼女たちの生き生きした運動性が素晴らしいです。
まだみんな幼くて、「ここではないどこかへ」憧れたり、焦燥したりする気持ちは芽生えていないように見えますが、クリスティアンがこの村を去ることで、彼らも遅かれ早かれ、こことは違う別の世界を認識することになるでしょう。
性の目覚め、自我の目覚め、未来への思いの萌芽が、静かに描かれています。
最後にソールがとる行動と、リリースされたカサゴが復活して泳いでいく様子に、観るものも救われる想いです。彼らに幸あらんことを願わすにはいられません。
まとめ
観ていて驚いたのは、カメラが少年たちにものすごく近い位置にあることです。近いというのは文字通り、物理的な距離のことでもありますが、非常に赤裸々に彼らの生理に密着しているのです。
彼らは思春期真っ只中で、おそらく演じている少年の年齢は役柄とほぼ同じくらいでしょう。
ソールを演じたバルドル・エイナルソンなどはお腹がぽこんと出ている幼児体型をしていて、思春期前夜の幼ささえ感じられます。クリスティアンを演じたブラーイル・ヒンリクソンは、大人びた雰囲気が漂っているので実際はもう少し年上かもしれませんが。
例えば、若い女の子の前で全裸姿になるとか、体毛の問題とか、女の子への憧れだとか、性の目覚めなど、これくらいの年頃の少年なら、人に見られたくない、知られたくない、恥ずかしく赤面してしまいそうなエピソードを彼らは体当たりで演じています。
全てをさらけ出しているといってもいいでしょう。観ていて少なからずハラハラしてしまうところもありました(青春ものの中には実年齢より上の年代の俳優を起用することが多々あるのも、こうした問題があるからかもしれません)。
これはよっぽどの信頼関係がないと出来ないことではないかと思われます。監督の意図を俳優がしっかりと理解していたからこそでしょう。
その熱演は世界で評価されています。バルドル・エイナルソンは初の映画出演作で、ワルシャワ、キエフ国際映画祭で男優賞スペシャルメンションを受賞。マラケシュ国際映画祭でブラーイル・ヒンリクソンと共に最優秀主演男優賞を受賞しています。
ブラーイル・ヒンリクソンは本作が二作目の映画出演。第19回アイスランド・アカデミー賞で主演男優賞を受賞しています。
もっとも、彼らが頻繁に上半身裸になるのは、セクシュアリティの表現というよりは、太陽光を体に摂取するためだと思われます。アイスランドの気候を考えれば、晴れ間には服を脱いで太陽光を求めるのは当たり前のことなのでしょう。
冬になると日照時間は短くなっていきます。
ある日、雪が降り、もう冬が来ると誰かがつぶやくシーンがとても印象に残りました。