世界中で異例の大反響を呼んだ、家族の絆の物語…
涙と笑いに包まれたヘンテコ家族のロードムービー『はじまりの旅』をご紹介します。
映画『はじまりの旅』の作品情報
【公開】
2016年(アメリカ)
【原題】
Captain Fantastic
【監督】
マット・ロス
【キャスト】
ヴィゴ・モーテンセン、フランク・ランジェラ、ジョージ・マッケイ、サマンサ・アイラー、アナリス・バッソ、ニコラス・ハミルトン、シュリー・クルックス、チャーリー・ショットウェル、キャスリン・ハーン、トリン・ミラー、スティーブ・ザーン、イライジャ・スティーブンソン、テディ・ヴァン・イー、エリン・モリアーティ、ミッシー・パイル、アン・ダウド
【作品概要】
『あるふたりの情事、28の部屋』(2012)以来2作目の長編映画となるマット・ロスが監督・脚本を務め、家族の絆や子供への向き合い方をテーマにしたロードムービー。
主演のヴィゴ・モーテンセンの最高傑作ともいわれるほどの熱演を見せ、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。共演は『フロスト×ニクソン』のフランク・ランジェラ、『サンシャイン/歌声が響く街』のジョージ・マッケイ。
第69回(2016)カンヌ国際映画祭「ある視点」監督賞受賞作品。
第89回(2017)アカデミー賞主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン)ノミネート。第74回(2017)ゴールデングローブ賞主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン)ノミネート。
映画『はじまりの旅』のキャスト一覧
ベン・キャッシュ / ヴィゴ・モーテンセン
1958年10月20日、デンマーク人の父親とアメリカ人の母親の間に生まれたヴィゴ・モーテンセンは、家族と共にベネズエラやアルゼンチン、デンマークなどを転々としたいたことから、英語以外にスペイン語、デンマーク語、フランス語、イタリア語などを流ちょうに話せるのだそう。
ブルーリボン賞外国作品賞受賞作品『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985)
彼が俳優としてデビューを飾ったのはピーター・ウィアー監督、ハリソン・フォード主演の『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985)。
1991年にはショーン・ペンが初めて監督を務めた『インディアン・ランナー』でベトナム帰還兵を演じ(PTSDを患い精神的に異常をきたしている)、高評価を受けます。
その後、何作も出演を重ねるも、どうにもパッとした役には恵まれることがありませんでしたが、2001年に彼の一大転機となる作品と出会うことに。
ご存知の人気シリーズ!『ロード・オブ・ザ・リング』(2001)
それがピーター・ジャクソン監督作の『ロード・オブ・ザ・リング』です。ここでヴィゴ・モーテンセンは旅の仲間のリーダー的存在であるアラゴルン役を務め、フェニックス映画批評家協会キャスト賞を受賞するなど世界的人気を得ることになります。
2007年の『イースタン・プロミス』では、アカデミー賞を始め数々の賞レースでその名を轟かせ、その地位を確かなものとしました。
さて、そんなヴィゴ・モーテンセンが『はじまりの旅』で演じるのは、7歳から18歳までの6人の子供たちの父親ベン。
なんでも、高名な哲学者ノーム・チョムスキーを信奉し、文明社会に背を向け、子供たちと共に森の中に籠って生活を営んでいるのだそう。
そんな彼が妻・レスリーの死をきっかけに文明社会へと再び戻った時(子供たちを引き連れ)、家族の中に生じた変化や自らの生き方を問われる事態に陥るという役柄ですので、刻々と変わっていく子供たちの変化をどういう目(表情)で見つめているのかという点に注目していきたいです!
ジャック / フランク・ランジェラ
1938年1月1日(なんと?!)生まれ、現在79歳のフランク・ランジェラは、これまで4度もトニー賞を受賞していることからも分かる通り、そもそも舞台俳優としてその地位を確立していました。
彼が映画に出始めたのは1970年代。代表作としてはエイドリアン・ライン監督(キューブリック版ではない)の『ロリータ』(1997)、『ナインスゲート』(1999)『グッドナイト&グッドラック』(2005)が挙げられます。
舞台と映画で主役を務めた『フロスト×ニクソン』(2008)
どの作品でも脇役としての出演でしたが、ロン・ハワード監督の『フロスト×ニクソン』(2008)でリチャード・ニクソン役として見事に主演を飾り、アカデミー賞やゴールデングローブ賞でノミネートされるなど、舞台だけでなく映画俳優としてもその地位を確かなものとしました。
そんなフランク・ランジェラが『はじまりの旅』で演じるのは、ベンの義理の父親ジャック(亡くなった妻レスリーの父にあたる)。
ジャックとしては、病気だった娘をほったらかして世捨て人のような生活を送っているベンのことを、「来れば警察を呼ぶ」と警告するほどベンのことを嫌っているよう。
葬儀に現れた(ド派手な格好で?!)ベンに、法的手段も辞さないという強硬な姿勢を見せるジャックが、子供たちやベンと触れ合うことで果たして心境に変化が表れてくるのかという点が注目すべきポイントになりそうですね!
ボウドヴァン(ボウ)・キャッシュ / ジョージ・マッケイ
今月で25歳となるジョージ・マッケイ(1992年3月13日生)は、10歳の時に『ピーターパン』(2003)で映画デビューを飾りました。
2008年にエドワード・ズウィック監督の『ディファイアンス』に(チョイ役で)出演した後、2009年の『The Boys Are Back』では英インディペンデント映画賞(BIFA)有望新人賞、ロンドン映画批評家協会賞若手俳優賞にノミネート。
英国ミュージカルの映画化!『サンシャイン/歌声が響く街』(2013)
その後『サンシャイン/歌声が響く街』(2013)、『私は生きていける』(2013)などの話題作に続々出演を重ね、2014年にはBAFTA賞EEライジング・スター賞などにノミネートした他、ベルリン国際映画祭シューティングスター賞や見事輝くなど、その将来が嘱望される期待の若手俳優ですね。
彼が演じるのはベンの息子で長男のボゥドゥバン(ボウ)。超秀才で抜群の運動神経を誇るボウですが、どうやら女の子と話すのが苦手のよう。
みどころはそんな女子が苦手なボウの初々しい姿でしょう!葬儀に向かう道中で出会った美少女クレアとの恋の模様が一体どんな結末を迎えるのかに注目です!
キーラー・キャッシュ / サマンサ・アイラ―
ヴェスパーと双子の姉妹であるキーラー、15歳。得意言語はエスペラント語というちょっと変わった女の子なんでしょうか…?
そんなキーラーを演じるサマンサ・アイラ―は、1998年10月26日生まれで、『ホームラン 人生の再試合』(2013)などに出演しているまだまだ駆け出しの女優さん。
年頃の女の子であるキーラーが初めて見る都会の姿にどんな表情を見せるのかが楽しみですね。
ヴェスパー・キャッシュ / アナリス・バッソ
キーラーと双子の姉妹のヴェスパー(15歳)を演じるのは、サマンサ・アイラ―と同じく1998年生まれ(12月2日)。
過去には『ベッド・タイム・ストーリー』(2008)、『オキュラス/怨霊鏡』(2013)への出演経験があり、サマンサ・アイラ―よりも少しだけキャリアが長いのでしょうか。
彼女が演じるヴェスパーは、狩りが得意で家の屋根にも登れるほどの身体能力を有するのだとか。
都会に出た時にキーラーとはどういった反応の違いを見せるかがポイントになりそうですね。
レリアン・キャッシュ / ニコラス・ハミルトン
2000年生まれのニコラス・ハミルトンの過去の出演作はニコール・キッドマン主演の『虹蛇と眠る女』。
彼が演じる次男レリアン(12歳)は、もしかしたらかなり鍵を握る存在になるのかもしれません。兄弟で唯一ベンの教育方針に疑問を持ち、祖父にあたるジャックの家を訪れた時は、森へ帰らずここで暮らすと宣言するシーンもあるのだそう。
それに対するベンの反応や、レリアンがどんな道へと歩みを進めていくのかに注目です!
サージ・キャッシュ / シュリー・クルックス
三女サージ(9歳)を演じるシュリー・クルックスは、2011年にテレビドラマ『アメリカン・ホラー・ストーリ』に出演するなど、将来が期待される子役の女の子。
好奇心旺盛で、何でも最近の関心事は“死”なんだとか。そのこともあってか、趣味は何と動物の剥製を作ることというちょっとぶっ飛んだキャラの女の子よう。
彼女の可愛らしい姿には男女問わずメロメロになることは間違いありません!
ナイ・キャッシュ / チャーリー・ショットウェル
いつも裸でいることが大好きな三男ナイ(7)を演じるのは、チャーリー・ショットウェル。
『はじまりの旅』のオーディションが人生で初めて受けたいくつかのオーディションの中の1つだったそうで、出演作もまだまだ少ないが、そのどこかとぼけた表情は一家の良いムードメイカーになっていそうな気がしますね!
サージとのお子ちゃまコンビの可愛らしい姿は必見だと思います!
ハーパー / キャスリン・ハーン
キャスリン・ハーンは、2003年に出演したケイト・ハドソン主演の『10日間で男を上手にフル方法』やウィル・フェレル主演の『俺たちニュースキャスター』(2004)など、コメディ作品のイメージが強い女優さんですね。
しかし、サム・メンデス監督の『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(2008)や、M・ナイト・シャマラン監督の『ヴィジット』(2015)などの非コメディ映画でも良い味を出しています。
『はじまりの日』で彼女が演じるのはベンの妹ハーパー。夫のデイヴと共にべンの唯一の理解者でしたが、あまりに突飛な言動を繰り返すベンに呆れかえり、彼に苦言を呈することになるのだそう。
ヴィゴ・モーテンセンとの掛け合いなんかもきっと随所に笑えるポイントがありそうですね。
映画『はじまりの旅』の監督紹介
監督:マット・ロス
映画『はじまりの旅』の監督・脚本を務めるのはマット・ロスです。
そもそもは俳優が本業で、テリー・ギリアム監督の『12モンキーズ』(1995)を始め、『フェイス/オフ』(1997)、『アメリカン・サイコ』(2000)、『アビエイター』(2004)と数々の超有名作に名を連ねてはいるのですが…。
残念ながら全く印象に残っていない(主要な登場人物ではない)というのが正直なところです…。
しかし、2012年に長編映画初監督作品となった『あるふたりの情事、28の部屋』での監督としての手腕が高く評価され、米バラエティ誌による2016年の注目監督10人の1人に選ばれたのだとか。
もしかしたら俳優よりも監督業の方が向いているのでは?と思いたくなりますよね。
しかも今回の『はじまりの日』(長編映画2作目)が国内外で素晴らしい評価を得ていること(カンヌでは「ある視点」監督賞を受賞した!)もあって、ますます監督に専念してもらいたいと思う次第です。(マット・ロス本人がどう考えているのかは不明ですが…)
本作では『あるふたりの情事、28の部屋』同様、脚本も務めているというマット・ロス。前作が不倫をテーマにしたドロドロとしたラブストーリーだったのとは打って変わって、明るく愉快な(コメディタッチの)ロード・ムービーに仕上げてきましたね。
雰囲気が近い作品としては、アレクサンダー・ペインの『アバウト・シュミット』(2002)、『サイドウェイ』(2004)、はたまたジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス夫妻の監督作『リトル・ミス・サンシャイン』(2006)辺りが挙げられるでしょうか。(どちらかというと『リトル・ミス~』の方が近いか)
『はじまりの旅』の着想としては…
現代のアメリカで子供をどう育てるべきか
親としての私自身の悩みが作品の原点だ。
…と語っています。(公式サイトのフィーチャレット動画より抜粋)
奇抜ではありながらもしっかりと子供に向き合っているベンと、文明社会に出た子供たちの間に生じた溝や、周囲の人間(例えばジャックら)と衝突することで、果たして何が正しくて何が正しくないのか、もしかしたら出せないかもしれない答えを見つけに行く旅が『はじまりの旅』なのかもしれません。
撮影監督:ステファーヌ・フォンテーヌ
最後に撮影監督のステファーヌ・フォンテーヌについても触れておきましょう。
ステファーヌ・フォンテーヌと切っても切り離せないのは、第68回(2015)カンヌ国際映画祭で悲願のパルム・ドールを獲得したジャック・オーディアール(3度目の出品だった)。
彼が監督した『真夜中のピアニスト』(2005)、『預言者』(2009)、『君と歩く世界』(2012)の3作品でいずれも撮影監督を務めたのが、ステファーヌ。フォンテーヌです。
『真夜中のピアニスト』と『預言者』ではセザール賞撮影賞を受賞するなど(『君と歩く世界』ではノミネート)、その手腕は折り紙付き。
どちらかというと、あえて手ブレさせたり、リアリティを重視する撮影手法や光の使い方が巧み(柔らかく良い意味でぼやけたようなイメージ)で、本作でもその力は如何なく発揮されているといえるでしょう。
ぜひ、その美しすぎる映像の数々を『はじまりの旅』でご堪能いただければと思います!
映画『はじまりの旅』のあらすじ
森で暮らす家族
雄大なアメリカ北西部。見渡す限り森林ばかりがある土地に父ベン・キャッシュと6人の子供が暮らしていました。
電気やガスはもちろんのこと、携帯の電波も届かないような大森林の中で、ベンと子供たちが送っていたのは自給自足のサバイバル生活。
18歳の長男ボウドヴァン、15歳の双子の姉妹キーラーとヴェスパー、12歳の次男レリアン、8歳の三女サージに、末っ子は7歳のナイたちは、父親のベンから熱血指導で6ヶ国語をマスターする程の頭脳の持ち主。
他にもアスリートも顔負けの運動神経も抜群で、ナイフ1本で生きるすべも身につけていました。
まるで毎日が冒険のようで、ベンにとっては理想の楽園がこの地に広がっていました。
旅立ち
そんなベン一家にある悲劇が襲います。
ある日、ベンが“スティーブ”と名付けたバスでふもとの村の雑貨屋を訪れた時、病気で入院していた妻レスリーが亡くなったという知らせを受けたのです。
ベンと共に悲しみに暮れる子供たちは、「お葬式に行かなくちゃ」と懇願します。レスリーの父ジャックからは忌み嫌われているベンが、子供たちのためにと彼に電話を掛けると、「もし来たら警察に通報する」とまで言われてしまいます。
そのことを子供たちに伝えるも、なおも引き下がりません。そこでベンは一大決心をし、いざ2400km離れたレスリーの故郷ニューメキシコへ向かうことに決めました。
子供たちのミッションは、仏教徒である母を教会から救い出すこと。「戦闘開始!」だというベンの掛け声とともに“スティーブ”に乗り込み、一斉に雄叫びを上げる子供たち。
食べ物を救え!
森から外界へ出たことのないサージやナイにとっては、驚くことばかりでした。ダイナーのホットドッグやコーラに目を輝かせますが、ベンはコーラを「毒液だ」といって店を出てしまいます。
今度のミッションを「食べ物を救え!」ということに設定し、スーパーからまんまとチョコレートケーキを盗み、子供たちに振舞ったベン。
その日の夜は、ベンの唯一の理解者である妹のハーパー(と夫のデイヴ)の家に泊まることに。
いざ食卓に皆がつくと、あまりに常識はずれな言動を繰り返すベンや子供たちに、さすがのハーパーの堪忍袋の緒が切れたようで、ちゃんと学校に子供たちを通わせるべきとベンに諭しますが、ベンはそんな言葉には一切耳を貸しません。
映画『はじまりの旅』感想と評価
この作品は俳優でもあるマット・ロスが脚本・監督を務めています。彼はなぜ今作を作りたかったのだろうか。それは彼の生い立ちと深い関係があるようです。
マット監督の母親は普通とは違った生活環境に興味があり、幼い頃の彼は北カルフォルニアとオレゴンのコミューンで暮らし、最新のテクノロジーとは無縁の人里離れた場所に住んでいました。
つまりは、まったく同じではないにしても、脚本を執筆するにあたり原体験として大きく影響をしているのでしょう。
世界最高の論客と呼ばれた言語学・言語哲学者のノーム・チョムスキー
例えば、ノーム・チョムスキーについての逸話をあげれば、彼はマット監督に通ってのヒーローであると述べています。
実際に今作に出てきたように、チョムスキーの誕生日の12月7日にはクリスマスののように祝う、プレゼント交換をしていたそうです。
このように子どもの頃に体験したことを脚本に織り交ぜながら、マット監督は現代アメリカで親になること、子どもを教育するということに真正面にそのことをテーマに捉えて執筆に向かっていたのです。
さて、今回は考察する【深掘り1】は、映画『モスキート・コースト』との比較。
【深掘り2】は、見逃し厳禁⁉︎のラストショットの見どころについて考えていきましょう。
【深掘り1】『モスキート・コースト』との比較 〜ハリソンと父親越え
公開パンフレットの中で、評論家大場正明も触れていましたが、マット監督は今作を作る上でリスペクトした作品は、1986年に公開されたピーター・ウィアー監督の『モスキート・コースト』です。
物語の主人公である発明家のアリー・フォックスは、アメリカという文明社会から管理されていることをとても嫌っていました。そこで彼が選択したのは家族6人で中米にあるホンジュラスへ移住することでした。
密林の中にある未開地モスキート・コーストには何も無く、アリーにとっては理想のライフスタイルを築き上げる夢の場所でした。
栽培する種の保存を行うために氷が必要となり、発明家としての才能を発揮して大きな製氷器を完成させます。しかし、アリーが理想の場所を築き上げた所に居座りを続ける武装集団を殺害するために製氷器が爆発。
多量に流出したアンモニアが密林の環境を汚染してしまい、その場所を離れたアリーの一家は不安定な生活を続けるようになります。
それでも信念を曲げようとしない父親アリーに振り回され、家族の信頼関係は次第に崩壊へと向かう…。
映画『モスキート・コースト』に出演したのは、俳優のハリソン・フォードとリバー・フェニックス。彼らの親子役の共演が公開当時大きな話題になりました。
一方の『はじまりへの旅』のマット・ロス監督は、脚本を書く際に、主人公の父親ベンのイメージを30歳当時のハリソン・フォードとして書いたようです。
このことからも、『モスキート・コースト』にリスペクトして脚本を書いたのは間違いないでしょう。
また、当時のハリソン・フォードは、『スターウォーズ』や『インディ・ジョーンズ』などで超売れっ子の時代。
少々こじつけですが、ヴィゴ・モーテンセンが人気の『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズに出演していることも偶然ではないような気がしますね。
さらに言えば、ヴィゴ・モーテンセンのデビュー作は、先のキャスト紹介の章でも書きましたが、ピーター・ウィアー監督の『モスキート・コースト』の前年作のハリソン・フォード主演の『刑事ジョン・ブック 目撃者』。
ここまでは面白話です…。
本質的な要点は、『モスキート・コースト』と『はじまりへの旅』ではどちらも父親越えを描いてるテーマが同じなのです。
マット監督は『はじまりへの旅』へのテーマを現代アメリカで子どもをどのように育てるか(教育するか)、父親としてのマット自身の悩みが作品の原点だ述べています。
アメリカ映画では俗に言われる“父親殺し”という、ギリシャ神話「オイディプス王」になぞられた「父親越え」をしていく子どもの成長を描く作品が多くみられます。
もちろん、これは逆説的には「父親越え」をされた父親の方もどのように受け入れていくかという、父親の成長でもあります。
『はじまりへの旅』の冒頭のシークエンスで、長男ボウドヴァンが家族に見守られながら1人で鹿狩りをする場面があります。
父親ベンはその際にボウドヴァンの顔を撫でながら、「今日、父親は死んだ。これでお前は男だ」と言います。父親として息子の成長を看取ったのでしょう。
しかし、この大人への儀式は、父親のベン自身の思い描いた教育、あるいは父親越えの通過儀礼でしかなかったのでしょう。
皮肉にも真にボウドヴァンが目覚めた通過儀礼は、キャンプ場で見知らぬ女の子とファースト・キスをした際に、これまでにないほど脳内にエンドルフィンが回った瞬間ではないでしょうか。
それこそが大人への一歩。また、物語の終盤であらゆる大学に合格したボウドヴァンが、それらの大学に進まずに旅に出て行く時こそ、通過儀礼の終結なのではないでしょうか。
さらに、「父親越え」が見られるのは、父親ベンの一方的な教育方針に一貫して反感を抱いていた、次男レリアンです。
レリアンの読んでいるドフトエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」にも“父親殺し”というテーマで書かれていた作品ですし、母親の自死を知った際に、レリアンは激昂してナイフを父親にナイフを向けて襲いかかろうとしたこともその要素です。
恐らくは父親ベンがナイフを手にしたレリアンの様子に動揺をしたり、レリアンと同じく感情的になっていたとしたら、あの場で殺傷事件が起きていたでしょう。
しかし、チョムスキーおじさんの誕生会の異論を持っていたレリアンが、父親ベンに論理的な見解で反論できなかったように、レリアンはまだ、「父親越え」をするまでには至ってないのです。
それを一番理解しているのが、レリアン自身なのでしょう。
【深掘り2】見逃し厳禁⁉︎のラストショットの見どころとは?
映画のラスト・シークエンスでは、キャッシュ一家は森林から出て、人里近くであろう場所で生活をするようになっていました。
父親ベンの一方的な教育であるミッションの遂行や、もう旅をするための愛車のバス“スティーブ”は、養鶏小屋に生まれ変わり。
そこで鶏や卵を育て、庭では家庭菜園を大きく広げていました。森で狩猟民族のような暮らしをしていた彼らが、元々父親ベンと母親レスリーが暮らしていた農場生活を営むようになっていました。(農耕民族への転向か?)
父親ベンが行き過ぎた方針を転換したのです。
スクールバスが迎えに来る15分間。食事をとりながら誰とも話をせずに子どもたちはホームワークをしているようでした。
つまりは、教育を受ける世界や選択が子どもたちに広がっていた場面です。
これは父親ベン自身が、現実から逃げていたことで用意した通過儀礼ではなく、現実に即した通過儀礼を受け入れていたことを表しています。
とても静かな場面で心地の良いショットです。俳優たちの演技も素晴らしく、撮影監督のステファーヌ・フォンティーヌの美しい撮影が光っています。
この場面で、見落とさないように注目して欲しいのは、反抗的だった次男レリアンの方から瓶に入ったシリアルを父親ベンに促して取り分けます。
その後のベンの表情なのです。
スーッと顔を光の差し込む窓の辺りを見上げます。ここでのその表情の印象についてはあえて書きません…。ヴィゴ・モーテンセンの素晴らしい演技です!
単純に“父親殺し”という、「父親越え」ではない家族の姿がこの作品にはいくつも詰まっています。
今作が多くの映画祭で観客賞をなぜ受賞したのか?マット・ロス監督やヴィゴ・モーテンセンは観客にこそ語り合って欲しいそうです。
キャッシュ一家が語り合うように…。
まとめ
当初はわずか4館での封切りでスタートした『はじまりの旅』の全米公開は、その後600館以上にまで広がり、4ヶ月以上という異例のロングラン・ヒットとなりました。
そして、カンヌやアカデミー賞を始め、様々な賞レースを席巻することになる訳ですが、そんな異例の快進撃がついに日本に上陸します!
注目の劇場公開は、2017年4月1日(土)よりロードショー!笑いと涙溢れる家族の物語をぜひ劇場でご覧ください!