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Entry 2019/08/17
Update

映画『影裏』の原作あらすじネタバレ(沼田真佑)。キャストは綾野剛×松田龍平で盛岡を舞台に映像化

  • Writer :
  • もりのちこ

物憂げな日々に崩壊の予兆が潜む。
相手の影の部分、裏の顔を知る時。

2017年、デビュー作にして芥川賞受賞となった沼田真佑の小説『影裏』。綾野剛と松田龍平の出演で映画化、いよいよ2020年公開予定です。

綾野剛演じる今野は、会社の出向で移り住んだ岩手の地で、松田龍平演じる日浅と出会います。一緒に釣りをしたり、酒を飲んだり、心地良い関係が続きます。

2011年3月に起こった東日本大震災。行方知れずとなった日浅の消息を追う今野は、知り得なかった日浅の影の部分、裏の顔を知ることになるのでした。

岩手県盛岡市在住作家・沼田真佑の小説を、盛岡出身の大友啓史監督が映画化

岩手パワーが炸裂する映画『影裏』を楽しむ前に、原作『影裏』の世界を紹介します。

小説『影裏』のあらすじとネタバレ

ネットの衛星写真からでも鳥瞰できる深い緑の画像。岩手はとにかく山地が多く、川が多い。それだけ森林の密度も濃厚だから、いたるところに生き物の気配がひしめいている。

そんな岩手県盛岡市に会社の出向で移り住んだ今野は、すっかり川釣りが趣味になっていました。

相棒は、同じ会社の日浅という男です。日浅は、大学時代を東京で過ごしていたこともあり、田舎にはめずらしく都会的な雰囲気がありました。

どこかアウェー感があった今野には、日浅は丁度良い相手でした。

そもそも日浅という男は、何か大きなものの崩壊に脆く感動しやすくできていました。釣りの途中で見つけた大きな倒木にまたがり、「水楢(みずなら)だ、今野」と、はしゃぐ無邪気さもありました。

ある時は、数百ヘクタールもの土壌を焼き尽くした森林火災に興奮し、焼け跡を見に出かけたりもしました。

ものごとに対し、共感ではなく感銘をする、そういう神経を持った人間なんだと、今野は勝手に日浅を分析し楽しんでいました。

自前の携帯電話を持たない日浅との約束は、会社内で彼を見つけ取り付けるというもの。

そんなある日の朝。今野がいつも通り出勤すると、日浅が会社を退職していました。

自分に何の相談もなしに辞めたことに驚きはしたものの、日浅らしいと言えばらしい行いに、今野はむしろ応援する気持ちでいました。

日浅が会社を辞めてから4カ月。連絡手段は途絶え、日浅からの連絡もありません。

釣りが好きで、車の運転が得意で山道にあかるい、付き合いやすい同世代の独身の男、一緒に一升瓶をあけてしまうのに誂え向きの酒飲み、いわゆる友人を今野は欲していました。

いなくなったのも突然、再び日浅が、今野の前に姿を見せたのも突然でした。

スーツにネクタイ姿の日浅から渡された名詞には「フューネラルマネージャー日浅典博」と書かれていました。

日浅は、互助会の訪問型営業をしていました。聞けば、会社を辞めて2日後には今の会社に入社しており、営業成績は岩手県下で最優秀の成績らしい。

以前の日浅の自由業者風の面影はどこにもなく、足早に帰っていく日浅に今野は、どこか距離を覚えるのでした。

それから少しして、またしても日浅は突然姿を現しました。

「すまねえが、今野よ。互助会、入ってくんねえだろうか。ノルマに達していないんだ」。困る日浅に、今野は一口契約することにしました。

今野の元に、めずらしく日浅から釣りの誘いが届きます。焚火して一晩ゆっくり酒を飲みながら釣ろうということでした。酒も食べ物も寝袋もあるから、眠くなったら車で休めばいい。

今野は、妙に興奮しているのが自分でもわかっていました。日浅との釣りが単純に楽しみだったのです。

しかしその夜の日浅は、陰鬱で全体的に攻撃的でピリピリしていました。いちいち難癖をつけ、いかにも自分に当てつけるような話を持ちかけます。

すっかり興ざめした今野は、酒を飲まず帰ることにしました。自宅でバーボンを飲みながら片づけをする今野。

押し寄せる腹立たしさと虚しさ。そしてみじめさを振り払うかのように今野はある人物に電話を掛けます。

今野が電話した相手は、副嶋和哉でした。和哉とは岩手に赴任する前、2年ほど付き合っていました。

電話から聞こえてきたのは穏やかな女性の声でした。和哉は、別れる直前に性別適合手術を施術するつもりだと公言していました。

「びっくりした、なんか突然って感じで」。「変になつかしくなってさ。用事もない無意味な電話だよ」。そう言う今野に和哉は笑いながら、当時と変わらない態度で接してくれました。

以下、小説『影裏』ネタバレ・結末の記載がございます。小説『影裏』をまだお読みになっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

3月11日に東日本大震災が起き、10日後ぐらいがピークでした。家族や親戚から安否を問う連絡があるのはわかるとして、昔の同僚や後輩、はたまた卒業以来一度も会っていない大学の友達からも連絡が入ります。和哉もいち早く連絡をくれました。

揺れ自体は強かったが、さいわい盛岡市は大きな被害が少なかったこと。日に数回、ときには激しい余震があって恐怖心があること。今野は対応に追われていました。

体のだるさを引きずり仕事から帰ろうとしたところ、パートの西山に声を掛けられます。

店に入り話を聞くと、日浅が死んだかもしれないという話でした。「どういうことですか?ちゃんと順を追って説明しないと」。今野は明らかに動揺していました。

日浅が死んだかもしれない、話の内容はこうです。

西山は日浅に頼まれ、互助会の契約を自分の分と夫の分、子どもの分まで入っていました。終いにはお金を貸していたと言います。

それが東日本大震災の津波で、住む家を失くした身内が身を寄せることになり、貸していたお金を返してもらおうと日浅の会社に電話をしたところ、「日浅は行方不明です」。と返されたというんです。

さらにその日、日浅は公休で沿岸の釜石には自発的に営業に出向いており、仕事仲間にはこう言っていたそう。「明日は絶対に手ぶらじゃ帰らない。契約が空振りに終わっても、魚だけは必ず釣って帰るから」と。

朝から沿岸に車を走らせ、午前中は営業し、格好の堤防を見つけ意気揚々と投げ竿を振る。凄まじい揺れに倒れるも、数十センチの小波を確認し、それを大津波の第一波だと気付いただろうか。

周りの人たちは急いで逃げたであろう。日浅は海岸線いっぱいに膨れ上がった巨大な海水の壁を見て、まばたきひとつもせず飲み込まれていったのではないか。

今野は日浅の大きなものの崩壊に脆く感動しやすくできていた性格を思い出していました。

新聞の行方不明者欄を確認しては日浅の出ない携帯に連絡をしてみたり、行きつけの飲み屋を覗いてみたりと、今野は日浅の面影を探していました。

むなしい行動はやめ、今野は日浅の実家を訪ねることにしました。震災から3カ月が経とうとしていました。

家には日浅の父親がいました。「捜索願を出さないのか」と聞く今野に、「もう父親ではないんですよ。次男とは縁を切ったんですから」と父親は答えます。

今野は父親を通して、知らなかった日浅の過去と、日浅という人物の影の部分を知ることになります。

日浅の父親は、今野に大学の卒業証書を見せ、「偽造したんです」と吐き捨てるように言いました。

日浅は大学に通っておらず、4年間親をだまし学費を送ってもらっていたんです。さらには、その偽造を知っている者から脅され、お金を振り込んだばかりだと言います。

幼い頃に母親が死んでから日浅は、兄の馨によく懐いていました。父親の言う事には返事はするものの、常に距離があり理解し合うことは出来ませんでした。

「息子には特殊な傾向がありましてね。気味の悪い遊びをしてみたり、決まって一人の人間としか付き合わず、どれも長続きしない。小学校の卒業式の日は皆が泣く中、息子はもう一回関わった人間には興味がないようでした」。

堰を切ったように話しをしていた父親が黙り込みます。

「あの男を、ほかの真っ当な生活者の方々と、同じリストにのせるなんて烏滸がましいことです。破壊された家屋を物色する不埒な火事場泥棒が横行したそうです。本来あれはそうした組の人間ですよ」。

最後に日浅の父親は黄ばんだ紙片を取り出し今野に見せます。それは大学の「合格通知」でした。「こちらは本物です。息子なら死んではいませんよ」。

今野は釣りに来ていました。茂みのバッタの群れのあいだから縞蛇の子どもが這い出してきます。

震災後まもなく停止した銀行のATMをバールで破壊しようとして逮捕された男の記事が新聞に載っていました。

竿で小突いても蛇の子は全然動かず、今野は日浅がその男の同胞であるのを頼もしく感じていました。

その日釣りあげた魚は虹鱒でした。自然河川での繁殖例は本州以南では稀なことです。誰かが放流したのか、あるいは上流に養魚施設か何かあり、そこから逃げたのではないか。

不意に自分の足で確かめたくなった今野は、上流に向かい歩き始めます。

映画『影裏』の作品情報

(C)2020「影裏」製作委員会

【日本公開】
2020年(日本映画)

【原作】
沼田真佑

【監督】
大友啓史

【キャスト】
綾野剛、松田龍平

映画『影裏』のここに注目!


(C)2020「影裏」製作委員会

小説『影裏』は、今野と日浅の物憂げな日々が静かに語られる中で、岩手の美しい自然描写が特に印象に残ります。

沢胡桃(さわぐるみ)の喬木(きょうぼく)の梢にコバルトブルーの小鳥がいたり、林の下草からは山楝蛇(やまかがし)が、本当に奸知が詰まっていそうに小さくすべっこい頭をもたげて…。

それはとても神秘的で、岩手の風土の魅力が詰まっています。

映画化にあたり、この岩手の自然がどのように映し出されるのか映像美に注目です。

また、釣りたい魚ほど釣れない川釣りや、東日本大震災の予期せぬ自然の驚異を通して、思い通りにはいかない人生の生きづらさが伝わってきます。

津波被害のあった沿岸から離れた盛岡での震災体験は、温度差がとてもリアルで、ジワリジワリと忘れかけていた心を侵食していきます。

大友啓史監督がこの震災をどう描くのかいまいちど震災に目を向け、自分の記憶とも向き合う機会にしたいです。

そして物語を読み進めるうちに、誰もが今野と日浅の関係性に惹かれていくことでしょう。

周りと上手くやりたいと思いながらも、自分から進んで声をかけるタイプではない今野。それは、ゲイである自分の気持ちを理解してくれる人が少なかったからかもしれません。

そんな今野が日浅に見せるほんの少しの執着心。それは友情なのか愛情なのか、最後までわかることはありません

しかし、震災がきっかけで知り得なかった日浅の影の部分、裏の顔を知ってもなお、彼を誇りに思う気持ちは、人間性に惚れていたということなのかもしれません。

そして、日浅は今野のセクシュアリティに気付いていたのでしょうか?

日浅は父親が言うように特殊な傾向があったのでしょう。しかし少なくともセクシュアルマイノリティに対する偏見を持った人間ではありませんでした。

だからこそ、今野は日浅と付き合いやすかったのかもしれません。

映画『影裏』では、今野役を綾野剛、日浅役を松田龍平が演じます。意外にも初共演となる2人が、今野と日浅の関係性をどう演じるのか、表情や目線、動きひとつひとつに注目したいです。

また、映画化でまだ役者が発表されていない登場人物に注目です。中でも今野と以前付き合っていたという和哉役を誰が演じるのか。

和哉は女性になりたかったジェンダーでした。ゲイの今野とは、嫌いで別れた訳ではありません。自分に正直に生きること。それは難しくも美しいことです。

綾野剛、松田龍平と色気駄々洩れ俳優の中で、この役にはぜひセクシー俳優、斎藤工に登場して欲しい。あくまで願望です。

まとめ

デビュー作にして芥川賞受賞、沼田真佑の小説『影裏』を紹介しました。

誰もが人間関係で感じるであろう、安らぎと憧れ、そして嫉妬と不満、相反する複雑な感情が丁寧に書かれています。

いなくなってから気付く相手への感情。深い余韻が残る作品です。

大友啓史監督による、綾野剛と松田龍平の出演での映画『影裏』は、2020年公開予定です。

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