命の価値は金によって決まるのか?うだつの上がらない薬屋の店主が、ホンモノとニセモノの概念を根底から覆す!
映画『薬の神じゃない!』は難病を抱えた貧しい患者が、国内で販売されている薬が高額で購入できないため、海外のジェネリック医薬品を輸入してほしいと、町の薬局に依頼するところから巻き起こる、実話に基づくヒューマンドラマ映画です。
2014年に中国で実際にあった「陸勇事件」を題材に制作されました。この事件をきっかけに中国の医療改革が進み、特に抗がん剤の輸入規制緩和によって、多くのがん患者の存命率が上がりました。
『薬の神じゃない!』は、第55回金馬奨、第38回香港電影金像奨など多くの映画祭で、作品賞を受賞。2018年に中国で公開され、日本円で約500億円超えの大ヒット作品となりました。
CONTENTS
映画『薬の神じゃない!』の作品情報
【公開】
2020年(中国映画)
【原題】
我不是薬神 Dying to Survive
【監督/脚本】
ウェン・ムーイエ
【キャスト】
シュー・ジェン、ジョウ・イーウェイ、ワン・チュエンジュン、タン・ジュオ、チャン・ユー、ヤン・シンミン
【作品概要】
監督のウェン・ムーイエは2010年に短編映画『石頭』でデビューし、『金兰桂芹』(2011)で、第5回山東青年短編映画賞・監督賞と脚本賞を受賞しています。長編映画としては本作が初監督作品となります。
一般公開より前の2018年東京で行われた、「2018東京・中国映画週間」にて『ニセ薬じゃない!』の邦題で上映され、批評家の間で評価や注目度の高かった作品です。
主演のシュー・ジェンは『股票的顏色』(1998)で第10回マグノリア賞の最優秀男優賞を受賞し、『ロスト・イン・タイランド』(2012)では監督・主演を務め大ヒットさせています。
本作にて、第14 回中国長春映画祭の最優秀助演男優賞を受賞した、白血病患者役のワン・チュエンジュンの迫真の演技は注目です。
映画『薬の神じゃない!』のあらすじとネタバレ
2002年、上海で“インド秘薬”(男性向け強壮剤)を扱う、店主のチョン・ヨンは離婚して、店の家賃も延滞するほど経営状態は悪く、体たらくな生活をおくっています。
離婚した元妻は再婚し、チョン・ヨンの元に残した一人息子の親権を得るため、病床の元義理の父に連絡し、弁護士を立てて交渉に来ます。
元妻は再婚相手と他の土地へ移住することを決めていて、息子を連れていきたいと考えています。
ところが肝心の息子は父親っ子のため、母親と一緒に行く気にはなりません。チョン・ヨンは、自分を慕う息子を引き取るために、養育費をなんとかしなければなりませんでした。
また、チョンには病床の父親の入院費を捻出するにも困窮し、息子を養えるだけの経済力もありません。元妻はその痛いところを突き、息子を引き渡すよう迫ります。
仕事も私生活もうまくいっていないチョンのところに、店の隣の旅館のオーナーからリュ・ショウイという人物を紹介され、報酬30,000元でインドで製造している医薬品を輸入してもらえないかと依頼されます。
リュは不織布のマスクを3重につけています。彼は国内で販売されている正規品は37,000元に対し、効能は同じで効果も実証されているインド製のジェネリック薬を買ってきてほしいというのです。
その薬は慢性骨髄性白血病の薬“グリニック”で、リュもその病を患っていました。しかし、中国当局では海外のジェネリック薬の輸入は認めておらず、白血病の患者は高額な正規品を購入するしかありません。
しかし、国が輸入を認めていない薬を持ち込むことはつまり、“密輸”ということです。チョンは密輸の刑罰の重さを知っているので断りますが、リュは病気でまともに仕事もできないうえ、高額な薬を買う余裕がなくなってきているとチョンに語ります。
インドのジェネリック薬はわずか2,000元で、正規品の20分の1の価格です。薬の支払いに困っている白血病の患者は多く、販売すれば商機はあるとチョンに持ちかけました。
ところが逆にその価格差にチョンは怖くなり再度断ります。リュは自分が病気でなければ買いに行くが、チョンはインドの秘薬を扱っていて慣れているから、気が変わったら連絡してほしいと、連絡先を書いたメモを置いて帰っていきます。
そこに父親が入院している病院から、緊急の電話が入り駆けつけると、父親は脳血栓をおこし手術が必要だと主治医から宣告されます。しかしその費用が莫大な金額なため支払えず、父親を自宅へ引き取ることになってしまいました。
息子の養育費と父親の医療費そして店の家賃で、チョンは窮地に追いやられてしまいます。父親を部屋に寝かしつけると、チョンは店に向かいます。ところが店は家賃未納のため閉鎖と、シャッターに鍵付きの鎖がかけられていました。
チョンは窓ガラスを破って中に侵入し、リュが置いていった連絡先のメモを持ち出します。そして、医者にインド製のグリニックは効果があるのか訊ねます。
医者は、「知っているが責任が持てないので使用はしない」と答え、正規品を買えない人はどうなるのか聞くと「死ぬだけだ」と冷たく言います。
リュは国が使用を認めているグリニックの製薬会社で、白血病患者たちの抗議デモに参加します。製薬会社は国からの承認を盾に、またデモをおこせば警察に訴えると通告します。
そんなリュのところにチョンから連絡が入ります。チョンは報酬の先払いを条件に、グリニックのジェネリック品を買い付けに、インドへ行くと承諾し資料と薬のサンプルを受け取り、インドへ渡航していきました。
チョンはインドの製薬会社でいざ交渉に入ると、1瓶2000元は小売価格で卸値は500元だと知ります。会社の社長は中国人との取引は初めてだというと、チョンは自分が代理店になると答えます。
社長は中国では使用が禁止されていることを知っています。それでもチョンが“売れる”という根拠を聞くと、「中国には白血病患者は多くいるが、正規品が高額で買えない病人が多くいて、自分が買い付けてくるのを待っている」と話します。
製薬会社の社長は「救世主か?」と訊ねると、「金のためですよ。中国の市場は広い。この薬は命の綱で、命こそが金だ」と、一先ず100瓶の買い付けに成功し、1ヶ月で売り切ったら正式に代理店として契約することになりました。
ところが密輸品のためチョンとリュは個別に売って歩くしかなく、患者のほとんどが薬はニセモノだと思い、相手にしてもらえず全く売れません。
チョンは話が違うとリュを責めたてると、リュは白血病患者やその家族のコミュニティで掲示板を運営している女性を思い出し、彼女に薬のことを告知してもらおうと提案します。
映画『薬の神じゃない!』の感想と考察
映画『薬の神じゃない!』のテーマは、“何がホンモノで、何がニセモノか?”です。
ホンモノを扱っていても、国が認めなければニセモノ扱いにされる矛盾と、同じ病気でも貧乏人は死を待つのみという、命の重さをお金で測るような社会制度に疑問を呈しています。
主人公のチョン・ヨンは白血病患者でもなければ、身内に白血病を患った者がいるわけでもなく、単純に持ちかけられた金儲けの話にのって、密輸をして売りさばいていました。
しかし、認可薬が高額で買えずただ死を待つのみの患者の多さ、悲惨で理不尽な状況を見て、どんどん心が動かされていきます。また、息子の前ではかっこいい父親でいたい、また息子や父を守りたいという、チョン・ヨンの心の機微を主演のシュー・ジェンが見事に演じていました。
白血病を患いながら、リュ・ショウイーは幼い子供と妻を思い生き、ボン・ハオは田舎の両親の負担を考えて1人で生きます。
この2人を演じたをワン・チュエンジュンと、チャン・ユーの演技からは、“家族を守るために”という切実な思いと、“仲間を守る”という強い絆がビシビシと伝わり、涙を抑えることができませんでした。
ネタ元の「陸勇事件」とは
映画の題材になった「陸勇事件」(2014)とは、慢性骨髄性白血病を患っている陸勇という男性が、認可抗がん剤が高額で支払いが困難になり、インドからジェネリック医薬を輸入し、試しに使ったところ効果があったため、同じ病気で薬代に苦しむ患者に善意で販売したことで、逮捕されてしまった事件です。
しかし、この事件が報道されると患者や市民の間から、抗議デモが勃発して多くの人の関心を寄せました。つまり、事件を知った誰もが「家族が病気になれば同じことをする」という同調する気持ちになったのです。結果的に陸勇は1年後に釈放されることになりました。
中国医薬業界に変革をもたらした「陸勇事件」
当時の中国医薬制度では抗がん剤に多額な税金と手数料が課せられ、保険の適用もなかったため破産したり、一家が離散するといった社会問題も発生していました。
そもそも2012年ごろには、白血病治療薬「グリニック」の価格に関し、世界中の医師の間から疑義が出始めていました。2013年、インド最高裁はジェネリック医薬品を合法化する判決が出ました。
本作が中国本土で公開されたのは2018年で、爆発的な大ヒット作となりました。それは選挙のない中国で唯一、民意を訴えかけられるチャンスが、『薬の神じゃない!』のような社会派映画を観賞することで繋がるともいえるからです。
しかし、2018年この映画の公開に合わせるかのように、中国当局では輸入抗がん剤の関税を撤廃しています。国民へのイメージ操作に使われたのではないか?そんな疑念も残ります。
まとめ
映画『薬の神じゃない!』は医薬品が必要としている人に、適性価格と制度で提供される変革のきっかけを物語る作品で、変革をさせたのは“家族への思い”と、社会の矛盾に反骨する気概にあると訴えていました。
そんな重いテーマでありながらも、コメディータッチな脚本・演出で多くの人が鑑賞しやすい作りになっていて、楽しみながら考えさせられる作品でした。
奇しくもコロナ禍にある世界で、抗ウィルス剤の開発から販売、接種へという段階において、日本では誰がどの順番、タイミングで受けられるのか? そんな議論に至っています。
医薬品の開発は予防ワクチンから、治療薬の開発へと進んでいくでしょう。その時、私達や家族がコロナに感染してしまったら・・・治療薬や医療の費用はどうなっているのだろう? そう考えると非常にタイムリーな作品です。