第51回アカデミー賞で作品賞、監督賞、助演男優賞など5部門に輝く名作『ディア・ハンター』。
作品賞を始め、アカデミー賞5部門に輝いた不朽の名作映画『ディア・ハンター』。
ベトナム戦争映画の金字塔が製作40周年をむかえ完全版としてよみがえりました!
切ない物語、迫真の演技、美しい映像と音楽。多面的な魅力を持つ本作『ディア・ハンター』の内容を解説していきます。
映画『ディア・ハンター』の作品情報
【製作】
1978年(アメリカ映画)
【原題】
The Deer Hunter
【監督】
マイケル・チミノ
【キャスト】
ロバート・デ・ニーロ、クリストファー・ウォーケン、ジョン・サヴェージ、ジョン・カザール、メリル・ストリープ、ジョージ・ズンザ、チャック・アスペグレン、シャーリー・ストーラー、ルターニャ・アルダ
【作品概要】
史上初めてベトナムの戦場を描いた映画で、作品賞を始めアカデミー賞5部門に輝いた不朽の名作。
田舎町のロシア系移民の若者たちの青春模様と、ベトナム戦争に行ったことで見舞われる悲劇を描きます。
中盤に出てくるロシアンルーレットの場面は映画史に残る名シーン。
主演は当時すでにオスカー俳優だったロバート・デ・ニーロ。
共演にクリストファー・ウォーケン、メリル・ストリープなど、今ではありえない豪華俳優陣が並びます。
そして出演映画5作すべてがアカデミー作品賞にノミネートされた名脇役ジョン・カザールの遺作でもあります。
映画『ディア・ハンター』のあらすじとネタバレ
1967年ベトナム戦争最中のアメリカ、ペンシルベニア州トレイトン。
マイク、ニック、スティーブンは数日後にベトナムへの出征を控えながらいつものように鉄工所で働いていました。
その日はスティーブンの結婚式。
彼は同じ町に住むアンジェラと愛し合い結婚に至ったのですが、彼の母は結婚に反対でした。
鹿狩りが趣味のマイクは、出征前というのに天候を見て狩日和だとぼやきます。
彼らはマイクが運転する車で、知り合いのジョンがやっている酒場に行きます。
酒場で彼らはヒット曲『君の瞳に恋してる』を流して楽しく歌いました。
マイクとニックは一緒に暮らしていました。
マイクは翌日鹿狩りに行く予定で、ニックに「鹿は1発で仕留めなきゃいけない。1発が全てなんだ」と語りました。
ニックは2発でもいいだろうと言いますが、マイクは否定します。
マイクは鹿狩りには必ずニックを連れて行っていました。
同じ街に住むリンダはニックに想いを寄せていました。
アル中の父から暴力を振るわれていたリンダは、マイクとニックが出征している間、彼等の家に住まわせてもらう事になります。
その夜のスティーブンの結婚式は、若者3人の壮行会も兼ねていました。
教会で厳かな式を終えた後、みんなはパーティで『君の瞳に恋してる』を流して踊ります。
マイクは少し離れた場所から、踊っているリンダとニックを見ていました。
その後、マイクはリンダに「ニックが好きか?」と聞きます。
リンダは「ええ」と素直に答えました。
パーティ会場に併設された酒場に、グリーンベレーの兵士が来ていました。
マイクは北ベトナムの戦況はどんな状態か質問しますが、兵士は「くそくらえ」と言って彼を無視。
マイクは自分たちも戦いに行くのに兵士の態度の悪さに怒ります。
式も終盤、スティーブンとアンジェラはこぼさずに飲み干せば幸福になるというワインの盃を一緒に飲み干しますが、アンジェラは数滴ドレスに零してしまいます。
ニックはこっそりとリンダに「戦争から帰ったら結婚しよう」と告げ、彼女も快諾しました。
式が終わり、スティーブンとアンジェラが車に乗り込みます。
その前をマイクがふざけて服を脱ぎながら走ります。
ニックがそれを追いかけて行くと、マイクは広場で全裸になって寝そべっていました。
ニックは笑いながらこの街を愛していることを語りマイクに「何があっても俺をここに連れて帰ってきてくれ」と言いました。
翌朝、マイクはニックとスタンリー、アクセル、ジョンと一緒に鹿狩りにやってきます。
必要な物を何も持参していないスタンリーにマイクは他人に頼るなと咎めました。
スタンリーは怒り、マイクが先週女の子を口説けそうだったのに何もしなかったことをあげて「お前はホモじゃないのか」と言い返します。
狩りを始めてからしばらくして、マイクは信条通り一発で見事な雄鹿を仕留めました。
鹿を土産に意気揚々とジョーの酒場にやってきた彼らですが、途中からアクセルがピアノで悲しげな曲を弾きはじめ黙り込みます。
そしてマイク達はベトナム戦争へ出征します。
北ベトナムは泥沼化していました。
マイクはとある村で女子供が隠れている壕に手榴弾を投げ込む北ベトナム兵を見つけ、錯乱状態になりながら殺害します。
ちょうどそこに別の隊にいたニックとスティーブンが合流してきますが、再会を喜ぶ間も無く北ベトナム兵に襲われ、3人は捕虜にされてしまいます。
川のほとりに建てられた小屋の下の檻に囚われた彼ら。
その上の部屋では北ベトナム兵たちが捕虜2人にロシアンルーレットをやらせて、どちらが先に死ぬか賭けをしていました。
片方が死ぬと別の捕虜が呼ばれます。
スティーブンは恐怖のあまり泣き出し錯乱しますが、マイクは大丈夫だと励まします。
そしてマイクとスティーブンが上の部屋に呼ばれてしまいました。
恐ろしくてリボルバーの引き金が引けないスティーブンに、引かないと殺されるぞと怒鳴るマイク。
スティーブンは意を決して引き金を引きますが、弾が入っており銃声が響きます。
しかし、スティーブンは恐怖で頭を反らしていたのでかすり傷で済み、怒ったベトナム兵達は彼を水深の深い檻に叩き込んでしまいました。
マイクは元の檻に戻り、ニックにロシアンルーレットの隙をついてベトナム兵を殺して脱出しようと提案します。
ニックは恐怖でそれを拒否しますが、マイクはそれしかないと説得します。
スティーブンは水の檻の中で溺れかけており、時間がありません。
そして、マイクとニックは再び上に連れてこられてロシアンルーレットをやらされます。
2人とも1回ずつ引き金を引いた後、マイクは狂ったように笑い出し、ジェスチャーでベトナム兵に弾を3発入れるように指示します。
ベトナム兵は面白がりその通りにしますが、マイクの発狂は演技でした。
マイクは1度引き金を引いたあと、隙をついてリボルバーで周りのベトナム兵を立て続けに射殺していきます。
ニックも銃を奪い残りのベトナム兵を皆殺しにしますが、敵の銃撃で負傷してしまいました。
2人はスティーブンを救出し、流木に捕まって川を下っていきます。
途中で米軍のヘリを見つけた彼等は助けを求めます。
しかし、ヘリは定員がギリギリで、負傷しているニックだけ乗せ、マイクとスティーブンはヘリの足に掴まります。
マイクは足を負傷したスティーブンを背負って街道に出ると、米軍のジープにスティーブンだけ乗せて、自分は街に歩いて行きます。
一方ニックはサイゴンの病院で治療を受け、回復していました。
軍医に「君はロシア系か」と聞かれ「いえ!アメリカ人です」と即答するニック。
個人特定のために両親の生年月日を聞かれるも、彼は答えられずに急に泣き出してしまいます。
その後彼は病院を離れます。
街を歩いていると裏路地の酒場から銃声が聞こえてきます。
入り口に謎のフランス人がおり、中でロシアンルーレットの賭けが行われていること、勝てば大金を手にできることを聞くニック。
中ではプレイヤー2人が向かい合い、それを眺める観客が大量の札束をベットしています。
観客の中にマイクもいました。
ニックはプレイヤーから銃を奪い自分に向けて引き金を引いてみせます。
マイクはニックに気づいて近寄ろうとするも、その前にニックは賭博を邪魔されて怒った人々に囲まれてしまいました。
そしてニックは先ほどのフランス人の車に乗ってどこかに消えてしまいました。
映画『ディア・ハンター』の感想と評価
タイトルの意味
ベトナム戦争終結後、その反省や総括のような形でたくさん作られた反戦ベトナム映画の中でも、必ず名前が挙がり、アカデミー作品賞も受賞している本作。
まずなぜベトナム戦争映画のタイトルが「ディア・ハンター=鹿猟師」なのか。
主人公のマイクはかつては生き物の命を奪う狩りというゲームをしていました。
しかも「一発」で仕留めるというゲーム性を高めるルールを自分に課して。
そんな彼もベトナム戦争の捕虜経験で自分の命がゲームの対象に使われてしまうという恐怖を味わい、帰ってきてもかつてのように鹿を撃てなくなってしまいます。
そして昔は笑って冗談半分に人に銃を向けるスタンリーの行為も許せなくなってしまいました。
鹿狩り=命のやり取りを遊びでやっていた、何処にでもいる市井のアメリカ人が戦争で傷を負い、命を奪うことの恐ろしさを知る、そんな彼の物語だからこそ『ディア・ハンター』と名付けられました。
移民たちの皮肉な物語
アメリカで普通の青年として暮らしていた主人公たちが、ベトナム戦争という巨大な時代の波に飲まれ人生を狂わされていくという話は、その他のベトナム戦争ものと共通していますが、本作が特徴的なのは彼らがロシア系の移民ということです。
180分越えの本作の3分の1を占める序盤のクレアトンでの結婚式までのシーンで、ロシア正教会での婚姻の誓いや宴の席でのコサックダンスに流れるロシア民謡などロシアを連想させる要素はたくさん出てきます。
ベトナム戦争はアメリカとソ連との代理戦争とも呼ばれた資本主義圏と共産圏の戦いでもあります。
マイクたちの先祖はロシア革命の際にソビエト連邦から亡命してきたと考えられますが、そんな彼らが時代を経てかつての祖国ロシアと現在の祖国アメリカの戦争に参加することになってしまう。
おそらくマイクたちはロシア系ということに引け目があって愛国心を示すために志願したのでしょう。
出征しないアクセルも「ヒザさえ悪くなければ」と戦争に行きたがっていることを示すセリフがありますし、軍病院でニックがロシア系かと問われ必死に「アメリカ人」と即答する場面でもそのことが伺えます。
そう考えると、劇中で彼らを最も苦しめるのが文字通りロシアで生まれたロシアンルーレットというのは物凄い皮肉です。
公開当時「ベトナム戦争で捕虜がロシアンルーレットをやらされたなんて聞いたことがない」という批判も受けたそうですが、そこは監督マイケル・チミノと脚本のデリック・ウォッシュバーンが話の悲劇性を高めるために意図的におこなった工夫でしょう。
ラストシーンで歌う『ゴッドブレスアメリカ』も非常に皮肉に響きます。
同性愛的側面
また本作は同性愛者マイクが、愛する男ニックとすれ違い、彼を失ってしまう物語でもあります。
鹿狩りには必ずニックを連れて行き、一緒に生活もしています。
結婚式後の舞踏シーンでも最初は観客はマイクもリンダのことが好きで見つめているのかと感じますが、一緒に踊っているニックを見つめていました。
リンダに「ニックが好きか」と聞くのもニックが恋敵なのではなく、愛する男をリンダも愛しているのか確認するためです。
クレアトンに戻った夜、ニックの財布を開いてそこにリンダの写真があるのを見た彼が翌朝すぐに彼女に会いに行くのも、愛していた男の大切な人を守ろうとしていたからではないでしょうか。
マイクがリンダに迫られても彼女と肉体関係にならない理由はそこにあります。
序盤で2回流れる『君の瞳に恋してる』の歌詞も彼のニックへの思いや終盤の展開を示唆しています。
愛しい人よ 僕の言葉を信じてくれ 愛しい人よ いま君がいてくれるってわかった 僕を断らないで
この歌詞のとおり、終盤でニックが生存していることを確信したマイクはベトナムに行き、ロシアンルーレットで死と隣り合わせの彼を説得しようとします。
このシーンでははっきりと「愛してる」というセリフもあり、マイクのニックへの思いがわかります。
ちなみにベトナム戦争終結時のサイゴンは逃げようとする米兵と親米ベトナム人たちで溢れかえり大混乱で、実際には一兵卒のマイクが個人的な理由でいきなり行けるわけがないですが、それでもチミノ監督はマイクが極限状態でニックに告白するシーンが撮りたかったのでしょう。
チミノ監督は次作『天国の門』(1981)が大コケして以来、滅多に公に姿を現しませんでしたが、たまにメディアに露出すると年を経るごとに見た目が女性的になっていくことが話題になっていました。
2016年に亡くなった彼の作品はどれもホモセクシャル的な要素が強いことで知られ、ゲイだったのではないかという噂もたっています。
そう考えると本作の主人公がマイク(略称で実際にはマイケル)と監督の名前と同じなのも意味があるのかもしれません。
まとめ
本作を初めて見る方は序盤の1時間近い日常や結婚式描写に少し退屈してしまうかもしれませんが、前述の通り、この一連のシーンに中盤後半の話を示唆する重要な要素がたくさん入っているので是非注目して見てほしいです。
ただの普通の若者から戦争をへて大きく変わってしまう登場人物たちの姿を、素晴らしい俳優陣が見事に演じているのも見どころ。
有名なロシアンルーレットのシーンではデ・ニーロ、ウォーケン、サベージは実際に数日間汚し続けた衣装を着込み、ベトナム俳優に本当にビンタをされながら撮影に取り組んだそう。
それによって極限状況が映し出されており、まさに映画史に残る恐ろしいシーンになっています。
潤沢な予算がない故に戦闘シーンはロシアンルーレットでその残酷さを表現することになったそうですが、そういった要素もプラスに変えるマイケル・チミノ監督の手腕にも唸らされます。
画面に映っているものも制作背景も見どころしかない傑作です。
ぜひ劇場でリマスターされた状態でご覧ください。