映画『7月の物語』は、2019年6月8日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開。
題名も知らない映画のあるシーンをふとみた時、「あーこれはあの監督の作品かな…」と思ったことはないでしょうか?
フランスのヌーヴェル・ヴァーグ期には、こうした“らしさ”を作品に反映させる監督がたくさんいました。
ゴダール、エリック・ロメール、ジャック・ロジエなど、彼らに影響されながらも、自らの“らしさ”を既に十分なまでに作品に刻み込んできたのが本作『7月の物語』の監督、ギヨーム・ブラックです。
ヴァカンスの楽しさと切なさ、そして若者のハツラツさと脆さ…。
対立する感情を自在に操り、「ギヨーム・ブラックらしさ」を盛り込んだのフランス人監督の新作『7月の物語』が、ついに日本公開です。
今回は、1部と2部の2章で構成された夏の香りが漂う本作『7月の物語』を、あらすじを含め、それぞれの章に分けて紹介していきます。
CONTENTS
映画『7月の物語』の作品情報
【公開】
2019年(フランス映画)
【原題】
Contes de juillet
【監督】
ギヨーム・ブラック
【キャスト】
ミレナ・クセルゴ、リュシー・グランスタン、ジャン・ジュデ、テオ・シュドビル、ケンザ・ラグナウイ、ハンネ・マティセン・ハガ、アンドレア・ロマノ、シパン・ムラディアン、サロメ・ディエニ・ムリアン、ロマン・ジャン=エリ
【作品概要】
自らの作家性を作品に刻み込んできた類まれな才能を持つフランス人監督の新作『7月の物語』でも、ギヨーム・ブラック節は遺憾なく発揮されています。
1部と2部で分かれた今作の舞台は、真夏のセルジー(パリ近郊)とパリ。
映画経験ゼロの学生が演じる初々しい演技が彼の爽やかな映像と美しくマッチしています。
映画『7月の物語』のあらすじとネタバレ
第1部「日曜日の友だち」
黒髪で天然パーマのリュシーが、階段を勢いよく降りていきます。
職場の客に理不尽な態度を取られたことでショックを受け、壁を何度も蹴り、泣きじゃくります。
すぐに駆けつけた同僚のミレナ。慰めるミレナに対して、リュシーが今度の日曜日、食事に誘いますが彼女には既にパリ郊外のセルジーに行く予定ができていました。
リュシーはあまりの寂しさで、泣き続けていました。
快晴の朝、ピクニック道具を持っているリュシーの姿がありました。「遅れてゴメン!」と勢いよく彼女の元へ駆けていくミレナの姿も見えました。
女2人の、ある夏の休日が始まろうとしていました。
第2部「ハンネと革命記念日」
明け方、パリ国際大学都市(日本でいう寮)の自室でスヤスヤと眠るハンネ。しかし、彼女の眠るベッドの横で、床にシーツを広げて寝ている男がいました。
先に、目を覚ましたイタリア人留学生アンドレアは、彼女の方を見つめます。ハンネの胸に手を当てようとするアンドレア。
そして、彼はおもむろに下半身を露出して、彼女の前で自慰行為を始めました。
ハッと目を覚ますハンネは、すかさず叫び声をあげます。驚いてすぐに下半身をしまうアンドレア。
「早く出てってよ!」と一喝するハンネに動揺したアンドレアは間抜けな表情を浮かべながらを部屋を後にします。
友達だからと彼の頼みをきき横に寝かせてあげていたハンネ。そんな騒動に気づいて部屋まできた友人のサロメは一部始終を聞いて爆笑します。
すると、Skypeが鳴り出しました。相手はノルウェーにいるハンネの恋人でした。突如として、ノルウェー語が飛び交う室内。
ハンネの留学最後の日は、こんなドタバタから始まりました。
映画『7月の物語』の感想と評価
ギヨーム・ブラックというシネアスト
映画『7月の物語』の初日舞台挨拶に参加するため来日していたギヨーム・ブラック監督。
渋谷ユーロスペースでの初回上映が始まる丁度1分ほど前に、ひょこっとスクリーン脇の入り口から登場した白髪混じりでカールががった髪をした長身の男は、満席になった劇場を見渡し、若干緊張した面持ちで「こんにちは」と日本語で挨拶をしました。
硬さのない物腰が柔らかそうな雰囲気を纏っていたパリ出身のフランス人監督は何を隠そう、今後フランスを代表するであろう超期待の映画人としてフランスのみならず世界中から脚光を浴びているのです。
2011年、フランスで公開された自身二作目の中篇映画『女っ気なし』(2013)では、学生時代からの親友であるヴァンサン・マケーニュを起用し、冴えない風貌をした男には似つかわしくないほどの爽やかで淡い夏の体験を描き切りました。
この作品で、本国から高い評価を得たギヨーム・ブラック監督は注目の若手監督として頭角を現します。
参考映像:『女っ気なし』(2013)
そして、2013年、満を辞して長編デビュー作『やさしい人』(2014)を発表。
再度、主人公にヴァンサン・マケーニュを起用し、不器用だけど一生懸命に感情を曝け出そうとする若者が、恋に人生に翻弄されながら一途に生きていこうとする。冬景色の中に染み出た若者のトゲトゲしさと、暖かいストーブの利いた家の中で感じる人間の温もりが繊細に描かれていました。
参考映像:『やさしい人』(2014)
ギヨーム・ブラック監督の過去作品において特徴的だったのは、自分の記憶の反映、そして自分と役者との距離感の近さです。
『やさしい人』の舞台となったフランスのトネールという田舎街も自身のルーツと深い関係があったり、盟友ヴァンサン・マケーニュを筆頭に、自身が起用したいと思った役者やかつて憧れていた役者を起用したりしてきました。
そして、パーソナルな部分を優先しながらも、「過ぎ行く時間」という映画とは切っても切り離せない関係性を持ったテーマでヴァカンスや恋を描いてきました。
今回紹介する『7月の物語』にも、パーソナルな部分が大きく絡んできますが、過去作と比べると、より「過ぎ行く時間」の切なさが生々しく表現されています。
第1部「日曜日の友だち」:いつかは消え去る若者らしさと夏の切なさ
7月10日、真夏の日曜日にパリから郊外のテーマパークへ向かう性格が対照的な2人の若者。そんな彼女たちがちょっとした「トラブル」に巻き込まれていく…という内容の小さな物語。
舞台となるのは、パリ郊外のセルジー。パリっ子御用達の静養所には、「レジャーランド」という大きな池を活用した水のテーマパークがあります。
いかにも、子供が喜びそうな施設ですが、ギヨーム・ブラック監督が、この舞台を選んだのは、幼少期の思い出との深い関わりがあったからです。
Nos parents nous emmenaient sur la base de loisirs de Cergy, et faire un film là-bas, c’était d’abord une façon de renouer un lien avec des souvenirs lointains, retrouver cette fragilité de l’enfance que la vie balaie.
「私は子供の頃、よく親にセルジーの“レジャーランド”へ連れて行ってくれました。なのでそこで映画制作をするということは、遠くに行ってしまった記憶をあの場所に蘇らせることになるのです。そして、私たちが取り除いてしまう幼少期の脆さを思い出すことにもなるのです。」
この発言からもわかる通り、監督は、セルジーという場所に愛着を持ち、思い出の場所で映画を作ることを望んでいました。実は、この構想は彼のドキュメンタリー映画『宝島』(2018)で実現することになります。
そして、その作品の撮影の合間を縫って作られたのが、映画『7月の物語』だったのです。
制作のきっかけは至って単純なものでした。
フランス国立高等演劇学校から「学生を使って授業をして欲しい」という依頼を受け、承諾した監督が『宝島』の構想を深めるためにわずかな撮影期間を設けて第1部の制作に取り掛かったのです。
なんだかかなり軽いキッカケで生まれたような気もします。
しかし、そんな偶然によって、ギヨーム・ブラック監督の幼少期の“無邪気な記憶”が染み込んだ舞台と、映画経験ゼロの演劇学校の生徒が演じる“ウブな演技”との絶妙なマッチングがもたらされたのです。
登場人物には、ポジティブに探究心を持ち続けるミレナ。少しナイーブで引っ込み思案のリュシー。抑えきれない欲望を持て余し、ナンパをしてあわよくば…を狙う男子学生ジャン。そして、池のほとりでフェンシングの練習に勤しむ、とても真面目なテオなど…。
主要人物には全て学生が用いられ、彼らの若さゆえに隠しきれない性格がみずみずしい演技によって、そのまま表情や動作に現れ、スクリーンに映し出されています。
そして、その「若者らしさ」といういつかは儚くすぎていってしまうという虚しさが、監督が幼少期に味わった夏休みの「一瞬の切なさ」を思い起こさせてくれるのです。
第2部「ハンネと革命記念日」:脆さ
7月14日というのは、パリ、そしてフランスにとって1年で最も重要な革命記念の日です。国をあげた大々的なお祭りが行われる祝日。
第2部「ハンネと革命記念日」の序盤、ノルウェーからパリの大学へ留学してきたハンナは、街道を行進する戦車や、空を飛び回る戦闘機が渦巻く街中にいました。
彼女は、フランス国旗を持って練り歩くパリ市民がしているのと同じように「外国人学生」として、フランス国旗を持って冷静な表情で兵器や狂乱を見つめていました。
そこに、お祭り騒ぎに乗じて、彼女をナンパ目的で付け回すフランス人の姿が…という話。そんな序盤で始まるこの第2部の登場人物も、もちろん映画経験ゼロの学生です。
しかし、第1部とは設定が異なり、主要人物は総じて「外国人」なのです。
最初の印象的な場面以外は国際大学都市という場所が舞台となっています。ここは、いわば日本で言う「寮」のような所ですが、規模が段違いです。
世界中から集まった学生が、それぞれアメリカ館や中国館といった、国の名前で彩られた建物に、散り散りになって共同生活をする一種の学生都市のような場所です。
異なる人種、国籍など、多様なアイデンティティーが集まる空間には、当然のことながら数多くの「トラブル」も発生します。
第2部はまさにこの「トラブル」が作品をポップに、そしてメリハリのある感情的な作品へと誘っているのです。
軽率で、感情的、さらに独占欲の強いイタリア男が、ハンネの前で自慰行為をしたり、友達が気に入っている男とダンスをしてぶちギレられたり…。事の大小はありますが、とても青春を感じる「トラブル」の数々が展開されていきます。
そして、そのほとんどがコメディチックで、多くの笑いを誘ってくるのです。しかし、同時に、若者の無力さが顕著に現れています。
2016年に起こった「ニーストラックテロ事件」。84人もの死者を出したこの痛ましいテロによって、フランス並び、世界中の人々が大きなショックを受けました。
第2部の終盤、感情的に涙を流すハンネをカメラは捉えながら、その一報がラジオから流されます。友達とのイザコザ、欲求不満などで起こった数々のトラブルが、死者を多く出したショッキングで残酷なトラブルにより、一気にかき消されてしまうのです。
ギヨーム・ブラック監督は舞台上でこう言いました。「若者の欲望がどれだけ脆いものなのか…」
第2部は、より刹那主義の若者の儚さが濃密なまでに描き出されていました。
2つの「物語」に共通すること
2つの作品に共通すること、それはどちらも至ってシンプルなストーリーであるにも関わらず、妥協なく、濃密な青春作品に仕上がっている点です。
人生の儚い一部分を疑似体験しているような刺激的な感覚を味わうことができます。さらに、「多くのトラブル」が描かれているというのもポイントの1つです。
それらが奇跡的で素晴らしい出来事であっても、運の悪い出来事であっても、若者はそれらに対し、いささか過剰に感じ取り、わかりやすい感情表現で外にさらけ出すのです。
映画経験ゼロの学生がそのウブな感情を爆発させることで、私たちはその素直な気持ちを受け取り、一緒に怒り、驚き、喜び、そして悲しみを覚えていくのです。
しかし、その一瞬の激しい感情も、すぐに「時間」によってかき消されてしまう。
そんな寂しい事実を「いつか必ず終わってしまう」ヴァカンスと映画を結びつけて構成したギヨーム・ブラックの繊細さは、本当に目をみはるものがありました。
まとめ
「みんなこの作品が悪いと思ってない…?」舞台上で何度もギヨーム・ブラック監督は私たちにそんな疑念を投げかけていました。
舞台挨拶の終わりに、観客席にいた男性の方が「そんな気持ちで帰って欲しくない!とてもよかったですよ!」と発言すると一斉に拍手があがり、監督が配給会社エタンチェの担当の方にニンマリと笑顔で合図したのが印象的でした。
映画人にとって作品の成功を願う事は当然のことだと思いますが、彼の謙虚でゆったりとした姿は、自身が直接影響を受けてきたヌーヴェル・ヴァーグ期の一癖も二癖もある映画監督たちとはまた違った良さがあるように感じました。
決定的な思想的立場を保ち、社会に対してあからさまに反逆心を抱くような行動性を持ち合わせるヌーヴェル・ヴァーグ時代の映画人とは違い、あらゆる社会的制約の中で、あえて冷静に社会や人間を観察し、映画ビジネス的検知もしっかりと持ち合わせている(監督はフランス随一の映画大学の配給科出身)という点に置いて、これからのギヨーム・ブラック作品が、過去のフランス映画とは違った様相を見してくれることを大いに期待できるのです。
また、本作の上映に当たって、中篇映画『勇者たちの休息』(2019)という作品も同時上映されました。
この作品を一言で表せば「オヤジ達のサイクリング記」です。
非情に過ぎ去る時間に取り残される過去。その過去の中で、健気に自転車を漕ぎつつけるオヤジ達と美しいアルプス山脈が渋くマッチしていたのが印象的な作品でした。
『7月の物語』とは対比した、どこか大人の落ち着きを感じる事のできるドキュメンタリー作品です。