実際の裁判を基に描く性的マイノリティの歴史
高度経済成長期の日本で実際に起きた「性別適合手術」が違法か合法かを争った裁判事件を基に、トランスジェンダー男性である飯塚花笑監督がオリジナル脚本で映画化。
第38回東京国際映画祭のガラ・セレクション部門に公式出品されました。
主人公サチを、トランスジェンダー女性の中川未悠が演技初挑戦ながら見事に体現しています。共演は同じくトランスジェンダーのイズミ・セクシー、中川中。
錦戸亮、前原滉、山中崇、安井順平ら演技派が共演します。
恋人からプロポーズされ幸福の絶頂にいたサチは、突然トランスジェンダーとして法廷の証言台に断つこととなります。
ブルーボーイたちの複雑な苦悩を丁寧に紡ぐ本作の魅力をご紹介します。
映画『ブルーボーイ事件』の作品情報

(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会
【公開】
2025年(日本映画)
【監督】
飯塚花笑
【脚本】
三浦毎生、加藤結子、飯塚花笑
【編集】
普嶋信一
【キャスト】
中川未悠、前原滉、中村中、泉・セクシー、渋川清彦、山中崇、安井順平、錦戸亮
【作品概要】
国内外から注目を集める飯塚花笑作品。飯塚は、トランスジェンダー男性である自身のアイデンティティから着想・制作した『僕らの未来』(2011)が、第33回ぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞、『フタリノセカイ』(2022)『世界は僕らに気づかない』(2023)が国内外で賞を受賞するなど、数々の経歴を持ちます。
主人公・サチを演じたのは、オーディションを経て抜擢されたトランスジェンダー女性の中川未悠。サチの元同僚役を、ドラァグクイーンのイズミ・セクシーと、シンガーソングライターで俳優の中村中が務めます。
錦戸亮、前原滉、山中崇、渋川清彦ら実力派が脇を固めます。
映画『ブルーボーイ事件』のあらすじとネタバレ

(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会
1965年、オリンピック景気に沸く東京で、警察は街の国際化に伴う売春の取り締まりを強化していました。
しかし、性別適合手術を受けた「ブルーボーイ」たちの存在が悩みの種でした。戸籍は男性のまま女性として売春をする彼女たちは、現行の売春防止法では摘発対象にならないからです。
そこで警察は、生殖を不能にする手術が「優生保護法」に違反するとして、ブルーボーイたちを手術した医師の赤城を逮捕し、裁判にかけました。
一方、東京の喫茶店で働くサチは、恋人の篤彦にプロポーズされ幸せの絶頂にいました。赤城による性別適合手術を受けた過去があるサチに、赤城を担当する弁護士・狩野は裁判に証人として出廷してほしいと依頼します。
映画『ブルーボーイ事件』の感想と評価

(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会
当事者キャストが苦悩をリアルに体現
飯塚監督をはじめ、トランスジェンダー当事者である俳優たちが参加したオリジナル社会派ドラマ『ブルーボーイ事件』。
当事者によるキャスティングが絶対に必要だという監督の強い意志のもと、様々なトランスジェンダー女性を集めたオーディションを経て、中川未悠が選ばれました。
演技未経験ながら、サチに見事に同化した中川のセリフには、当事者だけが持つ真実の重みがあり、観る者の胸を打ちます。
柔らかい女性らしい仕草、聖母のような笑み。それは痛みを知るがゆえなのでしょう。彼女たちの苦悩は深く、死ぬほど辛かったから、死なずにすむ方法を必死で見つけ出しているかのようです。
誰もが自由に生きる権利、誰もが生きたいように生きられる世界を求めて必死な彼女たちを、いつの間にか心から応援していることに気づかされます。
法廷でサチが胸中を吐露するシーンは圧巻です。複雑に絡まり合う苦悩を、丁寧に解きほぐして語るかのような穏やかな口ぶりに圧倒されます。
演技を超えた真実を彼女は語っているからに違いありません。
サチは生まれ育った田舎に”女男”の居場所はないと言い切り、東京にも、ゲイバーにも、居場所はなかったと語ります。
覚えた化粧をして女性の姿で生きるようになっても、恋した男性たちは彼女に「男性」を求め、普通の女性として男性に愛されたいというサチの願いは叶えられずにいました。篤彦との出会いにより、彼女は初めて満たされます。
空襲で脚を悪くした篤彦もまた、マイノリティの一人でした。同じように痛みと優しさを持つサチの内面にひかれたのでしょう。
サチは篤彦と体の関係を結べないことに苦しみ手術を選びましたが、手術を受けても、世の中は決してサチを普通の女性として認めないことを知ります。
誰かが決めた女というものを目指そうとするほど、自分が自分でなくなってしまう。誰かのために、誰かが決めた女性であろうとする限り、男性であることからも逃れられない。
サチは言葉を荒げていないのに、まるで悲鳴のように聞こえてきます。
場所を変えても、体を変えても、自分は男でも女でもない。世の尺度でいうところの性を持つことは決してないのだと。
「私は私」。それだけが、自分を支えてくれるたった一つの真実であることを、この映画は教えてくれます。
ブルーボーイ裁判のその後

(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会
本作ラストシーンの後に解説の文字が現われ、1969年の判決以降、性別適合手術がタブー視されるようになり、公に手術が行わるまでに29年の年月が必要だったことが明かされます。
長い空白により医療技術の後れは今だ取り戻せず、多くの人達が日本以外の国で手術を受けているのが現状です。
「優生保護法」という悪法が認められていた時代。優生の者だけが生きる権利を持つという、とんでもなく傲慢な思想がまかり通っていたことに戦慄を覚えます。
検察官の家族思想の恐ろしさ。しかし、食べるのにすら苦労する戦時中でさえ「生めよ増やせよ」と言われ続け、それを正しいと思って歯を食いしばって生きてきたことを思うと、簡単に一蹴できないものを感じます。
本作が公開された2025年になっても、日本ではまだ同性婚も認められていません。ジェンダーに関して、諸外国に比べ大きく遅れをとっているのが現実です。
1960年代を描く本作でのトランスジェンダーへのひどい偏見と、無理解の残酷さには胸を塞がれます。遅々としてではあっても、現代では少しずつ理解が進んできている事実にも気づかされることでしょう。
法廷での検察官、サチの勤め先のマスター、アー子を痛めつけたサラリーマンらが、無理解の象徴として登場します。
ブルーボーイたちの味方のはずの狩野弁護士もまた、最初のうちまったく理解が追いついておらず、精神障害とみなして彼女たちの心を深く傷つけます。
それでも、本当のことを教えて欲しいと頭を下げる狩野は誠実でした。サチはもう一度証人になることを決意し、狩野は彼女たちの苦悩に真の意味で寄り添います。
狩野弁護士の成長はそのまま、私たち一人ひとりに重なって思えます。
もし、今の性と異なる性を今から生きていきなさいと言われたら?きっと誰もが戸惑うことでしょう。
そんな不安の中で生きてきたのがトランスジェンダーたちといえるのではないでしょうか。
性別適合手術が認められるようになってきたのは、優生思想が問題視されるようになってからでした。様々な事柄への理解が共に成長しない限り、ことを為すことは難しい現実を突きつけられます。
まとめ

(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会
飯塚花笑監督、キャストからのメッセージがズシリと胸に響く感動作『ブルーボーイ事件』。
「深夜食堂」シリーズや『月の満ち欠け』(2022)など、ヒット作を手がけてきた遠藤日登志プロデューサーが深い感銘を受け、飯塚監督と共に見事な演出力でまとめ上げました。
当事者と真摯に向き合った本作は、性的マイノリティだけではなく、私たち一人ひとりの人間の尊厳をかけて闘った一作といえるかもしれません。
ブルーボーイの受ける理不尽な扱いに対して、誰もが心底から怒ってよいのだと教えられている気がします。


































