『少年の君』は、2021年7月16日(金)より新宿武蔵野館ほかで全国劇場公開
優等生の少女とストリートで生きる少年、孤独な2人が出会い、心を通わせていくヒューマンドラマ『少年の君』。
青春ドラマとサスペンスの要素を持つ本作は、中国の過酷な受験戦争や、増加するストリートチルドレンなど、中国が抱える現実の社会問題に、真っ向から挑んだ作品でもあります。
中国では諸般の事情により、宣伝が行われないまま公開された本作でしたが、結果的に興行収入250億円の大ヒットを記録しました。
これまで50以上の映画賞を獲得し「第93回アカデミー賞」の国際長編映画賞にノミネートされるなど、世界中でも高い評価を得ています。
社会問題を描いているだけでなく、前半と後半では全く違う作風であることが特徴的な本作は、完成度の非常に高い作品となっています。
映画『少年の君』の作品情報
【公開】
2021年公開(中国・香港合作映画)
【原題】
Better Days
【監督】
デレク・ツァン
【脚本】
ラム・ウィンサム、リー・ユアン、シュー・イーメン
【キャスト】
チョウ・ドンユィ、イー・ヤンチェンシー、イン・ファン、ホアン・ジュエ、ウー・ユエ、ジョウ・イエ
【作品概要】
貧困から抜け出す為に、過酷な受験戦争に挑む優等生のニェンと、貧困から抜け出すことを諦め、ストリートで生きるシャオベイ。
相反する2人が出会い、残酷な運命に翻弄されるヒューマンドラマ。
主人公のニェンを演じるのは、チャン・イーモウ監督の『サンザシの樹の下で』(2010)のヒロイン役に抜擢され、中国では「13億人の妹」の愛称で親しまれる人気女優チョウ・ドンユイ。
ニェンと知り合い心を通わせる、ストリートチルドレンのシャオベイを演じるイー・ヤンチェンシーは、中国初の国産少年アイドルグループ「TFBOYS」のメンバーとして活躍しており、中国のSNSサイトでは800万人近いフォロワーを集めるトップアイドルです。
イー・ヤンチェンシーは、本作への出演で高く評価され、俳優としても今後の活躍が期待されています。
監督のデレク・ツァンは、初の単独監督作品となった『七月と安生』(2016)が「アジア・フィルム・アワード」の最優秀監督賞へノミネートされた他、「香港映画監督組合賞」で最優秀監督賞を受賞するなど、その才能が高く評価されています。
映画『少年の君』のあらすじ
進学校に通う成績優秀な高校3年生のチェン・ニェン。
ニェンの家庭は貧しく、母親は学費を捻出する為に出稼ぎへ行っています。
ですが、多額の借金を抱えるニェンの家は、借金取りから嫌がらせを受け、周囲からは厳しい視線が向けられています。
貧しく苦しい環境に、ニェンは耐え続けていました。
この苦しい環境から抜け出すには、全国統一大学入試(=高考)で優秀な成績を出し、北京の大学へ進学するしかありません。
ニェンは、高考を控えて殺伐とする校内で、黙々と参考書に向かい準備を進めていました。
そんな過酷な状況の中、ニェンの同級生がいじめを苦に、校舎から飛び降り自ら命を絶つという、ショッキングな事件が起きます。
少女の死体を撮影する、生徒達の行動に耐えられず、ニェンは少女に上着をかけます。
成績優秀なうえ、全校生徒の前で目立つ行動を取ってしまったニェンは、校内の女性生徒グループに目を付けられます。
貧しい家庭でもある事から、ニェンはいじめの標的にされてしまいますが、高考だけを目標に、黙々と耐え抜こうとします。
ある雨の日、下校中のニェンは、暴行を受けていた少年シャオベイを、偶然救う事になります。
シャオベイは、貧しい環境からストリートで生きるしかなかった不良少年で、優等生のニェンとは正反対ですが、孤独である事は共通しており、2人は心を通わせるようになります。
ニェンは、いじめから身を守る為に、シャオベイにボディガードを依頼しますが、その事が、ある事件の引き金になっていきます。
映画『少年の君』感想と評価
優等生の高校生であるニェンと、ストリートの不良少年シャオベイ。
対照的な2人が出会い、やがて心を通わせていくヒューマンドラマ『少年の君』。
孤独だったニェンとシャオベイが、次第にお互いを意識するようになっていく展開は、青春ドラマのようですが、本作最大の特徴は「過去ないじめ」「受験戦争」「ストリートチルドレン」など、中国が抱える社会問題を、真正面から描いているという部分です。
貧しい家庭に育ったニェンは、貧困から抜け出す方法として、全国統一大学入試(=高考)に全てを賭けます。
これはニェンだけでなく、中国での大学受験は「戦争」のようになっていて、日本のニュースでも、高校生が家族の期待を全て背負って、受験に挑む様子などが報じられていますね。
作中でニェンは、北京の大学を目指しますが、実際に一流大学は北京や上海などの大都市に集まっており、大都市に出て人生を変える為、地方の学生は一流大学を目指して、命懸けで勉強をしています。
作品の前半は、そんな受験戦争の過酷さが中心になっており、机の上に山積みにされた参考書や、まるで軍隊の教官のような教師など、異常とも言える様子が描かれています。
そんな中でニェンは成績優秀で、大都市に出て人生を変えられる可能性があり、借金に苦しむ母親の期待も背負っています。
しかし、ニェンは校内でいじめの標的にされてしまいます。
中国でのいじめ問題は深刻で、中国政府も2019年に、いじめ防止の新制度を整備する法改正に乗りだしたというニュースがありました。
この法改正のキッカケになったのは、被害者の生徒を集団で暴行する動画が、インターネットへ投稿されるという事件が多発した為です。
『少年の君』では、このいじめ問題に真っ向から挑み、ニェンが暴行を受ける動画を、いじめの実行犯が撮影するという、実際の事件を連想させる描写もあります。
いじめに関する場面は、かなり過激な描写になっており、見ていて正直耐えられない部分がありました。
そんな、ニェンの心の支えになるのが、シャオベイという少年です。
シャオベイは、貧困が理由で学校に行く事もできず、窃盗などで生きてきたストリートチルドレンです。
中国では、実際に約50万人といわれるストリートチルドレンが存在し、支援策が求められているという現状があり、『少年の君』では、この問題をシャオベイの目線で描いています。
ニェンとシャオベイ、それぞれ当事者の目線で、現在の中国の問題を描きつつ、2人の出会いと心の交流を描くのが前半の展開となります。
しかし、ニェンとシャオベイに関わる、ある人物の死体が発見された事から、物語は一転します。
『少年の君』は、前半と後半では大きく作風が変わる事も特徴で、後半では、サスペンス要素の強い展開となっていきます。
この殺人事件に巻き込まれたニェンは、これまで命懸けで準備をしてきた、高考までも駄目になりかねない事態となります。
ここでシャオベイが下す決断は、あまりにも切ないのですが「これ以上、方法がない」という、他に選択肢の無い悲しい展開となります。
しかし、事件を追う青年刑事が、最後にある行動を見せる事で、あまりにも救いのないように見えた本作の物語は、非常に力強いメッセージ性を持つ作品となっていきます。
見ようによっては、現在の中国社会を批判したような内容となっており、この作品が中国で上映された際、一切宣伝ができなかったというのは、内容が問題視されたのではないでしょうか?
それでも、中国で大ヒットを記録したという事実は、本作の持つメッセージが、多くの人に届いたという証拠でしょう。
まとめ
前述したように『少年の君』は、前半と後半で大きく作風が変わる作品となっています。
後半は、サスペンスの要素が強くなるのですが、孤独な少女と少年が心を通わせる物語に、殺人事件が絡む展開は、東野圭吾原作で、2006年にドラマ化もされた『白夜行』を連想する方もいるのではないでしょうか?
「残酷な運命」に翻弄される少女と少年の物語という点で、共通点は感じます。
ただ『少年の君』で、シャオベイが下す決断は「貧困から抜け出せない者と、抜け出す可能性のある者」という、今の中国の格差を象徴したような展開です。
本作は、現在の中国が抱える社会問題を真正面から描いていますが、青春ドラマとサスペンスの要素を加えることで、エンターテイメント性を持たせています。
いじめの場面など、心の苦しくなる描写もありますが、それらも後半の伏線になっていくという、完成度の高い作品であると言えます。