戦争終結から1年後のウクライナを描いた戦争ドラマ。
ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチが脚本・製作・監督を務めた、2019年製作のウクライナの戦争ドラマ映画『アトランティス』。
ロシアとの戦争終結から1年後のウクライナで、全てを失いPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む元兵士と、戦死者の遺体を掘り起こして身元確認をするというボランティア活動に従事する女性が交流する物語とは、具体的にどんな内容だったのでしょうか。
2019年トロント国際映画祭のコンテンポラリー・ワールドシネマ部門で上映された、戦禍を被ったウクライナのこの先の未来を予言した映画『アトランティス』のネタバレあらすじと作品解説をご紹介いたします。
映画『アトランティス』の作品情報
【公開】
2022年(ウクライナ映画)
【脚本・製作・監督】
ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ
【キャスト】
アンドリー・リマルーク、リュドミラ・ビレカ、ワシール・アントニャック
【作品概要】
『ブラック・レベル』(2017)のヴァレンチン・ヴァシャノヴィチが脚本・製作・監督を務めた、ウクライナの戦争ドラマ作品。
2019年トロント国際映画祭のコンテンポラリー・ワールドシネマ部門で上映され、2019年ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門作品賞と、2019年東京国際映画祭審査委員特別賞を受賞した作品です。
本作と同時上映されたウクライナの映画『リフレクション』(2022)にも出演したアンドリー・リマルークが主演を務めています。
映画『アトランティス』のあらすじとネタバレ
ロシアとの戦争終結から1年後の2025年、ウクライナ東部。ウクライナ軍の退役軍人であるセルヒーとイヴァンは、まるで未だ戦争が続いているかのように戦闘服を着て、高度な射撃訓練を行っていました。
ですが、軍を退役した今の彼らの職場はアメリカの製鉄所でした。ウクライナは、高品質の鉄を作り輸出することで、外貨を稼いでいました。
そんな製鉄所で働くセルヒーたちでしたが、元軍人ということで腫れ物扱いされ、他の労働者から化け物と陰口を叩かれていました。
そんなある日、ついにその現状に耐えきれなくなり、イヴァンは製鉄所で自殺しました。その後まもなく、経済の自由化により製鉄所は閉鎖されました。
ウクライナの国の借金は国内総生産を上回る額にまで膨れ上がっているからです。この製鉄所が閉鎖されれば、坑道内の廃水が川を汚染するため、先が暗い未来しか待っていません。
クリミアに行って海峡大橋の再建を手伝いに行かないかという労働者もいれば、イヴァンが自殺したせいで製鉄所が閉鎖され失業したと非難する労働者もいました。
その後、セルヒーの新しい仕事先が見つかりました。汚染によって地元の水源が利用できなくなった地域に、トラックを使って水を運ぶという仕事です。
その仕事中、セルヒーは戦死者の遺体を掘り起こして身元確認をするボランティア組織「ブラックチューリップミッション」の人道活動家として働いている元考古学者のカティアと出会います。
映画『アトランティス』の感想と評価
物語の前半で死んでしまったイヴァン。彼は作中、同じ悩みを抱えているであろうセルヒーに、よく不眠症で悩んでいることを話していました。
おそらくイヴァンもセルヒーと同じ、PTSDを患っていたのでしょう。それに加え、同じ職場で働く労働者から、「お前たちに守ってくれだなんて頼んでない」「化け物め」と非難され続けます。
いくら常人よりも強靭な精神と肉体を持つ兵士とはいえ、元は皆と同じただの人間。国を、国民を守るために尽くしてきたというのに、守っていた国民にまでそれを否定されてしまっては、自殺を考えるほど心を病んでしまうのは当然のことです。
相棒のイヴァンを失い、職場を失い、何もかもすべて失ってしまったセルヒー。悲しむ暇もないまま生きていくために必死に働いていくしかない、彼の空虚な日々は辛すぎて思わず目をそむけたくなります。
そんな中、物語の中盤にカティアとその組織に出会ったことで、セルヒーの空虚な日々は変わり始めました。
カティアも衛生兵として従事していた際、助かる命と助からない命の選別をし、後者をその場に置き去りにしていくしかなかったことをとても悔やんでいました。
そんな戦場に思うことがあり、その戦場から離れられないセルヒーとカティアだからこそ、互いに心通じ合うことができたのではないかと考察します。
まとめ
ロシアとの戦争が終わった世界のウクライナで、戦禍を被り破壊された街と、そこで生きる人々の姿を描いたウクライナの戦争ドラマ作品でした。
本作の見どころは、俳優・女優ではなく退役軍人や兵士、ボランティアの人が演じていることと、アンドリー・リマルーカ演じるセルヒーは実際にドンバス戦争を経験している人物であること。
そして本作を手掛けたヴァレンチン・ヴァシャノヴィチがウクライナ出身の映画監督であり、終戦後の祖国の姿とそこに生きる人々を描いたというところです。
戦禍を被った国とその国民、国を守るために戦う軍人たちに襲い掛かる計り知れない悲しみと絶望感、それでも何とか希望を見つけて生きようとする姿を、全編ワンシーン・ワンショットの長回しで描かれています。
アンドリー・リマルーカは、現在クラウドファンディングを通じてウクライナの兵士を支援する、ウクライナのNGOで働いており、彼が演じたセルヒーと同じ道を歩んでいました。
戦禍を被ったウクライナのこの先の未来を予言したかのような戦争ドラマ映画が観たい人に、とてもオススメな作品です。