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『母へ捧げる僕たちのアリア』あらすじ感想と解説評価。オペラの名曲の数々と共に描いた“成長と自立の難しさ”

  • Writer :
  • 桂伸也

映画『母へ捧げる僕たちのアリア』は2022年6月より全国ロードショー!

オペラという世界との出会いは、少年に新たな光をもたらしました。しかしその入り口までの道のりは険しいものでもありました…

南フランスの労働階級の家に生まれた一人の少年が、家族との絆に複雑な思いを寄せながら、心に秘めていた歌への思いから自身の未来を切り開いていく様を描いた『母へ捧げる僕たちのアリア』。

子役ながらキャリア十分のマエル・ルーアン=べランドゥが主人公を担当、他にも女優、歌手として活躍するジュディット・シュムラやダリ・ベンサーラ、ソフィアン・カーメら実力派俳優が集いました。

映画『母へ捧げる僕たちのアリア』の作品情報


(C) 2021 – Single Man Productions – Ad Vitam – JM Films

【日本公開】
2022年(フランス映画)

【原題】
La Traviata Mes frères et mo

【監督・脚本】
ヨアン・マンカ

【出演】
マエル・ルーアン=べランドゥ、ジュディット・シュムラ、ダリ・ベンサーラ、ソフィアン・カーメ、モンセフ・ファルファー

【作品概要】
寝たきりの母親を介護する兄弟一家の末っ子である14歳の少年が、とあるきっかけで歌の道を志す姿より家族との絆や母への愛を浮き彫りにしていくヒューマンドラマ。

フランスのヨアン・マンカ監督が、本作で長編デビューを飾りました。

主人公ヌールを、ダニエル・オートゥイユ監督の『Amoureux de ma femme』(2018)、ノエミ・サグリオ監督の『Parents d’élèves』(2020)といった作品に出演したマエル・ルーアン=ブランドゥが担当。

さらに『女の一生』(2017)などのジュディット・シュムラ、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021)などのダリ・ベンサーラらが共演を果たしています。

映画『母へ捧げる僕たちのアリア』のあらすじ


(C) 2021 – Single Man Productions – Ad Vitam – JM Films

3人の兄たちと南フランスの公営団地に暮らす14歳のヌール。彼は兄たちとともに、自宅で昏睡状態の母を介護しながら生活していました。

夏休みには介護とアルバイトで一層忙しい日々を送りながらも、夕方になると母が大好きなオペラをスピーカーで聴かせることを日課にしていたヌール。

ある日彼は中学校の外壁塗装アルバイトの途中に、歌の夏期レッスンをしているのを見つけます。

気になって部屋の中をのぞいていたヌールは、講師に呼び止められ部屋の中に入ることを即されます。

これをきっかけとして歌にのめり込んでいくヌール。

それぞれが複雑な事情を抱える兄弟との生活の中で、それはヌールの希望の一つへとつながっていきました。

映画『母へ捧げる僕たちのアリア』の感想と評価


(C) 2021 – Single Man Productions – Ad Vitam – JM Films

本作の大筋は一人の少年が自立に向かって歩き出すというものですが、非常に深くユニークな物語展開を作り出しています。

物語の舞台は南フランスの労働階級の人たちが住む集合住宅地で、一家は人生において自身の望む方向を目指すのが難しい立場であると言えます。

主人公ヌールは、3人の兄とともに昏睡状態の母親と一緒に暮らすという生活を余儀なくされています。そして彼が数少ない心の支えとしていたのが歌で、物語で彼はその支えにつながるオペラという未知の領域と対面します。

このことがヌールの、ある意味選択肢のなかった将来に希望を見せていくわけですが、このオペラという世界を起用したことは非常にユニークであります。

自立、そしてスターダムを目指す姿を描く物語では、よくロック・スターなどの型破りなイメージをモチーフとすることがありますが、対してオペラはどちらかというとロックなどの音楽とは真逆で形式を重んじるような印象もあり、物語構成だけを捕らえると異質にも感じられます

しかし本作ではこのオペラという存在を魅力的で輝ける未来の象徴的なものとして物語上に置くことで、その違和感を払拭しながらも典型的な自立ストーリーとはならない捻りを醸し出しています


(C) 2021 – Single Man Productions – Ad Vitam – JM Films

少年が自立していく物語としては、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)を想起するところでもありますが、一方で本作では少年の自立の壁となるものとしてさまざまな要因が描かれます。

先述のヌールの生い立ち、境遇も大きな要素として挙げられますが、特筆すべきは彼の母親と3人の兄という存在にあります。

もしヌール自身が一人っ子で親も健在という状況であれば、物語はもっとシンプルで単純なものとなったでしょう。

本作はこんなにも彼と親や兄弟との関係を緻密に描いており、自立というものが強い思いだけで進められるものではなく、大きな決断を迫られる難しいものであることを示しています

彼の兄弟は、彼が厳しい環境に生まれ育っていることを当然のことのように思わせ、母と生きるということを運命として強いていきます。

そして同時に彼との深い愛情を感じさせる演出がされており、ヌール自身がいろんな意味で心に悩みを募らせる様子を深く感じ取ることができるでしょう。

そしてエンディングへ。ヌールがどのような道を選択するかも大きな焦点となりますが、彼が家族、兄弟たちとどのように接し、悩み、そして成長したかというその道程自体が、人が自立していくということの本当に大切な意味を示しているようです。

まとめ


(C) 2021 – Single Man Productions – Ad Vitam – JM Films

また本作では、ヌールに大きな影響を与えていく女性・サラ役を務めるジュディット・シュムラの存在感にも注目です。

歌手としても活躍するシュムラだけに、舞台場面での見栄えも秀逸。一方、劇中でヌールが自身の事情で歌のレッスンがままならない状況上の中、サラにその苛立ちをぶつけるかのように「金持ちの道楽のくせに!」と言い放ってしまう場面があります。

この言葉に対するサラは、どこか怒りのような表情を見せます。レッスンでの彼女は楽しそうに生徒へのレクチャーを行ってはいるものの、プロとしての生活がそこにはあるわけで、ヌールの言葉は自身の芸術家としてのプライドを傷つけられたという真意がそこにはあります。

このポイントは、成長し自立していくということは、良いことばかりが待っている未来につながっていくわけではない、酷な現実に対面するリスクもあるということを暗に示唆しています。

このように本作は「成長する少年」の視点に立ち自立までの道のり、その過程で出くわすハプニングや課題といったものを少年自身の目線で描いており、格差や貧困といった二次的な問題の提起とはまた異なる普遍的な景観を深い考察の上で描いたものとも言えるでしょう。

映画『母へ捧げる僕たちのアリア』は2022年6月より全国ロードショー

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