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Entry 2020/05/11
Update

原田美枝子映画『愛を乞うひと』ネタバレあらすじと感想。演技派女優が可能にさせた対照的な性格の母親二役

  • Writer :
  • からさわゆみこ

傷みを伴う過去と、自分の知らない事実と向き合う映画『愛を乞うひと』

幼い時に台湾人で優しい父親を病気で亡くし、その後実母から凄惨な虐待を受けた少女が17歳になったとき、惨めで壮絶な暮らしと母親を捨てて飛び出して生きていく映画『愛を乞うひと』

演出は『エヴェレスト 神々の山嶺』『閉鎖病棟 -それぞれの朝』で知られる平山秀幸監督。脚本は下田治美の同名小説を基に『血と骨』『焼肉ドラゴン』の鄭義信が脚色が担当。

キャスト主演には、『大地の子守歌』『青春の殺人者』など、すでに10代でキネマ旬報主演女優賞した原田美枝子。

演技派で知られた原田は、水商売で生計を立て荒んだ心で我が子を激しく虐待し続ける母親豊子と、虐待され続けた娘の照恵が平凡な主婦となった母親の二役を演じ、日本アカデミー賞で主演女優賞を受賞しました。

映画『愛を乞うひと』の作品情報


(C)東宝

【公開】
1998年(日本映画)

【原作】
下田治美 (角川文庫)

【監督】
平山秀幸

【キャスト】
原田美枝子、中井貴一、野波麻帆、小日向文世、熊谷真美、國村隼、うじきつよし、小日向文世、前田弘、塚田光、五十畑迅人、モロ師岡、マギー司郎、中村有志、新村礼子、今吉諒子、西田尚美、佐藤正宏、高土新太郎、花王おさむ、山梨ハナ

【作品概要】
原作・下田治美の同名の長編小説を『閉鎖病棟 -それぞれの朝』(2019)の平山秀幸監督が映画化。実母から虐待を受けながらも母の愛を乞う矛盾と、虐待する母から逃げ30年経ち中年になった時に再び母の面影と愛を探り、親子の絆とは何なのかを問い探し求めるヒューマンドラマ。

1999年に第22回日本アカデミー賞にて最優秀作品賞、監督賞、主演女優賞などを受賞し、モントリオール映画祭では国際批評家連盟賞などを受賞しました。

映画『愛を乞うひと』のあらすじとネタバレ

陳文雄は雨の降りしきる中、幼い照恵を連れて妻豊子の元を離れます。

しかし、この時の文雄は肺結核を患い余命いくばくもない状態でした。豊子は去っていく文雄に罵声を浴びせながらも、一人残されていく不安に絶望と落胆で号泣します。

文雄はとうとう結核が悪化し入院。病床の父に照恵は『アッパー(父親)』と書いた父の似顔絵を渡します。

文雄は照恵の頬を優しく撫でながら手鏡で光を作り天井を照らし、台湾島を模して言います。

「アッパーの故郷は台湾の真ん中あたり“沙鹿(そあら)”というところでサトウキビ畑が広がるところ」と、教えて春になったら一緒に行こうと言い残して亡くなるのです。

時が経ち照恵は夫を亡くし、17歳くらいの娘と二人暮らしをしていました。照恵は幼い頃に亡くした父親の遺骨を探していました。

幼かった頃の記憶を辿り、父親の入院していた病院をつき止め当時のことを訊ねますが、火災で手掛かりとなる資料は焼失していました。

そんな時に照恵の職場に1本の電話が入り、30数年前に生き別れた弟が詐欺で逮捕拘留されたと連絡があります。

弟の武則は豊子の2番目の夫との子供です。照恵は文雄の死後、孤児院で暮らしていて、10歳になる頃に豊子が引き取りに来て、中島という異父と異父弟の武則の4人で暮らすことになったのです。

照恵の父親の遺骨探しはその後も続いていて、娘の深草に照恵の様子の異変を感じさせていました。深草はそのことを照恵に追求しますが、照恵はうやむやに応えるだけできちんと話そうとせず受け流しました。

さて、豊子の照恵への凄まじい折檻は、3番目の夫である和知という男と『引揚者定着所』での生活から始まり、その記憶を遡るとともに虐待もエスカレートしていきます。

同じ引揚者定着所には照恵と同い年くらいの子のいる家族もいました。花火大会のあった夜に友達から誘いをうけた照恵は豊子に恐る恐るお小遣いをせがみました。

すると豊子は「いいよ。手をお出し」と言ったので、照恵は喜び手の平を差し出すと、豊子は吸っていたタバコを照恵の手の平におしつけ「何様のつもりなんだい!!」と、友達の目の前で狂ったように激しく照恵を折檻しはじめます。

『和知の父』と呼ばれた男も最初は豊子の暴力から照恵をかばったりもしましたが、豊子の逆上は始まると手に負えずそのうち豊子が疲れてくるまで傍観気味になります。

ある日、照恵の顔が酷く腫れあがるほど虐待をされると、それを逆手にとって一緒に街角に立ち『物乞い』をさせました。

照恵の遺骨探しは、たびたび時間が長引き帰宅が遅くなっていました。しびれを切らした深草は更に問いただそうとしますが、「深草には関係のないことだから」と突っぱねます。

すると深草は「もしかして私とお母さんは本当の親子じゃないんじゃないの!?」と口走ってしまい、その言葉をきいて照恵はとっさに深草の頬を叩いてしまうのです。

深草に手を上げてしまったことで照恵は手に残った感触と、自分が酔って帰った豊子に「誰のおかげで暮らせていると思ってるんだい?」平手打ちされた感触を思い出します。

深草に手をあげてしまった照恵でしたが、深草は翌日には何事もなかったように水泳大会に参加し、照恵もその応援に行きます。

帰り道で照恵は深草に謝ろうとしますが、深草はそれを遮って「お母さんのそういうところが嫌い。うちは母子家庭なんだよ。世間の目は意外と厳しいんだからちゃんとしなきゃ」と励ましました。

和知の父は豊子や子供たちのために物乞いをやめ就職先をみつけます。また、照恵や武則の面倒もよく見てくれ、照恵には中学校の制服を買ってくれるほどの善き同居人です。

和知の父が制服を買ってきてくれた晩に、豊子は照恵に「着替えて制服姿をお父さんに見せておあげよ」と言います。

年頃になっていた照恵は和知の目の前で着替えることに躊躇します。そのことに激高した豊子は、竹物差しで照恵の額を殴り傷跡が残るほどの怪我を負わせます。

この時とうとう照恵は勇気を出して豊子に「なぜ私を施設から引き取ったのですか?私のことをかわいいと思ったから引き取ったんでしょ?」と聞きました。

しばらく無言でいた豊子でしたが「孤児院なんてみっともないし仕方なく引き取っただけ、お前がかわいいからじゃない!お前なんか産みたくなかった!強姦されてできた子なんだよ!」と言われてしまい、出生の秘密と母に愛されていないことを知り、照恵はショックを受けます。

愛されていないと絶望した照恵は包丁を喉に突き立てますが死にきれず、父親の形見の手鏡に顔を映し笑顔を作ります。

そして「アッパー、迎えにきて、泣かないから迎えに来て」と、つぶやきました。

以下、『愛を乞うひと』ネタバレ・結末の記載がございます。『愛を乞うひと』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
照恵は深草と一緒に和知の父のお墓参りに出向きます。その時に照恵は、幼い頃に母親から虐待を受けていたことや文雄の遺骨探しのことを打ち明けます。

そこで深草は照恵に一つの提案をします。それは同じ台湾人の知り合いが祖国に帰る時に、遺骨を持って行ってくれたかもしれないから、祖父文雄の故郷である台湾に行って手掛かりを探そうというのです。

照恵と深草は台湾に渡り、日本語の話せるタクシードライバーの助けを得ながら、文雄の兄とその一族との対面を果たしました。

しかし、文雄の遺骨は実家には届けられておらず、滞在期間中に同じ時期に日本に渡った台湾人の知り合いを訪ね歩きますが有力な情報は得られませんでした。

滞在の最終日、文雄と日本で生活を共にしていて照恵もしばらくの期間面倒を見てもらった、王夫妻の所在がわかり訪ねることができました。

王夫妻は文雄が亡くなる少し前に台湾へ帰国できるチャンスができ、一足早く日本の地を離れていたのです。

文雄の遺骨の行方はわからなかったものの、王夫妻から両親の出会いから照恵の出生の真実を知ることとなります。

第二次世界大戦後の混乱時に、豊子は二人の男に強姦されている現場で、台湾人留学生の陳文雄に助けられ出会いました。豊子はそれまでに出会ったことのない男の優しさを知り、文雄と夫婦になります。

照恵は間違いなく文雄と豊子の子供であったという事実を知ることができました。

しかし、産みたくなかったという話も本当の話しで、照恵を妊娠したとわかると「彼に嫌われる。私は捨てられてしまう」と、不安を口にしていたというのです。

つまり、豊子の夫に対する偏った愛情と依存心が娘への嫉妬へと転じ、虐待をしはじめたのでした。

気性の粗さは子供を生めば変わるかと期待していたのに、小さな照恵に殴る蹴るをしたため、文雄はやむを得ず照恵を連れ豊子の元から去ったと告げます。

王夫人は「豊子さんにも過去に何かあったのかもしれないね」と照恵をたしなめます。

ところで照恵が深草を生み穏やかに暮らせることができたのは、中学を卒業し就職をしたある日、母は和知の父からも去ろうと引越しをし始めていた時でした。

照恵の給料日で、その給料を目当てに待ち構えていた豊子。

照恵の給料は全て巻き上げられていましたが、密かに部屋を借りて家を出る決心をしていた矢先でした。

その時も給料を巻き上げられあげくに引っ越しをしようとしていたため、照恵は意を決して給料を取り戻そうと豊子と格闘します。

そこに助っ人として割って入ったのが武則でした。「姉ちゃん!逃げろ!行け!」と豊子を制止し姉を逃がします。

その後の照恵の人生経緯はわかりませんが、後に山岡という男性と結婚をして深草を授かったのです。

照恵は帰国後、再度区役所を訪れ、もう一度過去の戸籍を探してほしいと頼みます。

そこで、職員から確認をされ、「お父さんは台湾から来たと言ってましたよね?もし、日本国籍を取得していなければ外国人登録書に記録が残っているかもしれません」。

ここから捜索の糸口が開けて陳文雄は外国人の無縁仏として、三鷹の寺院に遺骨が預けられているとわかり、文雄の遺骨を引き取ることができ無事に照恵の念願は叶います。

ところが娘の深草は、「お母さんはおじいちゃんの遺骨を探しながらも、おばあちゃんのことも探しているんじゃないの?本当はおばあちゃんに会いたいんじゃないの?」と言います。

深草は母に内緒で服役中の武則に会い豊子の所在を調べていたのです。

豊子は某港町で美容師を営んでいました。照恵は店に入り前髪をカットしてほしいと依頼します。豊子は黙ってカットをし始めますが照恵の額の傷跡に気がつき、鏡に映るその顔に少し動揺します。

照恵は最後まで名乗らず豊子も照恵の素性を聞くことはありませんでした。

店を出た照恵はまっすぐ振り返らずに帰路につきます。豊子は30数年前に去った娘の照恵だと確信したように店から出てきますが、茫然と立ちすくみ照恵親子を見送ります。

照恵は「どんなにひどい母親で殴る蹴るの暴力をうけても、母のことが好きで好きでたまらなくてかわいいよって言われたかった」とつぶやき、「ようやく母さんにサヨナラが言えたよ」と深草に泣き崩れます。

照恵は父文雄の遺骨を故郷の台湾にあるサトウキビ畑にお墓を作り納骨しようと決め、深草と一緒に再び台湾へ訪れ墓所を自力で開拓します。

映画『愛を乞うひと』の感想と評価

本作『愛を乞うひと』は、戦後の混乱期から昭和30年代の高度経済成長期の日本を背景に描いた作品です。

国民の大半が貧困である中に、家族で協力し励まし合いながら生きる家族もあれば、不遇な環境で生きながらえてきた寂しい女性が異国の男に優しく愛されながらも、我が子には愛を与えることができずに、虐待という行動に出てしまった不幸がありました。

親による児童虐待は、現代社会においても事件に発展するケースがあります。戦争があったからとか、貧しい家庭だったからというのは理由にならず、戦争がなく豊かな社会になっても、親による子供への虐待は無くなることはないのでしょう。

劇中の照恵は、運よく命は奪われることなく、無事に成人し平凡ながらも結婚をして子供も授かりました。それでも、母親からうけた心身の虐待はトラウマとなり長期にわたって照恵を苦しめてきたのです。

照恵が最後に「毎日、殴る蹴るをされても母さんが好きで好きでたまらなくて」といった心理も、虐待されて亡くなった児童の手記から読み取れることが多々あります。

いつでも母親からは好かれていたいという気持ちがあったのでしょう。

照恵は虐待されて辛いはずなのに、母親に何か困ったことを言われると、反射的に笑顔になってしまいました。

ある種の防衛本能と「かわいい」と思われたい心理が働いたとしか思えません。

しかし、豊子にとってはその笑顔は自分を捨てた文雄と似ていて憎しみが増幅したのでしょう。

豊子は照恵をかわいい娘と思いながらも、自分から文雄を奪った子であり、捨てた男の顔という認識が重なったのでしょう。

豊子と照恵という2人の女性を演じたのは、清純派で知られた原田美恵子でした。この原田美枝子の演技が逸脱しています。

スタッフが虐待シーンの撮影時に、幼少期の明恵役の子供の心のケアにも配慮したというエピソードがあるほど、原田の演技は凄まじかったそうです。

こうして一つの作品として残っている『愛を乞うひと』は、今も問題視される親から子への虐待に関して、考える機会をとてもリアルに伝えてくれる貴重な映画です。

まとめ

戦後の貧しい世の中で生きるために善悪の判断が無意味だったことや、誰からも愛されてこなかった女性の哀れな生涯が胸に迫る内容である映画『愛を乞うひと』。

台湾が日本の統治にあったことから、陳文雄のように希望を持って来日していた者もいれば、身一つで生き抜かねばならないか弱き女性も多く存在していました。

そんな中にあって、文雄と豊子は巡り会うことができたものの、豊子の過去に人格を歪める生い立ちがあったことも想像ができます。

そんな豊子の犠牲になってしまったのが照恵で、優しい父との死別、鬼と化する母親の暴力に耐える日々でした。

豊子もまた同じような環境で育ってきたとも考えられますが、なぜ生き方にこんなにも違いが生じてしまったのでしょうか。

豊子は自分の全てを受け入れてくれる愛を乞うて、照恵はただ母親一人の愛を乞う人生でした。

照恵にとって豊子は反面教師となり、文雄の優しさだけが唯一の核として残ったのではないでしょうか。

本作は、遠い昔の時代背景とは全く異なる現代社会でも通じる親子の絆の問題に焦点を当て、周囲との人間関係の希薄さや差別も根強く残っている現実を描いています。

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