20年前の夏の思い出から新たな父親像が浮かびあがる『aftersun/アフターサン』
過ぎ去った子供の頃。父親と2人で過ごした夏休みを、20年後にその時の父親と同じ年齢になった娘の視点から綴った『aftersun/アフターサン』。その当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマです。
11歳の夏休み、思春期真っ只中のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきました。父親というには若いカラムと思春期真っ只中のソフィ。兄妹のように見える2人は、かけがえのない宝物のような濃密なひと夏を過ごします。
監督・脚本を務めるのは、長編デビューとなる新星シャーロット・ウェルズ。父親カラムにポール・メスカル、娘のソフィは新人フランキー・コリオが演じます。
シャーロット・ウェルズがエモーショナルに描き出す、大切な人との大切な記憶、ひと夏の宝物。それはどんなものだったのでしょうか。
映画『aftersun/アフターサン』の結末をネタバレあらすじ有でご紹介します。
CONTENTS
映画『aftersun/アフターサン』の作品情報
【日本公開】
2023年(アメリカ映画)
【原題】
Aftersun
【監督・脚本】
シャーロット・ウェルズ
【製作】
アデル・ロマンスキー エイミー・ジャクソン バリー・ジェンキンス マーク・セリアク
【製作総指揮】
エバ・イェーツ リジー・フランク キーラン・ハニガン ティム・ヘディントン リア・ブーマン
【撮影】
グレゴリー・オーク
【キャスト】
ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ローソン=ホール
【作品概要】
『aftersun/アフターサン』の監督はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズで、脚本も手がけました。
愛情深い父親カラムを演じるのは、テレビドラマ『ノーマル・ピープル』(2020)でブレイクしたポール・メスカルで、本作で第95回アカデミー主演男優賞にノミネートされました。娘のソフィは、オーディションで選ばれた新人フランキー・コリオが演じています。
映画『aftersun/アフターサン』のあらすじとネタバレ
11歳の夏休み。普段は別々に暮らしている父のカラムとトルコのリゾート地を訪れたソフィは、あと2日で31歳になるカラムにビデオカメラを向け、問いかけました。
「11才の頃、30才になったら何をしていると思ってた?」。答えられないカラム。
ソフィの夏休みに合わせて休暇を取ったカラム。2人で辿り着いたリゾート施設には、予約したはずのツインベッドの部屋ではなく、クイーンサイズのベッドのみが置かれた狭い部屋が用意されていました。
ソフィにクイーンサイズのベッドを譲り、仕方なく簡易ベッドに寝ることになったカラムは、ソフィが眠りについたあと、バルコニーでひとりタバコを吸い、闇の中で踊ります。
ソフィの兄と間違えられるほどに若く見えるカラムは、娘思いの優しい父親でした。この旅行のために最新の家庭用ビデオカメラを入手し、ソフィの姿を映します。
プールサイドでは、ソフィの背中に入念に日焼け止めを塗り、タバコは体に悪いと切々と語り、太極拳の護身術をソフィに教えます。
母親との暮らし、学校生活についての話をしながら、かけがえのない親密な時間を過ごす2人。ですが、カラムは、骨折したという腕にハメたギブスを取り外す時など、決して楽ではない人生を生きるカラムの苦悩が衝撃的に顔をのぞかせます。
映画『aftersun/アフターサン』の感想と評価
父と娘のひと夏の記憶
別れて暮らす父と過ごしたひと夏の思い出をエモーショナルに描いた『aftersun/アフターサン』。父親カラムは31歳。娘ソフィは11歳。カラムは若く見えるため、年の離れた兄妹と言っても通じるほどの年恰好です。
カラムの職業や娘と別れて暮らす理由などは一切語られていませんが、大人になったソフィがビデオカメラを見て、当時を回想する形で物語は進みます。
カラムはソフィが可愛くて仕方がありません。時間を決めて日焼け止めクリームを体に塗ってやります。眠りにつくソフィの顔を愛おしそうになぜます。ソフィを見つめるカラムの何とも言えない優しさを秘めた瞳がとても印象的です。
一方のソフィも、普段会えない父に彼女なりのユーモアを持って愛情表現しています。プールサイドで、海の上のゴムボードで、隣り合ったバスの席で……。父娘は手を重ね、抱き合って、お互いの絆を確かめます。
「たとえば、空を見上げて太陽が見えたら、パパも太陽を見ていると思える。同じ場所にいないし、離れ離れだけど、そばにいるのと同じ」
カラムは決して今の暮らしが裕福と言えません。この旅行も無理をしているのではないかと推測されますが、ソフィの言葉が彼を癒していたのは間違いないでしょう。
ですが、大人になったソフィは回想していくうちに、あの時、父がどんな思いでいたのかと気が付きます。戻れない過去に一抹の後悔がにじみます。
カラムが扉の向こうに消えるラストも、観客にカラムとソフィの関係はどうなったのかと深い余韻を残していました。
言葉でなく感情で演じる
父親カラムを演じるのは、ポール・メスカル。彼の持つおおらかな人を惹きつける演技と相反する繊細な感情表現で、カラムの抱える悩みや苦しみも描き出します。
また、娘の11歳のソフィは、オーディションを勝ち抜いた新人のフランキー・コリオが演じました。少女から女性へと変化する感情を器用に表現しています。
父親への付かず離れずの距離感を持った甘酸っぱい想い。大人の世界を垣間見て芽生える好奇心。思春期の少女ならではの複雑な心理を自然体で演じているフランキー・コリオの今後がとても楽しみです。
本作の脚本・監督は長編デビューのシャーロット・ウェルズです。編集の参考となったのは、彼女が好きな小津安二郎の作品だと言います。リゾート地では毎日がほとんど同じことの繰り返しだから、小津が毎日の繰り返しをどのように描いていたのかを研究したのだそうです。
そして、完成したのは、言葉少なく演出も必要最小限まで省略した本作。
観る人によって受ける映画の余韻はそれぞれ違うでしょうが、映画のワンシーンから切り取ったようなソフィの記憶から、忘れていた自分の大切な人との貴重な時間も思い出すことでしょう。
まとめ
11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごした夏休みを、その20年後、父親と同じ年齢になった彼女の視点で綴る『aftersun/アフターサン』。
真夏のリゾート地で、何もかもが太陽のように輝いて見える11歳のソフィアと、人生半ばにさしかかり独りで暮らす31歳の孤独な父・カラムが休暇を過ごします。
楽しいはずの休暇に時々起る不穏なカラムの行動。その背景は一切語られていません。そして、大人になったソフィの映像がときおり差し込まれ、無言の解説がされています。
監督が目指すという「多くを語らず、スペースを空けて観客に歩み寄ってもらう作風」に充分かなった作品でした。
クイーン&デヴッド・ボーイ『アンダー・プレッシャー』、ブラー『テンダー』、クイーンの『アンダープレッシャー』などのヒットソングも盛り込まれ、90年代へのタイムスリップも堪能!