必死で互いにしがみつき合う夫婦の絆
『グロリア』(1980)で知られる巨匠カサヴェテスの代表作の一つとなった傑作『こわれゆく女』。
精神のバランスを崩した妻と、土木工事の現場監督を務める癇癪持ちの夫の愛と葛藤が描かれます。
主演のジーナ・ローランズはゴールデングローブ賞最優秀女優賞(ドラマ)受賞したほか、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされました。
壊れかけた夫婦の船には、幼いかわいい子ども3人も乗っていました。いったい一家はどこに流れ着くのでしょうか。
ジーナ・ローランズの熱演が光る名作の魅力をご紹介します。
映画『こわれゆく女』の作品情報
【公開】
1993年(アメリカ映画)
【監督・脚本】
ジョン・カサヴェテス
【編集】
トム・コーンウェル
【出演】
ジーナ・ローランズ、ピーター・フォーク、マシュー・カッセル、マシュー・ラポート、キャサリン・カサヴェテス、レディ・ローランズ
【作品概要】
壊れそうな家庭を繋ぎとめようとする夫婦愛を描いた一作。『グロリア』(1980)で知られる巨匠カサヴェテスの代表作。
脚本はジーナ・ローランズ主演の戯曲として執筆されました。
本作でもジーナ・ローランズが主演を務め、見事ゴールデングローブ賞最優秀女優賞(ドラマ)受賞したほか、アカデミー賞主演女優賞、監督賞にノミネートされています。
夫のニック役をピーター・フォークが好演。
映画『こわれゆく女』のあらすじとネタバレ
専業主婦のメイベルは、土木工事の現場監督を務める夫ニックと3人の子どもたちと暮らしていました。
ある晩、子どもを母に預けて夫婦ふたりきりで久しぶりに楽しく過ごそうと約束しますが、突然水道管工事に駆り出されたニックは帰れなくなってしまいます。
おとなしく夫の電話に答えたメイベルでしたが、やり切れずひとりで酒場へ向かい、ガーソンという見知らぬ男の隣でやけ酒をあおります。その後、泥酔して彼を家に連れ帰ったメイベルは、関係を持ってしまいました。
精神バランスの不安定な彼女は、翌朝ガーソンを見てニックと思いこみます。それから彼女は、昨日預けたことを忘れて、母と子どもたちを大声で探し始めます。
その後、ニックが大勢の部下たちを連れて帰宅しました。メイベルは穏やかに迎え、彼らのためにスパゲティを料理します。話や歌に盛り上がりますが、はしゃぎすぎたメイベルはニックに叱られ、場が静まってしまいました。
その後、ニックの母からの電話をきっかけに、社員たちは帰って行きます。ニックはメイベルに、君は病気なので悪くないと言って謝りました。
母の様子を見に行くことになったニックは、メイベルを残して行くことを心配します。
メイベルは学校から戻った子供たちと、預かることになったジェンセン氏の子どもたちとパーティーを始めます。しかし、ジェンセン氏は異常なハイテンションのメイベルの姿を見て不安になり、自分の子を連れ帰ることにしました。
そこにニックが母と一緒に帰ってきます。ニックはジェンセン氏を見て怒り狂い、帰れとどなりつけて追い出しました。ニックはメイベルを殴りつけ、入院してよくなるまで帰るなと叫びます。
映画『こわれゆく女』の感想と評価
綱渡り状態の夫婦関係
愛情に満ちあふれた心を持ちながら、精神的にバランスを失っている妻メイベルと、いつも怒鳴り散らしている癇癪持ちの夫ニック。ヒリヒリするほど緊張感あふれる夫婦関係が描かれます。
メイベルを演じるカサヴェテス監督の妻ジーナ・ローランズが、迫真の演技で観る者を圧倒します。
冒頭シーンから、幼い3人の子どもを預かってくれる母に向かって厳しく事細かく指示を出し、せっかちに追い立てるメイベル。彼女の異様なまでの神経質な性格が浮き彫りとなり、ざわざわした不安感を感じさせます。母が娘に反発せず言うがままになっているのも、メイベルの病気を思ってのことであることが次第にわかってきます。
夫のニックは現場監督で、いつも忙しく仕事をしています。彼は妻や子を心から愛しいつも心配していますが、こちらも病的なまでに怒りっぽく、自分を抑えることができず常に怒鳴り散らしていました。
夫婦水入らずで過ごす約束をしていたある晩、急な仕事が入ってニックが帰れなくなったことをきっかけに、これまでも不安定だったメイベルの心は壊れ始めます。
メイベルはあまりにも純粋な心の持ち主でした。子どものような善意から行動をするのですが、あまりにも普通とかけ離れたことをしてしまうために、その後も異常者として扱われてしまいます。
実際に精神異常があったメイベルですが、周囲からの奇異な目で見られることや、夫の罵声によってさらに追い詰められていきます。そして結局、強制的に半年間治療入院させられてしまうのです。
メイベルが退院する日、ニックは仕事仲間とその妻まで大勢家に招き、パーティーを開いて妻を迎えようとします。メイベルを楽しませたいと口では言っていますが、実際は迎え入れる自信がなかったのでしょう。
本来なら、夫が病院まで迎えに行くのが当然のはずですが、彼にはできませんでした。弱い犬ほどよく吠えるとはよくいったもので、いつも相手を威嚇するのもニックの心の弱さの表れだったのかもしれません。
結局母親に諫められて大勢の友人らを帰し、近しい家族だけでメイベルを迎えますが、ニックはまたも小さなことで癇癪を起して怒鳴りつけてしまいます。最初は必死で興奮しないようにと自分を抑えていたメイベルも、ソファに立って踊り出すというおかしな行動をとり始めます。
ふたりは無限ループにはまったままです。しかし、それは愛があるがゆえにであり、一緒にいるためにはそのループにとどまるしか方法がなかったと言えるのかもしれません。
夫婦をつなぎとめる子どもとの絆
メイベルとニックの間に授かった、まだ幼いかわいい3人の子どもたちの存在が本作のキーとなっています。
彼らは幼すぎて状況がまったくわかっていません。母がどこかおかしいと気付きながらも、彼女の純粋さを心から慕い、愛していました。
精神が壊れかけながらもメイベルはただひたすら子どもたちを追い求め、退院後ももう二度と離れずに済むようにと、必死で興奮を抑え込みます。
ニックもまた子どもたちを愛していました。水着姿になっていた子どもたちを見て、すぐに海に連れていったやさしさは本物でしょう。心がこわれていく妻と、いうことを聞かないやんちゃな年頃の3人の子どもの相手をしていれば、だれでもイライラしてしまいます。癇癪持ちの彼にとってはさぞ苦行だったに違いありません。
帰りの車で子どもに「ママのことは悪かった」と謝ったニックの気持ちを思うと、切なくなります。
それなのに、退院後も奇行を止めるために妻を殴りつけ、妻にも子供にも「殺すぞ!」とひどい言葉をかけてしまうニック。子どもたちは怯え、何度ニックが3人を二階に抱え上げても逃げ出して、母親のもとに戻ってきてしまいます。
しかし、子どもたちはママの言うことなら穏やかに聞いて二階に上がり、おとなしくベッドに入りました。その姿を見たニックも静かになり、子どもたちにやさしく接します。
甘えたいさかりの子どもたちの寂しさと苦労には、胸が締め付けられます。夫婦も同じ思いだったに違いありません。
子どもを寝かしつけたことで心の落ち着きを取り戻した夫婦は、一緒にテーブルを片付け、寝る準備を始めます。
家族の絆はそう簡単に壊れるものではありませんでした。こうやってこれからも家族は一緒に生きていく。そのことを強く感じさせるラストシーンとなっています。
まとめ
切なく苦しい中に煌めきを見せる深い愛を描く傑作です。ニック役のピーター・フォークと、メイベル役のジーナ・ローランズが珠玉の演技を見せています。
自分でも心が壊れていくのを実感している妻と、その姿を見つめながらも妻を愛さずにはいられない夫の苦悩。幼い3人の子どもたちが天使のようにふたりの心を包み込むさまに心を揺り動かされます。
壊れてしまうものもあるけれども、確かに残る絆もある。そんな人生の真実を教えられる作品です。