少女オラはこの世界に負けないように立っている。
アンナ・ザメツカ監督の寄り添うカメラが起こした奇跡。
7月20日(金)までユーロスペースにて公開中、ほか全国順次公開される傑作ドキュメンタリー映画『祝福~オラとニコデムの家~』をご紹介します。
映画『祝福~オラとニコデムの家~』の作品情報
【公開】
2018年(ポーランド映画)
【監督】
アンナ・ザメツカ
【作品概要】
ポーランド、ワルシャワ郊外の街セロツクに住む少女とその一家にカメラを向けたドキュメンタリー映画。
弟は自閉症、両親は離婚し、母は別の家庭を持ち、父はアルコール摂取で問題を抱えているという環境の中、14歳の少女は一人で家庭を支えている。彼女は、いつかまたみんなが一緒に住めるようになることを信じているのだが…。
映画『祝福~オラとニコデムの家~』のあらすじ
ワルシャワ郊外の街セロツク。14歳の少女オラは、酒で問題を抱える父親と自閉症の13歳の弟ニコデムと三人で、小さなアパートに暮らしています。
母親は家を出て、違う男性と暮らし、赤ちゃんが生まれたばかり。
オラは家事をこなし、弟の面倒を見、父の世話をします。彼女が踏ん張っているから、なんとか家庭が続いている状態です。
父のもとには福祉士が定期的にやってきます。酒場で飲んでいるところを見ましたよ!と責められる父ですが、それを認めようとしません。お酒を断つことが出来ず、隠れて飲んでいるらしいのです。
弟はベルトを締めるのにも、時間がかかり、オラの言うことも、なかなか聞いてくれません。オラは時々イライラをつのらせてしまいますが、それでも根気よく彼に付き合います。
福祉士は彼女に「問題はない?」と尋ねますが、彼女が本音を話すことはありません。「特に変わりはない」と笑顔で応えるだけです。
7歳~8歳くらいで迎える初聖体式の儀式をようやくニコデムも受ける機会がやってきました。
聖体を受けるには、意味を理解しておかなければならず、ニコデムも勉強に励んでいました。神父は厳しく、もしニコデムが質問に応えられなければ、聖体を受けることができません。
オラは厳しく、ニコデムの勉強の面倒を見ます。
ついに試験の日がやってきました。隣に座って心配そうに見守るオラ。ニコデムは少しばかりつっかえることもありましたが、なんとか合格することが出来ました。
オラはニコデムの聖体式に母も来てほしいと連絡しますが、母は車が故障して修理に出したばかりだとか、車を借りることが出来るかわからないといった返事をするばかり。
オラは密かに思っていました。ニコデムの聖体式がうまくいき、彼に祝福があらんことを。そして、家族がまたそろって、暮らすことが出来ますようにと。
聖体式の当日、母も無事に到着し、父と母の間に座って、弟の式を見守るオラ。それは幸せそうな家族の光景に見えました。
もう一度、家族が一つになれますように。
そんな折、母親が家に戻ってくるという知らせがありました。オラの希望は叶うのでしょうか!?
映画『祝福~オラとニコデムの家~』の感想と評価
カメラの位置の近いことに驚かされます。
どうしたら、こんなに近くで、撮ることができるのだろう?信頼を築いたからだ、と言ってもそれはたやすいものではなかったはずです。
まるで劇映画のような距離でドキュメンタリーを撮る。これがまず新鮮でした。
オラのふんばりが家族を支えています。自閉症の弟と、頼りない父の世話だけでも大変なのに、電話で生まれた赤ちゃんの世話のことで愚痴る母親を励ましさえしています。
ザメツカ監督はこの映画を「親に見放され、帰る家を探している現実的なヘンゼルとグレーテルの物語」だと表現しています。
頼るべき大人がいない(まるで子供のような両親しかいない)子どもは、早く大人にならざるをえません。
観ていてふと是枝裕和監督の作品『海街diary』(2014)の姉妹が口にしていた言葉が思い出されました。姉妹の両親は離婚し、各々再婚して姉妹だけが一緒に古い家に暮らしています。
綾瀬はるか扮する長女はそんな環境の中、まさに早く大人にならざるをえず、広瀬すず演じる腹違いの妹も同じ経験をしてきたと考える場面があるのです。
『海街diary』は、そうした「子どもたち」が喧嘩したり、助け合ったりしながら、家族を全うしていく丁寧な描写が素晴らしいのですが、それに比べると、オラの場合はまさに孤軍奮闘と言わねばならないでしょう。
福祉士に悩みはないかと尋ねられても、オラは決して泣き言を言うことはないでしょう。
なぜなら、彼女が弱音を吐いたら、彼らは家族を引き離すことを最善策と考えるかもしれないからです。
今の福祉には残念ながら限界があります。例えば、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017/ショーン・ベイカー監督)を思い出してみてください。
確かにあの作品の母親には問題がありますが、彼女は子どもにとっては最高の母親であり、どうにか、親子を引き離さず、一緒に教育を受けるようなプログラムはないものだろうか、と映画を見ながら考えずにはいられませんでした。
母が戻ってきてくれることを密かに心から願っているオラは、これ以上、家族をバラバラになんてされてはたまらないのです。
頼るべき大人が誰もいないオラにとって、ずっと自分を観ているカメラの存在は救いだったのかもしれません。
ザメツカ監督は決して、誰かを断罪したり、問題を激しく提起するような撮り方はしていません。
ただ静かに、オラをニコデムを、両親を、彼らの周囲を見つめているだけです。
しかし、その視点には愛があります。ニコデムを見つめるカメラ。映画を観ている私たちもまたニコデムを好きにならずにいられないでしょう。
一見、何の役にも立たず、プライバシーを侵害する鬱陶しいカメラの存在。しかし、それは、オラにとって、唯一の自分を肯定してくれるうなずきのように時には見えたのかもしれない、そんなことを思いました。
皆様はこの作品をどのようにご覧になるでしょうか!?
まとめ
本作は昨年10月の山形国際ドキュメンタリー映画祭で最高賞のロバート&フランシス・フラハティ賞に輝いたのを始め、2017ヨーロッパ映画賞・最優秀ドキュメンタリー賞、2017ポーランド映画賞・最優秀ドキュメンタリー賞、2016ロカルノ映画祭 批評家週間最優秀作品賞、2017ミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭・国際映画賞など、数々の映画祭で多くの賞を受賞しています。
ザメツカ監督は、自身もこの映画の少女だった、と語り、自身の経験を重ねながらオラの視点となりカメラを回し続けました。
「カメラは少女の心の叫びを世界に伝えるための可能性であり、それによって本作はドキュメンタリーの可能性を拡げた」と世界中の映画祭で絶賛されたのもうなずけます。
現在公開中のユーロスペースを始め、今後は全国順次公開で順次公開されています。
この傑作ドキュメンタリーを是非お見逃しなく!