Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ドキュメンタリー映画

映画『祝福~オラとニコデムの家~』あらすじと感想レビュー。現実的なヘンゼルとグレーテルの物語

  • Writer :
  • 西川ちょり

少女オラはこの世界に負けないように立っている。

アンナ・ザメツカ監督の寄り添うカメラが起こした奇跡。

7月20日(金)までユーロスペースにて公開中、ほか全国順次公開される傑作ドキュメンタリー映画『祝福~オラとニコデムの家~』をご紹介します。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』の作品情報


©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

【公開】
2018年(ポーランド映画)

【監督】
アンナ・ザメツカ

【作品概要】
ポーランド、ワルシャワ郊外の街セロツクに住む少女とその一家にカメラを向けたドキュメンタリー映画。

弟は自閉症、両親は離婚し、母は別の家庭を持ち、父はアルコール摂取で問題を抱えているという環境の中、14歳の少女は一人で家庭を支えている。彼女は、いつかまたみんなが一緒に住めるようになることを信じているのだが…。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』のあらすじ


©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

ワルシャワ郊外の街セロツク。14歳の少女オラは、酒で問題を抱える父親と自閉症の13歳の弟ニコデムと三人で、小さなアパートに暮らしています。

母親は家を出て、違う男性と暮らし、赤ちゃんが生まれたばかり。

オラは家事をこなし、弟の面倒を見、父の世話をします。彼女が踏ん張っているから、なんとか家庭が続いている状態です。

父のもとには福祉士が定期的にやってきます。酒場で飲んでいるところを見ましたよ!と責められる父ですが、それを認めようとしません。お酒を断つことが出来ず、隠れて飲んでいるらしいのです。

弟はベルトを締めるのにも、時間がかかり、オラの言うことも、なかなか聞いてくれません。オラは時々イライラをつのらせてしまいますが、それでも根気よく彼に付き合います。

福祉士は彼女に「問題はない?」と尋ねますが、彼女が本音を話すことはありません。「特に変わりはない」と笑顔で応えるだけです。

7歳~8歳くらいで迎える初聖体式の儀式をようやくニコデムも受ける機会がやってきました。


©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

聖体を受けるには、意味を理解しておかなければならず、ニコデムも勉強に励んでいました。神父は厳しく、もしニコデムが質問に応えられなければ、聖体を受けることができません。

オラは厳しく、ニコデムの勉強の面倒を見ます。

ついに試験の日がやってきました。隣に座って心配そうに見守るオラ。ニコデムは少しばかりつっかえることもありましたが、なんとか合格することが出来ました。

オラはニコデムの聖体式に母も来てほしいと連絡しますが、母は車が故障して修理に出したばかりだとか、車を借りることが出来るかわからないといった返事をするばかり。


©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

オラは密かに思っていました。ニコデムの聖体式がうまくいき、彼に祝福があらんことを。そして、家族がまたそろって、暮らすことが出来ますようにと。

聖体式の当日、母も無事に到着し、父と母の間に座って、弟の式を見守るオラ。それは幸せそうな家族の光景に見えました。

もう一度、家族が一つになれますように。

そんな折、母親が家に戻ってくるという知らせがありました。オラの希望は叶うのでしょうか!?


©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

映画『祝福~オラとニコデムの家~』の感想と評価


©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

カメラの位置の近いことに驚かされます

どうしたら、こんなに近くで、撮ることができるのだろう?信頼を築いたからだ、と言ってもそれはたやすいものではなかったはずです。

まるで劇映画のような距離でドキュメンタリーを撮る。これがまず新鮮でした。

オラのふんばりが家族を支えています。自閉症の弟と、頼りない父の世話だけでも大変なのに、電話で生まれた赤ちゃんの世話のことで愚痴る母親を励ましさえしています。

ザメツカ監督はこの映画を「親に見放され、帰る家を探している現実的なヘンゼルとグレーテルの物語」だと表現しています。

頼るべき大人がいない(まるで子供のような両親しかいない)子どもは、早く大人にならざるをえません

観ていてふと是枝裕和監督の作品『海街diary』(2014)の姉妹が口にしていた言葉が思い出されました。姉妹の両親は離婚し、各々再婚して姉妹だけが一緒に古い家に暮らしています。

綾瀬はるか扮する長女はそんな環境の中、まさに早く大人にならざるをえず、広瀬すず演じる腹違いの妹も同じ経験をしてきたと考える場面があるのです。

『海街diary』は、そうした「子どもたち」が喧嘩したり、助け合ったりしながら、家族を全うしていく丁寧な描写が素晴らしいのですが、それに比べると、オラの場合はまさに孤軍奮闘と言わねばならないでしょう。

福祉士に悩みはないかと尋ねられても、オラは決して泣き言を言うことはないでしょう。

なぜなら、彼女が弱音を吐いたら、彼らは家族を引き離すことを最善策と考えるかもしれないからです。

今の福祉には残念ながら限界があります。例えば、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017/ショーン・ベイカー監督)を思い出してみてください。

確かにあの作品の母親には問題がありますが、彼女は子どもにとっては最高の母親であり、どうにか、親子を引き離さず、一緒に教育を受けるようなプログラムはないものだろうか、と映画を見ながら考えずにはいられませんでした。

母が戻ってきてくれることを密かに心から願っているオラは、これ以上、家族をバラバラになんてされてはたまらないのです。

頼るべき大人が誰もいないオラにとって、ずっと自分を観ているカメラの存在は救いだったのかもしれません。

ザメツカ監督は決して、誰かを断罪したり、問題を激しく提起するような撮り方はしていません

ただ静かに、オラをニコデムを、両親を、彼らの周囲を見つめているだけです。

しかし、その視点には愛があります。ニコデムを見つめるカメラ。映画を観ている私たちもまたニコデムを好きにならずにいられないでしょう。

一見、何の役にも立たず、プライバシーを侵害する鬱陶しいカメラの存在。しかし、それは、オラにとって、唯一の自分を肯定してくれるうなずきのように時には見えたのかもしれない、そんなことを思いました。

皆様はこの作品をどのようにご覧になるでしょうか!?

まとめ


©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

本作は昨年10月の山形国際ドキュメンタリー映画祭で最高賞のロバート&フランシス・フラハティ賞に輝いたのを始め、2017ヨーロッパ映画賞・最優秀ドキュメンタリー賞、2017ポーランド映画賞・最優秀ドキュメンタリー賞、2016ロカルノ映画祭 批評家週間最優秀作品賞、2017ミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭・国際映画賞など、数々の映画祭で多くの賞を受賞しています。

ザメツカ監督は、自身もこの映画の少女だった、と語り、自身の経験を重ねながらオラの視点となりカメラを回し続けました

カメラは少女の心の叫びを世界に伝えるための可能性であり、それによって本作はドキュメンタリーの可能性を拡げた」と世界中の映画祭で絶賛されたのもうなずけます。

現在公開中のユーロスペースを始め、今後は全国順次公開で順次公開されています。

この傑作ドキュメンタリーを是非お見逃しなく!


©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

関連記事

ドキュメンタリー映画

映画『ワイン・コーリング』ネタバレ感想と評価考察。自然派おすすめの生産者と、そのライフスタイルとは

ワインも人生もナチュラルに! 自然派ワインの使命者たち。 近年、日本でも注目されている「自然派ワイン」。有機栽培で育てたブドウで、添加物を極力使わずに作られるワインは、環境にも体にも優しいワインです。 …

ドキュメンタリー映画

アップリンク2019年に日本公開。ジョン・カリーのドキュメンタリー映画【LGBTを公表したスケーター】

1976年にインスブルックオリンピック男子シングル金メダリスト、同年の世界フィギュアスケート選手権優勝を果たした彼の知られざる人生を描いたドキュメンタリー映画『The Ice King(原題)』のアッ …

ドキュメンタリー映画

映画アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン|感想評価と内容解説。代表曲を収めた幻のライブドキュメンタリー

映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』は2021年5月28日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー予定 映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』は、ソウル …

ドキュメンタリー映画

映画『カウラは忘れない』あらすじ感想とレビュー評価。最大の捕虜脱走事件を基に戦争下での不完全な人間の性質を探るドキュメンタリー

映画『カウラは忘れない』は2021年7月2日(金)より岡山:シネマ・クレール、7月9日(金)より香川:ソレイユ2にて先行上映、2021年8月7日(土)より、ポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールにて全 …

ドキュメンタリー映画

ザイドル映画『サファリ』あらすじネタバレと感想。ラスト結末も

観客を震撼させた!! アフリカで合法的に行われている自然動物の殺戮。トロフィー・ハンティングの実態に迫ったドキュメント映画作品とは? 人間の倫理観に問いかけた作品をご紹介します。 CONTENTS1. …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学