不動不屈の精神で、世界の被害者の声を代弁し続けるナディアに密着した、感涙のドキュメンタリー
私は無数の人々の声になる。
2018年ノーベル平和賞受賞者である23歳のナディア・ムラドは、イラク北部でISISによる虐殺と性奴隷から逃れ、世界で同じ苦しみを持つ人々の希望となりました。
ドキュメンタリー映画『ナディアの誓いOn Her Shoulders』をご紹介します。
CONTENTS
映画『ナディアの誓い On Her Shoulders』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
On Her Shoulders
【脚本・監督】
アレクサンドリア・ボンバッハ
【キャスト】
ナディア・ムラド、ムラド・イスマエル、アマル・クルーニー
【作品概要】
2018年ノーベル平和賞そして国連親善大使となったナディア・ムラドの決意と行動を、カメラで追っていく真実のドキュメンタリーです。
カメラは数々の困難に辛抱強く立ち向かっていくナディアに密着し、彼女の揺るぎない決意を浮き彫りにしていきます。
映画『ナディアの誓い On Her Shoulders』のあらすじとネタバレ
道で多くの人々が集まり、歩きながらカメラで写真を撮っています。中央には一人の女性ナディア・ムラドの姿がありました。
彼女は、真剣な表情でペンを持ち、スピーチの原稿を書いています。
ナディアのスピーチが国連で始まります。
ノーベル平和賞2018の受賞者で23歳のナディア・ムラドは2014年8月までイラク北部の小さく静かな村、コチョ村で母と兄弟姉妹達と幸せに暮らしていました。
しかし、ISIS(イスラム国)がやって来て、少数民族ヤジディ教徒の虐殺が始まります。
殺されるだけではなく、捕まった少女や女性は戦利品として売買や交換の対象となりました。
ナディア達も捕らえられ、母親と6人の兄弟は殺されます。彼女は性奴隷として3ヶ月扱われた末、脱出に成功しドイツに逃れることができました。
ナディアは、2015年12月の国際連合安全保障理事会で、ISISの虐殺や性暴力についての証言を行い、ヤジディ教徒の希望の存在となります。
「これを仕事とは思っていません。助けを求めているだけです」、ナディアはそうスピーチを終えると、人々の拍手に包まれました。
一方ナディアは暗い表情で、「イラクのヤジディ教徒のことを何度もメディアで話し、ISIS(イスラム国)の虐殺のことを訴えてきた。でも何も変わらない、無駄だった」と語ります。
さらに彼女は、非イスラム教の村でヤジディ教徒の生存者は、その村を離れるしかなかったと話を続け、「心理療法で病院に行くように勧められた。でも私には無理だった。大勢の人々が捕らわれていたから」とナディアは目に涙を浮かべました。
2016年7月、ナディアは8ヶ月の活動を終え、ニューヨークの国連に向かいました。
シモーネという女性の国連委員が、ナディアのスピーチのリハーサルを聞いて「アナウンサーのように上手。CNNより良いわ」とナディアに伝えます。
ある日ラジオ放送で、ナディアはその虐殺の日の前はどんな生活を過ごしていたのかを聞かれます。
「学校に行って、家の手伝いをして…どこにでもいるような普通の女の子だった。夢は自分の村で美容室を開くことだったわ」
「でもなれなかった、夢は奪われた」と、ナディアは上擦った声で語り終えました。
スピーチの原稿で自分のことを活動家と紹介されることを嫌い、ナディアは「自分は難民だ」と相手に主張します。
さらにナディアは、テレビや多くのメディアで「自分は戦争の性奴隷となった犠牲者であり、ドイツの収容所に1年以上入れられていた。1000人以上の難民たちの声なき声を代弁したい」と訴えました。
そして彼女の思いは次第に強くなり、普通の生活に戻る日を待ち望みながらも、故郷を奪い家族も殺したISISの虐殺を止め、まだ捕らえられている同胞や世界中の性暴力被害者のために、彼女は表舞台に立ち続けることを決意します。
またナディアは10ヶ月以上行動を共にし、通訳のみならず自分を支えてくれているムラドの話をします。彼は30歳にもなるのに家族も持たず、同じ大義のために一緒に歩んでいく男性であり、ナディアが失望しても彼が力を与えてくれる存在でした。
カナダのオタワにある国会議事堂に、ナディアは向かいました。
カナダの移民委員会で、ナディアはISISの虐殺の恐怖や恥辱そして性奴隷となった体験を語りました。横でムラドはナディアの通訳をしてサポートしています。
ナディアは「黒服でヒゲの男達が子どもをさらい、9歳以上の女性は性奴隷となり、老女は殺され男達は村の外で殺されました。そして村を支配されました」と涙ながらに訴えます。
そして彼女は痛ましい体験を、苦しみながらも繰り返し、ジャーナリスト、政治家、そして外交官に訴え続けました。
ナディアは、ギリシャのアテネで開かれる国連総会に向かいます。
映画『ナディアの誓い On Her Shoulders』の感想と評価
春、道を歩いていると、多くのリクルート姿の若者に出会います。紺色のスーツが新鮮で、どの若者も目がキラキラして歩いています。
ふとこの映画のナディアの年齢を振り返ると、23歳。彼女もそこを歩いているリクルート中の女性と同じように、美容師になりたいという夢と希望を持ったごく普通の女性でした。
なぜ彼女が住むイラク北部の静かなコチョ村が、ISISに狙われ虐殺されたのでしょうか。
ナディアのコミュニティ、ヤジディ教徒とは
現在イラクの主な民族はアラブ人とクルド人で大多数がアラブ人であり、宗教では9割以上がイスラム教を信仰しています。
ナディアは、イラク北部のシンジャール山に近いコチョという農村で生まれ育ちました。
この村に住むのはヤジディという少数民族で、独自の宗教を信じる民族です。イスラム教、キリスト教、拝火教など多くの宗教が混じり合ったようなヤジディは、イスラム教徒が多いイラクでは「邪教」として冷遇されてきました。
しかし、2003年にアメリカ軍が始めたイラク戦争がこの地方のヤジディの生活を変えました。
サダム・フセイン大統領が失脚した後、アメリカ軍はこの地方に携帯電話の基地局を設置し、学校を建てました。
アメリカ軍とヤジディとの関係は良好で、一時的に彼らの生活は劇的に改善しました。
虐殺したISISとは
2014年8月、ISISがシンジャール地方のヤジディ教徒の村々を侵略しました。
コチョを包囲したISISは村人にイスラム教への改宗を命じましたが、ヤジディたちはそれを拒否したため、ISISは男性と老いた女性のすべてを処刑し、子供と若い女性を拘束しました。
男子を処刑せずに拘束したのは、洗脳してISISの戦士に育てるためでした。
21歳のナディアは、この日母親と6人の兄弟を殺され、故郷から連れ去られました。
ヤジディの女は異教徒であり、過激派によるコーランの解釈では、奴隷をレイプするのは罪業ではないとされています。彼女たちは新たに採用する兵士をひきつけるために使われ、忠誠心や良い行いへの褒美として性奴隷にされました。
またイスラム教では、結婚していない男女が接触することは基本的に禁じられており、イスラム教徒の女性は人間として尊重しています。
けれども、ヤジディの女性は人間ではないのでレイプしても罪にはならないと考え、結婚前に女性と性交渉ができないイスラム教の若い男性にとっては魅力的な恩恵でした。
だからこそナディアは、何度も自分の辛く苦しい体験を証言し、ISISの虐殺は偶発的な事件ではなく計画的な犯罪で、撲滅しなけねばならないことを世界へ訴えています。
まとめ
傍でいつもナディアを支えて励ますムラドは、村の娘に戻りたい、限界だと声を上げながらも、次の日は活動のために立ち上がる彼女の姿を見て、こう話しています。
“彼女は強い”
そして、国連安全保障理事会の席で、人権弁護士のアマルは、ナディアの身体は壊れたかもしれないと話しながらも、次のように語ります。
“彼女の魂は何も壊れていない”
それは、彼女自身が話すように、自分は活動家ではなく「難民」の一人であり、今も拘束されている多くの「被害者」の一人として、彼らの代弁者として証言しているからです。
そしてどこの難民キャンプに行っても、彼女に多くの人が抱擁し涙を流しています。
観る者にとっても彼女がこの時代の未来であり、唯一の希望と感じることができるでしょう。
ぜひ、ナディアの揺るがない決意のスピーチを聴きにいきませんか。