映画『いろとりどりの親子』は、“普通”とは違う子どもを苦悩しながらも愛し、受け入れようとする親子の姿を追います。
ニューヨーク・タイムズ紙ベストブックなど、国内外50以上の賞を受賞したノンフィクション本「FAR FROM THE TREE」の原作者アンドリュー・ソロモンは、自分をゲイとして受け入れようと苦悩している両親の姿に直面したことをきっかけに、10年にわたり身体障がいや発達障がい、LGBTなど、さまざまな“違い”を抱える子を持つ300以上の親子に取材を重ねました。
大きな困難を抱える子どもと親が語る、飾らない真実のストーリーです。
映画『いろとりどりの親子』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
FAR FROM THE TREE
【脚本・監督】
レイチェル・ドレッツィン
【キャスト】
エイミー・オルナット、ボブ・オルナット、ジャック・オルナット、エミリー・パーク・キングスレー、ジェイソン・キングスレー、デレク・リースリサ・リース、タイラー・リース、レベッカ・リース、ハワード・ソロモン、アンドリュー・ソロモン、ロイー二・ヴィヴァオ、リア・スミス、ジョセフ・A・ストラモンド
【作品概要】
24か国語に翻訳され世界中で大ベストセラーとなったアンドリュー・ソロモンの原作「FAR FROM THE TREE」を、これまで数々の社会派ドキュメンタリー作品を手掛けてきたエミー賞受賞監督レイチェル・ドレッツィンが、本書に深い感銘を受け映画化を決意しました。
本作では、さまざまな“違い”を持った子どもが直面する困難とその経験から得られる喜びについてのプロセスが描かれています。
映されるのは原作者であるソロモンとその父ハワード、かつてダウン症の人々の可能性を世に示す代弁者として人気を博し「セサミストリート」にも出演していたジェイソンと、母エミリー、タイピングを覚えるまで言葉を発することがなかった自閉症のジャックと、彼のためにあらゆる治療法を試したオルナット夫妻ら、6つの親子を追いかけます。
映画『いろとりどりの親子』のあらすじとネタバレ
「物語と現実の区別ができない、それが問題だ」
ダウン症のジェイソンが、独り言のように呟いています。
低身長のジョセフが車椅子で移動しながら、「身体が不自由だと心も不自由だと思われている」と笑顔で話しています。
自閉症のジャックは食事中にパニックを起こし、家族の前で泣いています。
「原作を書いたのは、自分を知るため、親を許すためだ」と原作者のアンドリュー・ソロモンが、語り始めます。
彼は物心をついた頃、他の男子がジーンズやロックに夢中になっているのに、自分がオペラやエミリ・ディキンスンの詩に関心を持つ変わった子どもでした。
両親は寛容にアンドリューを受け入れ、見守ってくれました。
ある日自分がゲイであることを打ち明けるものの、拒否され両親を憎みうつ病に苦しみます。
執筆の仕事をしながら、自分と同じように同性愛者や身体や心に障がいを持った子どもの親子が、子ども達の違いにどのように向き合っているのかを検証し始めます。
「治療すべきものと祝福すべきものの境目がどこにあるのか」
アンドリューは自問自答しながら取材を重ね、執筆を始めました。
美術館で母親と楽しそうにジェイソンが話を交わしています。
母親のエミリーが、笑顔で語ります。
「生まれた途端に病院で言われたの、施設に入れるなら今だと」
ジェイソンがダウン症のため、会話も読み書きも不可能と言われたエミリーでしたが、エミー賞授賞脚本家エミリーと夫は、諦めずに学習する機会を与えました。
親の期待通りに学習能力が伸びたジェイソンは、幼少期から「セサミストリート」を筆頭に多くのテレビ番組に出演しました。
エミリーもダウン症の子どもを育てる母として、執筆や講演を行いました。
ジェイソンの誕生日パーティーが始まります。
ケーキには「41歳 お誕生日おめでとう」と書かれたプレートが載っています。
ともに住むダウン症の友達にも囲まれ、嬉しそうなジェイソンですが、自分の部屋で大好きな『アナと雪の女王』のビデオを観ています。
エミリーにジェイソンが、このビデオが大好きなことを説明し、映画のエルサに会いにノルウェーに行きたいと話します。
「“レット・イット・ゴー”を聴いた時、教えてもらったんだ」とジェイソンは、嬉しそうに語ります。
アンドリューは、自分のことを回想します。
彼は当時同性愛というものは、選択するものだと考えていました。
それは罪であり病気の一つと思い、自分を変えようとセックスセラピーに何年も通いました。
そこには、医者というものが居て、毎晩女性とのセックスを練習する日々でした。
アンドリューは、自分にとって虐待だった。本当の自分を否定したことが最大の暴力だったことに気がついたと伝えます。
自閉症のジャックの母親が、「2歳ごろから全く話さなかったので、できることは何でもやった」と語る横で、父親のボブが涙目で頷きます。
音楽療法、理学療法、アレルギー検査、自然療法、高圧酸素治療など多くの療法を試しましたが、ジャックのストレスは溜まる一方でした。
ジャックはとうとう母親のエミリーに手を出します。
両親とも苦悩の日々の中、ある女性の教師が何度もアルファベットのボートを持ってきて、気持ちを伝えてほしいとジャックに伝えます。
何時間もかけて何度もアルファベットを指で指し、「僕は、頑張っている」と自分の思いを表したジャックを、両親は涙を流しながら歓喜に溢れていました。
タイピングを覚えたジャックは、自分の思いをエミリーに伝えます。
今どんな気持ち?とエミリーが聞くと、ゆっくりタイピングしながら答えた言葉は「檻の中のトラ」でした。
アンドリューが、自分のことをさらに語ります。
社会の変化の中で同性愛者の様子も変わってきたこと、そして同性愛が個性だと認められるようになってきたということ。
映画『いろとりどりの親子』の感想と評価
原作とは異なる登場人物たち
本人も出演しているアンドリュー・ソロモンのベストセラーの原作『FAR FROM THE TREE』では300家族に取材していますが、本作では6組の家族を取り上げています。
映画化した監督レイチェル・ドレッツインの話によると、原作の家族はダウン症のキングスレー親子を除き、原作と関連がありません。
10年をかけて執筆され既に原作化されているため、現在原作の家族の多くは人生の異なるステージに進んでいます。
それを踏まえて敢えてこの映画で取り上げた親子の葛藤を整理します。
ダウン症のジェイソン
染色体異常で起こるダウン症だと自ら説明してくれるジェイソンの横で、微笑みながらもどこか悲しさを帯びる母親のエミリー。
かつて彼女は夫とともに病院で「生まれた途端施設に預けた方が良い、読み書きも無理だ」と言われ、手取り足取り学習を与え、優秀な学力をつけました。
エミリーは、ダウン症の子どもも学べることを立証した母親として、執筆や講演にと走り回ります。
ジェイソンも多くのテレビ番組に出演し、全てが順調に幸せに向かっているように思えました。
ところが、『アナと雪の女王』に出てくるエルサに恋をし、エルサのように青い服とティアラを身につけ夢中になります。
本人は「Let It Go」で気づいたと真剣に話します。
自閉症のジャック
2歳のジャックが話すことができずに自閉症と分かった時、オルナット夫婦はあらゆる療法を試しました。
毎日話すことをああでもないこうでもないと迫られるジャックの様子は、次第に凶暴化していきます。
母のエイミーが殴られる姿は、完全にジャックが追い詰められている状態でした。
ある日やってきた女性教師は、ゆっくりと時間をかけてジャックからアルファベットの一文字一文字を辿らせ、ジャックの気持ちを開きます。
オルナット夫婦は ジャックが初めて自分の気持ちを伝えた瞬間を目の当たりにしました。
家族から過保護に扱われるロイーニ
母親は、家に来ては髪の毛をカールしたり、洗濯の心配をしたりと世話を焼きます。
ロイーニの表情になんとなく嫌悪感と不審な様子さえ感じられます。
初めて「リトル・ピープル・オブ・アメリカ」に参加したロイーニの瞳は、確かにキラキラしていました。
低身長の夫婦、リアとジョセフ
赤ちゃんができたことを報告しに、ジョセフの家へ訪れます。
エコーに写った赤ちゃんの写真を見て、家族は言葉にならない涙を流します。
リース親子
リース親子の場合は、あまりにも衝撃的で夫婦とも当初は、死ぬか逃げるしか考えられなかったと話しています。
息子トレヴァーが、いきなり8歳の少年の殺人容疑者になり、終身刑の日々を過ごします。
映画では多くを語っていませんが、トレバーが少年の頃の楽しく家族で過ごした思い出の映像が差し込まれます。
夫婦は、事あるごとににその映像を思い出し、自らを責めています。
毎日のように、トレヴァーから電話が掛かってきます。
原作者のアンドリューと母親と父親
アンドリューは、最後まで母親がなくなる前にゲイである自分を受容してほしかったと願っていました。
同性愛は、病気だから治さなければいけないと捉えていた自分から、自分を否定することは暴力だと気付きます。
この6組の親は、自分の子どもが普通ではないということではなく、自分との違いを受け入れていったきっかけがありました。
ジェイソンの「Let It Go」での気づき。ジャックのアルファベットで自分の気持ちを初めて伝えた時。ランウェイを歩く時のロイーニのキラキラした瞳。リアとジョセフが赤ちゃんの報告して周りの家族が無言の涙を流した瞬間。毎日のように息子のトレヴァーが刑務所から母親にくる電話。アンドリューが真のパートナーと息子と絵本を読んでいる時。
このように、それぞれの生い立ちや背景そして環境によりますが、確かに言えることは子ども本人が自分自身の人生を歩みだす瞬間を親が感じとった時です。
まとめ
この映画の原題は「FAR FROM THE TREE」ですが、諺の“The apple doesn’t fall from the tree”から引用されたものです。
「リンゴの実は、遠くに落ちない」つまり、子どもと親を喩えた言い回しで「子供は親に似る」という意味ですが、この原題に照らして考えると、逆説的に使われていることになります。
映画に出てくる子どもたちも、原作者のアンドリューも「遠くに落ちたリンゴ」です。
映画を観る人々も「近くに落ちたリンゴ」ではない“違い”を持っているかもしれません。
人は、ひとりひとりが異なった色を持って生きています。
多様な色が混じり合って溶け込み、あの美しい虹を描けるのであれば、その多様性を受け入れられる人間になっていける。
そんな可能性と希望を与えてくれるのがこの映画です。
自分の色を見つめ、多様な色を散りばめた虹のような映画に出会ってみませんか。