死体にまたがり!無人島脱出を試みる映画『スイス・アーミー・マン』
「ハリー・ポッター」シリーズのダニエル・ラドクリフが、なんと!死体役を演じた、映画『スイス・アーミー・マン』。
『リトル・ミス・サンシャイン』『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』など、知られるポール・ダノ扮する青年が死体を使って無人島からの脱出を試みるサバイバル劇。
サンダンス映画祭や、シッチェス・カタロニア国際映画祭など、世界が絶賛した奇想天外な青春・サバイバル・アドベンチャー『スイス・アーミー・マン』をご紹介します。
映画『スイス・アーミー・マン』作品情報
【公開】
2017年(アメリカ映画)
【原題】
Swiss Army Man
【監督】
ダニエル・シャイナート 、ダニエル・クワン
【キャスト】
ポール・ダノ、ダニエル・ラドクリフ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド
【作品概要】
遭難して無人島に漂着した青年ハンクは、孤独に耐えきれず、自殺しようとしていた。そのとき、波打ち際に男が倒れていることに気がつく。残念なことに男は死んでいたが、死体からはガスが出ており、ハンクがまたがると、死体はまるでジェットスキーのように海を走り出した。ハンクと死体の珍道中が始まる。ハンクは故郷に帰ることができるのだろうか。
映画『スイス・アーミー・マン』あらすじとネタバレ
ハンク・トンプソンは、遭難して無人島に漂着し救助を待っていましたが、あまりの孤独感に耐えきれず、首吊り自殺をしようとしていました。
その時、波打ち際に、一人の男がうつぶせに倒れているのが見えました。あわてて、そちらへ行こうとした拍子に台が倒れて、首吊り状態になってしまいますが、暴れている間に縄が切れ、転がり落ちました。
「頼む!生きていてくれ」と近づきますが、男は息をしていません。体内のガスの音が聞えてきましたが、男は死んでいました。
ハンクは無言で男のベルトを抜くと、それで再度首吊り自殺を試みようとします。すると、ガスの音が激しくなり、なんと死体が痙攣を起こしています。
死体は波にさらわれて海へ入っていきました。ハンクが飛び乗ると、ガスの推進力でまるでジェットスキーのように海を進んでいきました。
ぐんぐん島から離れてかなり遠くまで来た頃、ハンクはバランスを失って海に放り出されてしまいます。
気がつけば、砂浜に横たわっていました。「やった!助かったぞ!」。砂浜にはあの死体も転がっていました。
「お前のお陰で戻ってこれたぞ!」。その場に置いていくに忍びず、ハンクは死体を運んで山の中へ入っていきました。
キャンパーたちが捨てていったと覚しき、スナック菓子や雑誌を拾い上げるハンク。
夜になって激しい雨が降り、ハンクは死体と一緒に洞窟で雨宿りしていました。翌朝、死体が口から水をシャワーのように吐き出し始めました。
喉が乾いていたハンクは拾ったプラスチックのカップで水を受け、恐る恐る飲んでみました。「飲める」。
突然死体が喋り始めました。死体はメニーと名乗りますが、なんの記憶もないようでした。ハンクは彼に故郷を思い出させようと、スナック菓子の匂いをかかせたり、歌を教えたりしました。
やがて二人の間には友情のようなものが芽生え始めました。森の中も二人で進めば怖くありません。
メニーの歯はカッターとして使え、ひげ剃りだって出来ます。口からガスを逆噴射することで銃にもなり、死後硬直した腕は斧替わりで丸太を割ることも可能です。
指は広げた反動で火花を散らし、ガスを使えば炎も起こせます。これで焚き火もOKです。
そして何より、長い間一人ぼっちで孤独だったハンクの話し相手になってくれるのです。
ある時、ハンクはふいに現れた野生動物に驚いて崖から転がり落ちました。彼のふところから飛び出たiPhoneのホーム画面がメニーの目にとまります。
それは、ハンクが毎日バスで出逢う美しい女性、サラの写真です。
「僕は彼女と知り合いかもしれない」というメニー。彼女のことを思い出すために、ハンクにサラの格好をしてくれと言い出します。
しぶしぶ女装したハンクはメニーから「とても美しい」と言われ驚きます。「美しい」と言われるのは悪い気はしません。
「彼女を思い出したら髪が逆立ちして君を救えるかもしれない」とメニーは言いました。
ハンクは森で手に入るものを駆使して、バスを作り上げました。メニーを一番前の席に座らせて、自分がサラとしてバスに乗り込みます。
「話しかけろ」とメニーに言いますが、「君は話しかけられるのか?」と聞かれてしまいます。
「美しくて話しかけられない」「アプローチできないのか?」「女の子と付き合うのは苦手だ」
「愛されてないな」
行けども、行けども、人の姿は見えず、山の中を彷徨う日々。ある時、川にかかった古いパイプラインを渡ることになりました。
背中にメニーを背負っているので、慎重に、進んでいきますが、半分くらい来たところで、筒が真っ二つに割れてしまいます。布切れがひっかかって宙吊り状態になりますが、すぐに川に落下してしまいます。
川底に沈んでいくメニーを潜って追いかけ、なんとか引き上げて河原にたどり着くことが出来ました。
ハンクは家族のことをメニーに話しました。母親は早くに亡くなり、父との二人暮らし。二人とも感情をうまく表現できないタイプで、辛い思いをすることもしばしばだと。
ここなら好きなところでオナラも出来るし、周りの人の目も気にしなくて良いというハンクにメニーは「自由を奪われるのにどうして故郷に帰る。ここにいるほうが幸せだ」と言うのでした。
映画『スイス・アーミー・マン』の感想と評価
ラスト、ジェットスキー化したメニーを、呆然と見送る人々の顔は、映画を観ている私たちの顔でもあります。
まさに奇想天外。想像もつかないユニークな展開にあんぐり口を開けつつ、凄いものを見てしまったと動けない、そんな感じなのです。
監督、脚本は、ダニエル・シャイナートとダニエル・クワン 。彼らは”ダニエルズ”として多くのミュージックビデオやショートムービーを制作してきました。
参考映像:『Turn Down for What』
代表作として知られるD.Jスネークとリル・ジョンの「Turn Down for What」のMVも、相当、奇天烈ですが、人々が激しく体を動かす姿がまんま、メニーの姿と重なって見えてきます!
『スイス・アーミー・マン』は彼らの初長編作品で、彼らのユニークな世界観が全面に展開されます。
メニー自身が映画の中で「マルチな道具の僕」と呼んでいるように、彼は火を起こし、水を供給し、狩りもするという、サバイバルにかかせない機能を持っています。
『スイス・アーミー・マン』というタイトルの意味がこのあたりでわかってきます。便利な機能のついた「十得ナイフ」として知られるスイス・アーミー・ナイフから来ているのです。
死後硬直した腕で丸太を叩き割るって、どんな発想なのと呆れるやら、感心するやら。
そんなユニークな体裁を取っているのですが、一方で、これは実に分かりやすい物語でもあります。
誰からも愛されず、自分は醜いと思い込んでいる孤独な青年が、自分にだけ見える友人と会話し、共にサバイバルしていく中で、社会復帰していく様を描いているのです。
いくら自由でも人間は一人では生きていけない。故郷(社会)で生きるためのほんの少しの勇気を映画は謳っています。
実に摩訶不思議で、実に至極真っ当な映画。それが『スイス・アーミー・マン』なのです。
まとめ
メニーに扮するのは、『ハリー・ポッター』でお馴染みのダニエル・ラドクリフ。とにかく体を張っています。
喋るとはいえ死体ですから常に頭はがくんと垂れ、手足も自分だけでは自由に扱えません。
ハンクが重たい死体を運んで行く途中、何度もメニーは落ちたり、ひっくり返ったりするのですが、ダニエル・ラドクリフは相当体が柔らかいと思われます。とはいえ、あの姿勢はなかなか大変な撮影だったことでしょう。
ハンク役のポール・ダノは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『プリズナーズ』で、監禁された上に暴力を振るわれる青年、ビーチボーイズのブライアン・ウイルソンを演じた『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(ビル・ポーラッド監督)では、父親との確執に苦しむ青年を演じるなど、苦難の道を行く役柄の多い俳優です。
しかし、どこか、とぼけたような雰囲気が彼の持ち味でもあり、ハンクは、これ以上ないというくらいのはまり役といえるでしょう。
お下劣な下ネタ満載で笑える場面も多いですが、個人的に一番笑ったのはメニーが「野球しようぜ!」と叫ぶところです。
ところで、この作品は、「手作り・工作映画」としても記憶しておきたいものになっています。
森の中に作られた手作りバスのなんとわくわくすることか!
拾った雑誌を貼り合わせて、ビニールの窓ガラスの向こうに順に流していくことで、本物のバスからの眺めに見える場面には思わず唸ってしまいました。
そういえば、冒頭も、お菓子の箱などで作られた船が海に浮かんでいて、そこにSOSが書き込まれているというものでした。
ミシェル・ゴンドリーの『僕らの未来へ逆回転』、『グッバイ・サマー』に通じるものがありますが、本作では、”限られた材料を駆使して作る”という面白さも付け加えることが出来るでしょう。