自身の体験を本人たちが自ら脚本にし、その一人、クメイル・ナンジアニは主演も務めた映画『ビック・シック ぼくたちの大いなる目さめ』をご紹介します。
低予算で作られ、わずか五館で公開されたこの作品、評判が口コミで広がり4000万ドルを越える大ヒットに!
さらには第90回アカデミー賞脚本賞ノミネートまで果たしました!
CONTENTS
1.映画『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
The Big Sick
【監督】
マイケル・ショウォルター
【キャスト】
クメイル・ナンジアニ、ゾーイ・カザン、ホリー・ハンター、レイ・ロマノ、ボー・バーナム、エイディー・ブライアント、アディール・アクタル、アヌパム・カー
【作品概要】
パキスタン出身の男性コメディアンとアメリカ人女性のカップルが、文化の違いから巻き起こる数々のトラブルと騒動を愛と笑いで乗り越えた実話を、当事者のクメイル・ナンジアニ自身が脚本を書き、さらには主演を務めたコメディ作品。
2.映画『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』のあらすじ
パキスタン移民二世のクメイルは、ウーバーの運転手をしながらシカゴのコメディクラブに出演しています。
両親からは弁護士になれと耳が痛いほどいわれてきましたが、コメディアンとして成功することが彼の夢です。
ある夜、彼が舞台に立っていると、一人の若い女性が声をあげました。
彼女の名前はエミリー。舞台後、クメイルは「芸人に叫べばそれは野次になるんだよ」とエミリーをやんわりたしなめます。
エミリーはセラピストを目指して心理学を学んでいる大学院生。二人は意気投合し、クメイルはエミリーを自分のアパートに連れていきます。
互いに一度限りの関係で、付き合うのはやめておこうと言いながら、それ以後も何度も会う二人。恋人同士のいいムードになっていきます。
ですが、クメイルにはエミリーに言えない秘密がありました。両親の家に行くたび、ピンポンとチャイムがなり、「誰かしら」と母が出て、お見合い相手が必ず「寄ってくれる」のです。
パキスタンでは結婚は両親が決めた相手とするというのが習わしで、伝統を重んじる厳格なイスラム教徒の両親は、クメイルの結婚相手探しに一生懸命です。
アメリカ育ちのクメイルは、見合い結婚には懐疑的なのですが、白人女性と結婚した従兄弟は、一族からは口も聞いてもらえなくなったという話しを聞かされると、両親のことを思い、安易に見合いを拒否するわけにもいきません。
シガーボックスには見合い写真が溜まっていくばかり。
エミリーとの交際は順調で、エミリーはクメイルを見つめて「あなたに夢中みたいなの」と告白します。
エミリーに見つめられ、クメイルも「僕も君に夢中みたいだ」と応え、すっかりいいムードに。
ある日、エミリーはクメイルに「両親がシカゴに出てくるんだけど、一緒に会えない?」と訊いてきます。
女性には2日続けて会えないという2日ルールのせいでそれは無理かもしれないと誤魔化すと、今度は「あなたの両親に会いたいわ」と言われてしまいます。
そんな時、エミリーはたまたまクメイルの部屋のシュガーボックスを開けてしまいます。見合い写真を見て「これは何かのオーディション?」と尋ねました。
クメイルが見合い写真だと正直に話すと、エミリーはどうして黙っていたの?と問い、「付き合って5ヶ月になるのにお母さんは私のことを知らないのね。2日ルールでうちの両親を避けていたのね」と怒り始めました。
売り言葉に買い言葉となってしまい喧嘩別れをしてしまった二人。落ち込むクメイルをコメディアン仲間は「きっと宇宙が今こそ夢を追えって言ってるんだ」と励ますのでした。
クメイルのネタはたいていパキスタンの文化を面白おかしく語るというもので、ある時、彼の舞台を観たボブ・ダラバンというコメディー界の重鎮が声をかけてきました。
モントリオールで開かれるコメディフェスティバルに出演する候補に選ばれたのです。
数日後、エミリーの同級生から電話がかかってきます。エミリーが倒れて入院している、今まで付き添っていたけど明日は試験なので、ずっといられない、病院に来てほしいという内容でした。
ERにあわてて駆けつけると、エミリーは怪訝な顔をしました。家に帰りたいと言い、一見元気そうに見えましたが、次第に目がうつろになってきました。
医師がやってきて、「感染症の疑いがあるので、あえて昏睡状態にして治療する必要があります。
ご主人ならサインして」と彼に用紙を差し出します。有無を言わさぬ雰囲気に逆らえずサインするクメイル。
「家族に連絡を」と言われ、エミリーの携帯を取り出し、両親に連絡をとりました。
朝、病院で目覚めると、エミリーの両親が既に到着していました。
両親は全てエミリーから話しを聞いており、クメイルにつれない態度を取ります。
検査の結果、引き続き昏睡状態にし、手術で感染部を切除する必要があると医師は告げました。
彼らは寝ずに娘に付き添っていましたが、少し休みをとるようにと言われ、クメイルはエミリーの部屋に両親を案内します。
エミリーのシガーボックスを何気なく開けると、二人で撮った仲睦まじい写真が入れられていました。
気まずい空気に耐えかねたクメイルは今からコメデイフェスのオーディションも兼ねているライブに出なくてはいけない。
僕はメインなので、と嘘をついてその場を離れようとします。
しかし、父親のテリーが気分転換に見に行きたいと言い出し、母親のベスも行くことになりました。
「もうチケットがSOLD OUTなんです」と言っても「君がメインなら二枚くらいなんとかなるだろう?」と言われ、仕方なく二人を連れていくことに。
飛び入りで出演していると、会場から「ISIS帰れ!」と若い男が野次を飛ばしました。
すると「なぜ彼に暴言を? ISISのリクルーターだわ」とベスが立ち上がり、若い男を罵り始めました。
ベスの勇敢な行動をきっかけに、三人の間で和やかな空気が流れ始めました。
エミリーの手術もうまくいき、明日には目覚めさせますと医師も約束してくれました。
うちに戻ったクメイルはまたまた両親からお見合いさせられます。感じのいい女性でしたが、彼女に「また会う?」と尋ねられ「会わないでおこう」と返します。
君がいやなわけじゃないんだ、お見合いがいやなのだと言うと、じゃぁ、どうして会ったの?と言う彼女。傷つけてしまったようで、クメイルは肩を落とします。
手術は成功したのですが、数値がよくならず進行している。原因がわからないと医師も困惑しているようでした。
ベスはインターネットでこの病院が州で17番目の評価をされていると知り、転院を考え始めます。
そんな折、テリーとベスは過去のことで喧嘩を始めてしまいました。
テリーは看護師から「転院の要請があれば病院は許可するでしょうが、今は転院しないほうがいい。動かすのは危険よ」と言われます。
テリーを自分の部屋に連れて帰ったクメイルは看護師にそう言われたことを伝え、ベスにも伝えるようにと頼みました。
テリーは自分が過去に犯した浮気のことを告白し始めます。
嫌悪感にかられて、妻に浮気のことを話したこと。彼女は許すと言ってくれたけれど、本当は今でも怒っていること。
そして「愛は簡単じゃない。浮気したらわかる。本当に大切な人が誰なのかは、浮気して始めてわかるんだ」と言い、クメイルは困った顔をするしかありませんでした。
クメイルの部屋に彼の両親が押しかけてきました。
一番人気の彼女を連れてくるのにどんなに苦労したか、それなのに、あなたは彼女を傷つけたのよ。母はかんかんです。
「アメリカがいやならなぜアメリカに住んでいるの? イスラム教の教えがいいことはわかっているけど、ぼくは母さんたちのようには祈らない」
そうしてエミリーのことを告白しました。
しかし母は「もう家の子じゃない」とそっぽを向き、父は「自分勝手にするのがアメリカンドリームなのか! そんなの間違ってる!」と怒鳴るのでした。
3.映画『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』の感想と評価
クメイルの両親は、アメリカに住みながら、故郷パキスタンの伝統を頑なに守る厳格なイスラム教徒。
移民二世であるクメイルは、内面はすっかりアメリカ人。そこに世代間の断絶が生まれてくるのですが、親というものはやはりかけがえのない存在。彼らの気持ちを無碍には出来ません。
伝統や家族って正直めんどくさい・・・。それは万国共通の悩みでもあります。
クメイルがコメディクラブの舞台で、パキスタンネタで笑いをとるように、映画もパキスタンの伝統的風習をコメディタッチに描いてみせます。
主役のクメイル・ナンジアニ自身が、自分の体験を基に脚本を書いた作品なだけに、さすがにそのあたりはお手の物。アヌパム・カー扮する父親を始め、クメイルの家族がいい味を出しています。
後半になるとエミリーが原因不明の病気で昏睡状態になったり、エミリーの両親の確執が見えてきたり、深刻な問題が浮上してきますが、常にウィットに富んだ(時にブラックな)ジョークを口にせずにいられないクメイルが最高です。
言ったあと大抵、ごめんなさいとあやまることになるのですが…。
マイケル・ショウォルター監督の2015年の作品『ドリスの妄想恋愛適齢期』は、60代女性の恋をテーマにしており、へたするととても痛い、救いのないものになる危険性があるところを、暖かく、ユーモラスに描いて、しみじみとした味わいを残しました。
作者の主人公に対する温かい眼差しと敬意、人間を肯定する強い思いが、根底に存在していたからこそ、『ドリスの妄想恋愛適齢期』は愛すべき作品となったのです。
本作も同様に、どんなカルチャーギャップがあろうと歩み寄れないものではないという作り手の熱い思いがあり、それ故、シリアスな問題も笑いに包んで、描くことが出来るのでしょう。
カルチャーギャップを埋めることを私たちはすぐに諦めがちですが、寛容であれ、と映画に教えられた気がします。
排外主義がはびこる昨今、こうした視点を描くことは非常に重要だと思われます。
プロデューサーのジャド・アパトー、脚本のクメイル・ナンジアニ&エミリー・V・ゴードン、監督のマイケル・ショウォルター、それぞれの思いと持ち味が詰まった見事なアンサンブルとなっています。
4.まとめ
エミリーの両親のキャラクターが秀逸です。
ホリー・ハンターとレイ・ロマノが違った性格の夫婦を演じ、クメイルと次第に心を通わせていく過程が豊富なエピソードと共に綴られていきます。
エミリーに扮したゾーイ・カザンは、昏睡状態となっているシーンが長いにもかかわらず、抜群の存在感を発揮。
ラストのクメイルとのやりとりには、脚本のうまさもあって、思わずにやり、継いでほろりとさせられます。
勘当されても家族は家族だからね!と口を聞こうとしない家族の元に乗り込んでいくクメイル。予め言葉を書き付けたボードを用意しているのが、笑えますが、概してコメディクラブでの彼より、日常の彼の方が面白かったりするのがまた愉快です。
実話の場合、エンドロールにモデルになった実在の人々の映像や写真が登場することが多く、そのことに関して否を唱える人もあるようですが、この作品に関しては圧倒的に賛の方が多いのではないでしょうか。