映画『アナザーラウンド』は、2021年9月3日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほかにて公開
人生に刺激を失い、冴えない毎日を送る4人の男が、飲酒により人生の輝きを取り戻すコメディ『アナザーラウンド』。
ノルウェー人の哲学者が提唱した「血中アルコール濃度を一定に保つと、仕事の効率が良くなる」という仮説を、身をもって証明しようとする主人公マーティンを、デンマークを代表する人気俳優、マッツ・ミケルセンが熱演しています。
4人の中年男性は、血中アルコール濃度を一定に保つ実験を通して、本当に人生の輝きを取り戻せるのでしょうか?
「第93回アカデミー賞®」にて「国際長編映画賞」を受賞するなど、世界各地で映画賞を総なめにしている、本作の魅力をご紹介します。
映画『アナザーラウンド』の作品情報
【公開】
2021年公開(デンマーク映画)
【原題】
Druk
【監督・脚本】
トマス・ビンターベア
【共同脚本】
トビアス・リンホルム
【キャスト】
マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン、ラース・ランゼ、マリア・ボネビー、スーセ・ウォルド
【作品概要】
「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと、仕事の効率が良くなる」という仮説を実証しようとした、4人の男の悲哀を描いたコメディ。
主演は、テレビドラマ『ハンニバル』(2013)のハンニバル・レクター役で世界的な人気を獲得したマッツ・ミケルセン。
マッツ・ミケルセンは、『ファンタスティック・ビースト3』(22年公開予定)『インディ・ジョーンズ5』(22年公開予定)など、大作映画の出演が決まっている注目俳優です。
監督と脚本のトマス・ビンターベアは、『偽りなき者』(2012)以来、マッツ・ミケルセンと組むのは2度目となります。
『偽りなき者』は「第65回カンヌ国際映画祭」で、マッツ・ミケルセンが最優秀男優賞を受賞しています。
映画『アナザーラウンド』のあらすじ
高校で歴史を教える教師のマーティンは、いつからか人生に「楽しさ・面白さ」を感じなくなり、無気力な毎日を送っていました。
マーティンは、夜勤ばかりの妻、アニカとはすれ違いの毎日を送り、子供達とも、まともにコミュニケーションを取っていません。
また、マーティンは、高校での歴史の授業も無気力になっており、身の入らない授業をしていた為、生徒から「授業内容が理解できない」と批判され、保護者にも呼び出される事態となります。
ある時、マーティンは職場の同僚で、心理学の教師、ニコライの誕生会を友人達と開きます。
誕生会には、体育教師のトミーや、音楽教師のピーターも参加していました。
ニコライは、結婚した妻との間に幼い3人の子供を授かっており「毎日、子育てが大変だ」と愚痴をこぼします。
お酒がすすむニコライに合わせるように、トミーとピーターもお酒を飲みますが、車で来ていたマーティンだけは、飲酒を拒みます。
しかし、ニコライから「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと、仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」と聞かされ、マーティンもその場に合わせるように、お酒を飲み始めます。
当初は「少しだけ」と自分に言い聞かせていたはずのマーティンでしたが、楽しい雰囲気に飲まれ、次第に酔っぱらってしまいます。
友人達と久しぶりに楽しい時間を過ごしたマーティンは、次の日に「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと、仕事の効率が良くなる」というニコライの言葉を試す為に、少量のお酒を飲んで高校で授業を行います。
お酒を飲んで授業を行った事を、マーティンはニコライにだけ話すと、ニコライは「それは大きな一歩だ」と興奮した様子を見せます。
「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと、仕事の効率が良くなる」というのは、ノルウェー人哲学者の立てた仮説で、マーティンとニコライ、トミー、ピーターの4人は、その仮説を証明する為の実験を開始します。
ニコライは「馬鹿な実験で終わらせない為、論文にまとめる」と決め、以下のルールを作ります。
・アルコール濃度は常に0.05%に保つ
・飲酒が心と言動に及ぼす影響を、証拠として集める
・飲酒は勤務中のみ
・ヘミングウェイに習い、夜8時以降と週末の飲酒は禁止
・飲酒により人生が豊かになり、向上した事を論文化する
マーティン達が教師として働く高校は、酔っぱらった生徒達が問題を起こした事で、校内飲酒に関する取り締まりが厳しくなっていました。
実験がバレてしまうと、4人は解雇される可能性があります。
危険な実験ですが、やがて4人は飲酒により仕事への喜びと、人生の楽しさを取り戻すようになります。
ですが、ニコライが「実験の次の段階」として、血中アルコール濃度を無制限に設定した事で、4人の実験は制御不能となっていきます。
そして実験は、ある悲劇へと繋がっていきます。
映画『アナザーラウンド』の感想と評価
「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと、仕事の効率が良くなる」という、お酒好きからすると共感してしまう仮説を、実証しようとした4人の教師の姿を描いた映画『アナザーラウンド』。
ただ一般常識として、教師が飲酒した状態で授業をする事に、抵抗を感じる人もいるでしょう。
また、舞台となる高校は、生徒が飲酒事件を起こした事で、校内飲酒に関する締め付けが強化されており、マーティン達は飲酒して授業を行った事がバレると、解雇されてしいます。
では、何故そうまでして、マーティン達は実験を行うのでしょうか?
それは、人生を長く生きてしまったが為の喪失感にあります。
本作の序盤、生徒達の前で授業を行うマーティンは、全く身が入っておらず、淡々と授業をこなします。
その為、授業内容が生徒達に全く届いておらず「授業が分かりにくい」と、保護者も巻き込んだ問題になります。
それでも、マーティンは目の前の問題に全く反応せず、遠い目をしたままです。
家庭でも、家族とのコミュニケーションが全く無く「老後も支え合って生きていく」と誓い合ったはずの妻、アニカともすれ違いの毎日。
そんな、人生に喪失感しか抱いていないマーティンが、久しぶりに楽しさを感じたのが、ニコライの誕生日です。
酔っぱらった中年男性4人が、子供のように戯れるという、何とも言えない場面が展開されるのですが、作品前半で、心すら失ってしまった様子のマーティンが、作中で初めて笑顔を見せる印象的な場面です。
この事をキッカケに、マーティンは人生に再び刺激を取り戻す為、「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと、仕事の効率が良くなる」という実験に取り組むようになるのです。
ただ、実験と言うのは完全に建前で、本音は「ただ飲みたいだけ」というのが、4人のやりとりから分かります。
特にニコライの「飲酒量が限界を超えた時、心が浄化されるかもしれない」という台詞は、お酒好きの心に突き刺さる名言ではないでしょうか。
それでも、飲酒をした状態のマーティンは、生徒の心を掴み、面白く楽しい授業を展開させます。
適度に飲酒したことが、いい結果に繋がった訳ですが、本作は「お酒を飲んで仕事をしよう」と推奨している作品ではありません。
逆に後半では、過度な飲酒が人生に及ぼす危険性を描いており、お酒との距離感を考えさせられる内容となっています。
お酒は好きな人からすると、人生を豊かにする必需品である事は間違いないのですが、苦手な人からすると、迷惑でしかない嗜好品かもしれません。
ただ、お酒は年齢の離れた人達のコミュニケーションを円滑に繋ぐ力がありますし、気兼ねなくお酒が飲める関係性は一生モノです。
本作のラストシーンは、そんなお酒の持つ魅力を感じる、楽しく素晴らしい場面となっています。
映画『アナザーラウンド』は、虚無感を抱くほどマンネリになってしまった日常に「あなたなら、どう向き合うか?」という、問題定義の含まれた作品です。
ただ、お酒が好きな人と、そうではない人だと、作品の評価は間違いなく違ってくるでしょうね。
まとめ
映画『アナザーラウンド』は、主人公のマーティンの他にも、一緒に実験を開始する3人も魅力的です。
まず、実験を論文にまとめる事を提案する、心理学の教師ニコライは、妻とは喧嘩ばかりで、おねしょばかりする息子達に頭を悩ませる毎日です。
「くだらない実験で終わらせない」ことを名目に、実験内容を論文にまとめますが「酒を飲みたいだけ」というのが、一番見え見えになっています。
次にマーティンの古くからの親友、体育教師のトミー。
彼は2匹の愛犬と暮らしていますが、1人暮らしだからこその寂しさを見せることがあります。
少年サッカーのコーチをしていますが、その優しさが、子供達に慕われており、決して孤独ではなかったことが、ある場面で分かります。
音楽教師のピーターは、自分に恋人がいないことに長年悩んでいます。
ですが実験を通して、その悩みを解決させるキッカケを掴みます。
この3人とマーティンの、お酒を巡る何とも言えない、どうしようもないやりとりが本作の魅力です。
特に作品中盤で、4人でタラを買いに行く展開は、お酒好きなら誰もが身に覚えのあるような、なかなか痛々しい場面となっています。
愛すべき4人の男の姿を通して、人生の本質を問う人間賛歌でもある映画『アナザーラウンド』。
マーティンを演じた、マッツ・ミケルセンの演技力が、随所に光る作品でもあります。