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Entry 2021/02/11
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韓国映画『野球少女』感想評価レビュー。イジュヨンは梨泰院クラスに続き“性別”の隔たりと向き合う|シニンは映画に生かされて27

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第27回

2021年3月5日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷他にて全国公開予定の映画『野球少女』。

大ヒット韓国ドラマ『梨泰院クラス』(2020)で日本でも一躍人気・知名度を獲得したイ・ジュヨンが主演を務め、「天才野球少女」と称された高校生の主人公が「プロ野球選手」という夢を目指し奮闘を続ける姿を描いた作品です。

映画が持つリアリティ、そして映画が伝えようとするメッセージのために、約40日間に渡る特訓によってピッチングを学び撮影に臨んだというイ・ジュヨン。

「性別」という名の想いの隔たりに悩みながらも、それでもマウンド上で真っすぐに前を見つめ続ける主人公を快演したジュヨンの姿には、誰もが目を離せません。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『野球少女』の作品情報


(C)2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

【日本公開】
2021年(韓国映画)

【原題】
Baseball Girl

【監督・脚本】
チェ・ユンテ

【キャスト】
イ・ジュヨン、イ・ジュニョク、ヨム・ヘラン、ソン・ヨンギュ、クァク・ドンヨン、チュ・ヘウン

【作品概要】
「天才野球少女」と称された主人公が、「女性だから」という壁に直面しながらも「プロ野球選手」という夢を目指し奮闘する姿を描いたスポーツ青春映画。なお本作の主人公は、1997年に女性として初めて国内の高校野球部に所属、韓国プロ野球の公式戦にて先発登板を果たした実在の選手アン・ヒャンミをモデルとしている。

大ヒット韓国ドラマ『梨泰院クラス』にて注目を浴びた女優イ・ジュヨンが主人公役を演じた他、ドラマ『秘密の森』(2017)のイ・ジュニョク、ドラマ『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』(2016)のヨム・ヘランなどが出演。

映画『野球少女』のあらすじ


(C)2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

青春の日々をすべて野球に捧げ、周囲の人々からは《天才野球少女》と称えられてきたチュ・スイン(イ・ジュヨン)。

高校卒業を控えたスインは「プロ野球選手」という長年の夢を叶えようとするものの、「女子」という理由だけで入団テストさえ受けさせてもらえない。また母や友だち、野球部の監督からも夢を諦めて現実を見るよう忠告されてしまう。

「わたしにも分からないわたしの未来が、なぜ他人に分かるのか」……自分を信じて突き進むスインの姿に、新しく野球部に就任したコーチのチェ・ジンテ(イ・ジュニョク)は心を動かされる。

かつてプロ野球選手となる夢に破れた過去を持つジンテは、スインをスカウトの目に留まらせるための作戦を練り、彼女をプロにするための独自の特訓を開始する。

次々と立ちふさがる壁を乗り越え続けたスインは、遂にテストを受けるチャンスを掴むが……。

映画『野球少女』の感想と評価


(C)2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

「野球少女」と「野球少年」の狭間で

本作のタイトル『野球少女』。原題『Baseball Girl』の直訳そのものと受け取れる邦題ですが、一方でその命名の理由には、日本にて「幼い頃から野球に情熱を注ぐ男子」を表現する際に度々用いられる「野球少年」という言葉との対比も含まれているのではないでしょうか。

「幼い頃から野球に情熱」を注いできた中で「天才野球少女」と呼ばれるようになった主人公スイン。そして映画作中では、スインの幼馴染みであり、彼女の負けず嫌いに負けまいと同じく野球に打ち込んできた「野球少年」であるイ・ジョンホ(クァク・ドンヨン)が登場します。

入団テストを受けることもできないスインに対し、プロ球団からの指名を受けたことで晴れてプロ野球選手となったジョンホ。しかしながら、彼はスインに「“男”だから自分はプロ野球選手になれた」という負い目を感じている様子が度々描かれています。

そうしたジョンホの姿は、どのような形の「男性優位社会」であっても一定数存在する、自身が「男」で在ることのに葛藤や苦悩を抱く男性像の一つと捉えるのも可能です。しかしスインとジョンホの「野球少女」と「野球少年」としての関係に注目すると、その「負い目」にはジョンホの心情がより多く、複雑に内包されていることに気づけます。


(C)2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

プロ野球選手として「野球少年」で在り続けられる自身に対し、プロ野球選手どころか「野球少女」で在り続けることすらも困難に陥ったスイン。自身が「野球を続ける」という意志を保ち続けられた大きな存在として、「野球を続けてきた者」或いは「一緒に野球をする相手」として彼女に抱いてきた友情が、「性別」という理由だけで隔てられてしまう。

またスインとの友情に隔たりが生じてしまうことで、同じく野球を通じて長年心の内で抱いてきた、友情とは異なる、しかし友情なくしては生まれることもなかったであろう想いも、友情が終わってしまえばスヨンに打ち明けられなくなる。

そして彼女に対する「友情とは異なる想い」を、自身は「野球を続けてきた者」「一緒に野球をする相手」としての純粋な友情と心の内で並べてしまっている。

スヨンとジョンホが「野球少女」「野球少年」であるが故の、同時に「男女」であるが故の感情が、ジョンホの心の内で意識・無意識含めて時に結び合い、時に反発し合っている状態。それがジョンホのスインに対する「負い目」であり、彼の行動を左右しているのです。

ジョンホはスインと彼女に対する「負い目」とどう向き合うのか。そして「野球少女」と「野球少年」の関係性という、一見すれば純粋な友情に見えるものの、実は隔たりが存在する関係性をどう解いてゆくのか。「野球少女」の心の成長によって促されてゆく、「野球少年」の心の成長にも注目です。

プロ野球選手という夢の形、アイドルという夢の形


(C)2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

またスインにとっての「同世代の異性」であるジョンホとは別に、スインとは「同世代の同性」であり、作中にて「性別」という想いの隔たりと向き合い続ける彼女にとってさり気なく、しかし明確に重要な登場人物が一人います。それが、アイドルを目指すスインの親友ハン・バングル(チュ・ヘウン)です。

国内のみならず、日本でも「K-POP」という名のもと多数のグループが人気を博している韓国アイドル業界。業界内は苛烈な競争社会によって成り立っているだけでなく、女性アイドル/男性アイドルのいずれも「性別」に翻弄され苦悩する現実があることも知られています(それは、韓国並みかそれ以上に「飽和」状態にある日本国内のアイドル業界にも該当するはずです)。

作中のバングルは、自身がもともと続けていた作詞・作曲の活動から遠ざかり、「アイドルとして求められるもの」であるダンスのレッスンに注力しています。それは自分自身の「夢の形」を社会が求める「夢の形」へと擦り合わせた結果であり、周囲の人々や社会が望む「趣味」ではなく、「プロ野球選手」として野球をしたいという自身の「夢の形」にこだわるスインとは対極の姿でもあります。

しかしある出来事を機に、バングルは見つめるフリをして実は目を逸らしていたアイドル業界の現実へ直面。自分自身にとっての「夢の形」をスインとともに見つめ直すことになります。そして野球とアイドルという異なる世界、しかし「性別」という想いの隔たりが存在するそれぞれの世界で生き抜こうとしているスインとバングルは、夜の公園でお互いの想いを明かします。

自分たちの「性別」ではなく、あくまでも自分たちの「夢の形」を主に語り合う二人の姿。そこからは、ジョンホがスインに抱く純粋な、しかし「男女」としての想いと葛藤を続ける友情とはまた異なる、「互いに夢を追う同世代の女性」同士の連帯が含まれた確かな友情が感じられるはずです。

まとめ


(C)2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

「性別」という想いの隔たりに直面しながらも、プロ野球選手という自分自身の「夢の形」を見つめ続ける主人公スイン。彼女の真っすぐな眼差しと想いを支える要因として、同じく夢を追い続ける同世代の異性であるジョンホ、そして同性であるバングルの存在が描かれています。

また「同世代」である二人のみでなく、プロ野球選手という同じ夢を追ったものの挫折してしまった過去を持つ野球部コーチのジンテ、人生の中で夢を追うことも「自分自身」の想いを貫くこともできなくなったスインの母(ヨム・ヘラン)と父(ソン・ヨンギュ)の存在も、スインの眼差しと想いを支えた一部といえます。

果たしてスインは、「性別」という想いの隔たりに対して、自分自身の「夢の形」に対してどのような答えを導き出すのか。彼女が「一人の人間」として納得するために見出したその答えは、「野球は誰がするのか」「野球は誰のためにあるのか」という問いの答えでもあるはずです。

次回の『シニンは映画に生かされて』は……


(C)Nikola Productions, Inc. 2020

次回の『シニンは映画に生かされて』では、2021年3月26日(金)より劇場公開予定の映画『テスラ エジソンが恐れた天才』をご紹介させていただきます。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら





編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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