連載コラム『シニンは映画に生かされて』第25回
2021年2月5日(金)より全国ロードショー公開予定のホラー映画『樹海村』。
前作の「犬鳴村」同様、有名な心霊スポットである富士・青木ヶ原樹海にまつわる都市伝説「樹海村」。そして、インターネット上で語り継がれる中でも随一のおぞましさと知名度を誇る怪談「コトリバコ」を題材とし、新たな形の恐怖へと融合させた作品です。
「家を死に絶やす」という禍々しき力から封印された、古き呪い「コトリバコ」。死と負の引力によって、沈黙のまま人々を呼び寄せ続ける樹海。
それらの「力」が再び現代の人々の前に蘇った時、想像を絶する恐怖と戦慄、そして「この世から『呪い』が決して絶えない理由」が露わになります。
CONTENTS
映画『樹海村』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督】
清水崇
【脚本】
保坂大輔、清水崇
【キャスト】
山田杏奈、山口まゆ、神尾楓珠、倉悠貴、工藤遥、大谷凜香、塚地武雅、黒沢あすか、安達祐実、國村隼
【作品概要】
長きに渡ってネット上で伝わる「踏み入ってはいけない村」の怪談を基に制作され、大ヒットを記録した映画『犬鳴村』に続く「恐怖の村」シリーズ第2作。「SUISIDE FOREST(自殺の森)」こと自殺の名所として海外でも知られる青木ヶ原樹海とインターネット怪談の金字塔「コトリバコ」を題材に、終わりなき呪いの恐怖と狂気を描く。
主演には『ジオラマボーイ・パノラマガール』『名も無き世界のエンドロール』の山田杏奈と『僕に、会いたかった』の山口まゆ。また監督を前作『犬鳴村』に引き続き清水崇が務めた。
映画『樹海村』のあらすじ
かつて人々を戦慄させ、多くの生命を死に絶えさせてきた古く強く禍々しき呪いは、歪な木々や地を這う根に覆われた樹海の深奥へと封印された。
それから13年後。響と鳴の姉妹の前に、封印されていたはずの「あれ」が姿を現す。
そして樹海では、原因不明の行方不明者が続出し始めていた……。
映画『樹海村』の感想と評価
『犬鳴村』とは異なる切り口の「村ホラー」
キャンプ場・公園などの施設や遊歩道も整備されている人気観光地でありながら、2021年現在もなお「SUISIDE FOREST(自殺の森)」という名で知られる富士・青木ヶ原樹海が舞台の都市伝説「樹海村」。そして、2005年当時の大手ネット掲示板サイト「2ちゃんねる」を通じて瞬く間に噂が拡大、インターネット怪談の歴史上欠かせない存在の一つとなった「コトリバコ」。
都市伝説/怪談マニア、そしてホラー映画ファンなら誰もが一度は耳にしたであろう二つの「恐怖」の名作に、映画『樹海村』は怯むことなく果敢に挑み、二つの「恐怖」の名作を名作たらしめている要因でもある「恐怖の形」に着目。そうして独自に解釈し抽出した「恐怖の形」をそれぞれ組み合わせることで、さらなる発展形としての「恐怖」への再構築を試みています。
H・P・ラブクラフトの怪奇小説『インスマウスの影』を彷彿とさせる「忌まわしき血脈と宿業への恐怖」「ゆえに近代化/現代社会にも滅ぼすことのできない、時空を超える程の深き『繋がり』の受容」を描写し、「村」という空間ならではの恐怖を表現しようとした前作『犬鳴村』。
映画『樹海村』もまた、前作『犬鳴村』とは異なる切り口で「村」という空間ならではの恐怖を表現しようとしています。
「家系を絶やす」ははじまりに過ぎない
コトリバコは、「子取り箱」という呼び名の通り「その家の女性と子どもを呪い殺す」という力を持つと、掲示板投稿における物語の成立初期では紹介されています。しかし映画『樹海村』作中に登場するコトリバコは、その呪殺の力がより強大な形へと改変され、「その家の者を老若男女問わず尽く死に至らしめ、家系を絶やす」という域にまで達しています。
主人公である天沢響(山田杏奈)と天沢鳴(山口まゆ)の姉妹をはじめ、登場人物たちに襲いかかる、より強大な力を持つ呪具へと姿を変えたコトリバコ。しかしそのような改変が行われた理由は、決して「呪殺の対象範囲を拡げたかったから」という一点のみではありません。
『樹海村』作中のコトリバコが持つ、「その家の者を老若男女問わず尽く死に至らしめ、家系を絶やす」という力。それは、あくまでコトリバコに与えられた「機能」の一側面に過ぎず、都市伝説「樹海村」との融合によって生み出された「呪い」の形の第一段階に過ぎないのです。
「存続」のために生まれ、混ざり、暴走する呪い
そもそも「2ちゃんねる」を通じて紹介されたコトリバコの「原典」ともいえる物語において、コトリバコは「周囲から酷い差別と迫害を受けていたとある村落が、迫害と干渉から身を守るための手段」として製作されたと説明されています。
そしてコトリバコという強力な呪具にまつわる物語における真の恐怖とは、「村を守る呪具を生み出すため、『子どもの死体』を材料とするコトリバコを製作するために、多くの村の子どもを手にかけた村人らの狂気」「村が滅んでもなお現在まで、そして今後も残り続ける呪い」にあります。
村の「存続」という目的のために、「村を脅かす存在の家系を絶やす」という手段を選んだ村人らの狂気。そして村が形を成さなくなった今も、「存続」という目的のために「機能」を果たし続けている呪い。
そうしてコトリバコの物語から解釈・抽出された「恐怖の形」は、樹海村という物語に秘められた「なぜ『そこ』に引き寄せられ、なぜ『そこ』で自ら命を絶った後も、或いは生き永らえてもなお人々は『そこ』に残り続けるのか?」という最大の謎と混ざり合うことで、異なる「恐怖の形」と変貌します。
それが、「あらゆる犠牲を払ってでも、村という共同体の『存続』を死守する『システム』としての呪い」「『システム』としての呪いだけが残り暴走したことで生じた、村という共同体が呪いの『存続』を死守するという矛盾と破綻の狂気」という、閉鎖性と内部制度への依存性が暴走し得る空間でもある「村」という共同体ならではの恐怖であり、現代社会の様相にも通ずる恐怖。
言い換えれば、前作『犬鳴村』で描かれた「村」の恐怖とはまた異なる形の、映画『樹海村』が描こうと試みた「村」の恐怖の形なのです。
まとめ
2020年に公開され異例の大ヒットを記録した『犬鳴村』に続く、「恐怖の村」シリーズ第2弾として制作されたホラー映画『樹海村』。
「近代化/現代社会に牙剝く忌まわしき血脈」という視点から「村ホラー」映画としてのアプローチを試みた『犬鳴村』に対し、『樹海村』は「村という共同体の『存続』を死守する『システム』としての呪い」という別の切り口から、前作とはまた異なる「村ホラー」の形を描いています。
「この世から『呪い』が決して絶えない理由」にも深く関わる、映画『樹海村』が描く「村」の恐怖。果たして「呪怨」シリーズをはじめホラー映画の名手として知られる監督・清水崇は、そうした「恐怖の形」を映像としてどう具現化したのか。劇場公開にてそれらは明らかになります。
次回の『シニンは映画に生かされて』は……
次回の『シニンは映画に生かされて』では、2021年2月5日(金)より劇場公開予定の映画『イルミナティ 世界を操る闇の秘密結社』をご紹介させていただきます。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。