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Entry 2019/09/11
Update

映画『ある船頭の話』感想レビューと評価解説。オダギリジョー×柄本明の問題作を“風”によって見つめる|シニンは映画に生かされて16

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第16回

はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。

今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。

第16回にてご紹介させていただく作品は、俳優として世界的に活躍するオダギリジョー初の長編監督作にして、誰もが知る日本の名優・柄本明の11年ぶりの主演作である『ある船頭の話』。

近代化が進む日本の山辺の村で、船頭を生業とする男の生活が崩れ滅びゆく様を描きます。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『ある船頭の話』の作品情報


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

【公開】
2019年9月13日(日本映画)

【脚本・監督】
オダギリジョー

【撮影】
クリストファー・ドイル

【音楽】
ティグラン・ハマシアン

【衣装デザイン】
ワダエミ

【キャスト】
柄本明、川島鈴遥、村上虹郎、伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優、笹野高史、草笛光子、細野晴臣、永瀬正敏、橋爪功

【作品概要】
俳優として海外でも精力的に活動してきたオダギリジョーの長編初監督作品。

オダギリ監督が長年温めてきた構想に基づくオリジナル作品であり、近代化が進みゆく山辺の村で船頭を生業とする男を通じて“人間らしい生き方とは何か?”を描きます。

『ブエノスアイレス』(1997)『恋する惑星』(1994)などで知られるクリストファー・ドイルが撮影監督を務めたほか、黒澤明監督作『乱』(1985)で米・アカデミー賞®を受賞したワダエミが衣装デザインを、そして世界を舞台に活躍するアルメニア出身のジャズ・ピアニストであり、“映画音楽”は自身初の挑戦となるティグラン・ハマシアンが音楽を担当しました。

主人公の年老いた船頭・トイチ役には、日本を代表する名優・柄本明。主演作品は2008年に公開された新藤兼人監督の『石内尋常高等小学校 花は散れども』以来11年ぶりとなります。

またトイチを慕い、彼のもとに度々遊びに来る村人・源三役には、2018年の『銃』をはじめ映画・テレビ・舞台と数々の作品に出演する若手実力派俳優・村上虹郎。そしてトイチの前に現れる謎多き少女役には、『望郷』(2017)などで知られる川島鈴遥が抜擢されました。

他にも日本を代表する様々なキャスト陣が本作にて競演を果たしています。

映画『ある船頭の話』のあらすじ


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

近代化・産業化とともに、橋の建設が進む山辺の村。

河岸の小屋でひとり暮らし、村と町に人をつなぐための船頭を生業とするトイチは、橋の完成を心待ちにする村人たちに複雑な思いを抱きながら、それでも黙々と渡し舟を漕ぐ日々を送っていました。

そんな折、トイチの前に現れた一人の少女。

河を流れて来たものの、何も語ろうとせず身寄りもない少女。

彼女とともに暮らし始めたことで、トイチの人生は大きく狂い始めてゆきます…。

風から見つめる映画『ある船頭の話』


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

オダギリジョー監督と撮影を担ったクリストファー・ドイルのみならず、世界的に活躍する一流のスタッフ陣によって徹底的に描かれる自然の美。

おそろしさを感じてしまうほどに圧倒的な自然の事象たちには、映画『ある船頭の話』を様々な視点で鑑賞させてくれるいくつもの鍵、それゆえに存在するいくつもの映画『ある船頭の話』像が秘められています。

本記事では、映画内で描かれている自然の事象の一つであり、船頭であるトイチ(柄本明)にとっては自身の生業に深く関わる事象の一つでもある「風」に注目し、映画『ある船頭の話』像をほんの一部ではありますがご紹介させていただきます。

“風の噂”という魔風(まかぜ)


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

なぜ映画『ある船頭の話』を「風」という事象によって見つめるのか。それは、船頭という主人公・トイチの生業のみならず、本作の劇中で描かれる惨劇とも深く関わっているためでもあります。

トイチは河を流れて来た謎多き少女(川島鈴遥)を助けた後、近くの村で奇妙な一家惨殺事件があったという風の噂を耳にします。事件と少女の関係を疑いつつもトイチは彼女と暮らし続けますが、それがトイチの人生が大きく狂うきっかけにもなりました。

トイチに不吉と不幸をもたらすきっかけとなった、“風の噂”という「風」。

その「風」を「人に不吉と不幸をもたらす風、或いは人をそれらへと誘う風」と捉えた時、“魔風(まかぜ、或いはまぜ)”を連想される方は正直多くはないでしょう。

悪鬼悪霊の類が吹かせるという魔の風。「悪鬼悪霊」という部分が「人間の言葉が秘める悪意」という違いはあれど、トイチに不吉と不幸をもたらした「風」が魔風であることは相違ないでしょう。

魔風が鎌鼬(かまいたち)を呼び寄せた


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

また、魔風は不吉と不幸だけでなく、別の「風」をもトイチの元へと運んで来ます。

それが、「魔風の一種」としても考えられているものの、「風にまつわる怪異・妖怪」と一般的には認識されている“鎌鼬(かまいたち)”です。

風の噂という魔風に遭った後、トイチは夢の中で刃物を振り回して村人たちを無差別に殺し、ついには日中舟渡しに努める自身を罵り続けた橋建設に関わる男(伊原剛志)の喉を掻っ切ってしまいます。あくまで夢の中の話ではあるものの、「魔風が引き起こした、人体を切り裂く行為」には、どうしても鎌鼬の姿を重ねてしまいます。

そして近くの村で起きた一家惨殺事件もまた、同じく刃物で切り裂かれ殺されていることからも、「魔風と深く関わっている、人体を切り裂く風」=鎌鼬という図式は否定し難いのです。

“迷信”の風がもたらす惨劇


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

何より、魔風と鎌鼬が本作において特筆すべき「風」である理由には、それらが“迷信”の「風」であるという点が大きく占めています。

魔風とは結局その地域の地形や季節・気象条件によって時折発生する局地風に過ぎず、「風が病をもたらす(=風病)」という民間信仰によって魔と認識された風とされています。

また鎌鼬も、急激な熱変化による皮膚組織の裂傷現象(いわゆるアカギレ)、或いは強烈な突風が巻き上げた鋭利な砂利・小石や木の葉による皮膚組織の切断現象とされています。そもそも明治期には、幾人もの学者たちによってその正誤は置いといて科学的な検証・立説がなされてしまった「風」でもあるのです。

近代化の中、“迷信”と定義されることで次々と死にゆく「風」たち。近代化へと進みゆく時代を舞台とする映画『ある船頭の話』はそんな「風」たちを描こうと試みていますが、ただ「風」たちが死にゆく様だけを描こうとはしていません。

近代化という時代は「風」たちを殺した“気になっている”だけに過ぎず、死なされた「風」たちはなお生き続けている。そして「風」たちを忘れたものたちに牙を剥き、あくまでも「風」として、新たな惨劇をもたらす。

時代の変化によって「風」たちを“みる”ことができなくなった人々に訪れる惨劇を、本作は描こうとしているのです。

オダギリジョーのプロフィール

映画『ある船頭の話』メイキング画像


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

1976年生まれ、岡山県出身。

2003年、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された黒沢清監督の『アカルイミライ』で映画初主演を果たします。

以降、『あずみ』(2003)『血と骨』(2004)『ゆれる』(2006)『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(2007)『舟を編む』(2013)などで数々の俳優賞を受賞。

また海外でも俳優として活躍し、『悲夢』(2009)『PLASTIC CITY プラスティック・シティ』(2009)『マイウェイ 12,000キロの真実』(2012)『宵闇真珠』(2018)『SATURDAYFICTION(英題)』(2019完成予定)など多数の作品に出演しています。

近年の出演作は『オーバー・フェンス』(2016)『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)『エルネスト』(2017)『ルームロンダリング』(2018)など。

そして監督としても活動しており、これまでに自主制作短編として『バナナの皮』『フェアリー・イン・メソッド』を、2009年には第38回ロッテルダム国際映画祭招待作品に選ばれた中編『さくらな人たち』を監督。またテレビ朝日の連続ドラマ「帰ってきた時効警察」(2007)の第8話では脚本・監督・主演の3役を務めました。

本作がオダギリ監督にとって初の長編監督作となります。

まとめ


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

「風が吹けば、舟は流される。世の中も少しの風で変わってしまう」。

劇中でのトイチの言葉通り、「風」という自然の事象には物質を、空間を、そして時間をも変えてしまうほどのエネルギーを孕んでいます。

日本海側の地域をはじめ全国各地に伝わる魔風が、人の不幸や死に直結するエネルギー=「病」をもたらすこと。そして、信越地方(長野県と、本作の撮影が行われた新潟県の総称)に伝わる鎌鼬には「暦(日付を記録するものの総称、いわばカレンダー)を踏むと鎌鼬に遭遇する」という伝承も存在することも、「風」が持つエネルギーから由来しているのでしょう。

また暦、つまりは時間を踏みにじる行為自体が、「人間の時間を加速させた」という側面を持つ近代化そのものと捉えても過言ではないでしょう。


(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

時間を踏みにじることが常識となっていく時代でも、“迷信”と認識された「風」たちは人々に猛威を振るい、不吉と不幸、或いはその果てにある惨劇、死をもたらす。

本作は船頭という主人公・トイチの生業を通じて人間に幸いをもたらす「風」を描きつつも、人々を畏怖させ、人々に災いをもたらす「風」をも描いたのです。

そして先述した通り、「風」という視点はあくまで本作の一側面に過ぎません。本作を、或いはそこに描かれている自然をどのように見つめ、解するのか。それは、劇場で鑑賞してこそ成立する楽しみ方であり、多くの方に体験してほしい楽しみ方でもあるのです。

映画『ある船頭の話』は2019年9月13日(金)より、新宿武蔵野館をはじめ全国でロードショー公開されます。

次回の『シニンは映画に生かされて』は…


(C)2018 APW Film, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

次回の『シニンは映画に生かされて』では、2019年9月13日(金)より公開の映画『プライベート・ウォー』をご紹介させていただきます。

もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら




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