連載コラム『凪待つ地をたずね』第1回
監督・白石和彌。俳優・香取慎吾。両雄が初のタッグを組んだ映画にして、震災後の宮城県石巻市を舞台に描かれる重厚なヒューマン・サスペンスドラマ。
それが、2019年6月28日(金)に全国でロードショー公開を迎える映画『凪待ち』です。
この度、『凪待ち』という映画の背景にあるもの、そして白石和彌監督と香取慎吾が映画を通して描こうとしたものが何なのかを探るため、本作のロケ地である宮城県の各地を巡り、その地に生きる人々への取材を敢行。
ロケ地に関する情報や実際に訪れることで感じられたもの、その地に生きる人々の声を連載コラム記事にてお届けします。
連載第1回である本記事では、『凪待ち』はじまりの地と言える塩釜水産物仲卸市場および塩竈市魚市場、石巻市内での撮影時にスタッフ陣が宿泊した「HOTEL HAYASHIYA」をご紹介いたします。
CONTENTS
現地リポその1:塩釜水産物仲卸市場&塩竈市魚市場
『凪待ち』はじまりの地
最初に訪れたのは、映画『凪待ち』のロケスタート地にして、地元関係者の方々に向けての特別試写会も行われた塩釜水産物仲卸市場。
編集部が訪れたのは特別試写会の当日であり、イベントスタッフ陣による会場設営が進められていたため、その日は市場全体がどちらかと言えば「お休み」といった状態。
しかしながら、試写会および映画『凪待ち』を楽しみにしつつも、開始30分前までいつも通りの仕事を続けられていた市場関係者の方々の姿も見ることができました。
「どんなことがあっても、いつもの仕事だけは決して忘れない」。そのような漁港での、市場での仕事に対する思いを感じ取れる、市場での日常風景がそこにありました。
『凪待ち』メイキング画像:郁男役を演じた香取慎吾
また市場内に漂う雰囲気からは、この場所でのロケ撮影を通じて「主人公・郁男の役柄を掴むことができた」という、香取が特別試写会の舞台挨拶にて語った言葉の意味を理解できる「ナニカ」も感じ取れました。
その「何か」が、何なのか。それを言葉によって説明することは非常に難しいです。
「四季と哀しみが滲んだ光」「揺らぐことのない陰影」「匂いは一度流され、されど再びココに」…。
どうあがいても言葉にし難いその「ナニカ」は、やはりそこに訪れ、自らの全身で気づいてもらう以上に良い伝え方が思い浮かびませんでした。
また仲卸市場での取材後はその付近に位置する塩竈市魚市場へと赴き、塩釜、いや、“鹽竈(しおがま)”の海を目にしました。
快晴の青空の下に広がる穏やかな海には、映画『凪待ち』劇中のような、仄暗さが水面に映る海の姿はありませんでした。
しかしながら、この塩竈市魚市場もまた、2011年3月11日に起きた東日本大震災での津波によって建物が全壊したという過去があります。
大きな被害を被ることはなかった塩釜水産物仲卸市場に比べるとまだまだ真新しい建物の外観は、復興とかつてあった震災の両方を物語っていました。
これほど穏やかで、人々に海の幸という恩恵を与えてくれる海は、人間が作り出したあらゆるものをことごとく破壊した海でもある。
自身の体験と事実の間にある、海というものが持つあまりにも異なる容貌に愕然とする編集部を余所に、西方へと日が進みゆく海は穏やかであり続けました。
香取慎吾が舌鼓を打った海鮮丼
塩釜水産物仲卸市場の中にある「塩竈市場食堂 只野」では、香取が初めてこの地に訪れた時にご馳走になり、その美味しさに舌鼓を打ったという海鮮丼「塩竈贅沢海鮮丼」を食べることができます。
その具材の豊富さと新鮮さは、漁港の市場だからこそ食べられるものなのだと、その美味しさを体感しました。
お値段は一食2,900円。映画『凪待ち』のロケ地巡りのために塩釜水産物仲卸市場を訪れた際には、食堂の海鮮丼で腹拵えをし、かつての香取と同じように塩釜の海の幸を味わってみてはいかがでしょう。
塩竈市場食堂 只野の詳細情報
【住所】
〒981-0001 宮城県塩竈市新浜町1-20-74
【電話】
022-362-2737
【営業時間】
土・日・祝/6:00〜14:00
月・火・木・金/6:00〜13:00
【定休日】
毎週水曜日
現地リポその2:HOTEL HAYASHIYA(ホテル林屋)
スタッフ陣が宿泊した理由
塩釜を後にした編集部は、石巻市内での取材のため仙石線で石巻駅へ。そこで宿泊したのが、「HOTEL HAYASHIYA」。
このホテルに宿泊することにしたのは、実は理由があります。
このHOTEL HAYASHIYAは、石巻市内にて映画『凪待ち』のロケ撮影が進められた際、多くのスタッフ陣が宿泊したホテルであり、ホテル付近にある本作のロケ地・小野寺横丁と畑中通りでの撮影の拠点にもなった場所でもあるのです。
ちなみに、この「小野寺」横丁と、本作でリリー・フランキーが演じた人物「小野寺」の間には何か関わりがあるのでしょうか?
もしかしたら、小野寺横丁が人物名の元ネタになっているのかもしれません。
映画『凪待ち』の撮影では、客室の一部がキャスト陣のメイクルームとして利用されていたというHOTEL HAYASHIYA。
スタッフ陣はどのようなホテルで休息を取っていたのか。それを確かめるために、編集部もこのホテルに宿泊することにしました。
チェックインを済ませて借りた部屋に入ってみた瞬間、HOTEL HYASHIYAがどのようなホテルなのかが一目で分かりました。
見事に整えられたベッド。小さなゴミや埃が一つも落ちていない床。綺麗に洗われたタオル類。
「ロケ地に近いから」という理由だけではない。旅の道中で疲れた人々を出迎える場所としての、質と格の高さ。
「連日続く長時間の撮影を乗り切る場所」にこのホテルが選ばれた理由が、客室そのものに残る仕事の徹底ぶりとして表れていました。
陰ながら撮影を支えた“もてなしのプロ”
チェックイン時にホテルへの宿泊理由を説明したことで、HOTEL HAYASHIYAを創業以来10年もの間繁盛させてきた二人であり、ホテルに宿泊したスタッフ陣への接客を担った女将さんと社長さん御夫妻のお話をお聞きすることができました。
13代に渡って豆腐屋を営んできた家系の生まれである社長さんは、白石和彌監督の気さくさやサッパリとした性格に驚かされ、長年抱いてきた監督のイメージとは全く違う「監督らしくない監督」な白石監督の魅力を知ることができたと語られました。
また、「スタッフ・キャスト陣は映画撮影に集中しているのだから、物珍しさにチラチラと視線を向けてしまうと、その集中を乱してしまうかもしれない」「撮影の邪魔になるようなことだけは絶対にしてはいけない」と、ホテルで働く従業員たちには強く注意を促していたという女将さん。
撮影期間中は、撮影に支障を来さぬよう、映画『凪待ち』のロケ撮影が付近で行われること、ホテルにスタッフ・キャスト陣が出入りしていることを近所の人々には決して話さなかったそうです。
『凪待ち』メイキング画像:自らカメラをかまえる白石和彌監督
しかしながら、さくらんぼやかまぼこなどを撮影現場へと差し入れする、長時間の撮影の中でイライラが溜まっていたスタッフの話し相手になるなど、時にはホテルでの業務以上のことをして撮影現場の人々を労わっていたと言います。
その理由として、女将さんは「この不景気な時代の中で石巻で映画を撮ってくださること、映画によって石巻を活気づけてくださることはとても素晴らしいお仕事」であり、「そのようなお仕事をしてくださっているからこそ、“石巻に住む人間の一人として、自分には何ができるのだろうか”と思い立った」と語られました。
「映画『凪待ち』は、白石組と地元の方々との間に結ばれた無数の“縁”のおかげでできたんでしょうね」という言葉で締めくくった女将さんと社長さんからは、その言葉に納得できうる「もてなしのプロ」としての佇まいがありました。
翌朝に食べた朝食も、薄過ぎず濃過ぎず、胃袋から疲れを解してくれるかのような優しい味。
映画『凪待ち』の取材抜きで、石巻にあるこのホテルに泊まれたこと、ホテルを営む女将さんと社長さん御夫妻との“縁”を結べたことを心から感謝しました。
HOTEL HAYASHIYA(ホテル林屋)の詳細情報
【住所】
〒986-0824宮城県石巻市立町2丁目4-28
【電話】
0225-22-0401
0225-22-8848
【受付時間】
6:30~22:00
チェックイン:15:00〜/チェックアウト:〜10:00
【部屋数】
28室
【料金】
シングルルーム(禁煙)/¥6,200~
シングルルーム(喫煙)/¥6,250~
DXシングルルーム(喫煙)/¥6,500~
ダブルルーム(禁煙)/¥12,000~
ツインルーム(禁煙)/¥12,200~
※全て朝食付き
【駐車場】
18台収容可能 一泊/¥500円
まとめ
映画『凪待ち』の塩釜水産物仲卸市場での特別試写会をきっかけに始まった、今回の取材。
仲卸市場では、主演を務めた香取慎吾さんの感性によって深く感じ取った「ナニカ」に微かながら触れ、塩竈市魚市場では無視しようがない震災の痕跡と海の貌を目の当たりにしました。
香取慎吾さんは、特別試写会後の囲み取材で撮影当時を振り返った際、ビニール袋にペットボトル飲料をいっぱい詰めて差し入れをしてくださったある女性のことを感慨深く思い出していました。
「ありがとうございます、お母さん。こんなにたくさんいいんですか?」と香取がお礼をすると、その女性は「私、家族親類、みんな津波で亡くなってしまったから」と返答されたそうです。
映画『凪待ち』について知るには、決して避けることのできない東日本大震災。あるいは、2011年3月11日14時46分18秒。あるいは、“傷痕”。
編集部の自分たちは「どこ」で「何」を取材しているのか。そして、「何のため」に取材をしているのか。大きな動揺と衝撃をその心中に受けながらも、それらを再確認することができました。
そしてHOTEL HAYASHIYAでは、女将さん・社長さん御夫妻の言葉から、一本の映画を完成させるためには不可欠な条件の一つを知ることができました。
“縁”を結べるという喜び。そこには、香取慎吾さんや白石和彌監督が映画『凪待ち』でロケ撮影に訪れた地に取材をする意味と価値がありました。。
この記事を読まれたあなたも、『凪待ち』撮影の地・宮城県に訪ねてみませんか?
取材協力:せんだい・宮城フィルムコミッション
【住所】
宮城県仙台市青葉区一番町3丁目3-20
東日本不動産仙台一番町ビル6階(公益財団法人 仙台観光国際協会内)
【電話】
022-393-841
次回の『凪待つ地をたずね』は…
次回からは、石巻市内の取材を本格的に開始。そして第2回では、ことぶき町通り、そしてHOTEL HAYASHIYA付近にある畑中通りと、小野寺横丁の一角にある「美容まつのや」をご紹介いたします。
決して遠くはない地に凪が訪れることを祈りながら、今後の記事をお待ちください。(続く)
映画『凪待ち』は、2019年6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!
映画『凪待ち』のあらすじ
ギャンブル依存症を抱えながら、その人生をフラフラと過ごしていた木野本郁男(香取慎吾)。
彼は恋人の亜弓(西田尚美)が故郷である石巻に戻ることをきっかけに、ギャンブルから足を洗い、石巻で働き暮らすことを決心します。
郁男は亜弓やその娘・美波(恒松祐里)と共に石巻にある家へと向かいますが、そこには末期ガンを宣告されてからも漁師の仕事を続ける亜弓の父・勝美(吉澤健)が暮らしていました。
郁男は小野寺(リリー・フランキー)の紹介で印刷工の仕事を。亜弓は美容院を開業。美波は定時制の学校へ。それぞれが、石巻で新たな生活をスタートさせました。
けれども、郁男は仕事先の同僚に誘われたのがきっかけとなり、再びギャンブルに、それも違法なギャンブルに手を染めてしまいました。
やがて些細な揉め事から、美波は亜弓と衝突してしまい、家を出て行ってしまいます。
その後、夜になっても戻らない彼女を郁男と亜弓は探しに行くものの、二人はその車中で口論となってしまい、郁男は車から亜弓を降ろしてそのままどこかへと去ってしまいました。
そして、ある重大な事件が起こります…。