連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第4回
様々な理由から日本公開が見送られてしまう、傑作・怪作映画をスクリーンで体験できる劇場発の映画祭、「未体験ゾーンの映画たち」が2019年も実施されています。
ヒューマントラストシネマ渋谷で1月4日よりスタートした「未体験ゾーンの映画たち」2019では、貴重な映画が一挙に58本も上映されます。
第4弾として紹介するのは、南アフリカ映画『ザ・ナンバー』。
犯罪発生率の高い南アフリカの、劣悪な刑務所内を支配するギャング・グループの実態と、そこから抜け出そうと孤独な闘いを描いた、実話を基にした物語です。
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CONTENTS
映画『ザ・ナンバー』の作品情報
【公開】
2017年(南アフリカ映画)
【原題】
The Number
【監督】
カロ・マタバネ
【キャスト】
モツスィ・マッハーノ、プレスリー・チュエニヤハエ、デオン・ロッツ、ワーレン・メイスモラ
【作品概要】
南アフリカの刑務所を支配する、プリズン・ギャング「ナンバーズ」。その実態を描いたノンフィクションを基に、刑務所内を支配する暴力の実態をリアルな描写で描いた問題作。
アフリカ映画史上初のアカデミー外国語映画賞に輝いた『ツォツィ』のスラム街に生きる不良少年の一人を演じ、脚光を浴びたモツスィ・マッハーノ主演の作品です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ザ・ナンバー』のあらすじとネタバレ
南アフリカの刑務所内。囚人仲間から制裁を受ける男がいました。
そこに2人の若い男が入ってきました。牢の囚人たちは奇声を張り上げ、手荒く彼らを歓迎します。
護送の看守もそれを制止しません。
それどころか大柄の看守トゥリンは「新鮮な肉が入った」と揶揄しながら、彼らを数多くの囚人が詰め込まれた雑居房に入れます。
2人は囚人たちや所内のギャングたちに、値踏みされます。
牢名主に持ち込んだドラックを差し出した男には、「アイツは鉄砲玉に仕立てるか」。怯え切った大人しそうな男には「アイツは性処理用にするか」などと言われてしまいます。
この刑務所内では、“ナンバーズ”と呼ばれるいつかのギャングのグループに支配されていました。
その一つ「28」と呼ばれるグループに所属しているマガディンは、20年間に渡り組織で活動をし、その掟に従って生きてきました。
マガディンは刑務所の広場で「28」の幹部で“判事”と呼ばれる男と話していました。
“判事”はマガディンに、「28」内でお前は“治安判事”に昇格したと告げます。
そんなマガディンもまたギャングの幹部だったのです。
すると“判事”に一人の男が品物を賄賂として差し出します。ラフィクというその男は、刑務所内で闇取引を行うべく、「28」の庇護を求めて近づいていました。
その様なプリズン・ギャングの動きを、トゥリンら看守たちは見て見ぬふりをしています。
「28」の会合が開かれました。ここで組織の方針が決められます。
また会合で彼らは、グループ独自の号令や身振りを使って結束を高めていました。
囚人たちが見るテレビに、1993年のミス・アフリカの中継が流れていた日。マガディンは牢の中で大麻を吸います。
彼が幻覚を見ると、牢の中で自身が海に入る姿を見るのでした。
ギャングたちが支配する刑務所内も、時に看守達が暴力を持って権力を見せつけます。
牢に私物検査の際は囚人は裸にされ、逆らう者は容赦なく殴られます。普段ギャングの行動を黙認している看守のトゥリンも、この時は手加減しません。
また刑務所内には他の“ナンバーズ”も存在していました。「28」は、「26」と呼ばれるギャンググループと対立関係にあり、時に手製の武器を使った暴力沙汰も発生します。
ある夜、マガディンはあの大人しい新入りを脅しレイプします。ギャングが支配する牢内で、助けに入る者など存在しませんでした。
荒んだ牢内ですが、「28」の力でそれなりの秩序も保っています。賭博に興じる者、その傍らで掃除する者。
「28」は組織の力を増す為に、ラフィクの闇取引を認めるのでした。
そんなある日、マガディンら囚人らの前に新しい刑務所長ジェイコブスが現れます。
新たな責任者である彼は、この刑務所を改革する為に来たと宣言します。
ところが「28」のメンバーは、ここは俺達が仕切っていると逆に所長を脅し、グループ内の敬礼をパフォーマンスして、自らの力と団結を誇示するのでした。
しかしジェイコブス所長は、マガディンに接近してきます。
もう20年もギャングとして生きるマガディンですが、最初の逮捕は政治デモに参加した為でした。それ以前の彼は法律を学んでいたのです。
所長はギャングの幹部である彼を更生させることで、所内の改善を図ろうと考えている様でした。
しかし周囲の目もあり、それはマガディンには迷惑な行為でした。
マガディンはもう一人の新入りに、自分と組織への忠誠を誓わせます。彼は自分の力を誇示すべく看守のトゥリンを襲い、他の看守から袋叩きにされます。
この一件の罰としてマガディンらの牢のテレビが取り上げられます。それに反抗して囚人たちは火を付けて騒ぎ出します。この騒動でマガディンらは懲罰房に入れられました。
彼と面会した所長は「お前には息子がいるだろう、息子も君の様になってほしいのか?」と語りかけます。
ようやく懲罰房から戻ったマカディンを、「28」のメンバーは歌で讃え歓迎するのです。
そんなマカディンも妻子との面会で、妻から息子がギャング入った、と聞かされた時は動揺します。ギャングに入って抜け出す事は非常に困難と知っているからです。
組織への入り口は一つ、出口も一つ。出口は、死あるのみ。
しかしマガディンの周囲では暴力沙汰が続きます。「28」も持て余す事件を起こす者、厄介者の粛清…彼の手も血で汚れます。
ある夜息子が死ぬ夢を見たマガディン。意を決した彼は、所長に「息子には俺の様になって欲しくない」と告白します。
所長は、君は自分の体験を市民や囚人に話せ、君なら囚人達を説得できるはずだと、彼に協力を要請します。
一方所長の改革で商売がやりにくくなったラフィクは、「28」に対処を依頼します。
幹部たちは所長の殺害も検討しますが、マガディンはそれに反対します。代わりに「28」は所長を直接脅迫するのでした。
そんな殺伐とした刑務所内に、クラシック音楽が流れています。
音楽の流れる部屋を覗いたマガディンは、女の職員と共に何人かの囚人の姿を目撃します。中には涙を流す者もいました。
囚人には刑務所の指導の下で、更生しようとする者もいたのです。
所長と面会したマガディンは、自分の複雑な生い立ちについて語り、子供の頃の出来事に思いを巡らせます。
心境に変化が現れたマガディンは、かつてレイプした男に謝りますが、その声は相手に何の反応も引き起こしませんでした。
次の面会には妻しか現れませんでした。妻子の生活を何かと所長が手助けしてくれている様ですが、息子は父との面会を望んでいないと告げられます。
徐々に自分の過去と向き合い、更生しようとするマガディン。所長の計らいで牢にテレビが戻されましたが、歓喜して踊る囚人の輪に彼は加わりませんでした。
そんなある日、刑務所に法務大臣が視察に訪れる計画が伝えられます。所長はマガディンに法務大臣の前でスピーチする事を望みます。
一方所長に賄賂を申し出て拒まれ、ますます商売が出来なくなったラフィクは「28」に対処を依頼します。
所長への襲撃を妨害したマガディンはラフィクと対立し、幹部からの信頼を失っていきます。
幹部たちは所長を法務大臣の前で刺す事を計画しますが、マガディンは刑務所の環境が改善されている事を理由に反対します。
そんな彼に対して、「28」幹部の“判事”は組織内での降格を伝えます。
仮出所の日まで8か月を残すマガディンは、身の危険を所長に訴え、その計らいで独房に入れられます。
しかし独房での孤独な生活はストレスを生み、食事に異物を入れられるなど決して気は許せません。
そんな中でもマガディンは、所長と共に学校を訪問し、生徒達の前で悪の道に踏み入れない様に講演を行います。
しかし息子の学校を訪れた彼は、息子から会う事を拒まれてしまいます。
ある日、マガディンは看守から告げられます。ジェイコブス所長が異動になったと。
映画『ザ・ナンバー』の感想と評価
リアルな描写で描かれたプリズンもの
刑務所を舞台にした映画やドラマは、古今東西の国で多種多様に存在します。
脱獄物、ヒューマンドラマにコメディなど、ジャンルもいくつかに分けることはが可能。
本作はバイオレンス映画の舞台としても定番であり、『ザ・ナンバー』もそんな映画の一本です。
そこで描かれた暴力とは、刑務所内で幅を利かすギャング組織の実態。りアルに描かれた刑務所内の描写と相まって生々しいものがあります。
暴力描写も映画的な派手さを控えた、現実味のある物語は、本作は実話を基にものです。危険な刑務所ライフを体感させてくれる映画、として鑑賞して下さい。
取材に基づくノンフィクションを映画化
この映画は南アフリカの社会学者にして作家、ジョニー・スタインバークが2004年に発表した、同名のノンフィクションを原作にしています。
世間で何かと噂されても、中々正体の掴めない刑務所内のギャングの実態を、綿密な調査と取材を基に、研究者の視点で描いた原作は、世界的なベストセラーとなりました。
犯罪組織としてだけではなく、ギャングを独自の身振りや号令を持ち、歴史的・文化的にも結束した集団として描いているのは、研究者ならではの視点でしょう。
創作の世界ではイメージで描かれる事の多い刑務所内の描写ですが、本作はより実態に近いものを描いた映画の一本と評して良いのでしょう。
ままならぬ展開もリアルさ重視の結果?
刑務所内のギャングの支配の下での秩序、組織の方針で動く暴力、その中で繰り広げられる個々の力関係…こういった描写は他の刑務所映画に無い、鋭いものになっています。
一方で本作の上映時間は92分。主人公の更生と組織からの脱退の物語は、やや駆け足になっています。
この物語も重く胸を打ちますが、映画は彼に人生を描く事よりも、彼を軸に刑務所内の世界を描く事に重きを置いた結果と評して良いでしょう。
映画の主人公は幸いにも、組織からもギャングからも抜け出せましたが、果たして現実は?
まとめ
南アフリカの刑務所の、プリズン・ギャングを描いた映画『ザ・ナンバー』。その実態のリアルな描写にぜひご注目下さい。
特に犯罪関係の映画・小説、ノンフィクションに興味のある方には一見の価値がある作品です。
また映画の舞台は1993年。アパルトヘイト政策の撤廃は翌1994年。そういった歴史背景に注目して鑑賞する事も可能です。
無論、人生願わくば、おっかない人には関わらない方がいいかも、と思わせてせてくれる教育的効果もあります。
しかし本作に比べれば…ドラマ『プリズン・ブレイク』に出てくる連中は、実に単純で、楽しい人だったんですね。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は『ガタカ』『TIME タイム』の、アンドリュー・ニコル監督が描いた近未来SFサスペンス『ANON アノン』を紹介いたします。
お楽しみに。