連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第10回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、神仙が躍動する世界を描く作品など、様々な映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」、今年も全27作品を見破して紹介、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第10回で紹介するのは、漫画やアニメでもお馴染み「封神演義」の世界を映画化した『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』。
2021年まだ世界にコロナウィルス感染症の影響が残る中で、約8575億円の興行収入を記録し、世界最大の映画市場の実力を見せつけた中国映画界。
その売り上げの84%が国内映画というから驚きです。そんなメイド・イン・チャイナ映画の実力を証明するような、本格伝奇アクション映画を紹介します。
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CONTENTS
映画『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』の作品情報
【日本公開】
2022年(中国映画)
【原題】
封神榜 決戦万仙陣 / The First Myth Clash of Gods
【監督】
リー・ボオシュン
【キャスト】
リュウジュ・ジャン、ジュンジュン、サンムル・チャン、ポール・チェ、ヤンミン・ワン
【作品概要】
仙人や道士・妖怪が争いを繰り広げる、中国古典の神怪(神魔)小説を代表する作品「封神演義」の世界を、60億の製作費を投じて映画化した作品です。
監督は唐の詩人、李白を伝奇アクション映画の主人公にした『李白之天火燎原(Libai Hell-Fire)』(2019)のリー・ボオシュン。
『李白之天火燎原』のリュウジュ・ジャン、アイドルグループ”モーニング娘”に第8期留学生メンバーとして参加したジュンジュンらが出演。
『エボラ・シンドローム 悪魔の殺人ウィルス』(1996)や『インファナル・アフェアⅢ 終極無間』(2003)、『大樹は風を招く』(2016)に『SHOCK WAVE ショック ウェイブ 爆弾処理班』(2017)と、多数の映画に出演のヤンミン・ワンも共演しています。
映画『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』のあらすじとネタバレ
古代中国。商(殷)の国の王・紂王は暴政の限りを尽くし、民は苦しんでいました。それを阻止しようと周の国の武王が立ち上がります。
武王を支えるのは賢臣・太公望こと姜子牙(ヤンミン・ワン)。彼は闡教という仙道に通じた道士でした。
彼は武王と共に兵を率い、険しい岩山の上にある祭壇・封神台で、封神榜を使い共に戦う闡教の神仙を呼ぶ儀式を行います。
武王と彼の忠実な女武将、邓婵玉(ジュンジュン)が兵たちと共に見守る中、儀式は順調に進むかに見えました。
しかし姜子牙の傍らに立つ、闡教の道士の武将、黄天化は儀式を見守る怪しい影に気付きます。儀式は妨害され、周囲に怪しい風が吹きます。
そして封神台に鬼神・魔礼海、魔礼青、魔礼紅、魔礼寿が現れます。4人の鬼神を従えるのは、黒点虎と共に現れた紂王に仕える道士、申公豹でした。
姜子牙の弟弟子である申公豹は、封神榜を奪いに現れたのです。黄天化が立ち向かいますが、申公豹と鬼神の力に歯が立ちません。
武王が率いる軍勢は、鬼神が操る巨象に蹴散らさせます。混乱する戦場に姜子牙に呼ばれて現れる、半人半鳥の神仙・雷震子。
姜子牙は申公豹が封神榜を我が物にして、儀式を行わぬように雷震子に封神台を破壊させます。そして姜子牙の身を邓婵玉と黄天化が守りました。
2人は申公豹に負かされますが、その危機を雷震子が救います。雷を操る雷震子は申公豹に付き従う黒点虎を打ち払います。
そして雷震子は申公豹に挑みますが、彼の術で錯乱します。制御できずに発した強烈な雷は武王や姜子牙、そして多くの味方の兵士を吹き飛ばしました。
その隙に姜子牙から封神榜を奪い、申公豹は姿を消します。黄天化に封神榜を取り戻さねばならぬ、と叫ぶ姜子牙。
人の姿に戻った雷震子は、自分が傷付け倒した兵士たちの前に立ち尽くし、大声で叫びます。
こうして封神榜を巡る、人と神仙を巻き込んだ激しい戦いの幕が上がります…。
多くの死者や負傷者を出した武王の陣営に、神仙の武将・楊戬(サンムル・チャン)が姿を現します。
(楊戬は顕聖二郎真君と呼ばれる、中国ではポピュラーな道教の神。「封神演義」だけでなく「西遊記」にも登場します)
楊戬は姜子牙が俗世の人間の争いに、神仙を巻き込んだと黄天化に抗議します。楊戬に申公豹がもたらした惨劇を見せ、理解を求める黄天化。
申公豹に奪われた封神榜を取り返す必要を理解する楊戬ですが、俗世の仙人たちの力も借りて戦うと言う黄天化に、楊戬は人間の力を軽んじる態度を見せました。
火と風を放つ車輪、風火二輪に乗り自在に空を飛ぶ哪吒(リュウジュ・ジャン)も俗界に現れます。
(哪吒は道教の少年神で、中国仏教やヒンドゥー教にも現れます。この神も「西遊記」に登場し、日本のサブカルチャーでは「ナタク」の名で有名)
人の子である哪吒を祀る廟は、哪吒の父・李靖将軍が信仰を禁じたため荒れ果てていました。彼に民衆のために戦って欲しいと告げる姜子牙。
一方商の紂王は戦争や政治に関心を持たず、傾国の美女・妲己を寵愛する自堕落な生活に耽っていました。
雷震子は力を暴走させた自分が、多くの人々を傷付けた記憶に苦しんでいました。邓婵玉に厳しく迫られても、戦から逃げようとする雷震子。
申公豹は密かに、神仙界と俗界の支配者になろうと目論む、闡教と対立する仙道・截教の教主、通天教主(ポール・チェ)の元を訪れます。
封神榜を使って通天教主とその配下の封印を解き、彼の野望に協力する。その見返りに人の世界、俗界の支配者にしてもらう、それが申公豹の企みでした。
通天教主の災いを呼ぶ術で、武王陣営の兵士は次々疫病に倒れます。仲間の死を嘆き悲しむ兵の前で、非情にも疫病を防ごうと屍を焼き払う楊戬。
邓婵玉は神仙が本当に共に戦ってくれるのかと、武王に疑問を口にします。姜子牙の策に従い、神や仙人の力を借りて商の紂王を倒し、民に平穏をもたらすのが私の使命だ、と告げる武王。
姜子牙の元に共に戦う武将や神仙が集まりました。神仙が軍議に参加することに反対する邓婵玉を抑え、姜子牙は皆に申公豹はかつての夏の国の都、今は荒廃した斟鄩城にいると説明します。
今から500年前、商の前に中国を支配した夏王朝の傑王が暴政を働いた時、商の湯王と宰相・伊尹が天命を受け封神榜を使い、この地で傑王を倒したと語る姜子牙。
今まさに封印を破る儀式を行うに相応しい時期だ、と言葉を続けます。そして斟鄩城では申公豹が、封神榜の力を解放する儀式を行っていました。
楊戬と雷震子がその場所に現れます。しかし術を用いてたやすく雷震子を人の姿に戻した申公豹。
斬りかかる楊戬と互角に渡り合う申公豹は、雷震子を傷付けようとして駆け付けた哪吒に阻止されます。降伏しろと告げた哪吒を、申公豹はあざ笑います。
儀式は完了し神仙が降臨するはずでした。しかし何も現れず、封神榜に何も記されていないと気付く申公豹。その隙に哪吒は彼を倒しました。
すると地中から神仙の1人、土行孫が現れます。自在に地中を進むことが出来る土行孫は、意のままに操れる縄・捆仙縄を武器にする神仙です。
捆仙縄で申公豹を捕らえると姿を消す土行孫。はた迷惑な儀式をしたと申公豹を責めますが、追いついた哪吒と争いになりました。
そこに楊戬と、まともに変身できない雷震子もやって来ます。神仙と俗界の戦いよりも、金銀財宝にしか興味が無い土行孫と揉めますが、ともかく申公豹を捕らえた楊戬たち。
こうして申公豹は、姜子牙との前に引き出されます。顔をそろえた神仙たちに、封神榜の封印を解いて人々のために働いても、仙人たちを誰一人救う事にはならないとうそぶく申公豹。
報酬目当てに協力した土行孫は、共に行動すればさらに宝物が手に入ると仲間に加わりました。姜子牙は商の紂王を操る妲己には、何か狙いがあると説明します。
妲己と申公豹の狙いは、万仙陣を用意し六魂幡の術と封神榜を使い、天界に通じる門、通天門を開いて通天教主と、彼の截教を信仰する配下を俗界に呼び出すことだ。
これが実行されれば商の紂王に逆らう者は一掃され、民は暴政に苦しみ続けると語る姜子牙。
通天教主の強大な力を知る一同は驚愕します。土行孫は封神榜を持って逃げ出そうとして、姜子牙にたしなめられます。
哪吒は申公豹の力の源である杖を、破壊しようと試みますが無理でした。そこで強引に雷震子の力を取り戻そうと振る舞い、楊戬の怒りを買いました。
楊戬と哪吒は対立し、雷震子は自信を喪失していました。武王の命で民のために働く邓婵玉と、姜子牙の忠実な弟子の黄天化は、名誉より私欲でしか動かぬ神仙の土行孫を軽蔑します。
封神榜を巡る争いが神仙に災いをもたらすと悟った楊戬たちと、商王朝と申公豹の野望を阻止し、民を救いたいと望む姜子牙と邓婵玉の意見も衝突しました。
武王と姜子牙は俗世で仙術を学んでいる人々、仙人にも周の軍勢への参加を呼びかけていましたが、一行に参集する気配がありません。
悪に挑もうと集まった、神と人との信頼は崩れようとしていました。そんな周の武王の陣営に、何者かの影が迫りつつありました…。
映画『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』の感想と評価
古代中国史では、神話・伝説の時代に続いて夏王朝が誕生し、次いで登場したのが商(殷)王朝。それが周王朝に変わったのは紀元前12~11世紀頃と言われています。
商最後の皇帝・紂王(帝辛)は妲己を寵愛し、”酒池肉林”の言葉で知られる放蕩三昧にふけり、暴政の限りを尽くしました。
その紂王に挑んだのが周の武王。人材を望んだ彼はある日、釣りをしている老人に出会いその才能を知り、重臣として登用します。この呂尚こそ”太公望”と呼ばれる賢人でした。
太公望の力を借り、紂王打倒に立ち上がる武王に諸侯も従い、ついに商王朝が滅びるという話、大昔の事でどこまで真実でどこまで伝説やら、確かめようがありません。
しかし”酒池肉林”の言葉や”太公望”の名、そして傾国の美女・妲己の名は中国はむろん、日本でも有名です。
平安末期に上皇の寵愛を集め、武士が台頭する戦乱の原因を生んだ伝説の美女、玉藻前の前世は妲己、その正体は”九尾の狐”というお話は、妖怪ファンならずともご存じでしょう。
日本でもこの商(殷)代末期の、殷周革命の時代を舞台にした様々な物語は、昔から文学や芸能の世界の題材になっています。
その原典は中国で誕生した、殷周革命の際に仙人や道士、妖怪が人界と仙界で戦いを繰り広げたという伝説、民間伝承でした。
この伝説は中国では宗教文化・民間信仰、そして文化・芸能に大きな影響を与えています。やがてこの物語は、明の時代に「封神演義」という小説として完成します。
封神演義の世界を大胆にアレンジ
中国の歴史の中で語り継がれた「封神演義」の世界。”太公望”=呂尚は姜子牙という名の、闡教という仙道の道士に姿を変えました。
闡教は人間出身の仙人・道士が信奉する仙道で、対する通天教主は動物・植物など森羅万象の様々な物が、神仙となり信奉する截教の教主です。
人間界の殷周革命を機に闡教と截教の神仙が争う。この闘争には戦死する運命を持つ365名の仙ならざる仙、人ならざる人を神に封じる、天帝の狙いがありました。
この365名の神となる者のリストを記した巻物が”封神榜”、この天帝が望む封神を達成し、商を倒し周王朝の天下を作る使命を負ったのが姜子牙です。
以上の説明について来て頂けましたか?マンガやアニメやゲームで「封神演義」をご存じの方には、お馴染みの設定だったかもしれません。
この物語は、同じ未体験ゾーンの映画たち2022上映作『超 西遊記』で解説した「西遊記」と同じく、スケールの大きなファンタジー小説として、ほぼ同時代に成立しました。
科挙の合格を目指す書生などが活躍した文化的に豊かな時代に、今風に言えばオタクたちが加筆・二次創作を加えた果てに誕生したのが「封神演義」。
史実伝奇ごちゃまぜの多くの登場人物が活躍する、とんでもない情報量を持つ痛快な物語になるわけです。
本作で活躍するヒーローたちも、古来より民間で信仰される神様もいれば、数奇な運命で超人的能力を得た者、努力して仙道を極めた者もいます。
これは神様や人間がヒーローとして共闘する、まさにマーベルコミックのキャラクターと同じでは?そんな視点で描いたのが、紹介した作品『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』です。
中国古典の英雄たちはマーベルヒーロー?
戦場のリーダー格、楊戬はキャ○テン・アメリカ的な立ち位置です。でも額からビームを出すのは、ヴィ○ョンの姿に似ています。空飛ぶ哪吒は少年版のアイ○ンマンでしょうか?
変身し能力を暴走させる雷震子は明らかにハ○ク、ですがマイティ・○ーのように雷を操ります。
人間属性が強めの邓婵玉はブ○ック・ウィドウ、黄天化はホー○アイ的な立ち位置でしょうか。
コミカルな役回りで縄を操る土行孫はス○イダーマン、でも身長的にはピーター・ディンクレイジが演じたキャラクター…それは無いですね。
超人たちのまとめ役、姜子牙はXー○ンの、プ○フェッサーXでしょうか…と、当てはめる作業が非常に楽しい作品です。
勝手に妄想するな!、と怒られそうですが、本作は『アベンジャーズ』(2012)のプロットそのもので、類似シーンも多数存在します。ならば申公豹は役回りから○キで確定ですね。
そしてどこかで目撃したような、ヒーロー集合ドヤ顔シーンまでありますから、思わず笑ってしまいました。
ハリウッドの大作マーベル映画を意識し、その映像世界を「封神演義」を題材に、同等の映画として完成させたのが『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』です。
まとめ
現在多数の中国古典を題材にした、伝奇・ファンタジー映画が作られる中国映画界。
その中でも、とりわけマーベル映画を意識し、多くの製作費を投入して誕生した作品が『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』です。
その意気とスケールには圧倒されますが、「さすがにマーベル映画に似せ過ぎでは?」という声も多数上がったのも事実。
中国の観客もハリウッド映画の再現ではなく、独自性を持つ自国の大作映画を望んでいるように思われます。世界一の映画大国となった、中国映画界のエンタメ作品はそこまで成長し、成熟を遂げたのでしょう。
そもそもマーベル作品的世界観をもつ物語を、92分で描くのは何とも豪快。「封神演義」の改変ダイジェスト版、といった映画です。
知らない人には怒涛の展開、あらすじ紹介ではそんな部分を理解して頂けるよう心掛けましたが…いかがでしょうか?
映画化にあたり、各キャラクターは原典より人間的属性が強まり、共感しやすい葛藤を持つ存在に改変され、馴染みやすい物語になっています。
封神榜を始め、登場する様々なアイテムも設定を変え、初見の方にも理解しやすい存在になりました。
一方で中国で人気の神様・哪吒の描き方や、原典でも色々描かれている土行孫をこう描き、邓婵玉との関係性はこんな形でストーリーに組み込んだ…など、中国文化や「封神演義」ファンなら興味の尽きない作品です。
でもやはり、一番楽しい鑑賞法はマーベル映画と比較して、ツッコミを入れながらご覧になることでしょう。
そして笑っている間に、「あれ、マーベル・シネマティック・ユニバースの世界って、中国の古典小説の中に存在してる」「それは昔、オタクな人たちが作り上げた物語だ」、と気付かせてくれる映画です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回の第11回は細くて狭い、謎の殺人迷路から脱出なるか!SF不条理ワンシチュエーション映画『TUBE チューブ 死の脱出』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)