連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第24回(最終回)
さまざまな理由から日本公開が見送られていた映画を紹介する、恒例となった上映企画”未体験ゾーンの映画たち”。今年は「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】」が追加で実施され、さらに23本の上映作品が紹介されました。
さて、コロナ禍に翻弄された世界の映画業界。今回実施された「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】」の印象は、普段より有名俳優出演率が高く、普段以上に意外な国の佳作が紹介された感があります。
そんな「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】」の全23作品を見届け、独断と偏見で選んだベスト5を発表します。…様々な意味で実にユニークな作品でした。
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CONTENTS
第5位『ロード・インフェルノ』
誰もが身近に感じる題材を扱った、2019年オランダNo.1交通ホラ-
【日本公開】
2020年(オランダ映画)
【原題】
Bumperkleef / Tailgate
【監督・脚本】
ルドウィック・クラインス
【キャスト】
ユルン・スピッツエンベルハー、アニエック・フェイファー、ウィレム・デ・ウルフ
【作品概要】
交通トラブルから、つい煽ってしまった相手が余りにも危険な奴だった!一転追われる身となった一家の恐怖を描くサイコホラー映画。監督はオランダ映画テレビアカデミー(NFTA)で学び映画祭で評価され、TV・映画で活躍するルドウィック・クラインスです。
主演は『ナチスの犬』(2012)で、占領下のオランダで、ナチスに協力しながらも、ユダヤ人を救おうとした人物を演じたユルン・スピッツエンベルハー。
その妻を『サイレントナイト』(2006)、『ロストID』(2012)のアニエック・フェイファー、彼らをつけ狙う男を、オランダでは舞台を中心に活躍する実力俳優ウィレム・デ・ウルフが演じました。
【鑑賞おすすめポイント】
煽り運転男vsルール順守の正論オジサン(しかもサイコな危険人物)!実にタイムリーに感じられる題材を取り扱った、見る者を神経衰弱状態に追い込む、実に怖いホラー映画です。
イライラが徐々にエスカレートして、つい取り返しのつかない相手を怒らせてしまった…。誰もが経験しかねないトラブルの最悪の形で、ハイスピードな展開で見せてくれます。
この映画の一番恐ろしい点は、奥さんや可愛い娘さん、歳をとった両親や警察に弱みを見せたくない、けれども実は小心者の男に過ぎない主人公が、その虚飾を丸裸にされて家族の前に晒してしまう事です。
これぞ世の男性にとって一番の恐怖。この姿を描いているからこそ、映画の恐怖を他人事ではなく、我が身に置き換えて実感できるのでしょう。
人間、変なところで意地を張ってはいけません。それでもストレスだらけの現代人は…、というまさにモダンホラー的恐怖を描いた逸品。日々の生活に潜むトラブルの種は、日本もオランダも変わりありません。
第4位『キラーソファ』
“モノボケ”ホラーの楽しさを教えてくれる、愛すべきオカルト映画
【日本公開】
2020年(ニュージーランド映画)
【原題】
Killer Sofa
【監督・脚本・撮影・編集・製作】
バーニー・ラオ
【キャスト】
ピイミオ・メイ、ジェド・ブロフィー、ナタリー・モリス、ジム・バルタクセ
【作品概要】
ソファが見つめる、動く、襲う!よく大人が思いついたなぁ、という馬鹿馬鹿しい恐怖を、大真面目に映像化したホラー・コメディ映画。監督は数多くの短編映画を自ら製作し、実績を重ねているニュージーランドの新鋭・バーニー・ラオです。
主人公はもちろん大活躍するソファ。監督が発掘した新鋭女優ピイミオ・メイを主演に、仲間たちと作り上げた低予算ホラー映画は、奇抜な設定と愛らしい殺人ソファの姿で、世界のホラー映画ファンの注目を集めました。
【鑑賞おすすめポイント】
様々な珍作・怪作を生んできた”モノボケ”ホラー映画の世界。その歴史と伝統(?)を引き継いだ本作は、馬鹿馬鹿しさに溢れた描写の数々で、見る者を大いに楽しませてくれます。
しかし。いわゆる”お馬鹿映画”と思ってみた人は、真面目な謎解き展開や、しっかり用意されたオカルト設定に意外な印象を受けるでしょう。
今後も映画の世界での活躍を目指す、バーニー・ラオ監督が色々盛り込んだ渾身の作品。つぶらな瞳で縦横無尽に活躍するソファ君も、世界にアピールするために生み出されたキャラなのです。
次世代のクリエイターを生み出すためなら、”お馬鹿映画”だろうが何だろうが製作を応援してくれるニュージーランド映画界。
『バッド・テイスト』(1987)や『ブレインデッド』(1992)という血まみれスプラッター映画が、巨匠ピーター・ジャクソン監督を生んだように、また新たな才能がニュージーランドから誕生するのでしょうか。
第3位『フォートレス・ダウン 要塞都市攻防戦』
将に「未体験ゾーンの映画」!世界から黙殺されている映画が登場
【日本公開】
2020年(シリア映画)
【原題】
Ji Bo Azadiye / The End Will Be Spectacular
【監督・脚本】
エルシン・チェリック
【キャスト】
アリホン・ベイサル、デリル・パーラン
【作品概要】
隣国シリアの内戦激化の影響を受け、2015年7月から発生したクルド人勢力とトルコ治安部隊との戦いを、12月から始まった”ディヤルバクルの包囲戦”を元に描いた、クルド人の窮状を世界に訴える目的で作られた戦争映画です。
監督はトルコ出身のジャーナリストで、何度も逮捕された経験を持つエルシン・チェリック。彼がシリアの都市コバニで、多くのクルド人たちの支援を得て完成させた力作です。
出演者は地元の住人、そして戦場で実際に闘った人々です。多くの人々の協力を得て、困難の中完成したこの作品は、当事者にしか描けないリアルかつ壮絶な市街戦を、画面の中に再現しました。
【鑑賞おすすめポイント】
戦争映画やアクション映画ファンは、本作の想像以上にリアルな市街戦の姿に驚くでしょう。この迫力あるシーンを見るだけでも十分価値があるというものです。
確かに本作は、クルド人の視点で描かれた作品であり、プロパガンダ的な性格を持つ作品です。しかし安全な場所から都合の良いことを、無責任かつセンセーショナルに叫んでいる映画ではありません。
本作全体に漂う冷静かつ客観的な視点は、本物のジャーナリストであるエルシン・チェリック監督の姿勢と、撮影に参加した人々の安全に関わる、当局を下手に刺激できない状況下という、困難な制作環境が生んだと評すべきです。
本当に危険な環境から声を上げる者は、声を上げるにも言葉を選んで伝えねばならない、そんな過酷な現実を教えてくれました。
こうして作られたクルド人映画である本作は、世界の様々な映画がネットで鑑賞できる現代であっても、多くの国や地域で見ることが出来ない映画となっています。
様々な勢力から弾圧され、世界から無視される人々が、声を上げる行為とはどういうことなのか。それに対して果たして世界は耳を傾けるのか。本作の制作環境や完成後の扱いが、様々な事実を教えてくれました…。
第2位『VETERAN ヴェテラン』
B級アクション映画ファン必見!ジジイvsジャンキーの壮絶バトル
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
VFW
【監督】
ジョー・ベゴス
【キャスト】
スティーヴン・ラング、ウィリアム・サドラー、マーティン・コーブ、デビッド・パトリック・ケリー、シエラ・マコーミック、ジョージ・ウェント、トム・ウィリアムソン、トラビス・ハマー、フレッド・ウィリアムソン
【作品概要】
酒場に集う戦場帰りの老いた退役軍人が、ヤバい犯罪者集団との壮絶な攻防劇を繰り広げる、”打撃・粉砕系”バイオレンス・アクション映画。
SFホラー映画『人間まがい』(2013)と『マインズ・アイ』(2015)の、過激なゴアシーンで世界のファンから熱く支持されている、ジョー・ベゴス監督作品です。
主演は『ドント・ブリーズ』(2016)の危ないジジイに、『アバター』(2009)の戦争狂傭兵隊長を演じたスティーヴン・ラングら、実に貫禄ある面々。
本作には2019年ブルックリン・ホラー映画祭で観客賞並びに、この過激なジイさんたちを演じた俳優たち全員に対し、最優秀男優賞が贈られています。
【鑑賞おすすめポイント】
SFホラー系の映画を、仲間というべき俳優やスタッフたちと作り続けてきたジョー・ベゴス監督。彼が伝説のB級アクション映画俳優総出演で描く、従来の作品のスケールを超えた肉弾バトル映画の登場です。
ジジイたちの顔触れは将に『エクスペンダブルズ』(2010)の補欠か2軍メンバー、本物の”消耗品部隊”と呼ぶべき熱い顔触れ。
ウィリアム・サドラー、マーティン・コーブ、デビッド・パトリック・ケリー、そしてフレッド・ウィリアムソンら、様々な名作・珍作・怪作に爪痕を残した濃い面々です。これを機会に70~80年代アクション映画を振り返りましょう。
この面々がパンクな雰囲気漂うジャンキー軍団を相手に、西部劇の『リオ・ブラボー』(1959)や、その影響を受けた『要塞警察』(1976)の如き孤立した状況で、孤立無援の一大血戦を繰り広げます。
襲い来るジャンキー軍団にはベゴス監督の常連俳優たちが参加、ファンはその顔触れに注目してください。
監督ならではのバイオレンス描写は健在。過激で血沸き肉躍るアクション映画が大好きな人物なら、テンションが上がること必至の作品。そんな映画が大好きなら、見逃す手はありません。
第1位『デスマッチ 檻の中の拳闘』
アメリカの白人貧困層を取り巻く壮絶な環境を描く、格闘映画の姿を借りた寓話
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
Donnybrook
【監督・脚本】
ティム・サットン
【キャスト】
ジェイミー・ベル、フランク・グリロ、マーガレット・クアリー、ジェームズ・バッジ・デール
【作品概要】
アメリカの作家、フランク・ベルの暴力小説「Donnybrook」を映画化した作品。
バットマンの悪役ジョーカーに影響を受けた男が、2012年に『ダークナイト ライジング』(2012)を上映中の映画館で銃を乱射、70名が死傷した事件を元にした映画、『Dark Night』(2016)のティム・サットンが監督しました。
商業映画として扱いにくい事件や、それに関わった人々の姿を、あえて描こうとする意欲的な姿勢は本作でも健在。インディーズ映画の異端児と呼ばれる、サットン監督作品の魅力に溢れる作品です。
『リトル・ダンサー』(2000)でデビュー後様々な映画に出演、『ロケットマン』(2019)や『SKIN/スキン』(2019)では実在の個性的な人物を演じたジェイミー・ベル。
そして悪役・脇役だけでなく、今や『パージ:アナーキー』(2014)や『パージ:大統領令』(2016)など、主役も務めるようになったフランク・グリロが、W主演を務めた格闘映画です。
【鑑賞おすすめポイント】
格差社会と呼ばれ、社会の分断が進んでいるとされる現在。それを反映するかのように、2019年は『ジョーカー』、『パラサイト 半地下の家族』といった映画が大きな話題となりました。
この2作は弱者が強者に反撃するお話。しかし現実の世では成功を求め、弱者が弱者と争っているのではないか。
そして保守的・右派とされる人々は、誠実な弱者であっても、日の当たらない存在になっているのではないか。そんな風潮に一石を投じる作品です。
さらに全編に流れる殺伐とした雰囲気は、アメリカ社会のあらゆる部分に潜む暴力性をあぶり出しています。
本作に格闘サクセスストーリーを期待した人は、その凄惨な内容に打ちのめされ、不快感すら覚えるでしょう。しかし同時に何か凄い、胸に迫る映画を見たという衝撃を覚えるでしょう。
絶望に満ちた寓話の果てに主人公が掴んだものは何か。その先に何があるのかを考えると、『ジョーカー』や『パラサイト 半地下の家族』が、希望あふれるファンタジー映画に思えるほど、凄みのある作品です。
鬱な気分になりつつ、自らの体ににアドレナリンを充満させたい方必見の、絶望のサクセスストーリーです。
まとめ
シネマダイバーの増田健がセレクトした、「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】」ベスト5はいかがでしたか。
紹介した5本を振り返るとB級映画の定番といった作品と共に、現代社会の埋もれた部分を描いた力作があると、お判り頂けたと思います。
今回紹介された23本には扱いにくいテーマを秘めた、何とも宣伝しにくい、でも間違いなく力作といった映画が他にもありましたこういった映画を世に出す手段として、「未体験ゾーンの映画たち」のようなパッケージ化は有効といえるでしょう。
コロナウイルスの影響で、気軽に映画館に行けなくなってしまった現在。しかし宣伝の難しい作品やジャンル映画、怪作や珍作を含むB級映画が大作映画と対等に、ネット空間で世界を相手に扱われる、そんな時代が近づいているのかもしれません。
そうなれば映画祭や映画館で作品を公開する行為が、今までと違った意義や宣伝価値を持つ時代がやって来るのかもしれません。
映画と映画館が新たな形で共存できる道を模索する、試行錯誤の時代を迎えたと実感しています。
そしてどんな映画でも深堀りすると、新たな側面が見えてくるもの。世界中で大量の映画が作られ、消費され埋もれてゆく時代ですが、何かが気になった作品を、時には見つめ直す意味も再確認させてもらいました。
「未体験ゾーンの映画たち」に限らず様々な映画の中から、何か自分に引っかかった作品を見つけてください。その疑問を解消する手助けが、このcinemarcheに出来るかもしれません。
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