連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第5回
劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、1月3日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷で絶賛開催中。2月7日(金)からはシネ・リーブル梅田で実施、一部上映作品は青山シアターで、期間限定でオンライン上映されます。
前年は「未体験ゾーンの映画たち2019」の全58作品のすべてを見破し、紹介させて頂きました。
今年も無謀に挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第5回で紹介するのは、伝説のホラー映画をリメイクした『ジェイコブス・ラダー』。
1990年に製作された、エイドリアン・ライン監督の『ジェイコブス・ラダー』。大胆な設定と何が現実か判らなくなるストーリーに、ホラーゲーム『サイレント・ヒル』に影響を与えた斬新なクリチャー描写。はたまた『ホーム・アローン』でブレイク直前のマコーレー・カルキンの出演など、今も話題の尽きない、カルト的人気を誇る作品です。
2013年リメイク版の製作始動が報じられましたが、様々な紆余曲折を経て、今回上映される作品として完成しました。
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CONTENTS
映画『ジェイコブス・ラダー』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Jacob’s Ladder
【監督】
デビッド・M・ローゼンタール
【キャスト】
マイケル・イーリー、ジェシー・ウィリアムズ、ジョセフ・シコラ、ニコール・ベハーリー、ガイ・バーネット、カーラ・ソウザ
【作品概要】
ある日見知らぬ男から、信じがたいの事実告げられたジェイコブ。その日から彼をとりまく世界は一変します。伝説的カルト映画をリメイクした、恐怖のサイコ・スリラー。ストーカー男の恐怖を描いた、「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2016」上映作『パーフェクト・ガイ』の監督のデビッド・M・ローゼンタール、主演のマイケル・イーリーが再びタッグを組んだ作品です。
主人公を取り巻く重要な存在の2人の女を、ドラマ『スリーピー・ホロウ』のニコール・ベハーリー、ドラマ『殺人を無罪にする方法』のカーラ・ソウザが演じています。ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『ジェイコブス・ラダー』のあらすじとネタバレ
夜の大都会を歩く1人の男。何かを踏みつぶした彼には、それが仕掛け爆弾に見えました。低空を飛ぶヘリコプターに銃声、彼は戦場の記憶のフラッシュバックに襲われます。
細い路地に逃げ込み、震える手でポケットから薬の小瓶を取り出して中身を飲む男。落ち着きを取り戻しますが、突然何者かに首を絞められます。それも幻覚でしょうか、男は口から泡を吹き意識を失います。その体を2人の男が、引きずって運んで行きます。
砂漠の中の基地にいる軍医のジェイコブ(マイケル・イーリー)。ビデオ通話で妻のサマンサ(ニコール・ベハーリー)から妊娠したの連絡を受け、彼は喜びます。
通話は途切れ、医務室に呼ばれた彼は、運び込まれた負傷兵の救命を行います。顔を包帯で覆われた負傷兵を見て、ジェイコブは気付きます。見覚えのある腕のタトゥー、認識票…目の前に横たわっているのは、兄のアイザック(ジェシー・ウィリアムズ)でした。
手術中の医師、ジェイコブは看護婦の声で我に返ります。手術中にあの出来事の記憶に襲われましたが、気を取り直し患者を処置し、看護婦の心配をよそに平静を装います。
帰宅したジェイコブは、妻のサマンサと赤ん坊のガブリエルと幸せな時間を過ごします。眠りについた彼は戦場の悪夢に目覚めます。心配する妻に、夢を見ただけだと告げるジェイコブ。
疲れた顔のジェイコブは、枕元に置いた腕時計を手に取ります。その裏側には“ジェイコブへ、愛を込めて”との、サマンサからのメッセージが刻まれていました。
勤務先のアトランタ退役軍人病院でジェイコブは、薬剤師のホフマン(ガイ・バーネット)と言葉を交わし、彼から薬を受け取ります。
その病院の待合室で、1人の男が発作を起こし泡を吹いて倒れます。ジェイコブは直ちに救命処置を行いますが、ストレッチャーに乗せる時に、男のポケットから薬の小瓶が落ちます。その男に腕を掴まれ、いきなり自分の名を呼ばれたジェイコブは驚きます。
雨の中歩く彼を、みすぼらしい姿の男が呼びとめます。ジェイコブの名を知っていた男は、戦死した兄のアイザックと同じ部隊にいた、ポール(ジョセフ・シコラ)だと名乗ります。
ポールはジェイコブに、アイザックはアトランタにいると信じがたい話を告げます。詳しく話を聞こうとすると、何者かに聞かれている、油断できないと言い走り去るポール。
ジェイコブはカウンセリングを受けている、精神科医のヒメルマンと話していました。死んだ兄との関係を聞かれた彼は、不仲ではなかったが、複雑な関係だと答えます。妻のサマンサは、かつて兄と付き合っていました。
ホフマンの誘いを断り、帰宅するジェイコブは地下鉄の駅へと向かいます、長いエスカレータを下り、地下鉄に乗ったジェイコブ。車内の広告には、“我々の見る物は、夢の中の夢にすぎない”と描かれていました。
汚れた姿の、老いたホームレスが眠る傍のドアから、列車を降りたジェイコブ。彼がふと振り返ると、ホームレスの姿はありませんでした。
花束を買い自宅に向かい彼は、何者かの視線を感じます。そして自宅の扉は開いていました。侵入者がいると感じた彼は、バットを手に家に入ります。部屋に2人の男が潜んでいました。1人を殴り倒すと、もう1人は何も喋るなと言い残し、窓から逃げ去ります。
意識を失った男をトランクに入れ、ジェイコブは車で警察に向かいますが、到着するとトランクの中は空でした。そこにポールが現れた時、何もしゃべるな、との声が聞こえました。
またしても兄アイザックはこの町にいる、と話すポール。彼は戦争で精神をやられ、映画の様に戦場の出来事が目前で繰り返し再生されている、と語ります。
線路の先に地下に通じる通路があり、そこに自分のような人間が多数潜んで暮らしている。その中にアイザックの姿を見た、地下鉄のホームでそう告げるポール。
警察に話そうというジェイコブを、ポールは警察も仲間だ、と言って止めます。政府は自分たちのような心を病んだ帰還兵に、HDAという危険なドラックを支給している。
自分やアイザックを救ってくれと言ったポールは、駆け寄った老婆に線路へ突き落とされ、地下鉄に轢かれます。しかし周囲の人は何の反応も見せません。
警察で線路に人が転落した、と話すジェイコブ。しかし警察は死体は見つかっていない、と動く姿勢を見せません。その態度に怒ったジェイコブは警察を後にします。
地下鉄のホームに戻ったジェイコブは、意を決し線路に降ります。ポールに言われた方向に進むと、地下へとつながる扉がありました。
そこには無数のホームレスおり、中には怪しい動きをする者もいます。そこの住人から例のドラッグ、HDAをせがまれるジェイコブ。そして彼は住人の中に、ついに兄アイザックの姿を見つけます。兄を連れ地上に向かう彼を、フード姿の2人が追ってきます。
追手から逃れ自宅に戻ったジェイコブ。生きていた兄の姿に、妻のサマンサも驚きを隠せません。抱き合う兄と妻を、ジェイコブは優しく見つめます。
身なりを整え食事を与えられたアイザックとサマンサは、複雑な視線を交わします。ジェイコブは兄に話しかけますが、アイザックは自分は戦場では意義ある人間だったが、今は邪魔者にすぎないと話します。
突然発作を起こし倒れるアイザック。高熱を発した兄をジェイコブは妻と共に、氷水をはった浴槽に沈め、体を冷やします。
眠りについたアイザックは、幼い頃ジェイコブと共に遊んだ、麦畑の中にいる夢をみていました。そこはかつて2人が共に遊んだ、祖父の農場でした。
アイザックの元に現れたジェイコブは兄から夢に見た、昔2人で遊んだ農場について聞かされ、兄弟は懐かしい思いに浸ります。もう自分の家は無くなった、と呟くアイザックに、ここが兄さんの家だと語りかけるジェイコブ。
再び眠ったアイザック。ジェイコブは兄の服から例の薬、HDAの小瓶を見つけます。
兄を救う助けを求め、休業中のヒメルマン医師を訪ねたジェイコブ。先を急ぐ彼はジェイコブの話を信用しません。アイザックは中東で負傷し、ドイツの病院に搬送される途中で死んだと以前話してくれた、精神科医のヒメルマンは指摘します。
しかしその後ジェイコブが見たのは兄の棺だけ。何か手違いがあったのかもしれません。彼が医師に兄の幻覚や幻聴の症状を伝えると、ヒメルマンは診察を約束します。
兄は幻覚で悪魔を見ると語るジェイコブに、医師は悪魔はその人が、最も執着している物の姿で現れると語ります。神学者エックハルトの言葉を引用し、死を受け入れれば悪魔は天使に姿を変え、その人を解放すると語るヒメルマン。
病院の暗い廊下を歩くジェイコブは、見知らぬ男から例のものをよこせと脅されます。男をなだめ、空いた病室に案内しますが、彼がふと目を離すと男は姿を消し、天井に貼りついていた悪魔のような何かが、ジェイコブを襲って逃げ去ります。
後を追って廊下に出たジェイコブですが、それは姿を消していました。通りがかった医師もまた、何も見ていませんでした。
彼は薬剤師のホフマンを訪ね、兄が持っていた薬の小瓶を見せます。やはりHDAでした。ジェイコブは彼に薬の正体や出どころを調べるよう依頼し、承知したホフマンはこの件は。、誰にも話さないように口止めします。
街を歩くジェイコブに、通りに立つ女アニー(カーラ・ソウザ)がいきなり挑発的に迫ってきます。振りほどいて逃げるジェイコブに、彼女はアレがあるのに、と呟きます。
雨の中歩くジェイコブは、突如1台の車に追われます。追い詰められ跳ねられた彼は、車の中から現れた男に銃を突きつけられ、喋るなと脅されます。人が現れて叫ぶと、男は車に乗り走り去ります。警察に通報する事なく、家に向かうジェイコブ。
帰宅するとアイザックが、妻とガブルエルと仲良く過ごしていました。その姿を見て怒りに駆られたジェイコブは兄に、HDAについて説明しろ、乳児がいる家にドラッグの持ち込むことは許さない、と強く迫ります。
アイザックは理解ある姿勢を示しますが、夫の態度をサマンサがとがめます。ドラックに関係したと思われる2人の男が侵入した、と説明するジェイコブに、妻は今まで侵入者について秘密にしていた事を、逆に非難します。
サマンサは子を守り夫といったん距離を置く為に、子供と共に家を出ます。その車を見送ったジェイコブの前で、アイザックは逃げるように走り去ります。
姿を消したアイザックを探しに、再度地下鉄の奥にあるホームレスのたまり場に向かいます。そこにいた兄は薬を使おうとしていました。それを止めさせるジェイコブ。
アイザックは戦場で、自分の指揮し失敗に終わった作戦を語ります。高地で肉体に負担がかかる中、強行した作戦は敵の待ち伏せに遭いました。その記憶が兄を苦しめていました。
ジェイコブは自分たちを、不気味な形相の老婆が見つめていると気付きます。彼が追うと老婆は走り去ります。老婆を追って線路を走るジェイコブ。しかし彼女は姿を消します。恐ろしい顔の老婆が運ぶストレッチャーの上に、なぜか傷付いた顔のジェイコブがいます。
目覚めた彼の目前に、優しい光につつまれた妻と子の姿が見えます。安心感に包まれるジェイコブ。しかし彼を呼ぶ妻の声は、ヒメルマン医師の声にかわります。
医師によびかけられ目覚めたジェイコブ。部屋にはサマンサとアイザックの姿もあります。頭を強打して倒れたジェイコブをヒメルマンが診察し、今彼は目覚めたのです。彼は兄にどこへ行った、と訊ねますが、兄は姿を消したのはお前だと答えます。
まだ頭痛の残るジェイコブに電話がかかってきます。それはホフマンからのものでした。
映画『ジェイコブス・ラダー』の感想と評価
参考映像:オリジナル作『ジェイコブス・ラダー』(1990)
本作を見て、1990年のティム・ロビンスが主演したオリジナルの『ジェイコブス・ラダー』をご存知の方は、間違いなく“何か違う感”を抱いたでしょう。
オリジナルのジェイコブは、ベトナム戦争に従軍したティム・ロビンス演じる人物。異様な体験の原因として、従軍中に使用した戦意高揚剤(ドラック)や、戦場で使用された幻覚剤(枯葉剤を示唆?)を匂わせますが、全ては戦死した男が最期に見た走馬燈、と解釈できます。
一方本作の体験の原因は、ストレートに解釈すれば帰還した後PTSD(心的外傷後ストレス障害)から逃れるために、使用したドラッグとされました。戦場から帰ってきてからの物語となる訳ですから、オリジナルと前提条件が異なります。
オリジナルに似せた映像表現も数多く用意されてますが、この設定の違い、そしてドラックを生んだ黒幕の存在の有無が、本作とオリジナルの印象を大きく異なるものにしています。
企画から完成まで時間を要した本作は、脚本も別の人物の手で書き直される経緯をたどりました。しかし当初から、この映画はオリジナル公開当時とは変わった、アメリカ人の戦争体験を反映した物語にする事を目指していました。
対テロ戦争以降、多くの帰還兵がPTSDを抱え、ドラックに溺れ身を持ち崩している事実が、大きな社会問題となっているアメリカ。新たに作られた『ジェイコブズ・ラダー』が、この様な設定になった事情は良く理解できます。
旧作の呪縛からの解放⁉︎
ストレートに解釈すれば、と紹介しましたが、少し深読みしてみましょう。ある意味ネタバレですのでご注意下さい。
映画の中盤で突然、ストレッチャーに乗ったジェイコブが登場します。それはラストの姿と同じです。そして彼は当初、兄は戦死したと信じていました。
するとこの物語は全て、戦場で負傷しストレッチャーに乗せられた男が最期に見た走馬燈である、旧作と同じ設定であるとも解釈可能です。オリジナルのファンはお喜び下さい。
しかし結果として2つの解釈が並立する、そしてどちらとも取れるエピソードの積み重ねが、鑑賞者に居心地の悪い感想を抱かせる結果ともなりました。
バーチャルやパラレルな世界、心象風景など仮想世界を映像化する作品が増え、現在その手法は広く認知される物になりました。
あえて本作を、何が現実で何が幻想であったかを明確に描いた、『オープン・ユア・アイズ』あるいは米リメイク版の『バニラ・スカイ』の様なスタイルで作っても面白かったのでは、それが時代にあったスタイルでは、という印象を抱きました。
何にせよこれが走馬燈であるなら、新旧とも実に凄い演出・構成力ですね、ジェイコブさん。
まとめ
名作映画のリメイクというだけで評価の点数が辛くなる、そんな煉獄で“ジェイコブズ・ラダー”を求め、さまよっていたのは、この映画そのものかもしれません。
映画が企画されてから紆余曲折、時間が経過し脚本家も変わる中、最終的に完成した映画の中に、様々な人物の意志を感じ取ることができます。
多くの方に“何か違う感”を抱かせた物の正体は、関わった人々の創意工夫の結果を感じれば、不思議に愛着も湧いてきます。この映画を悪魔の顔で見つめるか、はたまた天使の顔で見守るかは、皆様のお心もち次第です。
さて、この映画に登場する“ジェイコブズ・ラダー”、旧約聖書に書かれた“ヤコブの梯子”は、「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品『エスケイプ・ゲーム』にも、重要なモチーフとして登場します。ぜひ併せてご覧下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第6回は誘拐された娘を魔女である母が追うサスペンス・スリラー映画『ウィッチクラフト 黒魔術の追跡者』を紹介いたします。
お楽しみに。
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