連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第43回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第43回で紹介するのは、中国発の本格的SF映画『ラスト・サンライズ』。
日本でも話題の、リュウ・ギキン(劉慈欣)の著したSF小説「三体」。彼の短編小説「さまよえる地球」を映画化した『流転の地球』(2019)は、中国国内で大ヒットを記録しました。
現在中国では、SFブームが起きています。そして中国の若手インディーズ映画作家が放った、異色のSF映画である本作が、世界の映画祭で高く評価されました。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『ラスト・サンライズ』の作品情報
【日本公開】
2020年(中国映画)
【原題】
最后的日出 / Last Sunrise
【監督・脚本】
レン・ウェン(任文)
【キャスト】
ジャン・ジュエ(张珏)、ジャン・ラン(张苒)、ワン・ダーホン(王大虹)
【作品概要】
クリーンな太陽光エネルギーに依存する、究極のエコ社会を築かれた近未来。しかし突如、太陽が消失してしまう…。異色の設定で送るSFディザスター・パニック映画。若手華流スター、ジャン・ジュエとジャン・ランが主演を務めます。
レン・ウェンの初の長編映画となる本作は、世界3大ファンタスティック映画祭の1つ、ポルトガルのポルト映画祭(ファンタスポルト)2019で、中華圏映画としては『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』以来となる、最優秀作品賞を受賞するなど、世界のSF・ファンタスティック映画祭で高い評価を獲得した作品です。
映画『ラスト・サンライズ』のあらすじとネタバレ
暗闇に包まれた野外に、1台の乗用車が停まっています。空には美しく星が輝いていました。化石燃料が枯渇し、全てのエネルギーを太陽光に依存するようになってから3年。しかし突如、太陽が消滅したのです。その時から6日、いや7日たったのでしょうか…。
その日、マンションで1人暮らしの天文学者スン・ヤン(ジャン・ジュエ)は、いつものように自作の人工知能、”ILAS”の声で目覚めます。
コーヒーにカップ麺という朝食をとるスン。この部屋で孤独に暮らす彼は、誰も気にしていない太陽の明滅現象について、1人で研究に打ち込んでいました。
今日はヘリオス社の社長ワンがオンラインで、一般人との公開討論を行う日です。ヘリオス社は太陽光から電力を作り、開発した都市に独占的に供給する巨大企業です。
第1地区から第4地区までの4つのエリアに分けられた居住区。スンの住む第1地区は、ヘリオス社により全てが電化され、豊かな生活が約束されていました。第2、第3地区も同様の開発が進み、まだ太陽光エネルギーの供給の及ばぬ第4地区は、最貧地区とされていました。
巨大企業のカリスマ社長で、エネルギー問題を解決したワンに、憧れのメッセージを告げた若者の後に、スンは恒星KIC846の消滅現象を伝えます。同じような事が太陽にも起きているのではないか、何か掴んでいるのではないかと質問するスン。
しかしワン社長は、恒星のことなど何も聞いていないと答えます。ワンは言葉を続けますが、話にならないといった姿勢で、スンは回線を切りました。
部屋を出てエレベーターに乗り込むスン。遅れて乗り込んだ若い女性は泣いていましたが、スンは気にも留めません。街はヘリオス社製の太陽光発電パネルが並び、だれもがスマホやタブレットを手にして暮らしています。
コンビニに入ると、スンはカップ麺に水とコーヒーだけを手に取り、キャッシュレス決済で支払いを済ませます。子供には紙媒体の雑誌が珍しい、そんな社会になっていました。
しかしコンビニから出ると、太陽が点滅していることに気付きます。人々が無関心でいる中、この現象に不安を覚えたスン。
眠っていたスンは、”ILAS”の声で起こされました。観測中の太陽光が、15%も減少してると報告してきたのです。”ILAS”はスンが予測した通り、太陽も恒星KIC846と同じ運命をたどると結論づけていました。
スンはヘリオス社の社長、ワンに連絡を取ります。実際にはワンは恒星の消滅現象を把握しており、やがて太陽が迎える運命についても悟っていました。スンに対し、今日で世界が終わるなら君は何をする、と尋ねるワン社長。
生き残る努力をする、というスンに、社長はある場所を告げます。太陽の光が地球に到達するまでの時間を確認した後、幸運を祈ると告げて、ワンは通話を切りました。
窓から差し込む太陽の光は点滅していました。スンは”ILAS”にこの階の、太陽に面した窓のある場所を尋ねます。
自室を出たスンは、その部屋をノックし強引に入ります。そこはエレベーターで会った女、チェン(ジャン・ラン)の部屋でした。何事か両親と電話中だったチェンに構わず、部屋の窓のカーテンを開いたスン。
警察に通報すると言うチェンも、太陽の点滅に気付きます。TVのニュースもこの異常現象を伝えていました。轟音が何度か響き、太陽は最期の輝きを放った後に消え、世界は闇に包まれました。
思わずスンの手に触れたチェンは、気を取り直し電灯を付けます。スンには何故自分たちが生きているのか不思議でした。スンは”ILAS”に事態を確認しようと、自室に戻ります。
“ILAS”を立ち上げたスン。部屋に付いてきたチェンのスマホはつながらなくなっていました。スンは”ILAS”の情報で、太陽は爆発したのではなく、消滅したと知ります。この後1週間で気温は0℃まで下がり、1年後には-73℃になる事実を確認しました。
酸素はゆっくりと減少していきます。いずれ全ての生命に死が訪れ、やがて地球は氷の惑星になる事実を突き付けられたスン。
自分に無関心な彼をチェンは責めますが、スンは彼女に太陽光エネルギーに依存した社会は、電話もネットワークも、あらゆる機能が停止すると告げます。チェンはまだ電気が来ていると反論しますが、スンはそれが維持されるのは、せいぜい1日だけと教えます。
チェンは先程話していた両親と3年会っていませんでしたが、スンはそれを頼って街を出ろと言い残すと、部屋に保管していた紙幣を持って街に出ます。
街は突如暗闇に包まれ、スマホも使えなくなった状況に戸惑う人々であふれていました。彼が入ったコンビニでは、人々が商品を奪い合うように買い物かごに積めていました。
水と地図が載った雑誌を掴むと、レジに並ぶ列に向かうスン。しかしキャッシュレス決済が使えず、列は進みません。かき分けて先頭に出た彼は、現金で支払いを済ませ店を後にします。
スンの後をつける男がいました。男は鉄パイプを掴むと、背後から彼に殴りかかります。意識を失ったスンから、現金を奪って逃げ去る男。
意識を取り戻したスン。周囲は略奪で騒がしくなっており、彼は残された買い物袋を掴んでマンションに戻ります。スンは怪我をした右足に包帯を巻きます。
部屋のドアを叩く音がします。見るとリュックを背負ったチェンの姿がありました。無視するとドアを壊そうとする音がします。男が部屋に押し入ろうとしていましたが、チェンが背後から男を殴り気絶させました。
チェンはスンに言われた通り、実家に向かおうとしましたが、電車が動いておらず駅から戻ってきたのです。荷物をまとめ脱出しようとした彼も、電車の運行停止を聞きどうすべきか困惑します。するとチェンは、自分は車を持っていると告げます。
スンとチェンは略奪に現れた男を避け、階段で駐車場に向かいます。追って来た男から逃れ、乗り込んだ電動自動車を、チェンに急かされて走らせるスン。
街の明かりは徐々に消えてゆき、列を成して走る車のライトだけが光っていました。
車はチェンの別れた彼が残した車でした。ナビが使えなくなった今、スンの買った雑誌の地図が頼りです。彼はワン社長に教えられた場所を目指しますが、運転することが出来ないチェンは、その先の第2地区に住む、両親の家まで連れて行って欲しいと頼みます。
スンに断りもなく煙草を吸うチェン。人付き合いの苦手な彼に代り、彼女にスンは科学者で、25歳になる現在まで恋人はいない、と教える人工知能の”ILAS”。
車のラジオは、政府は太陽消滅の原因を調査中だと伝えていましたが、具体的な対策やとるべき行動については、何も流していませんでした。
トイレに行きたいと車を降りたチェン。スンは彼女を待たず車を走らせますが、”ILAS”が彼女は友達ではないのか、と訊ねてきます。しかし車は物資を求める人の列に遮られて進めず、スンは戻ってきたチェンを再び車に乗せます。
空に美しく星が光る中、車はスンの目的の場所に到着します。そこはワン社長の隠れ家で、すでに1組の男女がいました。行き先に迷っていたところを、ワン社長の好意で家に招かれたカップルは、スンとチェンのためにワインを注いで渡します。
皆を歓迎し、スンを恒星KIC846の消滅現象に気付き、太陽の消滅を予測した唯一の科学者で、世界の終わりにも生きる努力を捨てない人物だと、皆に紹介するワン社長。
社長は母なる自然の前に、我々は無力だと語りかけます。ワンはギリシア神話のイカロスの話を例えに、我々は科学を過信し文明を築いたが、太陽に近づき過ぎて墜落したイカロスのように、最期の時を迎えたと言葉を続けました。
運命を悟ったかのように語るワン社長に、スンは中国神話に登場する、10個あった太陽を人々のために、9個射落とした弓の名手、后羿(ホウイー)の伝説を語ります。しかしワンは残念なことに、我々には代りになる太陽は無いと言い笑います。
スンは他の文明の神話も太陽を慈悲深い存在にしているが、后羿のように運命を切り開きたいと語ります。その言葉を受け止め、皆に宴の終わりを告げるワン社長。
カップルは最期の時を迎えるまで、2人で旅を続ける決意でいました。チェンは自分の上着を譲り、彼らの出発を見送ります。スンは”ILAS”に呼びかけますが、ついに機能を停止したようです。
7年間を共に過ごした”ILAS”を失い、落ち込むスンを慰めるチェン。彼女にも様々な思いがありましたが、自分を見捨て1人車で出発しなかったスンに感謝していました。2人は思いを込めて、「FUCK YOU TOMORROW!」と夜空に向けて叫びました。
目覚めたスンは、1人グラスを傾けていたワン社長に、この事態を知ったあなたの様な金持ちは、宇宙か地中に逃れると思った、と話しかけます。
それを聞いて笑うワン社長。彼は無理に生きることを諦めていました。しかし過去の絶滅を生き残った生物のように、最後まで生きる努力を続けたいと言うスン。
ワン社長は、この事態を予測する報告を受けていました。しかし彼は立場上、何ら具体的な行動を起こすことが出来ず、この日を迎えていたのです。
観測の結果太陽消滅の原因は、ワームホールによるものと把握していました。それは自然に発生するものではなく、何者かがエネルギーの収奪と、地球や太陽系の壊滅を図った、人為的な行為だったのかもしれません。ワンの話を聞いたスンも、同じ結論に達しました。
地球は太陽の消滅で、光とエネルギーを失っただけでなく、これからあても無く宇宙をさまようことになります。事態を達観したワン社長は、この場所で最期を迎える覚悟でいたのです。
それでも生き延びる努力を諦めないスンに、ワンは自分の腕時計と座標を記したメモを渡し、この場所に向かうよう告げます。そこは第4地区のある場所を示していました。
寝ぼけているチェンを残し、スンは彼女の電動自動車に乗り込みます。しかし悩んだ末に、彼女が乗るのを待つことにしたスン。
チェンが持って来た小さい鉢の木は、太陽の光を失い弱っていました。スンが車内に残した水は、寒さで凍り付いています。
スンの両親が住む第2地区は遠く、バッテリーの節約のため、暖房もラジオの使用も諦めて、ひたすら車を走らせるスン。すると夜空に打ち上げられるロケットが見えました。あれは何とチェンに訊ねられ、地球の逃れる金持ちの乗った宇宙船だ、とスンは告げました。
貧しい人はどうするの、と彼女に訊ねられ、地球に残ってこの世の終わりを楽しむだけだ、とスンは答えます…。
映画『ラスト・サンライズ』の感想と評価
参考映像:『エンド・オブ・ザ・ワールド』(2012)
SF、そしてインディーズ映画としてユニークな本作ですが、世界の終末を前に、見知らぬお隣さんであった男女が、共に旅をするハメになる…というプロットは、スティーヴ・カレルとキーラ・ナイトレイの主演映画、『エンド・オブ・ザ・ワールド』を思わせます。
終末を迎える世界をパニック映画にせず、どこか叙情的な描写で描いたこの作品(オチは大きく異なります)、『ラスト・サンライズ』が気にいった方にお薦めします。
さて、文学そして映画でもSFブームが巻き起こっている中国。最初に紹介した50億円近い製作費をかけた、SF超大作映画『流転の地球』は、中国国内で記録的大ヒットとなりました。
大作SF映画と様々な点で異なる作品
太陽の寿命が尽きようとした地球。そこで人類は中国の指導の元で一致団結し、巨大エンジンを建設、地球そのものを太陽系から脱出させる計画を立てる。そして人類は、地下に建設した都市で暮らし始める…。
これが『流転の地球』の大筋です。中国イケイケの描写や、日本の特撮映画『妖星ゴラス』(1962)を思わせる内容も話題です。ハリウッドも冷戦勝利後に、アメリカ大統領が直接宇宙人をブチかます、『インデペンデンス・デイ』(1996)なんて映画を作りましたから…。
という指摘はさておき、『ラスト・サンライズ』は『流転の地球』とも、プロットに共通点を持つとお判りでしょう。しかも本作、中国では『流転の地球』と同じ2019年2月の公開です。
公開時期の一致は、政治的意図ではなく興行上有利、と判断した結果と思われます。しかし本作では政府も、影響力を持つカリスマ経営者も、宇宙規模の災害に全く無力です。結果としてこの作品は、『流転の地球』のアンチテーゼのような存在になりました。
小市民側のミクロの視点に徹し、スペクタル的高揚感ではなく、抒情的に人間を描いた作品です。そして製作費2700万円程度の本作が、世界のSF・ファンタスティク系映画祭で高く評価されている点でも、大作SF映画とは対照的な存在なのです。
リアルな科学考証
いきなり太陽が無くなる訳ないだろ!間違いなく人類は滅亡する!と思った方、正解です。
しかし本作はifの世界の科学的考察、例えば「もしこの瞬間から地球の自転が、逆方向に回ったら?」…これはクリストファー・リーヴ主演の『スーパーマン』(1978)がやったトンデモ行為ですが…、という類いの考察であれば、かなり正確に描いています。
気温は徐々に下がり(劇中で紹介されたように、いずれ極寒の世界が訪れます)、植物が枯れ果てても、意外に長期間必要な酸素は持ちます。もしこの期間内に、地球内部の地熱を利用できるインフラを整備できれば、宇宙をさまよう地球で、人類が生存できる可能性はあります。
レン・ウェン監督は、これら科学者たちが考察したifの状況を元に、人類が生き延びる可能性のある未来社会を創造しました。それは同時に便利であるが災害に脆弱な、高度情報化社会の姿を風刺的に描くことにもなりました。
そしてifの世界を成立させるために、人類とは次元が違いすぎる、ワームホールを自在に操るような、知的存在がいたのかもと示唆したのです。
この存在の正体を深く描かなかったことに、不満を感じるSFファンもいるようですが、映画『2001年宇宙の旅』(1968)や『コンタクト』(1997)で描かれた以上の、人知を超えた何者かを描いたと受け取れば、本作が様々なSF要素を秘めた作品と感じられるでしょう。
こんな存在や状況が相手にしては、アメリカ大統領や中国政府が何を叫ぼうとも、余りに空しい限りでしょうね。
まとめ
様々なSF的科学考察に忠実で、しかも地球の最後を美しく、そして希望を与えて描く『ラスト・サンライズ』。低予算ゆえのツッコミ所は多々ありますが、逆にこの製作環境でも美しく、スケールのある終末世界を描いた佳作として見るべきでしょう。
中学の映画体験コースを受講し、映画の道に興味を持ったレン・ウェン監督。家族や友人の反対を押し切り、サッカーや学業を捨てて、ロサンゼルスのフィルムアカデミーを卒業した監督は、インディペンデント映画製作の道に進みます。
今は家族も友人も自分を応援してくれている、と語る若きレン・ウェン監督。困難の果てに希望を見出す本作のストーリーは、監督の実体験が反映しているのかもしれません。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第44回はトンデモないタイトル?でも深い意味があるんです!異色のモンスター・ハンティング映画『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』を紹介いたします。お楽しみに。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020見破録』記事一覧はこちら