連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第2回
映画ファンには毎年恒例のイベント、令和初となる劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」が、今年も1月3日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷で開催。2月7日(金)からはシネ・リーブル梅田でも実施、また一部上映作品は青山シアターで、期間限定でオンライン上映されます。
さて、前年の「未体験ゾーンの映画たち2019」の全58作品のすべてを見破し、紹介させて頂きました。
今年も挑戦する「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第2回は、イスラエルの異色サスペンスホラー映画『リーディングハウス』。
演出を務めたのは、イスラエルにあるテルアビブ大学にて映画を学び、学士と修士号を経て卒業したギラッド・エミリオ・シェンカル監督。
独特な視点と感性で描いた短編『Lavan』 (2010)などを経て、ギラッド監督は初の長編映画となる『リーディングハウス』で、男子禁制の秘密の文学クラブで繰り広げた儀式を描きました。
招かれた男は帰ってこない、女性たちの秘密クラブでは恐ろしい秘密が隠されていました。ロマンスやブラックユーモア、そして社会風刺に満ちたユニークな作品を紹介します。
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CONTENTS
映画『リーディングハウス』の作品情報
【日本公開】
2020年(イスラエル映画)
【原題】
המועדון לספרות יפה של הגברת ינקלובה / Madam Yankelova’s Fine Literature Club
【監督】
ギラッド・エミリオ・シェンカル
【キャスト】
ケレン・モル、アニア・バクシュタイン
【作品概要】
女たちが運営する閉鎖的な秘密クラブを抱える闇を描く、スリラーホラー映画。気鋭のクリエイター、ギラッド・エミリオ・シェンカル監督の初長編映画である本作は、イスラエルアカデミー賞で6部門ノミネート、衣装デザイン賞とメイクアップ賞の2部門で受賞。イスラエルのノーベル賞作家、シュムエル・アグノンの小説「The Mrs. And the peddler」にインスパイアされた本作は、ダークなおとぎ話のような味わいに満ちています。
主演は世界の巨匠が集ったオムニバス映画『11’09”01 セプテンバー11』の、イスラエル編に出演したケレン・モル。『ゲーム・オブ・スローンズ』に出演など、国際的に活躍しているアニア・バクシュタインが、主人公のライバルを演じます。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『リーディングハウス』のあらすじとネタバレ
上品な雰囲気を持つソフィー(ケレン・モル)が、男の運転する車をヒッチハイクしようと試みます。しかし車の男は彼女を見ると、年増呼ばわりして去っていきます。結局ソフィーと同じ年頃の友人、ハナが道路に飛び出して強引に車を停めます。
初老にも見える女2人を乗せ、不機嫌な様子の男に対し、ソフィーとハナは文学クラブに来ないかと誘います。そこに若い女もいると聞かされ、男は承知します。
ソフィーとハナはクラブに到着します。ソフィーは男をエスコートして会場に入り、ハナは使用人風のメイド服に着替えます。会場には多くの女性と、彼女らが連れて来た男たちがいました。
会場で文学クラブの歴史を紹介する映画が上映されます。ヤンケロヴァ夫人が設立したこのクラブは、才色兼備の女性を讃え、快適な生活を提供する役目を持っていました。一方でそういった女性の奉仕する役、清掃部に所属する女性を養成していました。
クラブは今回、最も魅力的な男性を連れて来た人物として、ソフィーにトロフィーを与えます。容姿の衰えは隠せず最近のトロフィー獲得者は、若いローラ(アニア・バクシュタイン)ばかり。今回で99個目のトロフィーを得て、ソフィーは大喜びします。
会合を終えたソフィーとハナ。清掃部で汚れ仕事をこなす彼女は疲れ切っており、クラブを退会する事を考えていました。しかしこの秘密クラブには、退会を許さぬ厳しい掟がありました。
ソフィーはあと1個トロフィーを得れば、殿堂入りの会員としてクラブで不自由なく過ごす事ができます。しかし老いた彼女にそれは困難、今日男を捕まえたのもハナのおかげ。それでもソフィーは、100個目のトロフィー獲得に固執していました。
2人は司書として働く図書館の、男子禁制の女子寮に帰宅します。ソフィーとハナは隣室に住んでいました。自室の壁に99個目のトロフィーを飾るソフィー。
翌日図書館で勤務中に、2人は次の会合に連れて行くに相応しい男を探します。魅力的な男性とみるやソフィーはアプローチしますが、迫られた男は敬遠するばかり。やむなく彼女は貧相な男を選びます。そしてハナは、もう清掃はイヤとの書置きを残して姿を消しました。
次の読書クラブに、みすぼらしい男と現れたソフィーは、メンバーの冷たい視線に晒されます。クラブを管理する代理人のラツィアは、ハナが参加していないと気付きます。
クラブの女たちとゲストの男たちが席につき、朗読会が始まります。いきなり男たちの椅子が作動し、彼らは清掃部のメンバーによって拘束されます。その男たちを冷酷に吟味するラツィア。今回のトロフィー受賞者はローラでした。
ハナが欠けた穴を埋めるため、ラツィアはソフィ-に清掃部の仕事を手伝わせます。拘束された男は姿を消し、清掃部は大量のソーセージを作っていました。これがハナの嫌った汚れ仕事です。ソフィーと清掃部のメンバーは、会合が行われた部屋の床を念入りに掃除します。
移動遊園地の屋台で、ホットドックを売るソフィー。そのソーセージはクラブで作ったものでしょうか。寮に戻った彼女をラツィアとローラが迎えます。2人はソフィーがハナの行き先を知っていると疑っていました。
2人は拷問を加え、ソフィーの口を割らせようとします。しかし彼女も行方を知りません。ローラをハナの部屋に住まわせ、ソフィーを監視させたラツィア。
翌日ローラと共に出勤するソフィー。ハナに代わって働き始めたローラは、図書館で男の気を引く一方、雑用はソフィ-に押し付けます。
屈辱を味わった彼女の前に、魅力的な男ヨセフが現れます。彼はアグノンの短編小説について調べに現れ、それはソフィーの専門分野でした。彼を見たローラが割って入ろうとしますが、ヨセフは彼女より知識豊富なソフィーを選びます。
勤務終了後、部屋に戻ったソフィー。外では雨の中、バス停でヨセフが途方にくれてました。彼女は隣室のローラの盗聴を見抜き、その監視を避けて自室にヨセフを招き入れます。
彼女の部屋を飾るトロフィーについて訊ねたヨセフ。ソフィーは彼に食事を用意しようとしますが、あったのはタッパーに入った、例のソーセージばかりでしょうか。やっと探し当てた缶詰を調理し彼に与えます。
夜、眠るヨセフを密かに評価したソフィー。彼をクラブに連れて行けば、100個目のトロフィー獲得は間違いないと判断します。一方彼は、ソフィーの部屋の電気の不具合を直しに、また部屋を訪れたいと申し入れます。
次の日も図書館に現れたヨセフ。ローラが激しくモーションをかけますが、彼の関心は小説とソフィーにありました。
今日も図書館の閉館後、ヨセフは雨の中バス停で待っています。監視するローラの部屋に忍び込み、彼女のワインに薬を盛って眠らせると、ヨセフを部屋に招き入れたソフィ-。
今回ソフィーは手料理で彼をもてなし、ヨセフは約束通り電気を直します、瞬く間に時間は過ぎ去り、ソフィーはもう一度ローラに薬を盛ろうと部屋に入ります。するとそこに、かつてハナが飼っていた鳩が舞い戻っていました。
ソフィーは鳩に付けられたハナからのメッセージを受け取ります。それを読んだ彼女は、ヨセフの食事に薬を盛り、彼を眠らせるとハナに指定された場所へと向かいます。
秘密クラブから逃亡したハナは、伴侶となる男性と共にパリへ逃げようと考えていました。しかし逃亡資金がありません。そこでハナは友人であるソフィーに手待ちの指輪を渡し、金に変えてくれと依頼してきたのです。
追われる身のハナを案じながらも、ソフィーは彼女の力になると約束します。そして部屋に戻ったソフィーは、深く眠るヨセフに添い寝します。
そのまま朝まで目覚めなかったソフィーを、ローラが出勤に誘います。慌てて出たソフィーですが、部屋にハナが居ると睨んだローラは、室内を探して回ります。
ヨセフは巧みに身を隠してローラの目を逃れましたが、ソフィーは彼を遺して出勤するしかありません。
2人が勤務に就いた時、残されたヨセフはソフィーの部屋を探っていました。彼は隠された飾り箱を見つけます。その中には文学クラブに誘い込んだ男と共に写った、ソフィーの写真が大量に保管されていました。
彼がそれを何者かに報告している時に、ローラの目を盗み図書館から戻ったソフィーが現れます。
映画『リーディングハウス』の感想と評価
女性だけの秘密クラブが描かれたもの
一筋縄ではいかない、実にブラックな作品です。男性優位の社会に反発して、女性の自立と互助、そして男たちへの復讐を狙って設立されたであろう、“ヤンケロヴァ夫人の文学クラブ”。
ところがその内実は、容姿に優れ男を虜にする者に特権が与えられ、そうでない者は権力者に仕えさせられるという、女性蔑視的な男性的価値観を、女だけの社会にそのまま持ち込んでいました。しかも実社会で警察署長であるラツィアは、暴力的に振る舞って邪魔者を追い詰めます。
かつて女性が社会進出すれば、社会から男性的な、権威や暴力に頼る風潮が消え、より良い社会が生まれると期待する声がありました。
イスラエルには宗教的な女性に対する制約もあるようですが、小国の人材活用の必要性から、政治・軍事を含むあらゆる面で、制度的に女性の社会進出を進めてきました。
権力を握った彼女たちは、結局従来の男性と同じ振る舞いに終始します。これは男社会に迎合した結果でしょうか、それとも男も女も、本質的に価値観と行動は変わらないのでしょうか。
文学クラブの女性たちの振る舞いには、そんなシニカルなメッセージが込められています。
控え目な様で実にブラックな描写の数々
さて、『リーディングハウス』に猟奇的描写を期待した方は、正直ガックリしてるかもしれません。その気持ち、良く判ります。
男性を殺害する直接描写なし、遺体を処理する場面もなし。裏で大量にソーセージを作っているから、間違いなく原料はアレでしょうね。でも説明は一切ありません。
そして遊園地でホットドックを売ります。都市伝説的にアレの肉、と言いたいのでしょう。しかも女性会員にタッパーでおすそ分け、彼女らもきっとソーセージを食べてるんでしょうね…。
控え目な様で凶悪な描写の数々は、これがイスラエルの映画だと思うと、更に強烈な意味を持ってきます。文学クラブの女性は男性の優位度の評価のために、顔の骨格を器具で測りますが、これはかつてナチスがユダヤ人の判別できると妄信し、使用した判定法と同じです。
逃れたハナを探すため、ソフィーを責め立て監視する手法は秘密警察と同じやり口。一方逃走資金を得るため、質屋で装飾品を処分する姿は、迫害から逃れるユダヤ人の姿そのものです。
力を得た女性たちがナチスまがいに振る舞う、風刺にしても重すぎる数々の描写。公権力機関で多くの女性が活躍している、イスラエルの現状に対するメッセージが込められているのです。
流血シーン以上の深い闇を、あえて描いた本作が、寓話的スタイルで作られたのも無理はありません。そしてこの映画を高く評価した、イスラエル映画人の姿勢に敬服させられます。
実のところ監督の失恋体験が生んだ映画?
インタビューで自身を、ティム・バートンの大ファンだと語るギラッド・エミリオ・シェンカル監督。彼はこの作品を、イスラエル初のファンタジー映画だと語っています。
世間で当たり前のように、男性が女性を容姿で判断しています。そんな世界を逆転させる事が監督のアイデアの原点でした。クラブの女性たち1人1人が男性に傷つけられた過去を持っており、スタッフとはその設定について深く話し合ったそうです。
しかし映画では彼女らの背景を、一切描かない事を選びました。こうして世界を支配する強い女性たちを、コミック的なキャラクターに仕立て上げました。
映画を映像的にも内容的にも、現実のイスラエルと切り離して描くため、彼は本作は全てスタジオで撮影したと語っています。こうして映画は特定の場所と時代を感じさせない、おとぎ話的な世界が完成したのです。
同時に監督は本作の脚本執筆時、失恋を経験していたと打ち明けています。成る程、愛についてセンチメンタルで、それ以上に女性の怖さを描いた作品になった訳です。
まとめ
参考映像:未体験ゾーンの映画たち2019で上映された『ザ・カニバル・クラブ』
ホラーとして刺激不足なようで、実はブラックなメッセージを持つ映画『リーディングハウス』。一風変わった風刺劇を好む人にお薦めです。
昨年の「未体験ゾーンの映画たち2019」には、上流階級の人間が下流の人間を文字通り、そして性的にも喰いものにするブラックな食人映画『ザ・カニバル・クラブ』があります。
この映画も『リーディングハウス』と同じく、キワもの的な設定を持ちながら、実は社会風刺に満ちた作品でした。
SF・ホラー・アクション映画の祭典との印象が強い「未体験ゾーンの映画たち」ですが、毎年実にユニークな作品が潜んでいるのです。そんな作品に出会えるのも、この映画祭ならではの楽しみなのです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第3回は命がけのリアル脱出ゲームを描くホラー映画『エスケイプ・ゲーム』を紹介いたします。
お楽しみに。