連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第16回
1月初旬よりヒューマントラストシネマ渋谷で始まった“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、ジャンルも国籍も何でもありの、貴重な58本の映画が続々上映されています。
第16回では、イギリスのSFホラー映画『ゼイカム 到来』を紹介します。
クリスマスを祝うために集まった一家。ところがその家は隔離され、家族は監禁状態になります。
突然、テレビ画面に指示を伝えるメッセージが現れます。その内容は次第にエスカレートしていきます。
閉じ込められた一家の運命は。謎の生命体と人類の静かな、そして緊迫した攻防が始まります。
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CONTENTS
映画『ゼイカム 到来』の作品情報
【公開】
2019年(イギリス映画)
【原題】
Await Further Instructions
【監督】
ジョニー・ケバーキアン
【キャスト】
サム・ギッテンズ、デビッド・ブラッドリー、アビゲイル・クラッテンデン、グラント・マスターズ、ホリー・ウェストン
【作品概要】
謎の知的生命体に監禁された、家族の運命を描くSFスリラー映画。
クリスマスを祝うために集まったミルグラム一家。ところが様々な問題を抱える彼らは、和やかな家族団らんには程遠い雰囲気で夜を迎えます。
翌朝、家は黒い金属のようなものに覆われ、誰も外に出れない状態になり、ネットも電話も使えない環境で外部から遮断された一家に、テレビ画面から「指示があるまで、家の中で待機せよ」とメッセージが伝えられます。
徐々にエスカレートする指示の内容に、一家は精神的に追い詰められ、侵略者の正体と目的は何だったのか。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ゼイカム 到来』のあらすじとネタバレ
イギリスの郊外の街にあるミルグラム家の住宅に車が到着します。
一家でクリスマスを祝う為に、長男のニック(サム・ギッテンズ)が恋人で医師のアンジを連れて久々に訪れました。
家族に会うのを楽しみにしているアンジに対し、ニックは気乗りしない様子です。そんな2人をニックの母、ベス(アビゲイル・クラッテンデン)が迎えます。
ベスはアンジがインド系であることに戸惑いながらも、2人を温かく迎え入れます。
しかし父のトニー(グラント・マスターズ)の態度は冷淡でした。3年もの間連絡の無かったニックを快く思っていません。
アンジはテレビの前に座る、気難しい祖父(デビッド・ブラッドリー)に紹介されますが、彼はインド系である彼女に偏見がありました。
そこに姉のケイト(ホリー・ウェストン)とその夫スコットが訪れます。ケイトは妊娠中で出産間近です。
スコットは産まれてくる子が男ならルイス、女ならルビーと名付けると嬉しげに語りました。
こうしてミルグラム一家の全員がそろいました。
熱心なキリスト教信者である一家と交流するアンジですが、ケイトの言葉の端々に偏見が感じ取ります。
テレビで近所で起きた犯罪が報じられると、移民が増えたからだと祖父の発言に、アンジは怒りを露わにします。
祖父を責めるアンジにケイトは謝罪しろと迫り、ニックはそんな姉の態度を責めます。
騒ぎを高圧的に収めようとする父に、ひたすらアンジに謝罪する母。その有様を祖父はあざ笑いました。
家族の団らんは気まずく終わり、ニックは家族の振る舞いを恥じてアンジに謝ります。そして明日の朝一番に家を出ようと約束しました。
こうして一家は眠りにつきますが、その夜、家の外では怪しい物音が響き、蛍光灯が点滅するとテレビの画面が乱れます。
翌朝まだ家族が寝静まる中、家を出ようとしたニックとアンジは、玄関の扉を開けると外は黒い物質に覆われていることに気付きます。
金属性のケーブルの様な物質に阻まれ、外に出ることも様子をうかがうことも出来ません。全ての窓も同様に覆われていました。
物質は破れず、外に向かって叫んでも何の反応はありません。
騒ぎを聞き起きてきた家族もこの事態に戸惑います。電話やネットも通じず、外部と一切連絡がとれない状態です。
何に使用されるものか、各部屋にパイプが付き出しています。何らかの目的で家は隔離され、一家は監禁されたのです。
戸惑う一家は、テレビの画面に映し出された文字に気付きます。
「屋内にとどまり、次の指示を待つように」。
非常事態が起き、政府により家が隔離され、事態を伝える緊急放送が流れていると判断した父のトニーは、一家の長に相応しく振る舞おうと決断します。
最悪の日に、最善をつくせ、と語って娘婿のスコットに協力を求めます。
気を取り直しクリスマスを祝おうと、食卓を囲んだ一家は、テレビのメッセージの変化に気付きます。
「食物は汚染されている。食べるな」。
トニーは指示に従いテーブルの料理を処分しますが、ニックは食料が無くなると反対します。指示に従わない息子にトニーは怒ります。
以前は憲兵であった祖父は、状況を支配出来ない彼をあざ笑います。トニーは幼い頃、彼に厳しくしつけられていました。
祖父はトニーを幼い頃の不始末から、いまだ「びしょぬれ」と呼び一人前扱いしていません。
トニーの高圧的な態度は、今だ自分を認めようとしない父への反発から生まていました。
「体を消毒しろ。裸になって漂白剤で洗え」。
次のメッセージに家族から疑問の声があがりますが、トニーは全員を指示に従わせます。
夫の態度に妻のベスも戸惑いますが、私は厳しいから厳格になる、と語って態度を改めようとしません。
煙突から注射器が家族の数だけ送られ、テレビにメッセージが流されます。
「ワクチンを打て。空気は汚染されている」。
医師であるアンジは、未消毒の注射器を見て接種に反対します。妊娠しているケイトも胎児への影響を恐れ拒否します。
しかしトニーは全員にワクチンの接種を強く命じ、結局、全員が従いました。突然祖父が口から何かを吐いて絶命。
動揺するトニーですが、指示通り接種しなければ全員が死んでいたかもと、自らの判断を正当化します。
テレビには「注射器を返却口に入れろ」の文字が。玄関を覆う黒い金属に、隙間が開きました。
隙間から注射器を返却した後、スコットは手を差し入れてこじ開けようとします。
するとテレビに「返却口汚染」の赤い文字が現れ、隙間は閉じスコットの指が切断されます。
絶叫するスコットをニックとアンジが助け出し、手当てを施します。
部屋に閉じこもったトニーは動揺する自分自身に、これは偉大な神の計画で、それに従って正しい道を歩むべきと、自分に言い聞かせます。
テレビには「感染者が1名いる。隔離しろ」のメッセージが流れます。
誰が感染者か判らぬ中、トニーはアンジと決めつけ隔離しようとします。
ニックは抗議しますが、トニーは多数決で決断を正当化し、アンジは祖父の遺体のある2階の部屋に閉じ込められます。
アンジとニックはドア越しに話し合い、テレビのメッセージは一家の行動を踏まえて送られていると判断します。
何らかの方法で、テレビを通じ監視されていると考えた2人は、テレビを切ろうと決断します。
ニックがテレビを切ると姉のケイトは叫び、トニーとスコットがその行動を非難します。
スイッチを入れるとテレビには「警告。緊急信号の妨害は死を招く」の文字が映し出されます。
ニックとスコットは争い、それを止めようとしたケイトは階段から落ち負傷します。
ニックはケイトを介抱しますが、足は複雑骨折しており、手に負えない重症です。
トニーは隔離したアンジに容態を診せさず、娘の負傷をよそに部屋に引きこもります。
ベスはテレビの画面に向かって、娘の負傷を伝え助けを求めますが、何の反応もありません。
ニックからケイトの容態を聞いたアンジは、敗血症を起こし危険な状態にあると判断します。
父は引きこもり、母も現実から逃れる姿勢を見せる中、ニックとスコットはどうすべきか相談しました。
スコットは先程の混乱の中、テレビに「見ているぞ」の文字が映った事を告白します。テレビは彼に対してのみ、状況に合った警告を発したのです。
ケイトは病院につれて行くしかない、と判断したニックは壁の薄い部分を壊し、その穴からスマホを突き出して外の様子を撮影します。
スマホで録画した映像には、壁をはい回る、無数の蛇の様な何かが映っていました。
テレビには「危険。脱出進行中」の文字が映し出され、それを知ったトニーはスコットと共にニックを捕えます。
縛られたニックは外に何かがいると訴えますが、トニーは耳を傾けません。
トニーはスコットにテレビを見るよう指示します。テレビの画面に「スパイから情報を引き出せ」の文字が映っていました。
それに従い我が子を拷問しようとするトニーを、スコットは制止します。
ベスの悲鳴が聞こえます。ケイトの死を知り、トニーは茫然としました。
悲しみに沈むベスとスコットによって、ニックは解放されました。
その頃、隔離されたアンジは、棚の中の古いテレビを見つけます。彼女は電源の入っていない状態でメッセージを映す不審なテレビを解体します。
テレビの中には、何か奇妙なものが潜んでいました。
居間のテレビに「2階でセキュリティ侵害」の文字が現れ、2階の各部屋にガスが放出され始めます。
ニックは母のベスと共に、閉じ込められたアンジの救出に向かいます。
映画『ゼイカム 到来』の感想と評価
テレビを通じて支配する侵略者
突如現れ、人々を監禁状態に置き、メッセージを与えて支配する謎の侵略者。
しかし使用する手段はテレビ。もっと影響力のあった時代にこそ、同様の設定の様々なB級SF映画があったと思い起こしたSFファンも多いでしょう。
参考映像:『テラービジョン』(1986)
1980年代に数々のB級映画を生み出したエンパイア・ピクチャーズの1986年公開のSFコメディ映画『テラービジョン』もそんな作品の1つです。
なぜ今、こんな“古典的なテレビというメディアを使用した手法”で宇宙人が侵略をするの?主人公一家は、イギリス政府の緊急放送と誤認して理不尽なメッセージを受け入れます。
冷戦時代核戦争で政府機関が壊滅した後、イギリス国民に向けて流されるテレビメッセージが製作されました。
後にそれが公開され、その存在は広く知られましたが、テロによって同様の放送が流れるかもしれないという不安感を本作は取り入れたのです。
“ミルグラム”という名前の意味
参考映像:『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』(2017)
本作に登場する一家の“ミルグラム”の名に、ピンと来た方もいるでしょう。
1961年からアメリカのイエール大学で、ミルグラム博士によって行われた心理学実験があります。
「ミルグラム実験」、あるいは「アイヒマン実験」とも呼ばれています。
ユダヤ人虐殺に関わったナチスの戦犯、アイヒマンの裁判で明らかになった彼の姿は、実に平凡な小市民の姿でした。
ミルグラム博士の実験は、ごく普通の市民でも一定の条件下では、冷酷で非人道的な行為が行える事を証明したのです。
閉鎖的な状況では、権威ある者の命令に従ってしまう人間の心理を証明した実験の成果は、広く世に知られています。
この実験は『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』として映画化されています。
本作の一家の行為も、この有名な心理実験にヒントを得て描かれているのです。
侵略者につけ込まれた人々の弱さ
突如知的生命体に監禁され支配されるという、実にB級SF映画的展開に襲われたミルグラム一家。
彼らの弱さは、今現実に暮らしている私たちの抱える問題を反映したものです。
社会の問題を移民など他者に押し付け、排除する姿勢。それを正当化するために、社会の伝統という価値=この映画ではキリスト教的価値観に委ね思考を放棄する態度。
また権威的な父に抑圧された者は、自分もまたその子供に権威的に振る舞う人間の弱さ。
本作は現代人の抱える社会的、個人的な弱さを背景に描いたSFホラー映画です。
まとめ
実にB級映画的な設定で描かれた侵略SFホラー映画、それが『ゼイカム 到来』です。
邦題はジョン・カーペンターの『ゼイリブ』を意識して付けられたものと思われます。
しかし登場人物は、サブリミナルどころでない、直接的なメッセージに翻弄され続けます。
その姿はソリッド・シチュエーション・ホラー映画としても、充分に楽しめる作りとなっています。
与えられた設定を生かしてモンスターを創造し、特殊な状況に様々な人間描写を詰め込んで描いた娯楽作品としてお楽しみください。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第17回はロシアに語り継がれる伝説を基に描いたホラー映画『黒人魚』を紹介いたします。
お楽しみに。