『ボウリング・フォー・コロンバイン』や『華氏911』といったドキュメンタリー映画で、アメリカ社会が抱える歪みをアポなし取材で徹底的に追究してきた監督マイケル・ムーア。
そのムーア監督の最新作『華氏119』では、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプを糾弾します。
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映画『華氏119』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
Fahrenheit 11/9
【監督】
マイケル・ムーア
【キャスト】
マイケル・ムーア、ドナルド・トランプ
【作品概要】
ドキュメンタリー監督のマイケル・ムーアが、本作『華氏119』でターゲットにしたのは、アメリカ合衆国第45代大統領ドナルド・トランプ。ムーア監督は、2016年の大統領選の前から、トランプ当選を予言していました。
本作では、トランプ勝利に至った理由を考察するとともに、トランプ政権下となったアメリカ社会に起こりかねない、“恐るべき未来”を警告していきます。
なお、タイトルの『華氏119』とは、トランプの大統領当選が確定し、勝利宣言をした2016年11月9日に由来。ムーア監督が、当時のジョージ・W・ブッシュ政権を批判した『華氏911』に呼応しています。
映画『華氏119』のあらすじとネタバレ
2016年11月8日。アメリカでは、民主党のヒラリー・クリントン候補と、共和党のドナルド・トランプ候補によるアメリカ大統領選挙が行われていました。
ニューヨーク・タイムズが出した勝率は、ヒラリーの85%に対し、トランプが15%。
国民の大半もヒラリーが勝利すると確信しており、共和党支持派も半ばあきらめムードとなっていました。
そして開票が開始。当初は順調にヒラリーが各州の票を獲得していきます。
ところが中盤、「この州を落とせば大統領になれない」とまで言われる、大統領選の重要地区オハイオ州の票をトランプが獲得したあたりから、風向きが一変。
次第に票差がそして翌9日、ついにトランプは勝利宣言をするのでした。
マイケル・ムーア監督は、大統領選前からトランプの勝利を予言していました。
その要因として、ヒラリーが、五大湖周辺のペンシルヴェニア、オハイオ、ミシガン、ウィスコンシンの4州での選挙活動に積極的ではなかったからだと主張します。
この4州は元々、自動車や鉄鋼産業の中心で、アメリカ経済を支えてきました。住民はイタリアやロシア、東ヨーロッパからの移民からなっていて人口も多く、労働組合ぐるみで民主党支持者が多い地区でもありました。
つまり、この4州の労働者の支持を集めていた民主党は、1960年代初頭まで大統領の座を独占してきたのです。
ところが、60年代後半から自動車や鉄鋼産業は、日本やドイツの台頭により衰退。次第にこの4州は「ラスト・ベルト」(錆びついた工業地帯)と呼ばれるようになります。
しかし、民主党はそのラスト・ベルトの労働者たちの具体的な救済案を出せず、代わりに彼らの救済を掲げたニクソンやレーガンといった共和党候補者に取って代わられていたのです。
2016年の大統領選でも、トランプはラスト・ベルトでの演説を精力的に行いましたが、一方のヒラリーは選挙直前に訪れただけでした。それが、ヒラリー敗北につながったというのです。
実はマイケル・ムーアは、そのラスト・ベルトの一つ、ミシガン州フリント出身。
元々彼がドキュメンタリー作家として名を上げたのも、故郷の困窮ぶりを訴えるべく、父親が自動車整備工をしていたゼネラル・モーターズ(GM)を追及した映画『ロジャー&ミー』を撮ってからでした。
ラスト・ベルトの現状を憂うムーアは、2016年の大統領選の民主党予備選で大統領候補として立候補したバーニー・サンダースにインタビューします。
サンダースは、ウォール街の金融業者からの献金を受けていたヒラリーを批判しつつ、公立大学の無償化や金融業界の規制を掲げて、若者や貧困層の支持を集めていました。
しかし、政策が行き過ぎた(とみなされる)候補を阻止する「スーパー代議員」なる民主党の制度によって、ヒラリーに候補者争いで敗れてしまうのでした。
これにより、失望したサンダース支持者は大統領選に興味を失い、さらに共和党がトランプを候補に選んだことに多くの国民が拒否反応を示し、2016年の大統領選の投票率は史上最低レベルの55%に、約一億人が大統領選挙に参加しないという結果となってしまったのです。
トランプはサンダースのように、共和党の政治家たちを「ウォール街の回し者」と揶揄する一方で、労働者たちの救済をすると掲げて支持を集め、大統領となりました。
しかし、ムーアはトランプの労働者救済はハッタリだと断罪。その例として、地元フリントを悩ませる汚染水問題を提示します。
トランプの支援を受けてミシガン州知事となったリック・スナイダーは、就任すると公共事業を民営化し、自動車工場の閉鎖などにより財政破たんした町の立て直しを図ります。
その計画の一つとして、フリントの水道に安い鉛管を使用。しかし、これにより水に鉛が混入。子供たちに深刻な障害が出てしまうのでした。
ムーアは、水の危険性を訴える地元の病院関係者や、水の危険濃度の隠ぺいを強要されたという人物の話を聞く一方で、フリントの水が安全かをアピールしてほしいと、フリントの水を持参してスナイダーを訪ねるのでした。
トランプ政権下においては、今の民主党に希望を見出すことはできないのか?
そこでムーアは、民主党の新たな顔にスポットを当てます。
なかでも、2018年6月28日に行われた中間選挙に向けた予備選挙において、ニューヨークのクイーンズ&ブロンクス地区に出馬したプエルトリコ系の28歳の女性候補アレクサンドリア・オカシオ=コルテスに密着。
彼女は、あのバーニー・サンダースの選挙キャンペーンスタッフとして働いていた経歴を持ち、サンダースの福祉重視の政策を継ぐ形で、初出馬にして見事に現職のベテラン下院民主党議員を破りました。
ムーアは、アレクサンドリアのように、民主党の内部から政治を変えようとする若手候補者にもカメラを向けます。
映画『華氏119』の感想と評価
マイケル・ムーア監督といえば、過去作『ボウリング・フォー・コロンバイン』や『シッコ』などに代表されるように、ユーモアを交えたアポなし取材でアメリカが抱える闇を追究するスタイルで知られます。
しかし、本作『華氏119』では、そうしたゲリラ取材はほとんどありません。
それどころか、後半での、トランプ政権とナチス政権をダブらせていく構成には戦慄を覚えました。
ここまで分かりやすく、あからさまにトランプ政権に警鐘を鳴らした人物も、そういないのではと思わせるほどです。
そういう意味では、本作はマイケル・ムーア作品の中でも最もシリアスかつ深刻度が高い内容といえるかもしれません。
まとめ
本作『華氏119』は、公開ギリギリまでマイケル・ムーアによる編集作業に時間が費やされたのだとか。
それは、トランプ再選阻止&アメリカの右傾化を憂慮したムーアが訴えたいことを、とことんまで詰め込みたかったからに違いないでしょう。
ジョージ・W・ブッシュの再選を阻止すべく『華氏911』を作ったムーアでしたが、結果的にブッシュは再選されました。
はたして「悪の天才」とムーアが称するトランプの再選阻止はなるのか?
その答えは、2年後に分かります。