こんにちは「Cinemarche」のシネマダイバー、金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介する作品は、狡猾な殺人鬼に翻弄される、刑事の孤独な戦いを描いた、実話をもとにした犯罪サスペンス『暗数殺人』です。
恋人の殺害容疑で逮捕されたテオ。
「自分が殺したのは全部で7人」と、他の殺人事件に関し自白を始めた事で、刑事のヒョンミンは、警察などが認知していない殺人「暗数殺人」である可能性を感じ、独自の捜査を開始する犯罪サスペンス。
主演は2008年の映画『チェイサー』で主演を務め、その演技が絶賛され、数々の賞を受賞したキム・ユンソク。
殺人犯のテオ役に、ラブロマンスからヴァイオレンスアクションまで、幅広い作品に出演し、今や「韓国映画界を代表する俳優の1人」と評されるチュ・ジフン。
監督は、韓国映画界最高峰の栄誉とも言われる「青龍映画賞」で脚本賞を受賞するなど、注目の若手監督キム・テギュン。
CONTENTS
映画『暗数殺人』のあらすじ
韓国の麻薬捜査官のキム・ヒョンミンは、雇っている情報屋からある男を紹介されます。
カン・テオと名乗るその男は「死体をバラバラにして、運ぶのを手伝った」と、ヒョンミンに告白します。
その瞬間、テオを恋人殺しの容疑で張り込んでいた刑事が突入し、ヒョンミンの目の前でテオが逮捕されます。
数日後、ヒョンミンが趣味のゴルフを楽しんでいると、獄中のテオから連絡があり「本当は7人殺した」と伝えられます。
テオの証言を聞くため、刑務所へ面会に行ったヒョンミンは、テオから恋人の殺害について、具体的な供述を得ます。
ヒョンミンはテオの証言をもとに、殺害現場を独自捜査し、恋人殺害の証拠を手に入れます。
この事により、テオ逮捕の為に警察側が揃えた証拠は、全て捏造であった事が発覚。
テオは求刑より5年短い判決となり、ヒョンミンと刑事側に亀裂が入ります。
ヒョンミンは、テオから6人全員の殺害に関する証言を得ますが、具体的な話を聞こうとすると、テオは激情し、まともに話ができる状況ではなくなります。
しかし、テオの証言が全て具体的であった事から、ヒョンミンは、本件が表に出ていない殺人事件「暗数殺人」であると確信します。
ヒョンミンは捜査の為に、麻薬捜査課から刑事課に移りますが、刑事課長から言われた事は「この件には関わるな」でした。
サスペンスを構築する要素①「実際の事件をもとにした犯罪サスペンス」
警察さえも手玉に取る殺人犯、テオにに立ち向かう刑事ヒョンミンの執念を描いた映画『暗数殺人』。
タイトルとなっている「暗数」とは、犯罪統計において、警察などが認知している犯罪件数と、実際に起こっている件数との差を指す言葉です。
本作の主軸は「自分は7人殺した」と自白したはずのテオが、巧みに供述を変え、ヒョンミンを翻弄し「実際は、何人殺したのか?」を明らかにできるか?という部分になります。
かなりショッキングな内容ですが、恐ろしい事に、本作は2010年に韓国の釜山で実際に発生した、殺人事件をモデルにしています。
本作の上映に関して、事件の被害者遺族が裁判所に上映禁止仮処分申請を提出し、制作会社側が謝罪するという事態が起きています。
ただ逆に、事件の被害者の息子とされる人物が「上映に関して賛成である」という内容の文章をSNSで公開し、こちらも話題になりました。
このように、本作で描かれている内容は、現在も韓国に、大きな影を残している事件となります。
サスペンスを構築する要素②「異色とも言える刑事と犯罪者の対決」
本作では、殺人犯のテオと、刑事ヒョンミンの攻防戦が物語の中心となります。
とは言え、テオは7人の殺害に関与した事を認めていますので、すぐに終わりそうな話ではあるのですが、問題は一筋縄ではいかない、テオのキャラクターとなっています。
最初はヒョンミンを頼るように、協力的な態度を見せていたテオですが、徐々に態度が大きくなり、最後には文字通り、ヒョンミンを見下すような話し方をします。
また、性格も非常に情緒不安定で、その証言は一切信用できない為、警察内では、テオに関わらない事が正しいとされています。
このテオを演じたチュ・ジフンの演技力が凄まじく、本当に何を考えているか分からないテオを、不気味に演じており、チュ・ジフンは本作で、韓国の映画祭で主演男優賞を受賞しています。
韓国映画だと、テオのような狡猾な犯罪者に対抗するのは、切れ者であったり、暴力的な刑事であったりする印象が強いですが、本作の刑事ヒョンミンは、どちらでもありません。
捜査が好きで警察をやっていますが、それ以外は普通の人物で、作品の中盤まではテオの自供に頼りっぱなしという、情けない印象さえ受けるキャラクターとなっています。
主人公の刑事が、殺人犯の掌で転がされ続けるという、鑑賞していてストレスが溜まる展開が続きます。
ヒョンミンは、韓国映画に登場する主役の刑事としては、かなり異質なキャラクターですが、主演のキム・ユンソクは、実際の刑事とも会っているので、リアリティを追求した結果かもしれません。
しかし、ヒョンミンの中にある確固たる正義が、ラストはテオの全てを打ち砕く結果となります。
サスペンスを構築する要素③「孤独なヒョンミンの執念の捜査」
凶悪な知能犯であるテオに、韓国警察は関わろうとしない為、ヒョンミンは孤独な捜査に挑む事となります。
前述したように、ヒョンミンは突出した能力の無い、普通の刑事の為、その捜査は地道そのものです。
事件の目撃者から聞き込みを行い、現場を捜索して証拠品を探し、科捜研で指紋とDNAを鑑定、さらに現場検証で確証を得ようとする、本当に地道で地味な捜査を展開しますが、警察をテーマにした映画の、リアルな面白さが詰まっています。
地道に真実を手繰り寄せるヒョンミンの姿は、秀でた能力が無い、普通の人だからこそ共感できる部分があり、ヒョンミンの努力を一瞬で打ち砕く、テオの狡猾さが、憎たらしい程に際立っています。
映画『暗数殺人』まとめ
実際の殺人事件を、緻密な脚本で描いた本作は、かなり重厚なサスペンスです。
見どころは、テオとヒョンミンの攻防戦ではあるのですが、実はラストで、ヒョンミンは全く、テオを相手にしていなかった事が分かります。
ヒョンミンの希望は、テオに殺害されたにも関わらず、届け出さえ出されていない犠牲者の弔いであり、テオを2度と刑務所から出さないような、重い処罰が課される事でした。
ラストにヒョンミンがその事を突きつけ、テオの表情が一気に変わる場面は、テオの自尊心が一瞬で砕かれる、名場面となっています。
今も認知されていない、殺人事件の犠牲者への想いが『暗数殺人』というタイトルに反映されているのでしょう。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに。