こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介する作品は、孤島を舞台に、3人の灯台守が狂気に支配されるミステリースリラー『バニシング』です。
1900年に実際に発生した失踪事件「フラナン諸島の謎」を題材に、3人の灯台守の運命を大胆な解釈で描いた作品。
2007年の大ヒットアクション映画『300 スリーハンドレッド』で知られる、ジェラルド・バトラーが、本作の主演を務めています。
CONTENTS
映画『バニシング』のあらすじ
スコットランド沖の無人島に渡った、トマス、ジェームズ、ドナルドの3人。
彼らは、6週間に渡り灯台を灯し続ける灯台守の仕事の為、この無人島へやって来ました。
トマスは25年間、灯台守を続けて来たベテランで、短気な大男のジェームズと、新米の若者ドナルドを、少し不安に感じていました。
ある晩、無人島を大嵐が襲い、3人は恐怖を感じながらも、一晩耐え抜きます。
そして翌日の朝、大嵐で息絶えた鳥の死骸を片付けていたドナルドは、島の渓谷に男が倒れているのを発見します。
ドナルドは、トマスの命令で、危険な渓谷の下へ降りて行き、男の生存を確認しますが、男は息絶えていました。
しかし、ドナルドは、男が荷物を持っていた事に気付き、中身を確認します。
その中には、金塊が入ってました。
渓谷の上で待機している、トマスとジェームズに、金塊を見つけた事を報告するドナルド。
ですが、ドナルドの背後から、息絶えたはずの男が襲い掛かってきました。
サスペンスを構築する要素①「実際の失踪事件を大胆な解釈で映像化」
3人の灯台守が、金塊を得た事をキッカケに、精神的に狂い始める恐怖を描いた、映画『バニシング』。
本作は、1900年12月に実際に発生した「フラナン諸島の謎」と呼ばれる、失踪事件を題材にしています。
「フラナン諸島の謎」とは、フラナン諸島の「アイリーン・モア島」に設置された灯台から、ジェームズ・デュカット、ドナルド・マッカーサー、トマス・マーシャルの、3人の灯台守が、突如姿を消したという不可解な事件です。
事件の前日が、大荒れの天候だった事から、当初は事故として考えられましたが「灯台に見慣れない海藻が散乱されていた事」と「3人分の防水服やゴム長靴が無くなっていた」という不可解な点がありました。
灯台守が全員、灯台の内部からいなくなる事は、職務放棄とされ、当時では絶対に考えられない事でした。
さらに、トマスが書いていた日誌が見つかり、失踪直前まで、ジェームズとドナルドが錯乱状態であった事が判明します。
以上の点から、100年が経過した現在も、真相が不明のこの事件は、3人の内の誰かが錯乱し、2人を殺害したという説も浮上しています。
もし、それが事実だとしたら、錯乱するキッカケは何だったのでしょうか?
本作は、「フラナン諸島の謎」に迫った実録映画ではなく、失踪事件の仮説を、大胆な解釈で描いた作品となります。
サスペンスを構築する要素②「立場も年齢も違う3人の男」
本作の登場人物は少なく、メインの物語は3人の男により展開されます。
ベテランの灯台守で、新米のドナルドに厳しい、老人トマス。
早くに両親を亡くし、ジェームズを父親のように頼りにしている、若者のドナルド
短気な大男ですが、根は優しく家族想いの、中年男のジェームズ。
登場する3人の男は、年齢も立場もバラバラで、物語の序盤では、若いドナルドを、ベテランのトマスが煙たがっており、その間にジェームズが入り、仲を取り持つという、言わば家族的なやりとりが展開されます。
ですが、島に流れ着いた男が、持っていた金塊の存在から、3人の関係は崩れて行きます。
物語の中盤以降、家族的であった3人の関係は目まぐるしく変化していきますが、これは、実際に灯台内に残されていた、トマスの日誌に書かれた内容を、反映させた展開となっています。
サスペンスを構築する要素③「金塊を巡る二重のサスペンス」
本作の特徴は、前半と後半で大きく分けて、異なる2つのサスペンスが展開される点です。
まず1つ目は、島に流れ着いた金塊を隠した事から始まる「正体不明の何者かに狙われる」という展開です。
金塊を持っていた男や、金塊を追って来た男たちの正体は不明ですが、迷う事なくトマスを拷問し、命を奪おうとしていた辺り、危険な人物である事は確かです。
3人の灯台守は、金塊を奪ってしまった事から始まった、正体不明の相手との戦いに、精神的に追い込まれる事になります。
そして後半は、2つ目の展開となる「3人の人間関係の崩壊」。
この中心となるのが、トマスとドナルドの仲を取り持っていた、ジェームズです。
金塊を巡る一連の流れで、人の命を奪ってしまった事に、ジェームズは罪悪感を抱き「家族に顔向けできない」と、精神が崩壊してしまいます。
ジェームズの心情を考えると悲しい展開ですが、演じているのが、『300 スリーハンドレッド』で主演を務めた、大男のジェラルド・バトラーなので、情緒不安定になっていく様子は、かなり怖いです。
ドナルドが、身の危険を感じるようになるのも仕方ないでしょう。
そして、監督のクリストファー・ニーホルムは、欲を出してしまったせいで、お金以上の大事な関係が崩壊した事で起きる、灯台守の悲しい物語という形で、「フラナン諸島の謎」に関して、独自の答えをラストで提示します。
映画『バニシング』まとめ
監督のクリストファー・ニーホルムは、何故、100年以上も前の失踪事件に挑んだのでしょうか?
前述した通り、本作は実録映画ではなく、「フラナン諸島の謎」を題材にしたフィクションです。
おそらく、クリストファー・ニーホルムが描きたかったのは、怪しいと分かっていても、金塊を手にいれなければならない、貧しく不安定な状況に追い込まれている、ジェームズとドナルドを通した、現在の社会への問題点でしょう。
将来が見通せない不安定さは、時に醜悪な事件に結びつきます。
当初は、金塊を隠す事を反対していたトマスが、計画を主導する事を決めたのも、まだ先の長い、ジェームズとドナルドの不安を理解しての事でしょう。
本作は孤島を舞台にした、限られた登場人物の、人間関係の変化が重要な点となる作品です。
その為か、全体的に息苦しさを感じる作品なのですが、この何とも言えない息苦しさを、クリストファー・ニーホルムは狙ったのかもしれませんね。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに。