こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介する作品は、妻を誘拐され、警察からも見放された男が、独自の捜索で犯人を追い詰めるアクション・サスペンス『無双の鉄拳』です。
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映画『無双の鉄拳』のあらすじ
市場で鮮魚を販売して暮らしているドンチョル。
彼は自分を「兄貴」と慕うチュンシクと常に一緒にいます。
お人好しで人を疑わないドンチョルは、過去に何度も騙されてきましたが、この日も知り合いの社長から「キングクラブ」の取引を持ちかけられ、運用資金を渡してしまいます。
ですが、「キングクラブ」を積んだ船が中国の領海に入ってしまい、中国側に拿捕されてしまったという情報が入ります。
また騙されたドンチョルに、流石のチュンシクも愛想を尽かした様子でした。
ドンチョルは妻のジスを迎えに行き、車で自宅に戻る最中、金貸しのギテに車を追突されます。
ギテの子分はお金で解決しようとしますが、その態度に怒ったジスは、車から降りて子分に詰め寄ります。
後部座席で一部始終を見ていたギテは、子分に暴行を加え、ドンチョル達に謝罪をさせてその場を去ります。
数日後、ジスの誕生日を祝う為、高級レストランを予約したドンチョル。
ですが、「キングクラブ」の取引の為にドンチョルが新たに多額の借金をした事を知ったジスは、怒って帰ってしまいます。
帰宅して冷静になったジスは、ドンチョルに謝罪のメールを送ります。その直後、自宅に数名の男たちが侵入してきます。
しばらくして、帰宅したドンチョルは、家にいるはずのジスの姿が無く、荒らされた自宅を目の当たりにします。
サスペンスを構築する要素①「警察も頼れない独自の誘拐捜査」
本作の物語の軸となっているのは、「突然誘拐された妻のジスを、ドンチョルがどうやって探し出すか?」という問題です。
警察もまともに取り合ってくれず、味方といえば弟分のチュンシクと探偵のコムだけですが、正直頼りになりません。
追い詰められた状況に、かつて「雄牛」と呼ばれたドンチョルの暴力性が覚醒します。
邪魔する者は蹴散らし、刑事の車でも迷うこと無く爆発させる。
強引とも言える独自捜査で、新たな事実を1つずつ探り出し、徐々に核心へと近付いていくドンチョル。
1つ1つの情報を手繰り寄せ、丁寧に繋いでいく展開のストーリー構成は、実に細かく練り上げられているという印象です。
サスペンスを構築する要素②「力だけでは勝てない、ギテの狡猾さ」
追い詰められた状況に、裏社会で「雄牛」と呼ばれた本性を覚醒させるドンチョル。
「舐めていた相手が殺し屋」というのは、最近のアクション映画で人気のある展開とも言えますね。
ただ、本作は敵側のギテが実に狡猾で、ドンチョルを嘲笑うように逃げ回ります。
力が強いだけでは絶望的な状況を覆すことが出来ず、ギテが常に有利な状況で物語は進行します。
しかし、前述したように、本作は1つ1つの情報を手繰り寄せ、丁寧に繋いでいく展開となっています。
当初、ドンチョルには姿さえも見えなかったギテを、情報を繋ぎ合わせて追い詰めていき、徐々に形勢が逆転していく展開は、ラストに近づくにつれて、ドンチョルがギテを叩きのめす瞬間を観客に期待させ、盛り上がっていく効果を生んでいます。
サスペンスを構築する要素③「最後まで追い詰めきれないもどかしさ」
情報を手繰り寄せながら、ギテを追い詰めていくドンチョル。
ですが、ドンチョルがギテを、なかなか追い詰めきれない展開が続きます。
警察署やレストランでは、ギテが確実に近くにいて、自分を見張っている事が分かっていても場所が特定できない。
ビデオ通話では、ジスを人質に殺人を命じられ、顔が見えているのに手が出せない、もどかしい展開となります。
後半でギテのアジトに乗り込んでも、ギテはその場におらず、クライマックスでドンチョルとギテが鉢合わせしても、しぶとく逃げ続けられます。
何度も、ギテを追い詰めきれない展開が続いた後、ドンチョルはギテが圧倒的に有利だった、誘拐ゲームをラストに覆します。
この瞬間は、まさに映画だからこそ味わえる、至福の瞬間とも言えますので、ギテにたどり着くまでの長い道のりや、ギテがドンチョルに見せる、極限とも言える土下座も合わせて、是非お楽しみ下さい。
映画『無双の鉄拳』まとめ
本作は、主人公のドンチョルを演じた、マ・ドンソクの演技が光る作品です。
前半では、優しくてお人好しのドンチョルを愛嬌たっぷりに演じていますが、中盤以降からは、一切の感情を持たず、目的の為なら手段を選ばない、恐ろしいドンチョルを演じています。
前半と後半では、明らかにドンチョルの目つきが違い、作中で豹変する瞬間があるので、そちらも注目して下さい。
また、ドンチョルと敵対するギテは、表情豊かでユーモラスなキャラクターです。
作中で、口を半開きにして、状況を品定めするような、すこし間抜けな表情を見せるのですが、逆に何を考えているか分からず、ギテの狂気を際立てています。
作品後半で、感情を見せなくなるドンチョルに対し、ギテは過剰なまでに喜怒哀楽が激しく、正反対とも言える2人のキャラクターは、追い詰める者と追われる者の、それぞれの立場を体現しています。
キム・ミンホ監督は、5年の歳月をかけて、ドンチョルをマ・ドンソクの為のキャラクターに仕上げ、ギテを演じたキム・ソンオは、キム・ミンホ監督と何度も話し合い、台本をボロボロにしながら、ギテというキャラクターを作り上げました。
本作は、そんな両者の激しい演技合戦にも注目です。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も魅力的な映画を取り上げ、作品の魅力と手法などについて考察していきます。