こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介する作品は、2019年5月3日から公開される、妻を殺された男の復讐劇を描いたノワール・スリラー『キュクロプス』です。
CONTENTS
映画『キュクロプス』のあらすじ
妻と愛人を殺害した罪で、14年の服役を終えた篠原洋介は、事件のあった街へと戻っていました。
篠原は服役中に、自分を訪ねてきた刑事、松尾から「真犯人は別にいる」と聞かされます。
篠原の事件を担当した松尾は、当時から捜査に違和感を抱いていましたが、捜査の方針に口出しできず、篠原に濡れ衣を着せる形となってしまいました。
松尾は「その事を後悔している」と、篠原に真犯人を教え「報復するなら、目を瞑る」と伝えます。
真相を聞かされ荒れ狂う篠原ですが、亡き妻、亜希子の敵を討つため、真犯人であるヤクザの若頭・財前を殺すことを決意します。
篠原は松尾から、情報屋である西を紹介され、財前を殺す為に射撃の訓練などの手ほどきを受けます。
着々と進む、篠原の復讐計画。
それと共に、篠原は事件当日の記憶が徐々に蘇るようになり、悪夢を見るようになります。
ある日、篠原は偶然立ち寄ったバーで、亜希子に似た女性ハルと出会います。
驚いた篠原は、逃げるように店を立ち去りますが、後日、再びバーを訪れます。
それは、亜希子に似たハルに、救いを求めているようでもありました。
しかし、篠原はバーでトラブルを起こした事で、財前に存在を知られてしまいます。
そして篠原の復讐は、思わぬ事態へ転がっていきます。
サスペンスを構築する要素①「無謀とも思われる復讐計画」
本作は、妻を失い人生を狂わされた男、篠原の復讐劇が物語の軸となります。
篠原が復讐すべき相手、財前はヤクザの若頭であり、容易に近づける相手ではありません。
篠原は刑事の松尾と、松尾が連れてきた情報屋の西の協力を得て、着実に復讐の準備を進めます。
ですが、亡き妻の亜希子に似た女性、ハルとの出会いで、復讐を果たす為だけに生きてきたはずの、篠原の心に動揺が走ります。
素性がバレると計画に支障がある為、勝手な行動を慎むように忠告する松尾を無視し、結果的に財前に近づく形になってしまう篠原。
ただでさえ、実行不可能とも思われる計画が、篠原の人間的な弱さにより、さらに危うい方向に転がっていきます。
サスペンスを構築する要素②「渦巻く疑心暗鬼」
篠原の復讐を手助けする松尾と西。
何故この2人は、無謀とも思える篠原の復讐を手助けするのでしょうか?
松尾は篠原の捜査を担当した際に、違和感を抱いたまま篠原の刑が確定してしまった事を後悔し「罪滅ぼしの為」と語っています。
一方、西の目的は不明。
西は事あるごとに「こっちも命を賭けている」と語りますが、その真意は明かされず篠原も不信感を抱きます。
無謀とも思える復讐計画に、信用できない人間からのサポートを受けるしかなくなった篠原。
「何を信じて良いのか?」という不安を感じながらも、松尾と西の手助けを受けるしか無いという状況が、篠原をさらに苛立たせます。
また、松尾と西も、身勝手な行動を取り始める篠原に、不信感を抱くようになります。
3人の中で渦巻く疑心暗鬼。
それでも進めていくしか無い復讐計画。
異常とも言える状況が、作品に溢れる緊張感をさらに高めていきます。
サスペンスを構築する要素③「絵画に込められた意味」
オディロン・ルドンの絵画《キュクロプス》(1898〜1900年頃に作画)
映画のタイトル『キュクロプス』は、作中にも登場する絵画のタイトルでもあり、画家のオディロン・ルドンによって制作された作品です。
花に囲まれた洞窟で寝ているニンフの後ろに、岩山に囲まれた丘から姿を現した一つ目の怪物、キュクロプスのポリュペーモスが、彼女を見下ろしている様子を描いています。
ニンフを見下ろしていると思われる、ポリュペーモスの視線は上向きになっており、鑑賞しているこちら側を見ているようにも感じます。
また、ポリュペーモスは「人食いの怪物」として描かれる事もありますが、この絵画では「穏やかで気まぐれな生き物」として描かれています。
絵画は鑑賞者が受ける印象で、解釈がいろいろと変わる所が面白い部分でもあり、同じ物を見ていても、その人の立場や考え方で、事実の解釈も変わるという事です。
篠原は、亜希子が殺害された事件当日、酒に酔っており記憶が残っていません。
事件の真相は、松尾から見た視点のみでしか分かりません。
篠原は自身の両目で、事件を捉える事ができるのでしょうか?
サスペンスを構築する要素④「一筋縄ではいかない登場人物」
復讐に取り憑かれた男の、無謀とも思える計画を描いた映画『キュクロプス』。
最初から最後まで緊張感の溢れる作品ですが、人間の本質的な部分も描かれています。
特に主人公の篠原は、妻を失い人生を狂わされ、自暴自棄ともいえる復讐に取り憑かれますが、妻の亜希子を守れなかった後悔を抱き、苦しみ続けるという弱さを持った人物です。
篠原は、射撃訓練の途中で出会った野良犬を飼い、可愛がるのですが、この野良犬とのやりとりで、篠原の優しさと人間臭さを際立たせています。
また、錯綜する情報に右往左往しながら、計画を進めようとする篠原の姿は、情報化社会の中で右往左往している現代人の姿と被ります。
本作は、ただの犯罪映画ではなく、人間の持つ本質的な弱さや優しさを描き、情報が錯綜する現代で「何を信じて生きるべきか?」を問いかける作品となっています。
本作は篠原以外の登場人物も、魅力的なキャラクターが多く、篠原を小馬鹿にしたような態度を取る西、時に感情的になりながらも、篠原をサポートする松尾。
そして、復讐を決心した篠原の心を惑わせる存在となるハル。
特に篠原の復讐相手となる、ヤクザの財前は、何を考えているのか分からない掴みどころのない人物で、コミカルな雰囲気だからこそ際立つ、異常さや恐ろしさを兼ね備えており、面白いキャラクターです。
『キュクロプス』は、練り込まれたストーリーだけでなく、一筋縄ではいかない登場人物も見どころとなっています。
映画『キュクロプス』まとめ
本作の監督である大庭功睦は、自身の貯金を全て投じて本作を制作し、10日間というハードなスケジュールで撮影しました。
大庭監督の作品に込められた情熱が実を結び「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018」では高い評価を受け「シネガーアワード」と「北海道知事賞」のダブル受賞を達成しています。
さまざまな情報が飛び交う現代に、人間としての本質的な部分を問いかける本作は、手に汗握る展開と相まって、見応えのある作品です。
そして、絵画《キュクロプス》をタイトルにした本作の意図は?
実際に映画を鑑賞して、皆さんの両目で作品の本質を捉えて下さい。
映画『キュクロプス』は、2019年5月3日(金)より、テアトル新宿他で順次公開となっています。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も魅力的な映画を取り上げ、作品の魅力と手法などについて考察していきます。