Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

映画『ジェイルバード』あらすじ感想と評価解説。多様的な視点で描かれた人間の成長過程|2023SKIPシティ映画祭【国際Dシネマ】厳選特集2

  • Writer :
  • 桂伸也

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023国際コンペティション部門 アンドレア・マニャーニ監督作品『ジェイルバード』

2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能の発掘と育成を目指した映画祭です。

第20回を迎えた2023年度はコロナ禍収束傾向の状況もあってか例年通りの賑わいを取り戻し、オンライン配信も並行して行われる中、7月23日(日)に無事その幕を閉じました。

今回ご紹介するのは、国際コンペティション部門にノミネートされた アンドレア・マニャーニ監督作品『ジェイルバード』です。

【連載コラム】『2023SKIPシティ映画祭【国際Dシネマ】厳選特集』記事一覧はこちら

映画『ジェイルバード』の作品情報


(C)Pilgrim Film

【日本公開】
2023年(イタリア、ウクライナ合作映画)

【原題】
La lunga corsa

【英題】
Jailbird

【監督】
アンドレア・マニャーニ

【出演】
アドリアーノ・タルディオーロ、ジョヴァンニ・カルカーニョ、ニーナ・ナボカ、バルボラ・ボブーロヴァ

【作品概要】
刑務所で生まれ、ここが自身の家と住み続けるジャチントと、看守ジャックとの間に育まれた家族のような愛情の姿を、時に笑いと涙を交えて描きます。本作はタリン・ブラックナイト映画祭のコンペティション部門でワールド・プレミア上映されました。

作品を手掛けたのは、長編デビュー作『Easy』(2017)に続き本作が長編第2作となるアンドレア・マニャーニ監督。デビュー作はロカルノ国際映画祭新鋭監督部門に選出、イタリアのアカデミー賞に当たるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の新人監督賞にもノミネートされました。

主人公ジャチント役には、『幸福なラザロ』(2018)に出演したイタリアの新星アドリアーノ・タルディオーロ。またジャチントが家族のように慕う看守長ジャック役を、『シチリアーノ 裏切りの美学』(2019)、『夜よ、こんにちは』(2003)などのジョヴァンニ・カルカーニョが演じました。

アンドレア・マニャーニ監督のプロフィール

イタリアの脚本家、監督、プロデューサー。
初長編監督作『Easy』(2017)はロカルノ国際映画祭でプレミア上映され、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では新人監督賞と主演男優賞にWノミネートされるなど、世界各地で賞を獲得した。脚本とプロデューサーを務めた、ダヴィデ・デル・デガン監督の『Paradise』(2019)はイタリアのゴールデングローブ賞新人監督賞を受賞した。

映画『ジェイルバード』のあらすじ


(C)Pilgrim Film

刑務所で囚人の両親の間に生まれたジャチント。

父親は生まれたばかりの彼を盾にとって脱獄、母親は彼の知らぬ間に仮出所し行方をくらましていましたが、彼にとってそんなことはどうでもいいこと。

看守のジャックや終身刑の身にあるロッキーらと過ごす刑務所での生活は、塀の外など想像もできない平穏な世界でした。

そんな彼の将来を案じたジャックは、ある日神父が管理する孤児院に彼を引き取らせます。しかし塀の外の生活になじめず、孤児院の子供たちからもいじめられっぱなしの彼は、たびたび脱走し刑務所への帰還を試みます。

失敗を繰り返しながらもいつしか成人となったジャチントは、ジャックの計らいで看守として刑務所に戻ります。

ロッキーにも再会し再び安堵の日々を迎えるはずの彼でしたが……。

映画『ジェイルバード』の感想と評価


(C)Pilgrim Film

若干自閉症気味な主人公ジャチント。そんな彼が誰も寄り付かないはずの刑務所生活で自身の居場所を確保すべく奔走する姿は、とても滑稽でつい笑いがこみあげてきます。

しかし一方で、巧みに構成されたコメディストーリーには風刺的な香りも感じられる中、多様性を叫ばれる近年の潮流に対するメッセージを投げかけます。

アンドレア・マニャーニ監督は、今回のSKIPシティ国際映画祭に向けたメッセージの中で、この作品について以下のようなメッセージを述べました。

「人は外の世界から身を守るために柵や檻を作ります。
その鉄格子を破り、恐怖を受け入れる勇気をもち、世界が私たちの人生にもたらすことができる素晴らしさを見つけることができて初めて、真の人生が始まることを、往々にして理解していません。
本作は“脱獄”の物語なのです。」
(「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023」公式サイトより)

刑務所で生まれ、洗礼まで受けたジャチントは、両親の愛情にも恵まれなかったにもかかわらず赤の他人のはずであった看守のジャック、終身刑受刑者のロッキーに家族のような扱いを受け、この場所をまさしく我が家として成長していきます。

そんな彼の身を案じたジャックは刑務所から孤児院へ彼を送り、陰湿な世界から脱却させることを望みます。ところがジャチントは刑務所に戻るべく、悪事すら画策してしまいます。

そして看守として刑務所に戻ってきたジャチント。彼は望み通りの場所に戻ってきただけに一生懸命働くと思いきや、やることなすことチョンボばかりでジャックをイラつかせます。

彼の人生を案じ、「正しい生活」を送らせるように奮闘する周囲の人間の思いとは裏腹に、不可解な行動をする彼の振る舞いは、世でいわれている「当たり前の暮らし」「人並みの生活」という意識に、疑問すらおぼえさせてきます

それは「人それぞれ目指しているゴールの形は明確ではないけど、確かにそれは存在し確実に自分の力でそのポイントを目指している」はずが、他人の勝手な解釈でそのゴールを捻じ曲げられているような状態のようでもあります。

ジャチントが目指したゴールは確実に本人が欲した結末であり、周りの理解、不理解に左右されるものではなかったはず。ある意味広義の多様性というポイントに言及しており「相手のことを理解はできないが、そこ(ゴール)を目指したいという意思は認める」という考えに言及している印象をおぼえるでしょう。

まとめ


(C)Pilgrim Film

どちらかというと小太り気味でパッとしないルックスのジャチントを演じたアドリアーノ・タルディオーロのたたずまいは、ユーモラスながらどこか人間の芯にある弱さ、繊細さを示しているようでもあり、非常に大きな意味を発する存在感を示しています。

またエンディングでジャチントはある意味、彼が望まなかった方向に進んでいきますが、ここはまさしくマニャーニ監督がコメントした「脱獄」の構図が描かれていまました。

このシーンではジャチント自身の意識の変化すら感じられ、新たな道に進むためのさまざまな思いのようなものが見えてきます。

こうした物語の伏線、構成、俳優陣個々の雰囲気など、表現すべきテーマに向けてのこだわりが強く感じられる作品であり、見た後にはきっと自身の人生を前向きな気持ちで改めて考えたくなることでしょう。

【連載コラム】『2023SKIPシティ映画祭【国際Dシネマ】厳選特集』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』評価解説。海外の“ジョーシキ”を略奪せよ!|だからドキュメンタリー映画は面白い16

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第16回 あのマイケル・ムーアが、ドキュメンタリー作家から“侵略者”に転身!? 『だからドキュメンタリー映画は面白い』第16回は、2016年公開の『マイ …

連載コラム

【池田美郷インタビュー動画】シアターモーメンツ新作『#マクベス』身体の表現方法と劇団への想いを語る| THEATRE MOMENTS2019⑥

連載コラム『THEATRE MOMENTS2019』第6回 ©︎Cinemarche 「日本発のワールドスタンダード演劇」をモットーに、これまで精力的な取り組みを展開してきた劇団シアターモーメンツ。 …

連載コラム

『影裏』映画と原作小説との違いをネタバレありでラストまで考察。岩手ロケ地とグルメに至るまで郷土愛に満ちた監督のこだわり|永遠の未完成これ完成である8

連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第8回 映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。 今回、紹介するのは、映画『影裏』です。 第157回芥川賞を受賞した、岩手 …

連載コラム

映画『空の瞳とカタツムリ』考察。村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』との比較から|映画道シカミミ見聞録33

連作コラム「映画道シカミミ見聞録」第33回 こんにちは、森田です。 今回は2月23日から池袋シネマ・ロサ他で公開となる映画『空の瞳とカタツムリ』を紹介いたします。 4人の男女をめぐる愛と喪失の物語。こ …

連載コラム

映画『オキシジェン』ネタバレあらすじ感想と結末解説。タイトルの意味がメラニーロランの熱演で体現される|Netflix映画おすすめ37

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第37回 記憶喪失の主人公が閉じ込められた極低温ポッドからの脱出を目指すシチュエーションスリラー映画『オキシジェン』。 記憶を失い、極低温ポ …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学