連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第9回
映画『聲の形』は、耳が不自由な少女とその少女をいじめたことが原因で、コミュニケーションが苦手になった少年の切なく美しい青春ストーリーです。
原作は「マンガ大賞」などで高い評価を受けた大今良時の『聲の形』。京都アニメーションと山田尚子監督によりアニメーション映画化されました。脚本を『たまこラブストーリー』や『ガールズ&パンツァー』を手がけた吉田玲子が担当しています。
映画『聲の形』の作品情報
【公開】
2016年(日本映画)
【原作】
大今良時
【脚本】
吉田玲子
【監督】
山田尚子
【声の出演】
入野自由、早見沙織、悠木碧、小野賢章、金子有希、石川由依、潘めぐみ、豊永利行、松岡茉優、小島幸子、武田華、小松史法、谷育子、鎌田英怜奈、濱口綾乃、綿貫竜之介、西谷亮、増元拓也、ゆきのさつき、平松晶子
【作品概要】
映画『聲の形』は、京都アニメーション所属の山田尚子による長編映画監督3作目となる作品。『週刊少年マガジン』に連載され、「このマンガがすごい!」や「マンガ大賞」などで高い評価を受けた大今良時の漫画『聲の形』が原作です。アニメーション制作は『けいおん!』(2011)『たまこラブストーリー』(2014)などで知られる京都アニメーション、脚本を『たまこラブストーリー』や『ガールズ&パンツァー』(2019)を手がけた吉田玲子が担当しています。
第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞、第26回日本映画批評家大賞アニメーション部門作品賞、第20回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞、東京アニメアワードフェスティバル2017アニメ オブ ザ イヤー作品賞 劇場映画部門グランプリ受賞作。文部科学省タイアップ作品。
映画『聲の形』のあらすじとネタバレ
心を閉ざし周囲の誰とも打ち解けない毎日を過ごしている高校生の石田将也。
ある朝、バイトを辞め漫画本なども売り払い、貯めた大金を母親が寝ている枕元に置いて家を出ると、橋の上から川に飛び込んで死のうとしましたが……失敗に終わりました。
ことの発端は5年前。小学6年生の石田将也は、退屈することを何よりも嫌うガキ大将でした。
ある日、将也のクラスに西宮硝子という転校生がやってきます。大人しそうなその子は、ランドセルから筆談用と書かれたノートを取り出して、文字を書いて自己紹介を始めました。
「私は耳が聞えません」。西宮は耳が不自由で補聴器をつけている少女だったのです。
西宮の学校での生活は、学級長を務める川井みきや佐原みよこなど、女子たちが筆談を使ってフォローします。
しかし、女子の間には次第にフォローをするのに疲れが見えてきました。リーダー的な存在の植野直花は、最初から西宮とはつかず離れずの関係を保っています。
西宮の席の近くにいた石田は、西宮に好奇心を抱きました。西宮も一生懸命に声を発して石田とのコミュニケーションを取ろうとしますが、石田にうまく伝わりません。
ある時、石田は西宮がしている補聴器に気がつき、引っ張ってはずしたり、投げ捨てたり、壊したりし始めました。
それは西宮へのいじめととれる行為です。西宮の母親から学校へ「補聴器が紛失したり、壊されたりしているけれども、いじめられているのではないか」と連絡が入ります。
クラスでこの問題を話したとき、ほとんどの生徒が西宮に陰で嫌がらせをしていたのにも関わらず、石田がいじめていたと証言しました。
ちょっとした悪ふざけのつもりだった石田は、自分だけのせいにされて大慌て。今まで仲良く遊んでいた島田にも裏切られショックを受けます。
学校帰り、学校の池に落ちていた西宮の筆談ノートを偶然見つけた石田は、拾って家に持ち帰りました。
家いる母にも学校から連絡がいき、母はすぐに石田を連れ、補聴器の弁償代を持って西宮に謝りに行きます。
その後、石田は今までとは反対に、“いじめっこ”として同級生から冷たい目で見られるようになりました。仲の良かった島田たちも、石田と距離をとるようになっていきます。
そのうちに、西宮は転校しました。彼女に筆談ノートを返せずにいた石田も、周囲から孤立したままで小学校を卒業。それから5年がたちました。
暗い中学時代を過ごし高校生になった石田は、いつも「いじめたことが自分にかえってきている。俺なんて生きていたって仕方のない奴なんだ」と思っています。
石田の記憶の中で引っかかっていたのは西宮との出来事です。
石田は、何を言っているのかが分からず、つらく当たっていた西宮に筆談ノートを返そうと思い、別の高校へ通う西宮のもとを訪れました。
学校内で西宮を見つけ、「俺、小学校のとき一緒だった石田だけれど」というと、西宮は一瞬嬉しそうな顔をしましたが、すぐに走り去ってしまいました。
「待って」と石田は後を追いかけて西宮に追いつくと、小学校の時の筆談ノートを取り出し「これ、忘れ物」と手話で伝えます。
西宮は驚き、手話で「手話できるの?」と返事をしました。石田は「少しだけ」と手話をした後、「君と俺、友達になれるかな」と手話の会話を続けます。
嬉しそうに涙を浮かべた西宮を見て、石田は、小学生の頃に一生懸命に西宮がやっていた手の動作を思い出しました。これを言いたかったのかと、やっと西宮が伝えたかったことが分かったのです。
それが飛び込み自殺をしようとした一日前のこと。石田は、補聴器の弁償代も母に返し、西宮に会ってから死のうとしていたのに、結局は川に飛び込めませんでした。
映画『聲の形』の感想と評価
映画『聲の形』は、小学生の頃のいじめがきっかけで、自分の殻に閉じこもった石田将也が主人公です。
石田は聴覚障がいを持つ西宮硝子をいじめたことで、友達から冷たい目で見られます。周りから孤立した状態で高校生となり、石田と西宮は再会しました。
思いを伝えることの大切さ
石田は面白半分で聴覚障がいを持つ西宮硝子をからかいますが、その理由はコミュニケーションが取りにくいからでした。
何を言っているのか分からない。分からないからニコニコしているだけの彼女が腹立たしく思えてくるのです。
また西宮の方も、自分の思いを伝えたくて、言葉にならない声を発しますが、相手に分かってもらえないというジレンマがありました。
分かって欲しいのに伝わらないというもどかしさから、2人は取っ組み合いもしています。分かり合えないまま、西宮の転校という形で別れた2人。石田の試練はそこから始まります。
かつて西宮にしたいじめの報いとして、「あいつはいじめっ子だ」という噂を立てられ、石田の友人たちはみな去っていきました。石田も自分の気持ちを表現する仕方が分からずに自然と孤立します。
西宮はともかく健常児の石田ですら、人とのコミュニケーションが取れなくなっていたのです。
泣いたり笑ったりと感情表現が豊かでも、気持ちを伝えるツールとして、言葉というものがとても大切なのが分かりました。同時に自分の思っていることを正直に伝えるのが難しいということも……。
また、映画の中で、西宮が筆談で「壊したものを取り戻したい」と自分の気持ちを伝えるシーンがあります。おとなしく見える西宮ですが、困難に負けずに向かっていける芯の強い少女だったということが分かります。
西宮が自殺しようとしたのは、自分の存在が周りの友人たちを不幸にしていると思い込んだからです。
西宮の笑顔の裏側には、自分の存在を疑問に思う哀しい誤解があったといえます。そんな西宮に石田はやっと自分の気持ちを伝えることができました。
石田によって生きる勇気がわいた西宮と、5年前の贖罪が果たされた石田。
“自分の思い”を伝えることの難しさと大切さが理解できたとき、お互いに心に負った傷も癒されたのに違いありません。
背景の中に登場人物の心理を描く
映像を手掛けた京都アニメーションは、舞台のモデルとなった岐阜県大垣市の自然風景を見事に再現していました。
注目すべきは、背景の色使いでしょう。誰も視界に入らず空っぽの心で日常をおくる石田の心境を表すべく、監督は物語の中の空にほとんど雲を入れなかったそうです。
雲一つない青空はイコール石田の心。掴み処のない空虚感が漂い、監督の采配は大当たり!
石田と西宮のデートスポットは鯉がたむろう川のほとりです。深緑や透き通るような水色、光が反射する白っぽい水際、流れによって色あいを変える水の美しさが、たびたびスクリーンに映りました。
登場人物の気持ちのすれ違いが誤解やわだかまりへと広がっていく様子が、水面に広がる水紋に暗示されているようにも見えます。
そして、映像から伝わってくるものがもう一つ。明日を生きるのも辛そうなくらいすごく悩む石田と西宮ですが、それでも周りの世界は生きている喜びに満ち溢れていました。
命あるもの全てが精一杯輝いている様子が、いじめという事件で重苦しくなりがちな作品全体を、前向きでポップな印象にしています。
主人公たちの心の動きと成長を見守るのと同時に、本作では京都アニメーションの描く美しい自然と登場人物の心理描写も見どころの一つとなっているのです。
まとめ
映画『聲の形』は、大今良時の漫画を京都アニメーションと山田尚子監督によりアニメーション映画化された作品です。
聴覚障がいを持つために小学生の時にいじめにあった西宮と、いじめていたガキ大将の石田の2人をメインに、2人の友人たちも交えた交友関係で、いじめや友情、生きる意味を問いかけています。
“誰だって生きていれば辛いことだってある”、“自分のだめなところも愛して前に進んで行く”。傷心の西宮を励ます川井の言葉は、誰もが思い当たることであり、説得感のあるものでした。
映画『聲の形』は、いじめた方の石田目線でストーリーは展開しますが、ただの“いじめの物語”ではありません。
いじめた石田は過去から現在まで悩み苦しみ、決死の思いでやっと仲間たちとコミュニケーションがとれるようになりました。青春真っ只中の高校生たちの心の成長物語といえる作品です。