Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/03/17
Update

映画『夜明け前のうた』感想評価と内容解説。“私宅監置”で消された沖縄の障害者の“実態と理由”を追うドキュメンタリー|映画という星空を知るひとよ57

  • Writer :
  • 星野しげみ

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第57回

映画『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』は、かつて日本に存在した精神障害者を隔離する制度「私宅監置」の実態に迫ったドキュメンタリーです。

「私宅監置」と呼ばれる処置によって、家庭で精神障害者を閉じ込めておくための小屋が作られ、該当者は何年もの間、この小屋で隔離された生活を送ります。

カメラは、精神科医・岡庭武氏が撮った写真と出合ったことがきっかけで、隔離された人々の消息を辿るテレビディレクターの原義和の姿を追います。

なぜ、戦後日本本土では廃止された制度が沖縄に残っていたのでしょう? 隔離されていた人々はその後どうなったのでしょうか。

衝撃のドキュメンタリー『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』は、2021年3月20日(土)より東京K’cinema、4月より沖縄桜坂劇場ほか全国順次公開です。

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

映画『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』の作品情報

(C)2020 原義和

【公開】
2021年(日本映画)

【監督・撮影・編集】
原義和

【ナレーション】
宮城さつき

【作品概要】
『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』は、かつて日本に存在した精神障害者を隔離する制度「私宅監置」の実態に迫ったドキュメンタリー。

「私宅監置」は1900年制定の精神病者監護法に基づく処置です。沖縄でこの問題を追い続けてきたテレビディレクターの原義和が、1964年に東京から沖縄へ派遣された精神科医・岡庭武氏が記録した写真と当時のメモをもとにして、当事者たちの消息を辿ります。

映画『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』のあらすじ

(C)2020 原義和

テレビディレクターの原義和が本作を作るきっかけとなったのは、写真との出合いでした。

それは、1960年代に沖縄で撮られた写真です。撮ったのは、東京から医療支援に行った精神科医岡庭武さんで、撮られたのは小屋などに隔離されていた精神障害者。

医師の岡庭さんは、当時の地域の保健師や区長らの導きで、彼らを訪ねて歩きました。そして、シャッターを切りました。カメラは、精神障害者に驚くほど接近しています。

カメラに向けられた鋭い眼光。原義和は、その眼差しに射抜かれたように感じました。

「あなたはなぜ、私を見ているのか」「あなたは何者か」「何をしているのか」「あなたは、どこにいるのか」「どこに向かっているのか」。

そんな声が聴こえるような気がしたのです。

写真に写っている精神障害者がいる所は、精神障害者を自宅で隔離拘束する「私宅監置」でした。

2017年10月、原義和は、岡庭さんの自宅を訪ねて話を聞きました。彼は91歳と高齢ながら、足取りはしっかりして、写真についてはよく覚えていました。

話を聞いているうちに、原義和は「私宅監置」が、精神障害者を地域の中で見えない存在にし、家族の中でも‟いない人”‟知らない人”となってしまうという事実に気がつきました。

そして、岡庭さんが残したメモをもとに、隔離された精神障害者について取材し、消された人びとの存在を社会的に明らかにしたいと思うようになりました。

映画『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』の感想と評価

(C)2020 原義和

映画『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』は、かつて沖縄で実施されていた精神障害者を自宅や小屋で監禁する「私宅監置」の足跡を追ったドキュメンタリーです。

沖縄で撮られた精神障害者の写真から、監督の原義和は、社会安全のために隔離された彼らにも何らかの言い分があるのではないかと考えて、その後の足取りを追いました。

「私宅監置」の処置が取られると、精神障害者は掘っ立て小屋のような小屋に監禁されます。劣悪環境の小屋もあったとされ、そこで何年も閉じ込められた生活を強いられた人々は、家畜よりも劣る扱いをうけていたそうです。

このように「私宅監置」は、その人を地域の中で‟見えない人”にする恐ろしい処置でした。やがて彼らの存在は人びとの意識からも遠ざかっていき、“いない人”として在り続けることになりました。

制度が変わって、精神病院に入院という形になっても、その後は長期入院となり、地域に戻れない人がほとんどだったそうです。

岡庭さんが残したメモをもとに、原義和は、隔離された精神障害者について取材し、消された人びとの存在を社会的に明らかにしたいと考えます。

それは今まで沖縄の「私宅監置」に携わった人たちの、精神障害者が顔を出すのは人権上の問題で公表できないとの常識を覆すものでした。

日本政府は、1950年に日本本土では「私宅監置」を容認する精神病者監護法を廃止しますが、アメリカの統治下にあった沖縄にはそれが届きませんでした。

このあたり、敗戦国ゆえの悔しさが残ります。かつて、沖縄では日本で唯一の地上戦が行われました。

戦争体験を経てアメリカの統治下になってから今日までも続く沖縄の人々の心労と哀しみに加えて、日本の忘れられようとする悪い行政が、こんな形で色濃く残っていることに驚きます。

原義和監督のカメラが捉えた真実は、県史や市町村史からも消され、闇に隠されてきた物語であり、知っておくべき歴史的事実なのです。

まとめ

(C)2020 原義和

原義和監督が手懸けた本作は、「私宅監置」について過去と現在のありのままのエピソードを表しています。

本作では、原義和は西アフリカの「私宅監置」の様子も紹介。日本だけでなく、こういう事例は形は違えど世界中にあり、今も精神障害者の隔離拘束は行われているのです。

しかし、日本のように隔離を法律で定め、制度として行ってきたことは世界的にも稀だと言えるでしょう。

座敷牢や病人を幽閉する施設は昔から日本各地に存在していましたが、約半世紀前まで沖縄で続いていたという事実は衝撃的でした。

作品中に出てくる美人で歌のうまい女性の精神病患者は、病を発症して「私宅監置」されてからも、小屋の中で毎日のように歌っていたそうです。

社会的権利を奪われ、名前も家も失い、家畜以下の環境下に置かれた彼女が唯一自分の想いや希望を託したものが、歌だったとすれば……。

歌うことで自分の存在を示しているのなら、その切ないまでに小さな訴えは、強く心に響いてきます。

法律という名の下で、消されようとした人々がいます。行政が闇に隠し通そうとしているこのような事実に目を背けてはならないと、強く思う作品です。

映画『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』は、2021年3月20日(土)より東京K’cinema、4月より沖縄桜坂劇場ほか全国順次公開!

次回の連載コラム『映画という星空を知るひとよ』もお楽しみに。

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

関連記事

連載コラム

【ネタバレ】スカーフェイス|あらすじ感想と結末の評価考察。キューバ難民から麻薬王へと昇りつめた男の栄枯盛衰をバイオレンスに描く【すべての映画はアクションから始まる42】

連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第42回 日本公開を控える新作から、カルト的に評価された知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を時おり網羅してピックアップする連載コラム『すべての映画は …

連載コラム

【ネタバレ感想】ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ南北英雄|チウ・マンチェク演じる武術家ウォン・フェイホン(黄飛鴻)が復活!|未体験ゾーンの映画たち2019見破録31

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第31回 今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。様々な58本の映画が公開中ですが、今回はカ …

連載コラム

『ペットセメタリー』と映画化したスティーヴン・キング作品を紹介|SF恐怖映画という名の観覧車84

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile084 新年も2週目となり、学生から会社員の方まで多くの人が新たな年の平日を過ごし始めていると思います。 2020年の新作映画の公開が続々と始ま …

連載コラム

韓国映画『未成年』あらすじと感想レビュー。初監督キム・ユンソクが大胆にドロ沼愛憎劇を描く|2019SKIPシティ映画祭11

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019エントリー・キム・マンドク監督作品『未成年』が7月20日に上映 埼玉県・川口市にある映像拠点の一つ、SKIPシティにて行われるデジタルシネマの祭典が、2019年 …

連載コラム

映画『わたくしどもは。』あらすじ感想と評価解説。ロケ地・佐渡島で小松菜奈×松田龍平が“輪廻という別れ”を演じる|TIFF東京国際映画祭2023-14

映画『わたくしどもは。』は第36回東京国際映画祭コンペティション部門にてワールド・プレミア上映! 男と女は「生まれ変わったら、今度こそ一緒になろうね」という約束の言葉を最後に、寺の境内から身を投げた… …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学