連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第222回
第67回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞『雪の轍』(2014)のヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督最新作『二つの季節しかない村』。
冬は辺り一面の雪景色が広がり、夏は緑が揺れ爽やかな風がそよぐトルコ東部の小さな村での出来事が描かれています。冬と夏という2つの表情を見せる美しい土地で、一人の美術教師が窮地に立たされます……。
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督は、荘厳な自然の大きさと、自我に縛られた人間の小ささを大胆に対比させて本作を完成させました。
ドストエフスキー、チェーホフら世界の文豪作品に加え、太宰治らの私小説を思わせる感情の機微を圧倒的な演出力で描き出します。
映画『二つの季節しかない村』は、2024年10月11日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
映画『二つの季節しかない村』の作品情報
【日本公開】
2024年(トルコ・フランス・ドイツ合作映画)
【英題】
About Dry Grasses
【監督】
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
【脚本】
アキン・アクシュ、エブル・ジェイラン、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
【キャスト】
デニズ・ジェリオウル、メルヴェ・ディズダル、ムサブ・エキジ、エジェ・バージ
【作品概要】
映画『二つの季節しかない村』は、トルコ・アナトリア東部に広がる荘厳な自然の大きさと、自我に縛られた人間の悲しいほどの小ささを大胆に対比させて描いたドラマです。
監督は、『雪の轍』(2014)で第67回カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したトルコの名匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン。主人公のサメットは、『シレンズ・コール』(2018)のデニズ・ジェリオウルが演じています。
本作は2023年の第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品し、ヌライ役のメルベ・ディズダルがトルコ人として初めて女優賞を受賞しました。
映画『二つの季節しかない村』のあらすじ
トルコ東部の山あいの貧しい村の学校で美術教師をしているサメット。
プライドが高く周囲の人を見下すサメットは、冬が長く雪深いこの村を忌み嫌っていました。
ですが、サメットは村人たちからは尊敬されています。女生徒セヴィムにも慕われ、サメットの部屋でおしゃべりをしたり、旅行に行ったお土産に鏡をプレゼントしていたりしました。
ある日、サメットは美しい英語教師ヌライと知り合います。彼女は理想を持って、社会と戦っていましたが、テロに巻き込まれ片足を失い義足になっていました。
サメットは同居している同僚のケナンをヌライと引き合わせると、ふたりは意気投合していきます。
同じ頃、学校で荷物検査が行われました。サメットがプレゼントした鏡と共に手紙を没収されるセヴィム。内容が気になったサメットは理由をつけてその手紙を手に入れました。
「返してほしい」と涙ながらに訴えるセヴィムに「もう処分したから手元にない」とサメットは嘘をつきます。
その後、サメットは同僚のケナンと共に、セヴィムらに虚偽の“不適切な接触”を告発されました。
それからも、ヌライとケナンと3人で一緒に遺跡見学をしたりして、それなりに日々の生活を送っていたサメットですが、次第に3人の関係も危うくなっていきました……。
映画『二つの季節しかない村』の感想と評価
『二つの季節しかない村』の舞台は、トルコの東アナトリアにある雪深いインジェス村です。
そこは、長い冬が終わったあとに急に夏がやってきます。雪に覆われていた大地は春の芽吹きもなく、突然太陽にさらされ黄色く枯れていくのです。
本作では、このような冬と夏しかない極端な季節の中で生きている人々の日常が、荘厳で美しい大自然の風景とともに描き出されています。
物語の主人公は、美しい自然に囲まれているけれども何もない退屈な村で美術教師をしているサメット。
村人には人気があるのですが、実はプライドが高く、ひとりよがりな屁理屈を並べる、“まったく愛せない”男です。
ですが、‟退屈な村を出たい”というサメットの気持ちは理解でき、身近な問題としても他人事と思えません。
劇中では、サメットが友人たちと遺跡見学に行った時や村人と撮影した写真が、ところどころに挟まれています。
どの写真もとてもリアルな生活感にあふれ、人々の生き生きとした表情が映し出されているのに驚くことでしょう。
実は、サメットによる撮影として提示されたこれらの写真は、ジェイラン監督自身が撮影したものでした。
そこにある、大自然に囲まれた村で精一杯生きている人々の逞しさは、正真正銘の本物と言えます。
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督は、冬と夏の壮絶な自然美を描くことによって、小さなことにこだわる人間の卑屈さを強調しました。
辺境の地でくすぶる男・サメットと美しい大自然の対比を、劇場で体験してみてください。
まとめ
トルコの名匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作品で、雪深い自然の景色美と世界遺産ネムルトダーの雄大さ、そして人間の卑小さを織り交ぜた映画『二つの季節しかない村』をご紹介しました。
本作は、自然環境が厳しく、冬と夏という二つしかない季節をもつ村での出来事から人間の細かな心情を自然美と重ねて描いています。
職場ではあらぬ疑いをかけられ、友情も恋愛も上手くいかない主人公が辿る結末はどうなるのでしょう。人間の弱さを感じながら、迫力満点の映像美が楽しめます。
映画『二つの季節しかない村』は、2024年10月11日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。