連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第162回
アウシュヴィッツからの生還者ハリー・ハフトの半生を、その息子が綴った実話をもとに作られた映画『アウシュヴィッツの生還者』。
『レインマン』(1988)『グッドモーニング,ベトナム』(1987)などの名匠バリー・レヴィンソンが手がけました。
主人公のハリー・ハフトを演じるのは、『インフェルノ』(2016)に出演したベン・フォスター。ナチスの余興のための賭けボクシングで、同胞のユダヤ人らと闘わされたという壮絶な過去と妻と息子に囲まれた現代が交互に映し出されます。
映画『アウシュヴィッツの生還者』は8月11日(金・祝)より新宿武蔵野館ほか公開。
アウシュビッツに収監されたユダヤ人のハリー・ハフト。彼はどのようにして、地獄のような収容所生活を生き延びたのでしょうか。映画公開に先駆けて、『アウシュヴィッツの生還者』の見どころをご紹介いたします。
映画『アウシュヴィッツの生還者』の作品情報
【日本公開】
2023年(カナダ、ハンガリー、アメリカ合作映画)
【原題】
THE SURVIVOR
【監督】
バリー・レヴィンソン
【脚本】
ジャスティン・ジョエル・ギルマー
【キャスト】
ベン・フォスター、ヴィッキー・クリープス、ビリー・マグヌッセン、 ピーター・サースガード、ダル・ズーゾフスキー、ジョン・レグイザモ、ダニー・デヴィート
【作品概要】
映画『アウシュヴィッツの生還者』は、アウシュヴィッツからの生還者の息子が、父の半生について書き上げた衝撃の実話を映画化したものです。
監督は『レインマン』(1988)でアカデミー賞監督賞、ベルリン国際映画祭金熊賞に輝いたバリー・レヴィンソン。主人公ハリー・ハフトは、映画「ダ・ヴィンチ・コード」シリーズの第3作『インフェルノ』(2016)の敵役を演じて、高評価を得たベン・フォスターが務めています。
映画『アウシュヴィッツの生還者』のあらすじ
1949年、ナチスの収容所から生還したハリーは、アメリカに渡りボクサーとして活躍する一方で、生き別れになった恋人レアを探しています。
レアに自分の生存を知らせようと、記者の取材を受けたハリーは、「自分が生き延びた理由は、ナチスが主催する賭けボクシングで、同胞のユダヤ人と闘って勝ち続けたからだ」と告白し、一躍時の人となりました。
ボクシング試合をする傍ら、脳裏に浮かぶのは、アウシュヴィッツでの苦役と命を懸けたボクシング試合に明け暮れた日々です。
生きて会おうと誓ったレアのため、ハリーは一生懸命に賭けボクシングで戦い、勝ち抜いてきました。
収容所から生還しても試合を通じてレアを探しますがレアは見つからず、彼女の死を確信したハリーは引退します。
それから14年がたちました。ハリーは別の女性と新たな人生を歩んでいましたが、彼女にすら打ち明けられない秘密に心をかき乱されていました。
そんな中、レアが生きているという報せが届きます。
映画『アウシュヴィッツの生還者』の感想と評価
生存に対する苦悩
生還者という言葉には、生き延びた人を称賛するような響きがあります。
本作『アウシュヴィッツの生還者』も、アウシュヴィッツからの生還を成し遂げたハリーに対して、ヒーローを迎えるようなイメージを持つのですが、実際はそんなに甘いものではありません。
まず、ポスターを見てもわかるように、痩せたハリーが上半身裸でリングに立っています。痩せてはいますが、とんでもなく筋肉質です。彼は生きるための手段として、自分の筋力を駆使し、賭けボクシングの勝者であり続けたのです。
それは同胞の命を踏みにじる行為でもありました。その罪の意識は彼の心に深い傷を作り、アウシュヴィッツでの出来事を語る術を封印します。
暗いアウシュヴィッツ時代を象徴するかのように、その頃の映像はすべてモノクロです。白黒であるがゆえにハリーの苦悩は、かえって生々しく映し出されます。
息子に語る壮絶な過去
本作では過去はモノクロ、現代はカラーで描かれています。
なんとかアウシュヴィッツから生還したハリーは、再会を約束した恋人を探しますが彼女は見つからず、やがて傷心の彼を陰ひなたなく支えた女性と結婚します。そして息子も生まれ、傍目には幸せそうな家族なのですが・・・。
夜中にしょっちゅう悪夢にうなされるハリーは、成長していく息子になかなか自分の過去を語ろうとはしません。それを語ろうとするには、大きな決断と勇気が必要だったのです。
心の奥底に秘めた傷痕は見せたくないし、見られたくないものです。自分が生き残るために何をしてきたのか。
自ら経験した体験談は、言葉にすれば傷口を再び開くような恐ろしいものだったのに違いありません。
戦争に限らず、大きな災害や事故の体験者が自分の体験をなかなか語ろうとしないのには、そんな理由もあるのではないでしょうか。
ハリーがどうやって、またどんな想いで、アウシュヴィッツから生還したのか。父となったハリーは息子に何を語るのか。
ハリーが抱える大きな秘密が明らかになると、人としてどう生きるのかと問われるでしょう。
それでも生き残る道を選んだハリーが、懺悔のように語り出したのが本作の原作となった著書と言えます。
まとめ
過去から現代まで、ナチスをテーマとした様々な映像作品が作られ、本作『アウシュヴィッツの生還者』もその中の1つとなります。
ナチスドイツの強制収容所アウシュビッツは、収監されれば生きて戻れないとまで噂される地獄のような収容所です。そこでの残酷極まりない出来事は今も語り継がれているのですが、本作ではそこからの生還者の生への希望と心の傷を鮮明に描いています。
恋人との再会のために生き抜こうとしたハリー。ですが、生きるために彼は同胞のユダヤ人との試合に勝たねばなりません。それは同時に相手の死を意味します。
同胞の死を踏み越えて生き延びる彼は、心に深い傷を負うことになりました。戦争がもたらす災いは、生存者の心にまで大きな傷痕を遺すのです。
公開作を観れば、地獄の中を生き抜いた者だけが知る深い悲しみを未だに噛みしめて生きるハリーの苦悩がわかることでしょう。
『アウシュヴィッツの生還者』は8月11日(金・祝)より新宿武蔵野館ほか公開です。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。