連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第16回
映画『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』は、南アフリカの反アパルトヘイト組織に関与した罪で投獄された男が、自力で脱出に成功したという実話をもとに制作されました。
本作は、2020年9月18日(金)、シネマート新宿、ユナイテッド・シネマ豊洲ほか全国順次ロードショーされます。
フランシス・アナンが監督を務め、「ハリーポッター」シリーズで主役を務めたダニエル・ラドクリフが主演。今回は武器を“魔法の杖”から“木製の鍵”に変え、髭面の脱獄犯を演じます。
脱出不可能と思われる牢獄からどのように脱獄するのか、ラドクリフの緊張感あふれる演技にハラハラすることでしょう。
CONTENTS
映画『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』の作品情報
【日本公開】
2020年(イギリス・オーストラリア合作映画)
【原作】
ティム・ジェンキン
【原題】
Escape from Pretoria
【脚本】
フランシス・アナン、L・H・アダムス
【監督】
フランシス・アナン
【キャスト】
ダニエル・ラドクリフ、ダニエル・ウェバー、イアン・ハート、マーク・レナード・ウィンター
【作品概要】
『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』は、「ハリーポッター」(2001~2011)シリーズ、『スイス・アーミー・マン』(2016)のダニエル・ラドクリフ主演による実際にあった脱獄劇を基にしたスリラー映画です。
南アフリカ人の白人ティム・ジェンキンは、反アパルトヘイト組織「アフリカ民族会議」の隠密作戦をおこなった罪で、同胞のスティーブン・リーとともにプレトリア刑務所に投獄されます。そして彼らは最高警備を誇る刑務所からの脱出を計ります。それは木片を集めて作った自前の鍵を使っての脱獄でした。
監督を務めるのは、フランシス・アナン。2020年日本公開の『デンジャークロース 極限着弾』のダニエル・ウェバー、2001年の『ハリーポッターと賢者の石』でダニエル・ラドクリフと共演したイアン・ハートなども脇を固めています。
映画『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』のあらすじ
1970年代、南アフリカ共和国では、アパルトヘイトと呼ばれる「白人と非白人の諸関係を規定する人種隔離政策」を行っていました。
南アフリカに住む白人ティム・ジェンキン(ダニエル・ラドクリフ)は、アパルトヘイトをこころよく思わず、同朋のスティーブン・リー(ダニエル・ウェバー)と共に、反アパルトヘイト組織「アフリカ民族会議」の隠密作戦を展開していました。
しかし、1978年6月、爆発装置を使用して「アフリカ民族会議」のチラシを町中に散布したことで逮捕されます。
スティーブン・リーには8年、ティムには12年の刑が裁判で宣告され、2人は白人の政治犯が集まるプレトリア刑務所に収監されました。
投獄されてすぐに、看守長から「国と白人を裏切った“白人のマンデラ”だな」と揶揄され、獄中生活がスタートします。
そこで知り合ったのは、政治犯の長老で終身刑の判決を受けているデニス・ゴールド(イアン・ハート)。2人は彼にはっきりと「刑期を全うする気はない」と、脱獄の意志を告げます。
デニスはそんな2人に刑務所の厳重な警備を説明しながら、「我々は“良心の囚人”だ。この刑務所はすぐ脱獄できると思うな」などと注意をします。
「デニスは計画にすぐケチをつけるんだ。俺も計画に参加させてくれ」と、レオナール(マーク・レオナード・ウィンター)という囚人が仲間に加わりました。
その日から、ティムは脱獄の計画を練りだします。
さまざまな脱獄方法を模索した結果、ティムたちが最後に選んだ手段は、木片を集めて創り出した鍵を使った脱獄でした。
鍵を作っては夜な夜な解錠を繰り返し、徐々に10の出口までの鍵が完成していきます。
投獄から18カ月、彼らは木鍵による鉄製扉の突破を試みました。
映画『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』の感想と評価
『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』は、半アパルトヘイトの政治犯として逮捕されプレトリア刑務所に収監されたティムたちの脱獄を描いています。
脱獄計画の恐怖
収監されたティムたちが看守によって案内されたのは、玄関の扉から頑丈な鉄格子の扉をいくつも通った政治犯収容区画の個室。
ベッドと机と本棚とトイレぐらいしかない狭い空間は、重々しい鉄の扉でしっかりと施錠管理されていました。
囚人の先輩であるデニスによると、作業場には終始監視付き、庭を取り囲む塀は高さ約6メートル。コンクリート造りの建物は穴すらも掘ることは不可能ということ。
しかも表玄関までは10の扉があり、24時間監視する係員のみがその扉の鍵を持っています。
こんなに厳重な警備をしている刑務所からどうやって脱出するというのでしょう。頭脳明晰なティムはあらゆる方法を考えます。一番目立たなくてこっそりと実行に移せる方法を……。
看守が持つ鍵の束をじっと見つめ、各部屋のカギ穴に目をこらし、そしてついに自前の合い鍵を作るヒントを得たティム。
驚くべき方法で鍵の型取りをし、作業で扱った材木の切れ端をこっそり独房へ持ち帰って、地道にコツコツといくつかの鍵を作り出します。
一見簡単そうに見える作業ですが、看守の目を盗み、夜な夜なマスターキーをつくるのも一苦労。
見つかれば、どんな処罰が待っているのか想像もつかず、生涯生きて刑務所から出られないかもしれませんから、まさに命がけの作業だったのです。
そして次なる恐怖は、出来上がった鍵を使って鍵開けのリハーサル。静まり返った刑務所に鍵を廻す音だけが響きます。ティムの荒い呼吸と滴る冷や汗からは、並々ならぬ恐怖が伝わってきます。
“魔法の杖”を“木製の鍵”に置き換えて
『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』でティムを演じるのは、ダニエル・ラドクリフ。いわずと知れた「ハリーポッター」を演じた俳優です。
澄んだ青い目の理知的な少年から、知性あふれる青年へと成長したダニエル・ラドクリフ。本作では、髭面の政治犯として登場し、とてもスリリングな脱獄劇を披露しています。
ラドクリフは、ティムを演じることで、”ハリーポッター”のイメージを払拭し、新境地を開拓しようとしたのでしょうが、彼が試行錯誤の末に完成した”木製の鍵”を掲げるシーンでは、”魔法の杖”を振るうハリーポッターの姿とダブってしまいました。
本作の主人公のティムもどちらかというと、ハリーポッターに似た沈着冷静な優等生タイプ。ハリーポッターの印象が強いと、在りし日の雄姿が彷彿されるのは仕方がないことかもしれません。
けれども、魔法使いから脱獄犯へと演じる役柄は変わっても、鍵という武器を片手に意気揚々と勝利の雄たけびを上げる姿からは、逞しく成長した“男優ラドクリフ”が感じられました。
恐怖のあとで味わう自由の歓喜を、心から表現するラドクリフの演技は必見です。
まとめ
本作において、ティムたちは、脱出のための鍵づくりの作業を速やかに進めるために、人の動く気配、ささやき、コトリという小さな物音さえも気に留めて、常に刑務所内の動きに注意を払っていました。
“刑務所内の音を知る”ことは、実話を聞いた監督のフランシス・アナンが最も注目したことでした。
実物のティム本人は、刑務所の中を歩きながら、様々な音を聞き、拾い、それが誰の足音で刑務所のどのドアが開く音なのか、知る必要性があったという話をしています。
刑務所の独房にいても音から刑務所内の出来事を耳で見ることができるという事実。それは、監督にとって、映画に緊張感や厚みを加えるとてもいいアイデアになったそうです。
そして、本作を作るのに参考にしたのが、フランスの実在の脱獄劇を描いたジャック・ベッケル監督の『穴』(1960)。そのほかにも『パピヨン』(1973)はじめ多くの脱出映画も頭に描いたといいます。
しかし、様々な映画をお手本にしても、脱出方法は本作だけのオリジナル。監視カメラなどが普及した現在では、この方法では脱出は不可能でしょうが、当時としては意表を突く計画だったのです。
これは、理不尽な政治への反発が勝利したとも言え、閉ざされた扉の向こうへの自由を求めるエスケープでした。
ティムが心臓がのどから飛び出しそうな恐怖とスリルを体感しながらコツコツ作り上げた”木製の鍵”は、知性と勇気あふれる脱獄犯を自由の世界へ導き出したのです。
映画『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』は、2020年9月18日(金)、シネマート新宿、ユナイテッド・シネマ豊洲ほか全国順次ロードショー!