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Entry 2021/11/01
Update

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】17(最終回)

  • Writer :
  • 細野辰興

細野辰興の連載小説
戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2021年11月初旬掲載)

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

最終章『私が愛した中村錦之助』【其の肆】(最終話)


(C)1964 東映

 『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の劇中の楽屋場面で、作・演出である鬼迫哲のゲネプロ直前の出奔により急遽、劇団の座付き作家にさせられた演出助手&出演者であった清水大。その清水が自己の「作家的欲望」から打ち出した「否定の否定」なる作劇術による「VS風間」の役割は、飯尾明演じる萬年助監督・綾部に託される展開になった。

その仮説とは、風間重兵衛の仮説が錦之助の「芸術的欲望説」とすれば、錦之助の「『ドラマ・モンスター化』説」と云っても良いものだった。細野監督作品に因んで云えば錦之助の「『ドラマ極道化』説」とでも云うか。
或る人物との出遇いが決定的となり錦之助が日常でも必要以上にドラマがなければ生きられない特殊体質に成ってしまったと云うものだ。
結果、より過激なドラマ=修羅場を求めて『日本俠客伝』の主役を敢えて断ったと云う仮説なのだ。

 何はともあれ、その件(くだり)を追体験して戴こう。

〇 舞台・喫茶店「ルノアール」会議室

   「其の参」の舞台の続き。

綾部「播磨屋錦之助が『日本俠客伝』の主演を断っ
 た最大の理由は、風間監督が仰るように【真の任
 侠の精神】を描く広義な意味でのヤクザ映画を遺
 したい、と云う芸術的欲望も勿論あったのではあ
 りましょうが、それだけではなかった筈です」
風間「ほう、聴きましたか円さん。萬年助監督の綾
 部君にしては珍しい自己主張。篤と拝聴すること
 に致しましょう。・・・で、芸術的欲望だけでは
 なかったとすると、他に何があると云うのでしょ
 うか?」
綾部「新しい皮の袋には新しいワインをッ。必要な
 のは発想の転換です。何故、錦之助が『日本俠客
 伝』の主演を請けなかったのか? の『何故』で
 はなく、『誰が』、『日本俠客伝』の主演を請け
 ない様にしたのか? 別な言い方をすれば『誰
 が』そんな錦之助にしてしまったのか? と云う
 発想に立って考えなければならないと云うことで
 はないのでしょうか。肝心なのは『誰が?』と云
 う発想の転換なのです」
円山「成る程ッ、『誰が?』か。一寸、面白そうな
 発想だね。本来なら風間監督が考え付いても良さ
 そうな発想だし」
風間「綾部は、一応、私の下で10年助手をやって
 来ていますから」
円山「(笑)相変わらず自己弁護は完璧ですね。で
 綾部くんの『仮説』だと『誰が?』一体、そう云
 う錦之助にしたことになるの?」
綾部「播磨屋錦之助に、映画ならではの一番濃密な
 ドラマ体験をさせた映画監督、とだけ言っておき
 ましょう」
蓋河「だから誰なのよ?」
和田「・・・内田吐夢、田坂具隆、伊藤大輔、今井
 正の中の誰か!?」
室井「どうしてその人たちなの?」
風間「(和田に)【巨匠病】に陥って、簡単に答え
 を出して綾部の術中に嵌ってはいけません」
蓋河「【巨匠病】って何よ?」
円山「巨匠依存症のことでしょう。意味は解かるけ
 ど、初めて聞いた単語ではあるな」
風間「巨匠の作品ならたとえ脚本の完成度が低かろ
 うが、実際には演出力が無かろうが、役が自分に
 合っていまいが、オファーが来れば唯唯諾諾と請
 けてしまう病気のことです。俳優、特にトップ・
 スターや所属事務所が陥る質の悪い不治の病で
 す」
綾部「トップ・スターならトップ・スターほど陥り
 易い心の病だとも云われています」
蓋河「どうして?」
綾部「作品の良し悪しを見極める【映画リテラ
 シー】がないからに決まっているでしょう。だか
 ら、世界的な映画祭でのグランプリ受賞監督や、
 キネマ旬報など権威ある映画賞ベストテン常連の
 監督に頼ってしまうのです」
佐藤「播磨屋錦之助もその【巨匠病】に陥っていた
 んだねぇ」
風間「勿論、俳優や事務所だけではなくプロデュー
 サーにも多いようですので、蓋河プロデューサー
 もくれぐれもお気を付けください」
蓋河「あら、生憎、ワタクシ、巨匠と呼ばれるよう
 な映画監督とは全くお付き合いがありませんもの
 で」
室井「言えてる(爆笑)」
綾部「過去に付き合いはなかったかも知れません
 が、未来の巨匠は何処に居るか判りませんよッ」
室井「勿論よ、(綾部にシナを作り)遅咲きの才能
 が花開く人も一杯いますわよね」
風間「貴方たちには、賞などのレッテルに誤魔化さ
 れずに誰が本質的な演出力を持った監督であるか
 を見抜く見識を養うことが急務なようですね」
和田「私まで【巨匠病】に陥っているというのは心
 外なんですけど」
綾部「ではお訊ねしますが、この4人の巨匠の中
 で、錦之助に、映画ならではの一番濃密なドラマ
 体験をさせた映画監督、は誰だと思います?」
和田「・・・田坂具隆監督は入らないかなァ」
円山「何故?」
和田「スイマセン、何となくです」
蓋河「何となくなら、今井正監督も入らないので
 は?」
佐藤「確かに『ちいさこべ』にしろ、『武士道残酷
 物語』にしろ映画ならではの、ではないかな」
円山「なに言っているのッ、二作とも映画の中の映
 画ですよ」
綾部「でも、その二作なら舞台でも出来ますから。
 映画ならではの一番濃厚なドラマ体験、ではない
 と思いますッ」
蓋河「加藤泰監督が入っていないのは、何故?」
和田「本当、何故、私、入れなかったのかしら?」
綾部「泰さんをあくまでも大衆芝居や小説を原作と
 するプログラム・ピクチャーの中では傑作、名作
 を撮り続けた名匠と無意識に思っているからなの
 では?」
風間「それも【巨匠病】の一種だと考えた方が良い
 でしょう。しかし、綾部が加藤泰監督作品を観て
 いたとは知らなかった」
室井「でも、ちょっと待って。映画ならではの、
 って云うのがもう一つ良く解らないんだけど」
綾部「舞台やテレビ、ましてやラジオでは演者が決
 して体験できない濃密なドラマ体験。具体的には
 私の師である風間監督が教えてくれることでしょ
 う」
風間「・・・『反逆児』と『宮本武蔵 一乗寺の決
 斗』」
円山「成る程!?」
和田「ウン!!」
綾部「流石は私の師匠。ほゞ、正解です」
風間「複雑な心境だな」
蓋河「何の話をしているの? 今の、監督の名前
 じゃないわよね」
円山「通訳すると、伊藤大輔と内田吐夢」
和田「ほゞ、正解とは?」
綾部「私の仮説では一人だからです」
和田「築地本願寺での錦之助さんの告別式に使用さ
 れていたのは伊藤大輔監督の『反逆児』の松平信
 康のスチール写真だったのでは!?」
一同「とすると伊藤大輔ッ」
綾部「正解はもう少し先までとっておくとして、執
 拗にドラマを追求する巨匠監督の作品に出過ぎた
 ため、主人公を演じ続けた錦之助の身体と魂にド
 ラマが宿りすぎ、作品だけではなく日常の生活全
 てにおいてドラマ、詰まり修羅場を求め過ぎてし
 まう様になってしまったとしても不思議はないは
 ずです」
風間「だから『日本俠客伝』の主演をワザと請けず
 東映に喧嘩を売り、ドラマと云う修羅場を自身に
 引きずり込んだと!?」
円山「そんな、馬鹿なッ」
綾部「中でも、一番罪が重いのが内田吐夢監督だと
 云うのが私の仮説ですッ」
風間「その理由を聴かせてもらおうッ」
綾部「映画監督なら少し考えれば判りそうなもので
 すが、5年も映画を撮らないとシャープでなくな
 るようですね。宮本武蔵・五部作ッ、正確には四
 作目の『一乗寺の決斗』までで錦之助に映画の偉
 大さと何でも有りの自由奔放さ、そして合理と非
 合理の戦い、対立と云う人間の本質をチャンバラ
 と云う形で実際に演じさせ、ドラマの本質を、修
 羅場を体得させてしまったからですッ」
室井「誰か通訳してくれないッ」
風間「合理と非合理の戦い?」
綾部「今、気付いたのですか風間監督ッ」
風間「否、【合理と非合理】と聴いて、フと橋本治
 を思い出したものだからね。綾部も勉強している
 なと」
綾部「映画ならではの一番濃厚なドラマ体験とは、
 橋本治の論を待たずとも【合理と非合理の対決】
 に決まっているではないですか!」
一同「オオぉ!?」
円山「しかし、それを云うなら小国の三河に生ま
 れ、幼少の頃より織田家や今川家の人質生活に明
 け暮れた徳川家康を父に、織田信長に桶狭間で殺
 された今川義元の娘を母に、そして織田信長の娘
 を妻に持ち、複雑な嫁姑舅の確執から終には織田
 信長から謀反の疑いで母と共に切腹を命じられ、
 父・家康にも見離された松平信康を主人公にした
 『反逆児』こそ、【合理と非合理の対決】を描い
 た映画の最右翼なのでは?」
綾部「流石は、私が脚本の師と仰ぎ続けて来た円山
 総一郎先生、見事な解析です」
佐藤「ちょっと待って、【合理と非合理】ってどう
 云うこと?」
円山「主人公である信康から考えた【合理と非合
 理】な訳だからね。・・・合理は、父母や妻と睦
 まじく暮らしながら、徳川、織田両家の更なる繁
 栄を達成することなんだろうな」
蓋河「では、非合理は?」
円山「それを邪魔する全てのもの、とでも云ってお
 きますか」
和田「父、今川義元の仇を討つために武田家と内通
 し織田、徳川の情報を漏らす母親、築山御前。そ
 の母親と信長の娘である妻、徳姫との嫁姑の枠を
 超えた凄まじい確執。その確執から生じる信康と
 妻との不和が渡りに船となり信長の権謀術策が更
 にエスカレートし」
円山「終には信長の切腹命令、のみならず御家第一
 と考えそれに抗わない父・家康の保身」
風間「全てが非合理ッ」
蓋河「シェークスピアの四大悲劇より悲劇よね」
風間「襲い掛かって来る非合理にあたら若い命を散
 らさなければならない錦之助演じる松平信康」
和田「壁だッ、壁だッ、壁だッ」
風間「錦之助、一世一代の名演技」
蓋河「だとすれば、やっぱり、伊藤大輔なんじゃな
 いの?」
綾部「違うんですッ、『反逆児』は台詞劇なんで
 すッ、説明的なんですッ、謂わば舞台なんで
 すッ」
一同「オオゥ!?」
綾部「確かに『反逆児』には正統派時代劇の格調と
 普遍的な人間の悲劇があり、何より映画としての
 興奮もあるのですが、それを台詞中心で描いてい
 るのです」
円山「だとしても相当濃厚な映画ならではのドラマ
 体験だと思いますけどね」
綾部「映画ならではの一番濃厚なドラマ体験は、合
 理、非合理の対決を台詞中心ではなく映像で、ア
 クションで描いていかなけれならないのですッ」
円山「とすればッ」
和田「(立ち上がり)七十三対一、命あっての勝
 負ッ」
蓋河「・・・でも、『一条寺の決斗』での【合理と
 非合理の対決】って何なの? 何が合理で何が非
 合理なわけ?」
円山「宮本武蔵から考えた『一条寺の決斗』におけ
 る合理、非合理?」
風間「武蔵にとっての合理は勝負に勝つこと。
 ・・・非合理はそれを邪魔する全てのもの」
室井「と云うことは、七十三人全員を倒さなければ
 勝負に勝つことにはならないと云うこと!?」
風間「違います。武蔵がこの試合に勝つにはたった
 一人、たった一人だけを倒せば良いのですッ」
蓋河「その一人とは?」
綾部「吉岡拳法の実弟、吉岡源左衛門の一子、十三
 歳にして試合の名目人と成った吉岡源次郎です」
佐藤「では、七十三人と戦うのは何故?」
風間「源次郎が齢十三歳だから助太刀と云う名目で
 付いて来てしまうのです。これが武蔵にとっては
 とんでもない非合理」
蓋河「何故?」
風間「彼ら全員を斬っても源次郎を殺し損なってし
 まえば、武蔵の勝利にはならないからですッ」
綾部「しかし、実際には襲い掛かってくる七十三人
 とも戦わなければいけないと云う非合理と対峙せ
 ざるを得ない武蔵の悲劇ッ」
和田「だから、始めに子供を殺し、後は、寄るでな
 いッ、と叫びながら逃げて行くのね!?」
風間「そしてその合理と非合理の戦いを描くにはあ
 の一本松に広がる水田、否、泥田が必要になった
 わけです」
円山「つまり、あの泥田での文字通り泥に塗れた戦
 いは合理と非合理の混ざり合った修羅場のメタ
 ファーと云う訳か!?」
和田「内田吐夢、恐るべしッ」
綾部「その通りッ。内田吐夢と云う映画監督は、正
 月映画であろうと『子供殺し』と云う過激なドラ
 マと非合理の戦いを描こうとするトンデモナイ映
 画監督なのです。しかも、台詞ではなくアクショ
 ンで!!」
蓋河「でも、それって吉川英治の原作通りなんで
 しょ?」
綾部「しかし、真面に武蔵の【子供殺し】を描いた
 のは内田吐夢監督だけですッ。三船敏郎が武蔵を
 演じた稲垣浩監督の東宝版なんて吉岡清十郎は未
 だ武蔵と戦っておらず、弟の伝七郎が斃されただ
 けで行き成り一乗寺の決闘へと云う展開になり、
 しかも清十郎は果し合いに行くのを門弟たちから
 止められ、一乗寺下がり松に行かない始末」
佐藤「十三歳の源次郎は?!」
綾部「存在すらしていません」
和田「『清く正しく美しく』の東宝では【子供殺
 し】は絶対のタブーだったのでしょうが、よく吉
 川英治さんが許可しましたね」
綾部「のみならず内田吐夢監督は、武蔵に対し原作
 以上に非合理の追い打ちを仕掛けて来たのです」
一同「それは?」
風間「師匠の私から話しましょう。二作目の『般若
 坂の決斗』から登場する原作にはない河原崎長一
 郎演じる吉岡道場の門弟、林彦次郎を独自に登場
 させたことです」
蓋河「何故、それが非合理に追い打ちを掛けること
 になるのよ」
綾部「林は、吉岡道場に挑戦して来た武蔵の実力を
 見抜き、リスペクトもし、尋常な敵ではないと怖
 れ、清十郎や伝七郎へも助言したりしてたのです
 が、それが仇と成り、伝七郎から破門されます。
 しかし、一乗寺で源次郎を一刀のもとに斬り殺し
 た武蔵を見て憤怒に任せ武蔵に怒りの剣で襲い掛
 かるのです。・・・処が」
和田「(一人二役で)武蔵、この剣、受けてみ
 よッ。寄るなッ、寄るでない。武蔵、覚悟ッ。寄
 るなぁッ。アアァー!?」
綾部「林の追撃で泥田に追い込まれた武蔵が、寄る
 でないッ、と無意識に横に払った剣が、林の両眼
 を無惨に斬り払ってしまうのです」
風間「武蔵にすれば、源次郎以外の門弟たちと戦う
 ことさえ非合理なのに、既に破門されて吉岡の門
 弟ではない林までを斬ってしまうと云う二重に非
 合理な戦いを強いられた訳です」
綾部「内田吐夢と云う監督は、そう云う監督なんで
 すッ」
和田「今村昌平監督、みたいですねッ」
佐藤「15分間のあの決斗シーンだけの為にひと月
 掛けて撮影したらしいですからね」
円山「しかし、そう云う【合理と非合理の対決】を
 己の肉体を以って演じ続けて来たとは言え、いく
 ら何でも、それで錦之助の身体と魂にドラマと修
 羅場が宿りすぎ、日常の生活全てにおいても濃厚
 なドラマと修羅場を求める様になってしまったと
 云うのはどうなのかなァ」
綾部「しかし、あの芸の鬼の播磨屋錦之助ならッ。
 否、勿論、私の仮説に過ぎませんが」
和田「でも確かに、『日本俠客伝』での主役を断っ
 てからの錦之助さんは借金返済問題から始まり、
 有馬稲子との離婚騒動、終には東映本社を相手に
 俳優組合を設立、そして・・・」
風間「東映との別れ。・・・確かに自己の内部に、
 否、実生活に修羅場を引きずり込んでいたと言っ
 ても過言ではないッ。・・・矢張り、矢張り私の
 仮説は正しかったのか!?」
一同「エェ!?」
綾部「非合理なり、風間重兵衛ッ」

 舞台は綾部の台詞から一転し、映画『宮本武蔵 一条寺の決斗』の決斗シーンを出演者全員で執拗に再現して行くと云う展開になる。
風間重兵衛の武蔵、綾部の林彦次郎。蓋河の佐々木小次郎。源次郎を演じるのは台本を書き終わって駆け付けた清水大。

「七十三対一ッ。殺さなければ殺されるッ。・・・八幡、命あっての勝負ッ」
との風間武蔵の台詞から始まり、ある部分は激しく、ある部分はスローモーションで再現されていく中村錦之助と内田吐夢監督の『一条寺の決斗』の【合理と非合理の戦い】の修羅場の再現。

やがて風間武蔵が、綾部演じる林の両眼を斬ってしまう場の「寄るな、寄るでないッ。アアァー!?」と逃げて行く絶叫が最後の台詞となり舞台は幕を閉じる。

『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』と云うタイトルの舞台が、『宮本武蔵 一条寺の決斗』で終わると云う或る意味、意表を突く終わり方と言って良かった。

舞台全体を通しても、何より、前作『スタニスラフスキー探偵団』を観ていた観客にはより意表を突かれた形に成ったのかも知れない。
そのことは「語り」でも劇中劇でも再三、語られている「顔斬り」にはあって「『日本俠客伝』主役降板」にはない「アクション性」のなせる技なのだろう。

しかし考え方によっては、そこを逆手に取って「顔斬り」に代わっての「『一乗寺の決斗』の再現」は【スタニスラフスキー探偵団】の看板に相応しいアクションだったとは思う。
それは亦、「型で演じた」と云われた長谷川一夫と「心で演じた」と云われた初世・中村錦之助との役者としての資質の違いから細野監督が考え出した、否、自然に生まれて来た表現なのかも知れない。

と同時に、萬年助監督の綾部が最後に展開した「論理と非論理の戦い」による「錦之助『ドラマ・モンスター化』説」は、初世・中村錦之助にとってのもう一つの「論理と非合理の戦い」を私、高井明に想起させてくれたことを告白しておきたい。

当時の錦之助には、「映画」ならばどのジャンルの映画にも主演するべきという映画俳優の「論理」が足らなかったのではないのだろうか。
錦之助にとっての「論理」とは、その出自から考えても当然なのだが「時代劇映画主演」に拘り続けることだったと考えて良いだろう。とすると「非論理」は、時代劇映画以外のジャンルの映画へ出演することだったのだ。その為に『日本俠客伝』の主演を断り、その結果、東映を去ることにもなった。一見、「論理」にも思える錦之助の「時代劇映画への拘り」は、実は「非論理」と言えるのではないのだろうか。何故ならば「映画」とは時代劇映画だけではないのだから。

錦之助は、稀代の名優でありトップ・スターであったからこそジャンルを問わずあらゆる「映画」に主演してくれなければいけなかったのだ。

『日本俠客伝』が、初世・中村錦之助の主演映画と云う東映宣伝部が作ったイメージで大ヒットしたことさえ、錦之助にとっては「非論理」だったのだろう。
自分が主演しても時代劇は当たらず、主演と噓を吐いた『日本俠客伝』は大ヒットした。これが意味するものは何なのかを錦之助は考えただろうか。

同じことが、『日本俠客伝』『網走番外地』と立て続けに大ヒットシリーズを放ちトップ・スターになっていた高倉健にも言える。何故ならば、健さんが錦之助と二枚看板で出演していた『宮本武蔵』五部作の完結編『巌流島の決斗』がヒットしなかったからだ。
これらが意味することは何なのだろうか。

所詮、観客は魑魅魍魎かッ。

 戯作評伝の「語り手」として3年の長きに亘り『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』と付き合って来たことになるが、これほど「語り手」が難しい仕事だとは知らなかった。

「戯作評伝」だからなのだろうか。

「メタ・フィクションを主題とした舞台『スタニスラフスキー探偵団』及びそれを劇中舞台としたメタ・フィルム『貌斬りKAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』で挑んだ「虚実皮膜」の方法論を、架空の舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』を現在過去未来の前後左右から評伝する小説にすることにより、更に進化させようとする試み」に「語り手」として少しは貢献できたのだろうか。

昭和29年から昭和41年までの戦後日本映画界黄金期の「隆盛と凋落」を体験した初世・中村錦之助を通して日本映画史を描く助けには少しはなったのだろうか。
何より『日本俠客伝』の主役を請けなかった「錦之助の真実」に迫る手助けを少しは出来たのだろうか・・・。

間違いなく言えることは、『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の作者である細野監督には是が非でも再演(?)をして欲しいと云うことだ。勿論、戯曲の改訂(?)も。

その舞台を観て初めて私、高井明も「信頼できない語り手」を卒業して「信頼できる語り手」に成れるかも知れないのだし、この戯作評伝『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』も本当の意味で完結できるのだろう。

勿論、禁治産者と成ったこの高井明に「語り手」として再度、声を掛けて頂ければの話だが。

 その時まで皆さま、少しの間、サヨウナラ。

おっと、最後にもう一度だけ云っておきたい。

 3年間、途中で蒸発したりもしたが、ここで私が「語り手」となって繰り広げて来たのは、ドキュメントでもルポルタージュでもない『戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】』と云う小説なんだぜッ、と。

戯作評伝
『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝〜』【完】
            

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

*この小説に登場する個人名、作品名、企業名などは実在のものとは一切関係がありません。作家による創作物の表現の一つであり、フィクションの読み物としてご留意いただきお楽しみください。

細野辰興プロフィール


(C)Cinemarche

細野辰興(ほそのたつおき)映画監督

神奈川県出身。今村プロダクション映像企画、ディレクターズ・カンパニーで助監督として、今村昌平、長谷川和彦、相米慎二、根岸吉太郎の4監督に師事。

1991年『激走 トラッカー伝説』で監督デビューの後、1996年に伝説的傑作『シャブ極道』を発表。キネマ旬報ベストテン等各種ベストテンと主演・役所広司の主演男優賞各賞独占と、センセーションを巻き起こしました。

2006年に行なわれた日本映画監督協会創立70周年記念式典において『シャブ極道』は大島渚監督『愛のコリーダ』、鈴木清順監督『殺しの烙印』、若松孝二監督『天使の恍惚』と共に「映画史に名を残す問題作」として特別上映されました。

その後も『竜二 Forever』『燃ゆるとき』等、骨太な作品をコンスタントに発表。 2012年『私の叔父さん』(連城三紀彦原作)では『竜二 Forever』の高橋克典を再び主演に迎え、純愛映画として高い評価を得ます。

2016年には初めての監督&プロデュースで『貌斬り KAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』。舞台と映画を融合させる多重構造に挑んだ野心作として話題を呼びました。



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