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Entry 2020/12/25
Update

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】12

  • Writer :
  • 細野辰興

細野辰興の連載小説
戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2020年12月下旬掲載)

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

第四章「ロールプレイの復活」

第一節「【語り手】不在」其の壱

 「語り手」が亦、代わるのを知っているかって? ああ、コッソリ読んでいたから知っているよ。

そんなことより、気が付けば今年も師走じゃないの。しかも新コロナ・ウィルスの第三波が日本国中に覆い被さってしまってさ。こうなるのは第一波の時から判っていたよね。だって、テレビのニュース番組とかで、あの垢抜けない女性が、ほら、新コロナ・ウィルス専門家の女性が、一生懸命主張していたじゃない。秋から冬にかけては間違いなく感染者が激増するって。え、覚えていないの? その内、服のセンスが悪いとか言われだして、いつの間にか出演しなくなってしまったけどね。どこかの大学教授。

ま、何にしても、半年前から判っていたにしてはさ、アベノマンマ政権の現政権も、我々、愚かなる国民もさ、なす術もなく、毎日、毎日、マスクをし、アルコール消毒して体温を計る日々だけは続いているよね。

この戯作評伝。13回目まで来ていたと云うのには驚いたね。何故、コッソリ読んでいたかって? まあ、それは良いじゃない。訊いちゃだめ。訊かぬが花。

そんなに驚くなって。第一、俺はアンタたちが思っている謂わゆる「語り手」じゃないからね。案内するだけ。この章だけ、俺が案内することになってしまっちゃってさ。だから「案内人」。
駄目、訳は訊かないで。俺は、困らないんだけどさ、困る人が居るんだよ、訳を話すと。
でも、「語り手」ではないよ。「語り手」は俺には無理だから。無理をしないのが俺の身上。

「案内人」には成ってしまったけど、なるべく能書きは言わずに、実際の舞台がどの様なものであったのか、ってな案内をするだけだから。期待しないでよ。

この戯作評伝の作者の映画監督・細野辰興ってさ、「語り手」を通して物語を進めて行くのが好きな作家だね。美学の積りなのかね。お蔭でシネマルシェの編集部はテンヤワンヤに成ったらしいけど。ピンチヒッターとして一年間「語り手」を続けて来た悪戯のオッサンが、高井ちゃんにバトンを戻したのは良いんだけどさ、結局、高井ちゃんは現時点まで現れないし、「語り手」不在になってしまったからね。
本来は11月中にアップされる最新号が12月になったのもその為らしいしね。見かねた俺がワンポイント・リリーフとして名乗りを上げたって訳。だから案内だけになってしまうの。
解った? 

そこん処、宜しくね。何か、不服そうだけど、大丈夫かな。

何を案内するのかって? そうだなァ。風間重兵衛の執念かな。作劇のためには、どこまでも面白く興味ある仮説を求める風間重兵衛の執念。『日本俠客伝』の中村錦之助と高倉健の、おっと、不味い不味い、播磨屋錦之助と片倉健の主役交代劇でね、風間重兵衛がどんな仮説を求める様に描かれているのかをさ、ま、今回は楽しんで貰えればと。

肝腎の明石スタジオの舞台は観ているのかって? 「釈迦に説法」って云うんだよ、そう云うの。観ているなんてもんじゃないぐらい観ているよ。

それにしても、初演を上演してから2年と3ヶ月が過ぎたんだよねェ。未だに信じられないね。

え? 分かった、分かった。では、ボチボチ、始めますかね。

 風間重兵衛の執念をジックリ楽しんでよ。


(C)1964 東映

◯ 舞台

   中央で楽屋と喫茶店ルノアールに分かれてい
   る舞台のルノアールの場。
   どの様な作品にするかで風間重兵衛の暴言を
   中心にヤッサモッサしている蓋河プロデュー
   サー、脚本家の円山、チーフ助監督の綾部、
   アシスタント・プロデューサーの室井たちが
   居る。
風間「時間がないんだ、綾部、お前が進めていけ」
綾部「僕がですか? ・・・はい、ええと・・・個
 人的には、播磨屋錦之助を耐え忍ぶ人として描き
 ながら、常に大衆に喜ばれる事を第一としてきた
 播磨屋錦之助の姿勢と言いますか、大衆性の強み
 というものを、もっと打ち出していけば良いのか
 な、と思ってるんですが・・・」
風間「綾部、殆ど成長してないな。それって面白い
 のか? 第一、播磨屋錦之助は大衆に喜ばれるこ
 とを第一義として来たのか?」
綾部「そう言われてしまいますと・・・」
円山「1954年昭和29年のゴールデンウイークに
 『笛吹童子』で東映デビューしてから5年間ほど
 はそうだったかも知れないが、それ以降は少し違
 う様な気がするけどね。綾部くん、焦点がぼけて
 いるのでは?」
風間「そう、焦点だよ。物語の核だよ。それは何
 か? 何故、播磨屋錦之助は『日本俠客伝』の主
 演オファーを請けなかったのか? 何故、『日本
 俠客伝』以外のヤクザ映画に出演しなかったの
 か? 何故、二年後に東映を去ったのか? この
 播磨屋錦之助のモチベーションの流れがどうして
 も分からないんだ。何とかしたいんだ。」
円山「しかし、それはそれで既に判っていること
 じゃないか。歌舞伎の名門播磨屋の出身、時代劇
 一筋の錦之助は、1961年の黒澤明と三船敏郎に
 よる『用心棒』と翌年の『椿三十郎』による「三
 十郎ショック」以降、東映時代劇から次第に客が
 離れ、製作本数が減って行くのを何とかしたかっ
 た。」
和田「しかし、東映は岡田茂を筆頭にヤクザ映画に
 シフトを切り替えることを決めていた。それに対
 抗する為に時代劇のメッカとまで言われた東映京
 都撮影所初のオールスター・ヤクザ映画の主演を
 拒んだ。」
円山「しかし、皮肉にも『日本俠客伝』は大ヒット
 し、東映は終には時代劇を撮らないことになって
 行った。それに前後する様に俳優組合の組合長と
 して会社と闘い破れ、錦之助は『丹下左膳 飛燕
 居合斬り』を最後に東映を出た。映画通なら皆
 知っていることじゃない。」
風間「万年チーフ助監督の綾部なら兎も角、円さん
 にまでそういう短絡的なことを言って欲しくない
 ね。それが真相とも思ってはいないが、だとして
 も私は真相を解明したいわけではない、納得の行
 く、腑に落ちる、面白い仮説を立てたい、それだ
 けなんだ!」
円山「相変わらず、それだけなんだ。では、短絡的
 ではない疑問の持ち方をお聴かせ願いましょ
 う!」
風間「何故、播磨屋錦之助は『日本俠客伝』の主役
 を請けなかったのか? は言わずもがな、それに
 も拘らず何故、特別出演をしたのか!? この二
 つの謎、特に後者の疑問にテーマに沿って納得の
 行くインタレスティングな結論を出さないと『日
 本俠客伝・外伝』は単なる再現ドラマで終わって
 しまうんだッ。事実が詰まらなかったら、事実に
 拘らなくても良いの、面白い仮説を立てられれ
 ば。解かるか綾部!?」
綾部「あ、思い出しましたッ。請けなかったのはス
 ケジュールがなかったからですよね?」
蓋河「どういうこと?」
綾部「それは、田坂具隆監督の超大作『鮫』の撮影
 が延びて、しかも続いて7月には三世、四世中村
 時蔵の追善供養公演があったからって」
室井「『鮫』って、錦之助はジョーズの様な作品に
 も出ていたの?」
風間「(室井を黙殺し)綾部、お前は映画会社のこ
 とが分かっていない! 東映のことが何も分かっ
 ていない! 『鮫』も『日本俠客伝』も同じ東映
 の、しかも京都撮影所の作品だぞ。幾らでもスケ
 ジュール調整が出来るに決まっているだろう。調
 整がつくから主役のオファーを出したに決まって
 いるだろう。」
綾部「・・・でも、三世四世の時蔵追善供養公演は
 7月に一ヶ月やる訳ですし。稽古だって5月から
 始まるだろうし、」
室井「稽古に二ヶ月もかかる訳ないじゃないッ。」
風間「素人は引っ込んでいろッ。」
室井「あら、それは何ハラスメントに当たるのかし
 らね?」
円山「まあまあまあ。二ヶ月は掛かるんですよ
 ねェ、それが。」
室井「あら、そう」
風間「映画界に入る為に梨園を飛び出してから十年
 振りの歌舞伎座出演、この時の燃える錦之助の胸
 中が余人は知らず私には解るんだッ。確か、錦之
 助は、昼夜で四つの演目に出ていたな。その内、
 主演は?」
円山「(記憶を辿りながら)昼の部の『裏切った
 女』は主役。溝口健二の『近松物語』と同じ「お
 さん茂兵衛」! 『偲草姿錦絵』は助演で鳶鶴造
 役、夜の部『ちりめん飛脚』も助演。夜のメイン
 が『反逆児』! 勿論、主役の徳川信康。映画で
 は杉村春子が演じた築山殿を山田五十鈴!? 岩
 崎加根子が演じた奥方役には香川京子! 想像す
 るだけでも震えがとまらない豪華出演陣ッ。それ
 に『追善口上』を入れると五つの演目に出演して
 いることになるな!?」
蓋河「それでは、最初から東映に勝負権無いじゃな
 い。」
風間「それだッ、そこが解からない。追善供養公演
 は歌舞伎座でやる訳だから一年前から劇場を抑え
 ていない訳がない。つまり、7月の追善公演のこ
 とは東映だって判っていた筈だ。なのに、『日本
 俠客伝』の撮影を5月~7月にして錦之助に声を
 かけた? 何故だ? 何故だ! 何故なんだ!?」
室井「え、その追善供養公演は東映の製作ではない
 の?」
風間「摘み出せッ、この女を」
綾部「室井さん、歌舞伎は松竹が独占しているんで
 す。今も昔も」
室井「何言ってんの、東映だって『東映歌舞伎』を
 やっていたじゃないッ。」
風間「(一瞬、呆れるが無視して)何故、時蔵追善
 興行のことを知っていて東映は錦之助にオファー
 を出したんだ?」
蓋河「何か違う方向に向いてない? 監督が求める
 のは面白い仮説じゃなかったの、今のままだと真
 実を追究している様にしか見えないけど。」
風間「調査に調査を重ねて実証的な積み重ねをし、
 そこから仮説へ、つまりフィクションへと昇華さ
 せるのが私のやり方なんだから余計な口を挟む
 なッ、と(綾部に)、どうしてお前がこの女に云
 わないッ。」
   綾部、仰け反る。
蓋河「また『貌斬りKAOKIRI~』の様なヤヤコシ
 イ映画を作ろうとしているんじゃないでしょう
 ね。そんな訳の分からないことは自主製作映画で
 やって! 全~部自分で金出してねッ。」
風間「ゲプラ! ゲプラ! ゲプラ! ゲプラ・プロ
 デューサー!! 貴方はいつからそんな下品なプ
 ロデューサーに成り下がった? 下品なプライド
 を持つ人間は、この場にいる資格はない!」
円山「ま、二人ともその辺にして。兎に角、面白
 い、インタレストな仮説を考え付かなければ先に
 は進まないんだから。」
室井「でも、どう考えても6月7月に撮影はおかし
 いんじゃない。錦之助主演でやりたいなら追善興
 行が終わってからにすれば良いじゃない。(蓋河
 に)ねぇ?」
   蓋河、流石に呆れて応えず、立ち上がる。
風間「これだから生涯、一アシスタント・プロデュ
 ーサーとは付き合えないと云うんだよ。」
室井「望むところよッ。」
円山「『日本俠客伝』は、トップスター播磨屋錦之
 助主演よ、名匠マキノ雅弘監督作品よ! 東映オ
 ールスター作品なのよ!! 封切りはお盆だと決
 まっていたのッ。」
和田「石井輝男監督の『御金蔵破り』と二本立て
 だったんですよね。主演は山の御大・片岡千恵蔵
 と、錦之助さんと人気を二分し『錦橋時代』を築
 いた大川橋蔵!」
円山「ジャン・ギャバンとアラン・ドロン主演の
 『地下室のメロディー』をパクった異色時代劇で
 ねェ。」
和田「翌年には健さん主演の『網走番外地』で大
 ヒットを飛ばす石井輝男監督としては時代劇は珍
 しいですが、中々の力作なんですッ。」
室井「そんなの公開を延ばせば良いだけの話じゃな
 い。バッカじゃないのッ。」
風間「公開を延ばせば良い!? 正月興行に匹敵す
 るお盆興行から錦之助主演の『日本俠客伝』を外
 す?! そんなこと全国400館の東映の映画館主
 が許してくれると思うのかッ。」
綾部「判った! 松竹が邪魔したんですよ。『日本
 俠客伝』に錦之助が出演出来ない様に松竹が邪魔
 したんですよッ。」
室井「あら、今回は『竹梅』ではなくて松竹って
 言っちゃって良いのね。」
蓋河「それでスケジュールを渡さなかった!?」
円山「そうだよ、5月は『鮫』の撮影が残っていた
 から無理だとしても6月は稽古と縫いさえすれば
 何とかなった筈じゃないか。」
風間「その年の松竹のお盆映画は何だ?」
   綾部、メモ帳を取り出し、
綾部「判りません」
円山「(記憶をまさぐり)・・・『白日夢』に続く
 武智鉄二監督のポルノ第2弾『紅閨夢』!?」
風間「だから、東映に4日間しか渡さなかっ
 た!?」
和田「林長二郎こと後の長谷川一夫が東宝に移籍し
 た報復として左頬を12㎝も斬られた事件の黒幕
 とも言われている松竹なんですから。そのくらい
 のことやってもおかしくないのでは?」
蓋河「でもポルノと『日本俠客伝』って客を競合し
 ないんじゃない。ヤクザ映画って言っても『俠客
 伝』は錦之助主演のオールスター映画だし、併映
 も御大と橋蔵の時代劇だったんでしょう? ポル
 ノとは客層が違うわよ。いくら松竹でもそこまで
 神経質にはならないのでは?」
綾部「(メモ帳を見ていたが)・・・ひょっとして
 奥さんが噛んでいたのでは?」
円山「奥さんて誰のよ?」
和田「勿論、錦之助さんのですッ。」
円山「ああ、淡路恵子さん。」
蓋河「なに言っているのよッ、甲にしきじゃな
 い。」
風間「有馬稲子だッ。」
円山「ネコちゃん!?」
綾部「(ノートを見ながら)岸恵子や久我美子たち
 と『にんじんくらぶ』を設立して異色作、話題作
 を製作しインテリ女優として売り出していた有馬
 稲子は、錦之助が日本のトップスターであること
 に飽き足らず、海外でも通用する国際スターにし
 たかったんだと思います。だから、かなり錦之助
 の仕事にも口を出していたりしたのでないので
 しょうか?」
和田「有馬さん、回顧録で話してますよね。錦之助
 さんに三船敏郎さんの様に世界でも活躍する国際
 スターに成って欲しかったと。」
風間「だから、ヤクザ映画の主演に反対し、松竹と
 の間に入って工作したと!?」
円山「でもこの時には当時の貨幣価値でも1億円と
 言われた税金滞納問題でかなり二人の間は険悪
 だったのでは?」
和田「あ、それはもう少し先の話の筈です。昭和
 40年の3月ぐらいまではネコちゃんは税金滞納
 の話は知らされていなかったらしいですから。」
円山「凄いね、そんなことまで知っているの!?」
綾部「そうですよね、有馬さんも追善供養で仲良く
 共演してますからね。」
和田「『裏切った女』。「おさん茂兵衛」のおさん
 役ですッ。」
風間「よしッ。ロールプレイをやって当時の有馬
 稲子の心の内に分け入ってみよう!」
蓋河「出ちゃったァ、ロールプレイ!? 今回は出
 ないかと思っていたのにッ。」
室井「止めときなさいよ、また何か起きたらどうす
 るのよ?」
風間「長谷川一夫の移籍問題じゃあないんだか
 ら。」
円山「でも、有馬稲子をロールプレイで演じられる
 程、調べている者が居ないだろう。止めておこ
 う、今回は。」
蓋河「そうよ。『貌斬りKAOKIRI~』を観て、こ
 のロールプレイはスタニスラフスキー・システム
 じゃない、ブレヒトの異化効果だとケチを付けた
 人が出たんでしょう?」
風間「否、そんな批判に屈する風間重兵衛ではあり
 ません。異化効果上等です。ブレヒト大歓迎で
 すッ。有馬稲子を和田、錦之助を綾部でやってみ
 ましょう!」
蓋河「でも、和田さんにも失礼よ。スタッフに成り
 たいと云うのを断り続けて来て此方の都合の良い
 時だけ頼むなんて、ねえ?」
   和田は、しかし既にやる気満々で有馬稲子に
   入り込んでいる。
和田「いつでも行けますのでッ。」
風間「よし、では、『鮫』の撮休で、珍しく夫婦水
 入らずで過ごす錦之助と有馬稲子。時は昭和39
 年4月下旬、場所は京都は鳴滝に在るプール、体
 育館付きの錦之助の豪邸の一室。・・・ヨーイ、
 アイッ。」
   暫し、瞑想する和田と綾部。
稲子「・・・昨日ね、俳優会館に行ったら第一ステ
 ージの駐車場に止めてあった車が、後から来た黒
 スーツにサングラスの男の人たちに持ち上げられ
 て退かされているの。」
錦之助「ひでぇことしやがるなッ。誰なんだいそい
 つらは?」
稲子「勿論、ヤクザ映画を撮っているプロデューサ
 ーの部下の人たちよ。」
錦之助「俊藤プロデューサー? 本当か!?」
稲子「山さんが、そう言ってたから間違いないで
 しょう。それより、その退かされた車、誰の車だ
 と思う?」
錦之助「勿体ぶらずに言うもんだぜ。」
稲子「・・・橋蔵さんのなのよ。」
錦之助「!? ・・・どうして判るんだよ。」
稲子「だって、その瞬間に橋蔵さんがステージから
 出て来て、蒼白に成ってたんだから、間違いない
 わよ。ヤッパリ噂通り、ヤクザがヤクザ映画を
 作っているのね。」
錦之助「・・・間違いないだろうな。」
稲子「撮影所じゃその話で持ちきりよ。」
錦之助「そうか。・・・ヤッパリ、断るかな。俠客
 伝。」
稲子「当たり前でしょ、請ける積りだったの? 播
 磨屋の御曹司がヤクザ映画に出演してどうするん
 ですか。」
錦之助「・・・お袋みたいなこと、言うなよ。解っ
 た、断るかな。」

風間「カット、カット、カットッ。・・・何か、違
 和感があるなァ。」
円山「でも、橋蔵さんの自家用車移動事件がなけれ
 ば出演を承諾していたかも知れないと云うのは一
 寸、興味をそそられるなァ。」
室井「全然、そそられない。ヤッパリ、ヤクザ映画
 に出演するのが嫌だったのよ。だから断ったそれ
 だけよ。」
蓋河「でも、結果、特別出演だけど出ているじゃな
 い。」
風間「それなんだよッ。何故、錦之助は主演を断っ
 たにも拘らず特別出演したのか? しかも結果
 は、情感あふれるあの名演技だよ。作品や役に
 乗っていなければ出来るものではないからな、あ
 の芝居は。解るか、綾部!」
綾部「勿論ですッ。出番は少なかったですが、あの
 情感あふれる演技は並大抵のものではありません
 でしたから。正直、主演の健さんとは天と地の差
 でした。」
風間「とすると錦之助は『日本俠客伝』を主演でや
 りたかったのでは、と云う仮説も成り立つ訳
 だ。」
円山「そこの処をロールプレイでやってみない?」
綾部「何処のところをでしょうか?」
和田「あの〜、差し出がましい様ですけど、『日本
 俠客伝』の出演を断った後の場はどうでしょう
 か?」
綾部「ええ!? やるなら決断を下す前でしょう。
 請けるか、断るか? の葛藤を演じたいです
 よ!」
風間「綾部、お前は、当分、否、一生、監督にはな
 れないな。」
綾部「どうしてですか!?」
風間「このケースの場合も、主演を断ってからの、
 嗚呼、断るんじゃなかったッ、と云う後悔の葛藤
 にこそ焦点を合わせるんだよ。」
円山「問題は相手役を誰にするかだな? 片倉
 健?」
一同「オオ!?」
綾部「小川三喜雄プロデューサー」
一同「オオ!?」
和田「小川ひな」
一同「オオ!?」
蓋河「黒澤明!?」
一同「どうしてよ?!」
風間「否、当然、岡田茂だろう。」
   一同、絶句。
円山「良いね、それにもう一人、必要だな。」
風間「ウン、もう一人居た方が話が転がるな。  
 ・・・美空ひばりに出て貰おう。」
   一同、更にどよめく。
風間「よし、錦之助と岡田茂、美空ひばりの三人で
 行こう。錦之助は引き続き綾部。岡田茂は円さ
 ん、頼む。美空ひばりは、」
   最後まで聴かずに和田が『真っ赤な太陽』を
   唄い始める。

 イヤァ、参った、参った。風間重兵衛たちの心地よい掛け合いを愉しんでいたら、案内するのまで忘れっちゃったよ。ウソ? 字数制限を超えてしまった? 一寸待ってよ、字数制限なんてあったの? 知らなかったよ。
じゃあ、長くなってもいけないから一つだけ。この時の和田の、煌く照明の中で絶唱した『真っ赤な太陽』は、天国のひばりさんに聴かせたい程、圧巻だったよ。否、本当。

と云う処で、今回は、終わらせて貰うからね。

え、お前は誰だって? 一番、ウザイ質問だね。逆にアンタは、そう、アンタだよ。同じ質問をされて答えられるかい? アンタは誰だって? 問われてさ。何か、そんな映画あったよな。ほら、考えれば考えるほど答えられないだろう? え、次回も「語り手」をやるのかって? だから、「語り手」じゃないって言っているだろう、「案内人」だって。まあ、途中で終わってもなんかだら、来月はやるわな。否、違った、来月ではなくて来年の2月だったわさ。
止せやいッ、そんな凡庸な挨拶は。何が良いお年を、だよ。今年より悪かったらどうするんだよ。

解かったよ、云えば良いんだろう、云えば。
皆さん、良いお年を。

【この節】続く

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

*この小説に登場する個人名、作品名、企業名などは実在のものとは一切関係がありません。作家による創作物の表現の一つであり、フィクションの読み物としてご留意いただきお楽しみください。

細野辰興プロフィール


(C)Cinemarche

細野辰興(ほそのたつおき)映画監督

神奈川県出身。今村プロダクション映像企画、ディレクターズ・カンパニーで助監督として、今村昌平、長谷川和彦、相米慎二、根岸吉太郎の4監督に師事。

1991年『激走 トラッカー伝説』で監督デビューの後、1996年に伝説的傑作『シャブ極道』を発表。キネマ旬報ベストテン等各種ベストテンと主演・役所広司の主演男優賞各賞独占と、センセーションを巻き起こしました。

2006年に行なわれた日本映画監督協会創立70周年記念式典において『シャブ極道』は大島渚監督『愛のコリーダ』、鈴木清順監督『殺しの烙印』、若松孝二監督『天使の恍惚』と共に「映画史に名を残す問題作」として特別上映されました。

その後も『竜二 Forever』『燃ゆるとき』等、骨太な作品をコンスタントに発表。 2012年『私の叔父さん』(連城三紀彦原作)では『竜二 Forever』の高橋克典を再び主演に迎え、純愛映画として高い評価を得ます。

2016年には初めての監督&プロデュースで『貌斬り KAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』。舞台と映画を融合させる多重構造に挑んだ野心作として話題を呼びました。



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