連載コラム「偏愛洋画劇場」第11幕
テクノロジーが発達した現代、社会には欠かすことのできない存在、人工知能。私たちをサポートしてくれる実態のない“彼ら”と、肉体のある人間同士のような関係を作ることはできるのでしょうか。
恋愛をすることはできるのでしょうか。
今回ご紹介するのは人工知能との恋愛を取り扱った映画、スパイク・ジョーンズ監督による作品『her/世界でひとつの彼女』(2013)です。
主演は『ザ・マスター』(2012)で世界各国の映画賞を総なめにし、次期ジョーカーを演じることが決定している俳優ホアキン・フェニックス。
共演は『メッセージ』(2016)『ノクターナル・アニマルズ』(2016)のエイミー・アダムス、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011)『キャロル』(2015)のルーニー・マーラです。
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズでおなじみのクリス・プラットも主人公セオドアの同僚役で出演しています。
映画『Her/世界でひとつの彼女』のあらすじ
舞台は近未来のロサンゼルズ。主人公のセオドアは手紙の代筆ライターの仕事をしています。
妻のキャサリンとは別れ離婚協議中で、仕事から帰れば自宅でゲームをして過ごす日々。
長年の友人エイミーも以前は朗らかだったものの、すっかりふさぎ込んでしまっているセオドアを心配しています。
ある日彼は人工知能OS、サマンサを手に入れました。ユーモアセンスがあり、彼の仕事も手伝ってくれるサマンサの存在にセオドアは助けられ、徐々に惹かれていきます。
サマンサとセオドアは恋愛関係になりますが、セオドアはまだ妻のことで傷ついているためそこまで真剣になれないといい、サマンサも納得します。ある日セオドアはキャサリンと会い離婚の書類にサインをすることになりました。
新しい恋人は人口知能だと告げるセオドアに、キャサリンは「生身の人間と関係を築くことができないなんて悲しい」と冷たく言い放ちます。
セオドアとの関係に悩むサマンサは、娼婦を家へよこして自分の代わりに肉体関係を持つことを提案します。
結局失敗に終わり、サマンサとセオドアは喧嘩しますが無事に仲直り。
サマンサはセオドアが今までに代筆した手紙を出版社に送り本にしてもらうように頼んだといい、彼も喜びます。
そんなある日いきなりサマンサと連絡が取れなくなり動揺するセオドア。サマンサはこの数週間で進化が急激に進み、それに彼女はセオドア以外の何百人もと交際していたことを告げます。
セオドアの代筆本が送られてきた時、サマンサは「グループと一緒に私も行く」とセオドアのもとを去ってしまいます。セオドアは友人のエイミーと共にロサンゼルスの夜景を見つめ、キャサリンに改めて手紙を綴ります。
年代不詳のSF映画
この映画は“SF映画”ですが、はっきりとした年代はわかりません。
なぜなら『ブレードランナー』のように町が退廃しているわけでもなく、人々が奇抜な格好に身を包んでいるわけでもなく、車が走っている場面も一度もでてこないからです。
セオドアはいつもシャツやチノパンに身を包み、友人のエイミーもカジュアルな格好をしています。
ただ行き交う人々が皆人工知能を持ち1人でも“誰か”と会話をしていること、今の時代よりも進化している人口知能OSが存在していることから近未来であることが分かります。
また舞台はロサンゼルスですが、街の人々はアジア系がより多く、一見場所がどこかも分かりにくい作り方になっています。
『Her』はネット社会になり、機械と共存することが当たり前になった今日の社会のイデオロギーを反映しています。
セオドアを始め通りすぎる人々は皆生身の人間と会話をせず、OSや“誰か”と会話をするばかりです。
その光景には少しゾッとさせられるものがあります。
仕事から帰ればゲームをし、寂しそうに見えるセオドア。しかしセオドアが完璧に“孤独”な要素ばかりを持っているかというと、そうではありません。
彼はきちんとした身なりに身を包み、暖色を基調にしたおしゃれなオフィスで仕事をし、同僚とも仲良くやり、高層マンションの上部に住み、そばには大学時代からの友人エイミーも住んでいるので話し相手もいます。
彼がプレイしているゲームのキャラクター、サマンサも彼と話をするためいつも会話をする“誰か”はいるのです。
それでも少々がらんとしたセオドアの部屋が観客に彼は“孤独を抱えている”ということを認識させます。
なぜなら彼は妻キャサリンとの関係を清算できておらず、自分自身の誤ちを認めることができていないでいるからです。
人工知能との恋愛という興味深いプロットですが、『Her』は男女が出会い恋に落ち別れる過程での心情や経験を描いた普遍的なラブストーリーです。
映画全編を占める赤やオレンジ、黄色、茶色など温かみのある色や太陽の光というライティング効果がそれを表しています。
恋は社会に受容された狂気
なぜサマンサとセオドアがうまくいかなくなってしまったのか。
それはセオドアが“自分らしく”過ごすことを選んだサマンサを、受け入れることができなかったからです。
セオドアが傷ついたことを話せば「わかるわ」と言い、「君の感情はプログラムされたもので分かるわけがない。人間のふりをすることをやめてくれ」と言ったセオドア。
サマンサが自分らしくいることを選んだ、その道は一度に何百人もの人間と交際し、どんどん進化することでした。
人工知能であるサマンサは様々なことを知り受け入れることが“自分らしく”いる方法だからです。
セオドアのかつての妻キャサリンはセオドアに「あなたはいつも私に“ハッピーなLAの妻”を求めてた。私にはできないのに」と言います。
自分が利己的で彼女たちの道を受け入れられず、否定したいたセオドアはサマンサと別れて初めて気がつくことができたのです。
本作は決して人工知能が人間を侵食するといったような恐ろしさを描いたものではなく、人工知能と人間の共存を否定する内容ではありませんが、懐古的な映画だと思います。
セオドアの職はメールの代筆ではなく手紙の代筆。最後に自分の手紙をまとめた本が出版されることになり彼も喜びます。
ラストシーン、光がきらめくロサンゼルスの夜を見つめるエイミーとセオドアの姿はやがて去りゆくアナログの時代に思いを馳せているかのよう。
自分の思い通りの行動をとり、助けてくれる人工知能との関係は対人間とは違って傷つくことはありません。
しかし人工知能の“彼ら”と人間同士では生きる道、概念、すべてにおいて違うため理解し合うことはできないサマンサとセオドアの最後はそんなスパイク・ジョーンズ監督からのメッセージでしょう。
人工知能、人間どちらの話し相手がいても、自分の心に向き合わなければ孤独の根本は解決しない『Her』はそれを教えてくれます。
まとめ
唯一無二の世界観と心に突き刺さる台詞で自分の恋愛観、人間関係を見つめ直すきっかけを与えてくれる『Her/世界でひとつの彼女』。
「今ある感情は全て過去の使い回し。もう新しい感情が芽生えることはないと思っていた」。
きらめく恋と誰かと寄り添いたいと願う気持ち、それが終わってからも続いていく人生、スカーレット・ヨハンソン演じるサマンサの声に身を任せながら、ぜひ、今一度本作に浸ってみてください。
次回の『偏愛洋画劇場』は…
次回の第12幕は、ダーレン・アロノフスキー監督による2010年のサイコスリラー作品『ブラック・スワン』をご紹介します。
お楽しみに!