連載コラム「偏愛洋画劇場」第8幕
私は今アメリカへ映画を学びに留学中で、前学期は映画史やショットの種類、ライティングの効果の意味や編集などを座学ですが一通り学ぶクラスを取りました。
毎回約一本映画を観て、習ったテーマにフォーカスしてその作品を分析するという内容でとても面白いものでした。
映画とイデオロギーの関連についての授業だった時、教授が私たちへ課題として出して作品はオリバー・ストーン監督、原案クエンティン・タランティーノの『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(1994)。
今回は個人的にも大好きな本作が描くイデオロギーとは何なのか、改めて考察します!
映画『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のあらすじ
田舎町のとあるレストラン、とあるカップルが大騒ぎの末に人殺しを犯すところから物語は始まります。
悲惨な生い立ちを抱えている主人公ミッキーとマロリーは出会ってすぐに恋に落ち、殺戮を繰り広げながら逃避行しているのです。
そんな殺人カップルを英雄のごとく追い回すマスコミ、世界中はミッキーとマロリー旋風に。しかし彼らはある時捕まり、刑務所で引き離されるのですが…。
「私たちはいつまでも一緒。私たちの血は海に流れて世界中を巡るのよ」と、倒錯的でロマンチックな台詞もある『ナチュラル・ボーン・キラーズ』ですが、主人公のミッキーとマロリーは凶悪な殺人鬼。
オープニングに登場する蛇や鷲、蠍などの野生動物のように、彼らのアイデンティティは攻撃性と暴力性なのです。
しかし本作は勿論ただのバイオレンス映画、凶暴なラブストーリーではありません。
メディアに支配された時代
テレビは世界中でより一般的になり、多くの家庭もカラーテレビを所有するようになった1990年代。
マロリーの家庭で馬鹿げたテレビ番組を父親が見ているシーン、ミッキーとマロリーがモーテルでテレビを見る場面、映画にも人々がテレビを観賞するシーンが多くあります。
オリバー・ストーンが本作を通して伝えたいことの1つ、それは人々に悪影響を与えるメディアの恐ろしい力です。
ミッキーとマロリーの殺人カップルを英雄のように報道するメディアと、彼らを崇める世界中の観客たち。
全ての人々は好奇心を持ち、刺激を求める欲望を持っています。
メディアはそんな彼らの欲望を利用して視聴率を稼ぎます。
ただ1人ミッキーとマロリーを恐ろしい殺人者だと冷静に見破った者、それは彼らが旅の途中で出会ったインディアンの男性、テレビを持っていない彼ですが、彼の目にはミッキーとマロリーが悪魔と映ります。
世の中の喧騒に染まっていない者だけが真実を見破るという、この映画を象徴するシーンの1つと言えます。
物語終盤、収容されたミッキーとマロリーの元をTV番組のキャスターがインタビューに訪れます。
そのインタビューを見ていた囚人たちは暴動を起こし、刑務所は殺戮の場と化します。
これもまたメディアによって凶暴なエネルギーが拡散されることを表しているシーンです。
・ファシズムを象徴する映画
ミッキーと出会う前、父親から性的虐待を受け、母親も助けてくれず、悲惨な生活を送っていたマロリー。
本作はその事実をコメディドラマのようなタッチで表します。視聴率目当てのメディア、人の心をうまく使う利己主義的な番組は問題の根本を何も解決しません。
物語終盤ミッキーとマロリーは再び逃亡します。
メディアがその力を倍増させたとも言える怪物は世に放たれたまま…。
しかしチャンネルをボタン1つで変えるように、人々の好奇心の対象も移り変わるもの。それを象徴するかのようなラストシーンは何とも皮肉げです。
私は『ナチュラル・ボーン・キラーズ』は独裁主義国家を表す映画だと考えています。
ミッキーとマロリー以外の人々に大きな違いはなく、共産主義、社会主義を表しているとも言えると思うのですが、本作には各シーンに“独裁者”的人物が登場します。
マロリーの家を支配していたのは、彼女の父親。刑務所ではその所長。そして映画全体の“独裁者”はメディアです。
目立った不自由のない生活、物が均等に分散されているように見える社会、それには本作のように独裁者が潜んでいるのかもしれません。
まとめ
時折画面に浮かぶ悪魔のような顔は、きっとミッキーとマロリーの無意識の心。
抽象的でシュールな映像が挟まれつつ、時にゲーム映像のようにハイスピードで描かれる殺人カップルの物語は、今日も生活と社会に潜む問題を表しています。
「マスコミは毒の雨だ。君たちテレビの人間も、俺たちと同じだ」と、殺人鬼であるミッキーがこの台詞を語るなんて、何ともファニーで皮肉です。
長年カルト的人気を誇り続ける『ナチュラル・ボーン・キラーズ』。
1990年代よりもっともっとネットが流通し世界が狭くなった今、ミッキーとマロリーのような存在は気付かぬうちに増えて続けているのかもしれません。
次回の『偏愛洋画劇場』は…
次回の第9幕は、ミヒャエル・ハネケ監督の『愛、アムール』をご紹介します。
お楽しみに!