連載コラム「銀幕の月光遊戯」第83回
映画『夜空に星のあるように』は2021年12月17日(金)より新宿武蔵野館他にて全国順次ロードショー!
イギリスの名匠ケン・ローチ監督の記念すべき長編映画デビュー作が53年の時を経てスクリーンに蘇ります!
ロンドンの労働者階級に生まれた18歳のジョイが、幼い子供を抱えながら生き抜いていく姿が、瑞々しいタッチで綴られています。
ジョイを演じたキャロル・ホワイトは、本作でカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭主演女優賞を受賞。
彼女の恋人には『コレクター』(1963)でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞後、ヨーロッパの巨匠の作品やハリウッド大作にも出演し、華麗なるキャリアを誇る名優テレンス・スタンプが扮しています。
映画『夜空に星のあるように』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(イギリス映画/1967年制作作品)
【監督・プロデュース】
ケン・ローチ
【キャスト】
キャロル・ホワイト、テレンス・スタンプ、ジョン・ビンドン、クイーニ・ワッツ、ケイト・ウィリアムス
【作品概要】
ケン・ローチ監督が1967年に発表した長編映画デビュー作。ロンドンの労働者階級に生まれた18歳のジョイが幼い息子を抱えながら生き抜いていく姿を描いています。
キャロル・ホワイトがジョイを演じ、その恋人役にはイギリスを代表するカリスマスター、テレンス・スタンプが扮しています。
映画『夜空に星のあるように』のあらすじ
ロンドンの労働者階級に生まれたジョイは18才で妊娠。その相手の青年トムと結婚しますが、トムは泥棒稼業で生計をたてているどうしようもないクズ男でした。
トラブル続きのある日、トムが逮捕されて懲役刑をくらいます。ジョイは小さな息子とともに叔母の家に居候させてもらうことになりました。
そこに夫の仲間だったデイヴが訪ねて来ました。ジョイは優しいデイヴに惹かれ、いつしか2人は恋人同士に。
ウエールズに旅行に行き、楽しい時間を過ごしたのも束の間、デイヴは強盗傷害の容疑で逮捕され、14年の刑を言い渡されます。
ジョイはパブで働きながら、子供を育て、デイヴに手紙を書き、彼が出所するのを心待ちにしますが、14年はあまりにも長く、ジョイは寄ってくる男たちと遊びにふけることも。
そんな中、トムが出所することを知らされ……。
映画『夜空に星のあるように』の解説と感想
ヒロインの生き様に焦点をあてる
53年ぶりに公開されるケン・ローチの長編映画監督デビュー作『夜空に星のあるように』(1967)のヒロイン・ジョイは、労働者階級の貧しい家庭に生まれた女性で、若くして妊娠し、結婚、出産を経験。
結婚相手はときに暴力をふるい、モラハラめいた言動でジョイを小バカにしたりこき使ったりするろくでもない男です。
しかもこの男、金庫破りに失敗し現行犯逮捕されてしまいます。ジョイは幼い息子とともに、貧しい叔母の家に転がり込み、パブの店員や怪しげな撮影会のモデルなどをして食いつなぎます。
ケン・ローチは一貫して労働者階級の人々や移民たちの生活に焦点をあて、貧困、格差社会、人種差別といった社会問題を描いてきた監督です。本作はまさにその原点とも呼ぶべき作品です。
しかし、無慈悲な社会の仕組みから転げ落ちてしまった人を描くという点では、ケン・ローチの他の多くの作品と類似していますが、本作では社会問題の指摘や告発という要素は幾分影を潜め、ヒロインの行き様に焦点があてられています。
ジョイはどん底とも呼べる生活を強いられていますが、犠牲者という役割は背負わされていません。傍から見れば彼女もまた犠牲者なのでしょうが、本人は現実を受け入れながらも悲観的でなく、不思議な明るさを保っています。
彼女は欲望に忠実で、お洒落をしたり良い家に住むための資金が盗みから得られたものであることも知っていますし、実際のところ、どこまで本気だったのかは定かではありませんが、夫にもう一度犯罪を犯すことを勧めさえしています。
性的にも奔放な部分があり、夫が刑務所行きになり、その後付き合った男も刑務所行きになるという悲劇に見舞われながら、彼らが不在であるほうが、むしろのびのびとしていて、様々な男たちと付き合うことを楽しんでいるようにさえ見えます。1960年代のイギリスは、女性たちが長い間縛られていたモラルから開放された時代でもありました。
彼女が頼る叔母も、行きていくためにどうやら売春めいたことをしているようなのですが、彼女もまた、悪びれていません。彼女たちは前向きで、どこかあっけらかんとしています。
もっとも、それは彼女たちが、生まれてから一度も「幸福」を味わったことがないからなのかもしれません。「幸福」を知らないからこそ絶望しないのだ、とも解釈できます。
それでも悲劇を悲劇にしないたくましさを、この女性キャラクターは持ち合わせており、それがこの作品の大きな魅力となっています。
ユニークで多様な語り口
ジョイは、頻繁に街を行き来しますが、ロケ撮影の際、その通りを行き来する一般の人々も映し出されていて、ときにドキュメンタリーを思わすような撮り方をしています。
ロケ撮影中心であることや、即興性など、以後のケン・ローチ作品の特徴となる要素がすでに芽生えています。
とりわけ自然に映しとられているのは、子どもたちの姿です。無心に遊ぶ子どもたちは活気に満ちています。ジョイの幼い息子の無邪気な愛らしさには観ていて思わず笑みがこぼれてしまうほどです。
ジョイの台詞から判断するに、彼女は、親の愛をたっぷり受けて育った人物ではないようです。ですが、自分の息子には無償の愛を注いでいます。
お金や欲望に対して貪欲な面を持ちながらも、やはり最も「愛」を大切に思い、求めているのは間違いありません。
それが時として男性への「依存」になっているようにも見受けられますが、それは1960年代の労働者階級の女性には、人生の選択肢がほとんどなかったからでもあります。
本作は語り口もユニークです。ヒロイン自身のナレーションで自己紹介が行われたり、無声映画に時折はさまれるような字幕画面が出てきて、彼女の心情が表現されたりします。ラストではインタビューという形がとられています。
ケン・ローチ監督はそのように様々なアプローチの仕方で、一人の女性の素顔を描き出そうとしています。それが非常に新鮮に映ります。
まとめ
ジョイを演じたキャロル・ホワイトが圧倒的な存在感を見せています。キャロル・ホワイトは本作での演技を評価され、「カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭」主演女優賞を受賞しています。
ジョイの夫が警察につかまったあと、彼女と恋仲になる男性・デイヴを演じるのは、テレンス・スタンプです。
ウィリアム・ワイラー監督のサイコスリラー『コレクター』(1965)の演技が絶賛され、カンヌ国際映画祭男優賞を受賞。その後もピエル・パオロ・パゾリーニ監督の『テオレマ』や『スターウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999)のハリウッド大作など幅広い活躍を見せるカリスマ俳優です。
ジョイに対しては穏やかで優しい男性ですが、非情な強盗犯でもあるという複雑な役柄を見事に表現しています。
テレンス・スタンプがギターを弾きながら歌声を披露しているシーンがありますが、これはイギリスフォーク&ロック界のレジェンド、ドノヴァンの『カラー』という曲です。ドノヴァンの曲は全編に流れ、暖かな応援歌のように響きます。
ケン・ローチ監督はこの2年後に労働者階級の少年とハヤブサの交流を描いた作品『ケス』を撮り、一躍脚光を浴びることになります。
因みに、エドガー・ライト監督の『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021)は、多くの60年代映画の影響を受けていますが、監督自らあげたリストの中に、『夜空に星のあるように』の名前があがっています。
また、『ラストナイト・イン・ソーホー』にはテレンス・スタンプが物語の鍵を握る謎の男役で出演しています。
映画『夜空に星のあるように』は2021年12月17日(金)より新宿武蔵野館他にて全国順次ロードショー!